「大泉洋 ~北の大地に希望を託して~」
【放送予定】12月29日(日)[総合]午後7:30
幅広い世代で人気の俳優、大泉 洋さんの家族のルーツに迫ります。
東北の宮城、四国の愛媛で暮らしていた両親の先祖たち。いつ、どんな経緯で北海道に渡ってきたのでしょうか? そして両親の秘められた物語とは?
泣いて笑って、大いにボヤいて(⁉)大盛り上がりの収録の様子をリポートします。本編には収められなかったご本人のリアクションと担当ディレクターがココだけで明かすサイドストーリーもご紹介します。
「番組の打ち合わせが全くない!警戒しています」(大泉)
ファミリーヒストリーの収録スタジオに入った大泉洋さんは、司会の今田さんに「どの番組もしっかり打ち合わせがあるのにこの番組は何もない!警戒してますよ!」と開口一番しっかりボヤキ。そこから収録がスタートしました。
まず大泉さんには、大泉家の父方のルーツを追ったVTRを見ていただきました。父方のルーツはなんと宮城県に。一番古い戸籍には、宮城県白石市(旧:白石本郷)と書かれており、仙台市博物館で保管されている資料によると、先祖は白石城を居城としていた片倉家の家臣だったことが分かりました。
江戸時代後期の資料に大泉姓が
これまで大河ドラマを含め、映画やドラマで時代劇にも出演してきた大泉さんは、先祖が武家だったことや、大きな屋敷を構えていたことが分かると、「武家だったとは!なんとなく町人だと思っていたので…」と、いきなり驚きの様子。
波乱の人生をたどった高祖父の大泉安定、通称善八さん。戊辰戦争で仙台藩が敗れると、職も住む場所も失い、北海道への移住を決意します。しかし北海道へ渡る際にも、大きな海難事故に巻き込まれ…。
北海道では、善八さんの息子・安行さん(洋さんの曽祖父)が誕生します。安行さん、そしてその息子の恒三さん(洋さんの祖父)は、裁判所の書記を務めていたことが分かりました。
大泉洋さんの祖父の恒三さん
祖父の恒三さんと暮らしていた時期もあったと話す大泉さんは、彼らの当時の生活をたどるVTRや、大泉さんも見たことがなかったという写真を見て、思い出を語ってくれました。
「戦争の最前線にいたとは知らなかった」
一方、母方のルーツは、愛媛県松山市にありました。番組は、自分の曽祖父が大泉さんと同じく清水肇さんだという親戚を見つけ、肇さんが松山市駅の駅長をしていたことを聞きました。
当時の松山市駅
肇さんもまた、歴史の濁流にのみ込まれたひとりでした。防衛研究所の明治37年の資料によると、肇さんは日露戦争の真っただ中、激戦として知られる旅順攻囲戦に参加。さらには、その息子であり大泉さんの祖父・泰(ゆたか)さんも後の戦争に翻弄されるのです。
大泉さんは、残されていた数々の資料に驚きながらしばし絶句。「戦争の最前線にいたことは知らなかった…」と静かにつぶやきます。
そして戦争に翻弄され、職を失った泰さんもまた、家族を養うため北海道に新天地を求めたのでした。
大泉さんの祖父・泰さんの妻シズコさんはハワイ育ち。なぜハワイの女性と結婚したのか番組をお楽しみに!
洋さんの母・正子さんが、北海道へ移住した当時の生活を振り返って語るインタビューには、思わず涙ぐむ大泉さん。“母親のつらかった時代”をかみしめるようにVTR画面を見つめていました。
青春時代の純情がよみがえる!ご両親のなれそめ秘話
さまざまな困難や歴史の荒波にのまれてきた先祖のファミリーヒストリーに感情を揺さぶられる大泉さん。しかし、さらなる驚きのVTRが待っていました!
今回は、大泉さんの父・恒彦さんのご協力のもと、恒彦さんが長年書き記していた日記も見せてもらいました。
大泉さんのご両親。父・恒彦さん、母・正子さん
「日記書いてたの?オヤジが!?」と驚く大泉さん。実はそこには、正子さんとどのように交際が発展していったのか、事細かに青春時代の心情が綴られていたのです…!
若いころのご両親
思いもよらないご両親のなれそめのディテールに、大泉さんも「ファミヒスってこんな番組だったっけ?」と大慌て。
番組終盤は、お二人のなれそめに続き、ともに教職に就いた教師としての葛藤や挫折、そして息子・洋さんへの思いもご紹介します。父・恒彦さんの熱い思いと、母・正子さんの温かいエピソードも必見です!
VTRが終わると、大泉さんは「こっぱずかしかったけどなんか涙出た!」と泣き笑い。VTR中の大泉さんの表情にも注目しながら、大泉家の絆にご注目ください!
◤取材を終えて 影嶋裕一ディレクター◢
今回のファミリーヒストリーは、父方、母方の先祖が北海道に渡るまでの道のりと、戊辰戦争や日露戦争などの歴史上の大きな出来事がリンクしているところが特徴だと思います。そのため取材では、北海道や宮城や愛媛に何度も足を運び、親戚や知人の証言を集め、地元に残る資料を徹底調査。また、戦争に関わる資料も集めるなど…違う番組を4本くらい掛け持ちして制作しているような感覚になりました。それだけ多岐にわたる事柄が凝縮された内容になっていると思います。
中でもドラマチックだなと思ったのは、希望を持って北海道に移住したけれどすぐに成功するわけではないというところでした。逆境を乗り越え、その越えた先に希望を見つけるというのが、父方、母方のどちらの家にも共通してあったので、その力強く生き続けた結果がご両親の出会いに、ひいてはお父さまの日記につながったのだと感じました。
またご両親を取材して分かったのは、お二人とも北海道に移住してきた先祖と同じく、逆境をバネに進んでこられた強さをお持ちということでした。お二人とも教職に就かれましたが、どんな先生だったのかを元教え子の方々にお話しいただきましたので、ご両親にも番組を楽しんでいただきたいなと思っています。
実はお母さまの正子さんが教えていた学校の卒業文集も見つけ、そこにとてもステキな言葉を教え子に贈られていたんです。番組では紹介できなかったので、ここでご紹介できればと思います。
【昭和55年の卒業文集より】(中略あり)
「何の力になってあげられなくて悔やむばかり。でも、こんな私の姿から自分がどう生きていくかということを感じてくれれば。
最後に言いたい。自分の道は自分で切り開いていくしかないということ。幸せは持っている物ではなく自分でつくっていくものだということ。
そのためにも何が正しく、何が間違っているか見極める目を持った人に。そしてそれを口に出して言う勇気をもった人になってほしい。」
この言葉の根底には、逆境に屈せず、自分自身で道を切り開いてきた先に幸せを掴まれた正子さん自身の生き方があると感じました。
もし、先祖が戦争で命を落としていたら、もし新天地を北海道にしなかったら、ご両親の出会いも無かったと思いますし、洋さん自身も生まれていなかったかもしれません。本当に“奇跡の出会いが重なって今がある”という回になったと思います。
大泉洋さんのファンの方はもちろん、北海道の方々、宮城県や愛媛県の方々にもぜひ見ていただきたいです。
ファミリーヒストリー
「大泉洋 ~北の大地に希望を託して~」
【放送予定】12月29日(日)[総合]午後7:30
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