迷宮都市オラリオ
ヒューマンを含めあらゆる種族の
そんな危険地帯にも関わらず、様々な目的を持って冒険者となりダンジョンへ挑む者達は後を絶たない。
ある者は富と名声を求め、またある者は未知を求め、それぞれの目的を持って冒険者達は今日もダンジョンへ挑む。
とあるヒューマンの少年も大きな目的を持ってダンジョンへ挑む冒険者の一人である。
「ヴヴォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉ!!」
ダンジョンの5階層。
そこでは、怪物と人の咆哮が響き渡っていた。
片方はどう見ても駆け出しの冒険者であろう白髪赤目の兎のような少年。片方は牛に頭に人の体を持つモンスター【ミノタウロス】。そんな一人と一匹は全身全霊を持って戦っていた。
その戦いはある程度の経験を持った冒険者であればこの状況に驚きを隠せないだろう。
まずはミノタウロスについて。Lv.2にカテゴライズされるこのモンスターは通常、15階層以下の迷宮に出現するとされている。そんなモンスターが5階層にいるというのはある種の《
次に、ミノタウロスと戦っている少年について
ミノタウロスは駆け出しの冒険者が勝てるモンスターではない。挑もうものならすぐに殺されてしまうのが常識である。にもかかわらず、少年は得物である大剣を使ってミノタウロスと渡り合っている。
そして、一部の第二級冒険者や第一級冒険者であれば、少年の動きにも驚きを隠せないであろう。その少年が持つ「技と駆け引き」に。
ミノタウロスが拳を振るう。それを大剣の腹で受け流し、それによって隙が生じたミノタウロスの体を斬りつける。苦悶の表情を浮かべるミノタウロスはまたも拳を振るうが少年はその動きを読んでいたのか既に距離を取っており、その拳は虚しく空を切りその隙に少年はまたもミノタウロスを斬りつける。
その一連の動きは駆け出しの冒険者がとれるものではなかった。
力も体格もミノタウロスに劣るはずの少年がミノタウロスを翻弄していた。
自分の攻撃が少年に当たらないことに痺れを切らしたのか、ミノタウロスは両手を広げ、少年に突進する。
至極単純な攻撃ではあるが、その巨体と合わさって駆け出しの冒険者を威圧するには十分な攻撃である。
(───今だ!!)
だが、少年はその攻撃を好機と考えたのか、大剣の構えを瞬時に変更し、ミノタウロスに突きを繰り出す。
狙うのは胸。弱点の魔石があるであろうそこに、狙い通りに大剣が深々と突き刺さる。
「グォォォォォォォ!!」
大剣が魔石を砕いたのか、断末魔の叫びを上げたミノタウロスの体は灰となり、ドロップアイテムである『ミノタウロスの角』が地面に転がった。
少年はミノタウロスの角を拾い上げつつも、周囲の警戒を怠らなかった。
『ダンジョンでは何が起こるかわからん』
『決して油断はするなよ』
『慢心した奴からダンジョンでは死ぬクマー』
自らを鍛えてくれた叔父と義母、義母の友人たちの言葉を思い出しつつ先程の戦闘で乱れた息を整え、周囲を見渡す。
すると、少年の耳が接近してくる足音を捕らえた。
少年がそちらを見ると大剣を持った赤黒い肌をしたミノタウロス───後でわかったことだが《強化種》──が此方へと向かって来ていた。興奮状態なのか近くにいた何かから逃げるように走っていたミノタウロスの頭を掴んで壁に叩きつけて絶命させ、灰となったミノタウロスの上を踏み潰すように歩きながらミノタウロスの魔石を拾うとそのまま捕食した。魔石を捕食したことで先程倒したミノタウロスよりも格上だと判断したベルは大剣を地面に突き刺し、代わりに腰のベルトに帯刀していたナイフと短刀を抜いて構えると同時に【魔法】を発動させた。
「───『
ベルが
詠唱が完了すると同時にベルの身体に雷の力が宿り、ベルが一歩踏み出すと稲妻の如き速さで一気にミノタウロスの懐に潜り込むとそのままミノタウロスの胴体をナイフと短刀でバツの字に切り裂く。強化種ということもあってか先程ベルが倒したミノタウロスよりも頑丈であり、今の一撃ではミノタウロスの薄皮を軽く斬ることしか出来なかった。だが、雷を帯びた一撃は間違いなくミノタウロスにダメージを与えていた。
ミノタウロスは斬られたことよりも雷で焼かれた痛みの方が強かったのか、怒りを滲ませベルを睨みつけていた。その強い敵意の視線を浴びながらもベルはここが畳み掛けると判断したのか右手のナイフをミノタウロスの右肩に突き刺し大量の電気を流した。体の内から焼かれるような痛みを感じながらもミノタウロスは右肩に力を込めることでナイフを抜けないようにし、動きが止まったベルのがら空きの横腹に向けて左拳を叩き込む。
ベルはそれに対して咄嗟に短刀を構えながら防御姿勢を取って防ごうとするが、その程度でミノタウロスの一撃を防ぎ切れる訳もなくベルはミノタウロスによって殴り飛ばされダンジョンの壁に身体を勢いよく打ち付けた。
「────ッカハッ!?」
「───────ッ!?」
ミノタウロスの一撃によって短刀が折れ、左腕の骨にもヒビが入った上に身体を勢いよく壁にぶつけた衝撃でかなりのダメージを負ったベルは血反吐を吐きながらもその目にはまだ闘志が宿っておりミノタウロスを睨んでいた。ミノタウロスもまたナイフから流された電撃によって右腕の神経が焼ききれてしまい使い物にならなくなってしまった上にベルが短剣で防いだ際に左手を斬られダメージを負っていた。両者ともに少なくないダメージを負いながらも目の前の敵から目を逸らさず互いに獲物をその手に握り再度攻撃を仕掛ける。
「ヴモォォォォォォォッ!!」
ミノタウロスは左手に握っている大剣を力任せにベルに向けて振り下ろす。それをベルはバックステップで回避しながら地面に突き刺していた大剣を右手の力だけで抜き、そのままミノタウロスの頭部に向けて大剣を振り下ろす。しかしミノタウロスはその一撃を頭を振るいその側頭部に生えている凶悪な角でかち上げて防ぎながらベルの手から大剣をはじき飛ばす。武器を失ったベルに対してミノタウロスは再び大剣を振り下ろそうとした瞬間、強い悪寒を感じたミノタウロスはその目を力いっぱい見開いた。
「─────ブレングリード流血闘術」
武器を失ってなお戦意を失っていないベルは右拳を力強く握りしめ、身体の至る所にある傷から流れている血を使って巨大で禍々しい真紅の髑髏の十字架を生成し始めた。
「111式【
そしてベルは生成した髑髏の十字架をミノタウロスが大剣を振るうよりも先に髑髏の十字架を振り下ろしミノタウロスの胴体を貫き魔石を破壊した。
「グブゥ!? ヴゥモォォォォォォォ!?」
ミノタウロスは断末魔を上げながら空洞となった胴体を中心にその体が灰となってミノタウロスに刺さっていた刃の欠けたナイフと【ミノタウロスの強角】を残して消えていった。
「はぁ・・・!はぁ・・・!はぁ・・・!」
ダンジョン五階層を支配するのは、少年の荒々しく吐き出される息遣い。本来Lv1の冒険者がソロで勝つことなど不可能なはずのミノタウロス、それも強化種も含めた2匹をソロで打ち破ったベル・クラネル。
「勝った・・・!僕の、勝利だ・・・!!」
ベルは自分の手でミノタウロスを打ち倒したことに思わず手に力が入る。思わぬ強敵との出会い出会ったがそれを打ち倒したことに言いようのない高揚感を感じていた。しばらくの間ミノタウロスを倒した達成感を感じていたが、流石にこれ以上のダンジョン探索は危険だと気持ちを入れ替えてミノタウロスのドロップアイテムを拾って帰還しようとしたところで彼女に声をかけられた。
「ベルさん」
「・・・っ!?」
ベルは背後から聞こえた声にビクッ!!と背筋を伸ばしギギギとゆっくり首を後ろに回してその声の主の顔を見た。そこにはそれはそれはとても綺麗な笑顔を浮かべながら額に青筋を浮かべている銀髪の美少女───ディアンケヒトファミリアの団長【
「ア、アミッドさん・・・」
「お久しぶりですねベルさん。確か3日前のヘスティア様の孤児院の炊き出しの手伝いの時以来ですね」
「そ、そうですね・・・」
ベルは大量の冷や汗を流しながらジリジリとアミッドから離れるようにすり足で下がろうとするが、それよりも先にアミッドが投げた鎖がベルの身体を縛り捕らえた。
「ベ・ル・さ・ん?」
「ひぅっ!?」
「なんで冒険者になって2週間しか経ってないベルさんが5階層にいて、しかもミノタウロスと戦ってたんですかね?」
「そ、それは・・・」
「・・・エイナさんとお説教ですね」
「ひぅっ!?」
────その後、【戦場の聖女】によって連行される白兎の姿がダンジョンの上層とギルドにて見られるのだった。またギルドにてハーフエルフのギルド職員エイナ・チュールとアミッドによって説教されるベルの姿があり、涙目になって反省しているベルを見て興奮する神々や冒険者たちの姿やいけない気持ちになっているエイナとアミッドが見られたりする。
「「・・・・・・」」
なお、逃げていたミノタウロスを追っていたロキファミリアのベート・ローガとアイズ・ヴァレンシュタインはベルとミノタウロスの死闘を黙って見ていたのとアミッドの怒り様を見て完全に出るタイミングを失ってしまった。それで声をかけるタイミングを失ったアイズはシュン・・・と落ち込むのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
元中規模ファミリアであるヘスティアファミリア。かつてヘラファミリアが管理していた廃教会を元に再建した教会兼孤児院を拠点にしておりLv5冒険者2名、Lv3が5名、Lv1がベルを含めた8名が所属していた。不真面目な副団長を除いてヘスティアの眷属たちはダンジョンの探索以外にも孤児院の経営の手伝いや他ファミリアと連携しての炊き出しなどのボランティア活動を行っている。そのためにオラリオ市民からの人気は高くギルドに回らないような小さな市民の依頼を頼まれることもある。そんなヘスティアファミリアは現在、主神であるヘスティアとヘスティアファミリアの団長であるフィルヴィス・シャリア、副団長であるギントキ・坂田と共にある問題で頭を悩ましていた。
「どうしようかフィルヴィスくん、ギントキくん・・・」
「そう、ですね・・・これは悩みますね・・・」
ヘスティアとフィルヴィスは机の上に置いてある一封の手紙を前にして頭を悩ませていた。それは最近ヘスティアファミリアに所属しヘスティアが好意を寄せる新しい眷属であるベル・クラネルの義母から送られた手紙であった。内容はそう遠くないうちにベルの義母と叔父たちがファミリアのメンバーと主神を連れてオラリオに来るというものだ。それだけならば大した事のないように聞こえるが、問題はベルの義母たちが所属しているファミリアにあった。
「あの愚弟とヘラたちが帰ってくるって知ったらオラリオ全体が騒ぎになっちゃうだろうなぁ・・・」
「まぁ間違いなくギルドやロキファミリア、フレイヤファミリアは彼らと衝突してしまうでしょうね・・・」
ベルの義母───アルフィアとベルの叔父───ザルドが所属するファミリアはかつてオラリオの最強と最凶の地位に君臨していたゼウスファミリアとヘラファミリアの団員である。とあるクエストの失敗によって団員のほとんどが死亡してしまったことからかつてほどの力は失っていることでオラリオから追放された2大ファミリア。彼らの帰還は間違いなくオラリオに嵐──否災害をもたらすことは神の目からして明らかであった。
「んな心配することなんかねぇよ。昔みたいにヘスティアが間に入ってやりゃあアイツらも喧嘩やめて大人しくなるだろ」
「僕の胃が壊れてもいいのかい君は!!」
ギントキはゼウスとヘラが唯一頭の上がらない相手であるヘスティアが止めればいいだろうと鼻をほじりながらそんなことをほざくためにヘスティアはツインテールを逆立てながらフシャー!とギントキに怒鳴る。
「何よりもアルフィアくんが来たら僕とフィルヴィスくんがベルくんとイチャイチャできないじゃないか!!」
「おい、この処女神自分の欲望のことしか考えてねぇぞ」
「わ、私は関係ありませんからね!!」
ヘスティアの欲望の籠った言葉にギントキがジト目になる横でフィルヴィスが顔を真っ赤にして否定する。なおこの黒髪ムッツリエルフ、鍛錬後の汗を流したベルの上裸を指の隙間からチラチラ覗き見した姿を見られたことがある模様。
その後もアルフィアたちがオラリオに来た時にどうすべきかあーでもないこーでもないと話し合っているとベルが帰ってきたのだった。その際にベルがミノタウロスをソロで討伐したと聞いてフィルヴィスがベルに説教するのだった。