ダンジョン都市オラリオここは英雄を生み出す街。神が道楽を求めて下界に降り立ち眷属を増やす。眷属達は各々の野望を胸に秘めダンジョンへと脚を運ぶ。そんなオラリオでは空前の読書ブームが始まっていた。恋を知らない愛の女神も、闇に全てを奪われた妖精もその物語に胸を奪われ。空想の世界に飛び立つ。
そんな人気絶頂中の作家は何処で執筆しているのか。さぞかし豪勢な場所に住んでいるのか、はたまた愛の多い場所で住んでいるのか。そんな思いを馳せられている巷の作家は現在、廃れた廃協会の地下室にいた。
「おい!駄女神いつまで眷属を連れて来ない気だ?お前のその立派な乳袋は一体何のためにある、誘惑でもして早く連れてこい」
「何てことを言うんだ!アンデルセン君!神に向かってその口の聞き方は!」
「はっ!神だと言うのなら眷属の一人や二人養うのが当然だろう」
「むっきーーー!」
この狭い一室で醜い口論を繰り返しているのは竈の女神ヘスティアと、現在売れっ子中の作家ハンスクリスチャン・アンデルセンだ。この口論をファンが見れば皆夢から覚め、持っている本を溝川に捨てるだろう。
「ふんっ!もうアンデルセン君なんか知らないっ!きっと君が泣いて謝るくらいの素晴らしい子を連れてくるんだから、その首百万回洗って待ってろよ!」
プンスカと音が聞こえるくらい、怒りながらヘスティアはドアを開けて街に繰り出そうとする。すると後ろから
「おい女神!」
「・・・何だい?言っとくけどね今更謝ったってそうは「スコーンが食べたい、帰りに買ってきてくれ」むっきーーーー!」
バン!と大きな音を立てて、女神は廃協会から出ていってしまった。人間と同じくらいにまで力を制限しているとはいえ仮にも女神相手にこの作家は遠慮などまったく持って知らないのである。
「さて、あの煩わしい女神もいなくなったからな」
アンデルセンは作家としての机につく。しかし今彼にはネタがないどれだけ長い時間ペンを持っても、うんうんと唸りながら部屋を歩き回っても一向にネタが上がらない。売れっ子作家などと巷では言われているが、その実いつもネタと締切に追われているのが作家の仕事なのだ。
ーーーアンデルセンは知らない、数刻後飛び切りのネタを抱えて教会に帰ってくるヘスティアを。そして将来、自分が飛び切り青臭い冒険譚を書くことをーーー
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《ヘスティアファミリア》のホーム廃協会、地下室にて二人の人物ベル・クラネルとアンデルセンがいた。ベルはデレデレしたような面持ちで、アンデルセンにダンジョン内での事を話した。アイズ・ヴァレンシュタインに助けられたことから、恥ずかしくて逃げ出してしまった事まで。アンデルセンとは出会ってまだ数日しか経っていないが、彼がかの有名な童話作家であることは神様から聞いていたので、何か素晴らしい恋愛のアドバイスを頂こうとしていた。そんなベルの話を聞いたアンデルセンはと言うと。
「、っふ、っふ、ゔわはははははは!おいw俺を笑い殺す気か?恋を自覚して逃げ出す男が何処にいるw」
メタクソに笑っていた。それはもう豪快に。純真なベルでもこれが馬鹿にしている笑い方なのは何となくだが理解出来た。
(かんっ、、ぜんに相談相手間違えたぁーー!)
「ば、馬鹿にする事ないじゃないか!ベル君は真剣に相談しているんだぜ!」
神ヘスティアも流石に自分の初の眷属であるベルを笑われたことに腹が立ったのか、アンデルセンに抗議する。しかしこのヘスティアも先程までベルに、違うファミリア同士の恋は難しいと遠巻きに恋の邪魔をしていたので究極の二枚舌である。
「失礼だな。俺はべつに、小僧の恋について否定はしていない。ただ助けてもらった癖に逃げ出しあまつさえ、恋に落ちただの言っている小僧の不甲斐なさに笑っているのだ。こんな面白いネタ中々ないぞ、この俺が創作意欲が湧いてくるほどにだ」
(・・・そう、だよね。僕あの時逃げ出しちゃったんだ。次にあったらキチンとお礼を言わなきゃ)
あの時、気恥ずかしさと可憐なあの人に夢中で逃げ出してしまったから気づかなかったけどとても失礼なことしちゃったな。こんなことじゃアイズさんに近づこうなんてとても出来ない。今度あったら謝罪とお礼を言わなきゃと、胸に秘めているベルを見てアンデルセンは話す。
「しかしだな、小僧。お前の冒険中々面白いぞ。初日にダンジョンに潜ったと思えば、小鬼一匹倒して帰ってくるわ、あまつさえ今度は牛に追いかけられて恋に落ちるなど、初めは夢ばかりの能天気な阿呆が来て執筆の邪魔だと思っていたが、中々どうしてネタの宝庫だったとは」
「・・・そ、そんな事思っていたんですね」
「そこでだ、俺もお前の冒険と恋の行方に興味が湧いた。これからは俺も一緒にダンジョンとやらに潜ってやる。そら脳内お花畑の女神よ、俺にも恩恵とやらを刻め」
「「えっ!?」」
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夜明け、《異端児(ゼノス)》を取り巻く一夜の騒動は収束に向かいつつあった。冒険者は突然襲ってきたモンスターに混乱していたが、それよりも大きい事件があった為、そちらの話で持ちきりだった。ミノタウロスの強化種《アステリオス》との戦闘を終えた、いや、惨敗に終わってしまったベルは現在《ガネーシャファミリア》の地下室で仰向けに横たわっている。その姿には負けた悔しさ、夢を求める気持ちが頬を伝っている。そんな様子を見たエイナは声をどう声を掛けたら良いのかわからず、ただその場を後にした。しかしその様子を見ていたのはエイナだけではない。アンデルセンもその様子を見ていた。
「・・・ふむ、《アステリオス》か。ダンジョンに巣食う魔物。知恵を得え、夢を追いかけて、更には好敵手にまで出逢ってしまったか。」
アンデルセンはベルの姿を見る。俺も随分と絆されたと思う。初めは五月蝿いガキだと思っていた。尊大な夢ばかりを追いかけ、世間を知らない、振り始めた雪の様な純真無垢な心を持つガキだと。しかし考えを改める様になったのはベルが初めて冒険をした日の事、トラウマになっているミノタウロスを相手にベルは勝ってみせた、あの日から俺はベルのこれからの物語が見たくてしょうがない。だから行きたくもないダンジョンに着いていって、彼の冒険を間近で観察し続けてきた。作家としてこれ以上にない創作意欲が沸いてくる。
「ベル、お前の物語でも書いてみるか。どうあれ少年向けになってしまうが、まぁたまには青臭い冒険譚も悪くはないか」
どんな英雄にだって語り部がいて初めて英雄譚になるのだ。
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この世界には英雄は存在しない。皆英雄になりたい訳ではなく、それぞれの野望を持ち冒険をする。一族の名誉を取り戻す為、自由に世界を見たい為、金を稼ぎ呪われた自分の人生から脱却する為、怪物に復讐する為。色々な冒険がある中で、一人の少年も、一つの野望を持ちこのダンジョン都市に脚を踏み入れる。それは今は亡き祖父から受けた夢。ダンジョンでの夢踊る出会いを求めること。そんな浮かれた夢を持ち、ここまで来た。少年の名前はベル・クラネル。笑われる夢を持ちながら彼は歩んでいく。これから待ち受ける運命に出会うために。
ーーーこれはとある英雄の物語ーーー
「タイトルぅ!?・・・タイトルは、そう
ーダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかー
だ!」