「雑魚じゃ釣り合わねぇんだ! アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
その言葉が脳内に反響する。許せない。その言葉を言った人物に対してではない。世界に対してでもない。何もしなくても何かに期待していた彼自身を彼は到底許すことができない。
「はぁ!」
これが無謀であるという自覚はある。防具もつけずに安物のナイフだけでダンジョンに来るなど自殺志願者かよっぽどの強者、狂人のどれかだ。きっと彼はその誰でもない。自殺志願者と言うには自分に対する怒りを燃料に戦い続ける。強者と言うにはあまりにも弱すぎる。狂人と言うには憚られるほど理性的に自分を見ていた。
彼を表すと言うのなら辿り着くべき場所を見てしまい、絶望と希望を同時に味わった子供だろう。
その道は長く、険しい。だがその道を踏破した者こそ英雄と呼ばれる存在になるのだ。彼が幼い頃から憧れていた英雄に。
「っ!」
本来ならば実力も経験も乏しい彼に気づけるはずがない。ただ現れるモンスター全てを倒そうとがむしゃらに攻撃していた故の興奮による感覚の発達がその透明を捉えた。
それが何かなんてわからない。でもそんなことを考えられるほど冷静でもない彼はナイフを突き立てた。
肉のような何かに当たる感触が手に伝わり、そのまま押し込もうとする。しかし全く動かない。引こうとしても岩に突き刺さった剣のように抜ける気配がしない。
「(終わった)」
透明に色が着く。鮮やかな緑の手はベルのナイフをガッチリと掴み、離す様子はない。どの方向に力を入れても大地と対面しているかのように意味はなく、ベルは自分の無謀さを自覚して死を悟る。
「あぶないよ〜」
「え?」
モンスターが人の言葉を話したと同時にナイフから手がすっぽ抜けて転んでしまったベルの目の前に先ほどまでナイフを掴んでいた手が差し伸べられる。
「大丈夫〜?」
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
その疑問の答えがどこにあるのかはわからない。それでもその出会いの一つがこのヘンテコなモンスターであるとは思っても見なかった。
泥棒18人を分身で全員運び終えた帰り、突然背後からナイフを刺されそうになったので、また泥棒かワタシに挑んでくる挑戦者かなと思って沈めようとしたのだが様子が変だった。
ボロボロで防具も装備していない。顔には泣いた痕がある。これは何かあったに違いないと確信したワタシは声をかけた。
するとその少年は驚きながら掴んでいたナイフを離したせいでゴロゴロと転がり、ダンジョンの壁にぶつかる。この子、冒険者としてやっていけるのだろうか?
そんな疑問を抱えながら起き上がるため、手を差し伸べると驚きつつもワタシの手を握った。
「す、すみません?」
「謝る必要はないよ〜これでもモンスターだからね〜」
「やっぱりモンスターなんですよね?」
「そうだよ〜」
「モンスターって喋るんですか?今までそう言うモンスターに出会ったことがなくて…」
「喋るモンスターもいるけど喋らないモンスターがほとんどじゃないかな〜」
少年は困惑する。当然である。相手からすれば急に動物が喋って会話ができているみたいなものなんだから。特にモンスターなんてライオンが喋っているものと同義。困惑しない方が無理である。
数日前にあの金髪の少年に聞いた話だとワタシの噂は確定していてギルドでも公認されたと言っていたが彼のような駆け出し冒険者には知らない人もいるのだろう。
「とりあえずこれでも食べなよ」
「あの、これは…?」
「『オレンのみ』だよ〜。少し怪我も治るから〜」
「………いただきます!……美味しい!」
「1500ヴァリスだよ〜」
「え!?」
「冗談だよ〜」
なんと言うか、からかいがいのある子だな。
オレンのみで怪我を治しながらその辺の『シャドークロー』で座りやすいように加工した岩に座り、ゼノス達と試作中のきのみジュースを飲みながら話を聞くことにした。
どうやら好きな人ができたが今の自分ではその人の隣に立てない。そのことをその人の仲間が話しているところを聞いてしまったらしい。でも彼はそれを突きつけられたことよりも、それを自覚せず、何もしなかった自分に対して怒った結果、ダンジョンに無謀な挑戦をしてしまったらしい。
「気持ちはわかるけど急ぎすぎだよ〜」
「はい。反省してます」
もしも状況が悪ければ死んでいたかもしれない。それを自覚しているだけマシだろう。
「キミはその人に並ぶために冒険者をしているのかい?」
「…この歳で言うのは、すこし恥ずかしいですけど、英雄に憧れて」
英雄か。確かに子供の頃に桃太郎とか読んでたな。
そういえばポケモン視点の英雄って誰になるのだろうか?ケルディオとかなのかな?いや、映画のタイトルにもなってたしゼクロムとレシラムかな。あとポケダンの主人公達も英雄だろう。伝説に立ち向かい、様々な冒険をする。これほどまでに英雄足らんとする存在を英雄と認めなくてどうする。
「キミにこれをあげよう」
「スカーフ?」
ワタシが少年にあげたのは青いスカーフ。商品のような特別な力を持っていない初めて作ったただのスカーフだ。ポケダンの主人公達がつけているスカーフによく似ているだけの。
「次はお客さんとして来てね〜」
「え?お客さん?」
長居すれば大勢に見つかるし、水の階層に置いて来た荷物が心配なので、少年が理解していないうちに階段を下りる。彼が英雄になるかどうかは知らない。でもまっすぐで綺麗な目をしていた。
もしかしたら来年には1番の顧客になっているんじゃないか。そんな期待を抱きながら明日も商売を続けた。