「……マジで?」
そう言いながらカクレオンは手にしていた1粒のタネを見る。ゼノス達からすればいつものタネ。おそらく知っている効果ではないことだけは予想できるが所詮は偶然生まれた産物の一つでそんなにもやばい代物には見えないのだろう。
「カクレオン、どうかされたノですか?」
「そうだぜ。いつものカクレオンらしくない」
「ソノ種ガ一体ドウシタト言ウノダ」
リザードマンのリドやセイレーンのレイ、ガーゴイルのグロスがカクレオンの青ざめた顔を見て心配の言葉をくれる。しかし、その心配の声は今のカクレオンには届かない。
(まずい。本当にまずい。今ちょっとキャラ保つの無理かも。あー、どうしよう。フェルズさんに保管してもらうは…ダメだな。最悪ショック死しかねない。しあわせのタネの存在を教えた時ですら脳が理解を拒んでたし。ならゼノス達の誰かに使ってもらうか?それもダメだな。最悪パワーアップしすぎた体の制御が効かなくなる可能性がある。ワタシもその辺は結構悩んだことがあるけど、力加減を間違えるとダンジョンを破壊しかねない。そんな危険な状態にするのは彼らが同意してもワタシが断るだろう。なら冒険者に売る?売っていいわけがない。個人に核兵器を売るようなものだぞそれは。ならいっそのことワタシが食べるか?いや、たぶんレベルマックスのワタシが食べても意味がないだろうからそれはそれでもったいない。というかどっちの仕様だ?探検隊か?超不思議か?どっちにしろやばいものなんだよなぁ。てか、しあわせのタネもふこうのタネもまだ作れていないのに、どうしてこれが作れちゃうかな。同じ肥料配分のところのタネがきんしのタネなところを見るに完全に偶然の産物だからこれ以上増えないのは幸いだけど、一つだけでもやばすぎると言うか、なんというか。粉末にしてみんなで分け合ったら効果分散してくれないかな?うん。無理だよね。捨てたらもっとやばいだろうし保管する場所は…ワタシの鞄ぐらいしかない気がする。でもなぁ、ワタシの鞄が盗まれたり、破損した場合に無くす可能性がある。ポケダン世界でもカクレオンをワンパンしていくエビワラーとかいたんだからこの世界にもそういう存在がいないと言い切れない。そういう点からワタシ自身が所有しておくのは危険だよね。ああ!自分のもったいない症候群が足を引っ張ってるな。とっとと破壊するなり、食べるなりすればいいのに!!)
おうごんに光輝くタネを手にしながら三日三晩悩んだ末、結局、保留することにしたカクレオンであった。
アスフィ・アル・アンドロメダは研究者である。
オラリオでも『神秘』のアビリティを持ち、数々の魔道具を作った万能者ペルセウスとして有名なほど。そんな彼女の魔道具制作に欠かせないのは知識と経験である。
だからこそとある日を境に冒険者の間で噂となり、あのロキファミリアの剣姫アイズ・ヴァレンシュタインがその商人から購入したと言われている魔道具を見てみたかった。
出ている情報だけでも『ダンジョンからの帰還』『テイム率の上昇』『モンスターの移動阻害』『階層限定のモンスター探知』『肉体の物質貫通』などを可能とする使い切りの魔道具とステータスに直接作用する装飾品。
どれもヘルメスの伝手で過去に存在した数々の魔道具に関する知識を持つアスフィですら聞いたことのない魔道具であった。
そんな魔道具を入手し、研究せずにはいられない。
アスフィ・アル・アンドロメダはヘルメスファミリアの団長である。
自由奔放で大事なことは団長にすら話さないヘルメスに代わってファミリアを指揮し、導く身であるアスフィに自由な時間はあまりない。
アスフィ・アル・アンドロメダは苦労人である。
無茶振りに当日発注、その場で作戦変更が当たり前のマイペース。そんなヘルメスの右腕である彼女は少しあったかもしれない自由な時間すらない。わずかに得た休みの日も寝なければ過労死してしまうだろう。
そんな彼女の元にファミリアの団員が購入して来たという例の魔道具が一つだけ届いた。
大きさで言えば手のひらに複数個乗っかるほど小さな水晶玉。噂通りならば使い切りタイプの魔道具で使用方法はその効果を使いたいと深く念じるだけ。
だからこそ失敗した。アスフィは無意識のうちに眠気という最大の敵を相手にしていたのだろう。その水晶玉を手にした瞬間──重く感じていた体から倦怠感が消え、縫い付けられたかのように閉じようとしてしまう瞼は9時間ぐっすりと睡眠を取った後のように開いていた。そんな異常事態を未だ脳が理解していない。ただ残っていたのは手の上で割れていた水晶玉だけだった。
「……仕事に戻りましょう」
そう言いながら後悔と無意識に使用するまでに疲れた眠気が溜まるほどの仕事を投げてくるヘルメスへの怒りを抱える精神とは裏腹に、これまでないほどに絶好調な体で仕事に戻っていった。
「雑魚じゃ釣り合わねぇんだ! アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
ガタンと椅子が倒れる音が店内に鳴り、1人の少年が自分への不甲斐なさに涙しながらダンジョンへ向かう。金も払わずにだ。どこぞのレベル5の冒険者と同じである。その冒険者はと言うと
「釣り合わねぇんだよぉ!あのトカゲ野郎に負けた俺なんか!ヒック!所詮俺は負け犬なんだよぉ」
「あのベートが自虐しとるなんて……」
「そうとうカクレオンとかいうモンスターの店主に瞬殺されたことが堪えたらしいのう」
「こいつ、酔ってても酔ってなくてもめんどくさいわね」
まさかの自虐に走り、酔っているとは言えヤケクソ気味になって弱々しくなっているベートの姿など同じファミリアの仲間ですら見たことがなかった。そんな光景を気持ち悪いなと全員が思いながらロキは聞いた。
「ベートが負けたんは聞いたけど、どうやって負けたんや?」
「僕が目を離した隙に一瞬で」
「見ていた限りでは商品を無断で食べた瞬間には気絶させられとったわい」
「あの後、たんこぶができていたところを見るに後頭部に一撃で負けたのだろう」
「ええ…レベル5のベートが一撃かいな」
それだけでレベルの差がどれだけ開いているのかがわかる。もしかしたら今のオラリオで最も強いのはあのカクレオンというモンスターの商人ではなかろうか?そんな奴に対して自身の眷族が喧嘩を売ったという。
「フィン。もちろん和解したやろうな?」
「もちろん。ベートが食べた分の請求された時は生きた心地がしなかったけど、その後は客として接してくれたから商品を多く買わせてもらったよ。おかげで少し赤字にはなったけど買って来た魔道具の価値を考えれば大幅黒字と言ってもいいだろう」
「その商人と良い関係は築けそうか?」
「今のところはなんとも。取り引きに関しては良くも悪くも客を選ばない主義のようだから続けられるとは思っているよ」
「そうか!最悪ウチがベートの飼い主として菓子折り持っていくことになるかと思ったわ!」
なんて思ってもないことを言いながらロキはカクレオンとの売買という今オラリオで最もアドバンテージを稼げる方法が続けられることに安堵する。
しかしそんなことよりもロキには引っかかる点があった。アイズのことだ。前回もだが襲ってこないモンスターといえど問題を起こすならアイズと予想を立てていたのに対して起こしたのはベート。逆にアイズは驚くほど問題を起こさずに昨日なんてその商人から買ったとされるリボンを多重につけてステータスに反映されるか確認をとりに来た。
子供達の変化は早いなぁ。と思いつつベートの頭を犬のようにわしゃわしゃ撫でた。