嫉妬の冒険譚


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作:凪 瀬
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28話 退院と探索と気配と


いつの間にやら最後の投稿から3週間経過してて喉がなっちゃっいました作者です。
早く18階層編も書きたいんですが、その前にワンクッション的な……ワンクッションが3.4話続くのが私の作品ですからね。ゆっくり気長に待ってくだされば幸いです。


 

 武器を新調した2日後、【ディアンケト・ファミリア】の診療所で診察を受けていた。

 

「──はい。以上で診察は終了となります。特に酷かった左腕と胸も無事完治している様子ですし、通院の必要も無いですね」

 

「ありがとうございます」

 

「ダンジョンに潜っても問題ありませんが、病み上がりということを念頭に置いて探索してくださいね」

 

「分かりました」

 

 「お大事に」という男性団員の声を背中に受けて診察室の扉を抜ける。ようやくダンジョンに潜れる……この3日間、鍛錬したくてウズウズしてたんだよ。新しい装備も試したいし、さっさとダンジョンへ向かおう。

 思わずスキップしたくなる軽快な足取りで治療院を出る。俺の快復と探索の再開を祝福するように、太陽は燦然と輝きを放っていた。

 

 

 「まぁ、太陽の輝きなんて地下のダンジョンでは全く関係ないんだけどな」

 

 転がる魔石をせっせと集めながら愚痴を零してしまう。

 上を見上げれば地上とは違った硬い土塊の天井が暗く視界に広がる。

 しばらく、しゃがみ続けることで凝り固まった全身を解しながら周囲を見渡せば、まだまだ魔石は転がっている。

 

「鍛錬にはなるが、この数集めるのは骨が折れるなぁ……」

 

 軽くなった腰に手を這わせながら今日の探索を思い出す。いや、冷静に考えれば、これは探索ではなく鍛錬か虐殺の類だとは思うけど。

 7階層から現れるキラーアントには致命傷を負うと周囲の仲間を集めるフェロモンを放出する特性がある。

 ただでさえ体高が低いため当てずらく、硬い甲殻によって武器も通りずらいキラーアントは厄介だと言うのに、仕留め損じれば怪物進呈も真っ青な数が冒険者を襲ってくるのだから(たち)が悪い。

 まぁ、そんな特性を活かして大量のキラーアントと戦った俺の方が質が悪い気もするけどな。

 キラーアントは体高が低く、討伐にはかなりの力と技術が必要とされる。さらに、フェロモンによって集められるキラーアントは数が多いため討伐の速さまで求められてしまう。

 魔物(鍛錬相手)の発生を待つ必要がなく。体高という他にはない要素を持ち。力と器用さに加えて、敏捷まで上げることの出来る存在。

 なるほど。これ程、美味しい鍛錬相手もいないじゃないかということで、死にかけたキラーアントの頭を腰にまきつけて、朝からキラーアントを狩り続けていたのだ。

 流石に無傷とまでは行かないが、普段のポーションを使った鍛錬よりは余程軽傷だ。

 誤算があったとすれば、数が多すぎて倒しきっても魔石の回収という面倒な労働が残っていたことだが……まぁ、収入が増えたと思って喜ぼう。

 その後も愚痴を零しながら作業して、ようやく全ての魔石を回収することができた。

 

「全体を通してみれば悪くない結果だったな。強化した装備は満足のいく性能だし、本種としても実践で活用できる。後半からはアリへの対処も余裕ができていた。収入も多かったし」

 

 手慰みに右手の短槍を回しながら外へ向けて歩いていく。

 普段なら帰り道にもキラーアントがいて何度か戦う必要があるんだが、この辺りのアリは一掃してしまったのか姿形も見当たらない。

 普段よりも静かで接敵のない帰り道というのは思考を続けやすくて索敵が雑になりやすい。今こそ、入念な警戒と準備が必要だろう。

 深呼吸して、外への意識を引き伸ばす感覚。

 魔物の呼吸音や空気の流れ、動作の音、僅かな痕跡、獣の思考。それら全てを零さないように手繰り寄せる感覚。

 リヴェリア様みたいな無意識レベルの気配察知はまだ出来ない。だが、とにかく情報を集める。

 前からは音もしないし空気にも変化がない。周囲には足跡無し、戦闘痕なし。進行方向右側の曲がり角に潜んでいる可能性……呼吸音、動作音無し、ダンジョンが生み出す音……無し。

 曲がり角まで5…4…3…2…1…敵無し。

 ワザと大きめに槍を振って周囲に音を反響させる。反響から敵は感じられない。

 もう一度、1つ深呼吸する。

 リヴェリア様の自然な索敵を見てから何とか俺もできないかと練習しているが、あまり上手くいっている気配は無い。

 たった数m進めるために頭が痛むほど脳を酷使するなんて非効率的だし危険だ。まして、空気の流れや反響は訓練があるからこそ意味がある。俺の見よう見まねじゃ大した効果は得られないだろう。

 リヴェリア様はどうやってた?空気の流れ、呼吸音、動作音……音じゃなくて魔力による索敵?あるいは、ダンジョンで魔物と対峙し続けた慣れか?

 ……分からん!リヴェリア様に聞けばわかるかもしれないが、そんなタラレバに大した意味は無い。

 今に始まったことでは無いが、こういう基礎が分からない時に師匠の存在が欲しくなってしまうな。

 

「!正面、足音、二足、3、呼吸音無し。推定ウォーシャドウ」

 

 足音が聞こえてきたとはいえまだ距離はある。戦うなら今のうちに準備する必要があるな。

 体力も魔力も残っている。一戦くらいは余裕。魔法を使う猶予は……ある。

 

「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ 不出来な理想(プロミコス・イデア)』」

 

 短槍に泥が纏わりつき、長剣の形に変えていく。

 本来の持ち手と両手を握れる範囲を残して、短槍の全てが両刃の刀身にすげ替わる。時間にして2秒強。

 本種のおかげで前よりも早く作れて長く使えるようになった。それだけでも、この短槍を買った甲斐が有るものだ。

 一度長剣を横に振って感覚を確かめる。いつも通り、重みも重心も丁度いい。両手で握っても少し余裕がある持ち手もいいくらいだ。今日も、上手くいった。

 

「接敵3…2…1、視界にウォーシャドウ3、戦闘開始」

 

 正面の暗がりからウォーシャドウが横並びで現れる。鉤爪やリーチを考えれば槍のような距離を取れて小回りもある程度効く武器の方がいいんだが、最近槍を多用してるような気がするからな。ここらで他武器も実践で試すべきだろう。

 俺から見て右側の個体がやや前に出てるな。なら、そいつから狙う。

 脱力から一気に駆け出して右個体に迫る。前方から突如迫ってきた俺に驚いたのか、動きの硬直するウォーシャドウの首元に縦に一突き入れ、そのまま頭を切り裂く。首から上が左右に別れたウォーシャドウは魔石と灰に変わり、俺に気づいた2体が同時に爪を振るって襲いかかる。

 上と下横。横振りは上からの個体が邪魔するから無視、上は斜め後ろに下がれば充分に回避可能。とはいえ、安全は徹底的に。

 上から振り下ろされる腕の内側に入り込み、前のめりになってバランスの崩れていた体を横向きに押してやる。

 すると、後ろの横ぶりは倒れた個体に当たり、明確な隙ができる。

 仲間が攻撃線上に倒れたことによって攻撃が不発に終わり、硬直するウォーシャドウを袈裟斬りによって倒す。胸元にあった魔石を切り裂いたため何も残らないが、アリで嫌という程回収したからな。許容範囲内だ。

 俺に押され、仲間に貫かれた個体も体勢を立て直したのか、今度はしっかりと距離をとって俺の正面で構えている。

 一足一刀の間合いからは遠いが、二足一刀くらいの距離。なら、大して問題じゃない。

 駆け出す前に力を抜いて体を前に倒れさせることで姿勢を極限まで低くする。

 顔が地面にぶつかる直前、一気に力を込めた一歩目を踏み出して距離を詰め、懐から踏み込んだ二歩目で上へと飛び上がる。同時に、最下段から頂点までの切り上げをお見舞する。

 俺の動きに全く反応できなかったウォーシャドウは、体を左右に切り分けられ、灰になって消えていった。

 残心、索敵、敵影、無し。

 構えた剣を下ろして、止めていた呼吸をゆっくりと再開させる。集中すればするほど、呼吸は止まりがちになるな……要改善だ。

 最初のウォーシャドウが落とした魔石を回収してから、再び帰路につく。

 次の魔物にはメイスを使ってみるか。短槍と長さは同じにして、先端は丸型か鐘型か。四角にしてみるのも面白いかもしれないな。まぁ、色々試してみるか。

 その後は、丸型、鐘型、四角のメイスでウォーシャドウやカエルを叩き潰し、短槍を使わない短剣でコボルトやゴブリンを処理してダンジョンを出る。

 地上に出れば、太陽は沈みきる直前でダンジョンからもぞろぞろと冒険者が帰ってくる。

 俺も、帰宅する冒険者の流れに乗ってホームへと帰宅した。

 

「神様、戻りました」

 

「おかえりなさい。丁度晩御飯にしようと思っていたから、着替えてきたら?」

 

「じゃあ、そうします」

 

 自室で鎧を取り外し、返り血や体液、泥や土埃で汚れた服を脱ぐ。ついでに、返り血のついた場所と被弾して破れたり解れたりした箇所を確認して、次の探索では意識できるよう記憶しておく。

 着替えやら諸々の準備を終えて1階に降りれば、皿に山盛りとなったじゃが丸くんと彩りとして添えられたサラダが机に鎮座していた。

 飲み物を持ってきてくださった神様からカップを受け取って、食べ始める。

 

「「いただきます」」

 

 大皿のじゃが丸くんをツマミながら、1日の出来事を話す。

 体の調子や怪我の有無、鍛錬の経過や悩みまで、神様に隠す理由もないため全て伝え、相談する。

 数千年、下手すれば数万年生きる神様は武芸や戦闘での知見も深く、行き詰まった時にはよく相談に乗って共に考えてくれる。まぁ、神様の信念上、答えを教えるのではなく解決のきっかけを作るだけだが……それでも俺が今まで生きてこられたのは、神様と色々話すこの時間があったおかげだろう。

 

「──という感じで、気配の察知はまだまだ出来なさそうですね」

 

「そうねぇ……ズィーヤは『気配』ってそもそもなんだと思う?」

 

 じゃが丸くんも食べ終わり、食後のお茶を飲む。

 気配察知が上手くいっていないことを一通り話終わると、神様が質問してくる。こういう時にされる神様の質問は、悩みの解決に繋がる。

 

「そうですね……異物感、でしょうか?そこにあるが故に産まれる空気の違いや息遣い、動作音なんかは存在しなければ産まれない訳ですから」

 

「そうね。それも1つの答えだと思うわ。ただ、それだけじゃ草や石、落ちる雫なんかも気配に混じってしまう」

 

 一度カップに口をつけ、口を湿らせる。

 人を超える美しい横顔と背に流された黒く艶のある三つ編みが、カップを傾ける動きに合わせて揺れる姿は日常を切り取ったと言うには美しい。

 そして、美しい姿と同じように戦いに関わる存在として纏う雰囲気もまた、日常を切り取ったと言うには重々しかった。

 

「『気配』とは、言い換えるなら『意思』よ」

 

「意思……」

 

「そう、それこそが生命と生命足りえない存在を区別する唯一の境界」

 

 意思。生命が原初から持つ唯一の力。

 確かに、環境の情報だけじゃ非生物の情報がノイズになって把握がしにくい。その上、空気や音という感覚器官のみから得られる情報じゃ限りがあるし、何より思考というのが読めない。

 意思……言うは易いがこれを気配として感知するのは至難だぞぉ……。

 突然、顔に温かく柔らかい感触が飛来する。

 

「大丈夫よ。慌てなくても、貴方はちゃんとできるようになるわ」

 

 なるほど、どうやら俺は神様の胸元に抱き抱えられながら頭を撫でられているらしい。顔に当たる柔らかな感触と頭上から聞こえてくる神様の声、ゆっくりと優しく頭に触れられる感覚からそう判断した。

 何故?突然?顔のこれは胸!?神様暖かいな……眠くなってきた。ステイタスの更新しなきゃ。えっ!?今神様の胸に触れてるんですかっ!?ファッ!?!?

 

「………………」

 

「ふふ、久しぶりのダンジョンだっただろうし、疲れたでしょう?このまま眠ってもいいのよ?」

 

 トントンと背中をゆっくりと叩かれる。

 緩やかな振動は動揺して速まった鼓動を緩やかに落ち着かせ、神様の体温も相まって眠気を誘う。

 もしかしたら、ご飯を食べた直後の満腹感も眠気の原因かもしれない。

 探索で疲弊し、満腹感と安心感に包まれた体が徐々に思考の制御を離れ、瞼が一気に重くなる。

 

「おやすみ、ズィーヤ」

 

 

 

 胸元で眠るズィーヤの頭を撫でながらメガイラは思案する。

 ズィーヤの話した気配察知の方法。確かに、ズィーヤの言うように全ての情報を集めて異物感を感じることが出来れば、それは気配を察知したと言ってもいいだろう。

 しかし、本来なら人の身で、人の脳でそのようなことはできないのだ。もしかしたら、神であっても難しいかもしれない。

 自然界に広がる情報は膨大だ。ズィーヤの言う空気の流れや音、音以外の振動、過去に付けられた傷やダンジョンの蠢く音、たった数個の気配を探るために周囲全ての情報を得ようとすれば、膨大な情報量に脳はパンクする。

 故に、脳は自己防衛の為、情報を取捨選択する。

 生存に必要な情報や直接関係のない情報は雑に処理し、必要だと認識した情報だけを手に入れていく。

 それが普通、それが当然。

 だが、ズィーヤは違う。

 周囲に散らばる膨大な情報量の全てを収集し、正確に処理し、必要な情報を元に推測を立てる。

 それは、本来長年の経験や場数から自然と身につく気配察知よりも高度かつ危険なことだった。

 端的に言うなら、脳の損傷によって死にかねない蛮行だろう。

 いくら一瞬の判断が生死を分ける戦闘で様々な情報を得て、生き残るために最善の思考を行う冒険者だとしても、石や草、目に見えない空気や普段気にもとめない音にまで意識を集中させれば、脳への負担は測りしれない。

 不完全とは言え、実際に行ったズィーヤが、メガイラの胸の中で簡単に眠ってしまった事を鑑みれば負担の大きさも多少の予想はつくだろう。

 

「全く、疲れていたなら言ってくれればいいのに……いえ、自覚すらしてなかったのかしらね?」

 

 髪を退かし、無防備に眠るズィーヤの頬を撫でる。

 食事中もお茶をしている時も、クルクルと忙しなく家の中に視線を走らせていた事から、ズィーヤに異常があると判断し、半ば強引に眠らせることにしたメガイラだったが、その判断は英断だったと言えるだろう。

 

「さて、二階に運んで上げなきゃね」

 

 眠るズィーヤを抱き上げて二階へ向かおうとするも、メガイラの筋力では抱き上げるどころか持ち上げることすら危うかった。

 何とか運べないものかと一通り試行錯誤したが、力の入っていない健康的な成人男性を女神が運ぶことは不可能だった。

 二階へ運ぶのは諦めて、起こさないように踏ん張りながらソファへと寝かせる。

 

「……お疲れ様、おやすみなさい」

 

 ソファへと腰掛け、膝の上にズィーヤの頭を乗せて額にキスを落とす。

 試行錯誤の最中も運んでいる間も反応を見せなかったズィーヤの顔が、少しだけ穏やかに綻んだ。

 

 

 

 余談だが、キスで綻んだズィーヤの表情にメガイラは胸を打たれ、衝動のまま危うく唇まで貪るところだったが……神としての威厳と女性としての尊厳が自重させた事を、ここで明言しておく。




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