世界はヒーロー《英雄》を求めている


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No.2 聖火(ウェスタ)


文字数かなり長くなりました。


 

「お願いです、僕達をこのファミリアに入れてくれませんか!」

 

「僕からもお願いします。我儘は承知ですが、二人で入りたいんです!」

 

太陽が燦々と地を照らす真っ昼間。人通りの多いオラリオのメインストーリーでファミリア入団を懇願する少年と青年の声が響く。

 

殆どの人々はその光景に無視を決め込むが、一部は嘲笑の的にしたり、昼間から酒を飲む者は肴にしたりと嫌な空気感に二人は包まれていた。

 

「どうしても入りたいって言うなら、そこの傷跡だらけの兄ちゃんだけだ。青臭いガキはファミリアにはお荷物、要らないね」

 

団員からの心無い一言に白髪の少年――ベルは顔を落とす。

 

「⋯⋯すみません、そうであれば入団は辞めておきます。突然の訪問失礼しました」

 

「チッ、ならここからさっさと失せろ」

 

団員からの発言を聞き青年――出久は落ち込む少年を庇うように前に出ると断りを入れた。不機嫌になった団員はそのまま怒鳴るように扉を強く閉める。

 

「⋯⋯ちょっと休憩しようか」

 

「ごめんなさい、イズクさん⋯⋯」

 

肩を落とすベルを見兼ね、出久はまた慰めの言葉を送りながら、トボトボとメインストリートを進む。第一目標、ファミリア入団を決意したものの、門前払いを食らったのは今のを合わせて二十回目。

 

出久はこうした拒否に慣れているが、問題はそこでは無く、ベルことだった。ファミリアを訪れる度出久はその見た目からか高確率で勧誘されるのだが、ベルは反して除け者にされてしまうのだ。

 

無論、その度に出久は入らないと表明するのだが、毎度ベルからの謝罪を聞く羽目になるので心苦しく、出久は彼と同様精神が摩耗していた。

 

「本当にすみません、僕が不甲斐なくて」

 

「謝られないでってベル君。君のおかげで僕はこうしてオラリオの街を歩けているんだからさ」

 

「僕、イズクさんの迷惑じゃないですか?」

 

「うん、全然!まだ時間もあるし、頑張ればそのうち優しい神様が僕達を拾ってくれるよ」

 

メインストーリーを抜け、中央広間らしき所に二人は出ると、近くにあったベンチに腰掛け言葉を交わす。とはいえ、その殆どは慰めのものだが。

 

ナヨナヨと体育座りで縮こまるベルに励ましの言葉を出久は送ると、気になっていた事を口に出した。

 

「ベル君、少し話変わるんだけど、僕が道で倒れていた時、近くに人が居たりとか異常とかってなかった?」

 

「人と、異常ですか?う〜ん、すみません、目撃してないですね。僕が見たのは道端で倒れているイズクさんだけでしたので」

 

「そっか⋯それなら仮説としては事故の瞬間、意識外で個性を行使されてそのままここに来てしまったこと。トラック自体が何か個性による細工をしていてぶつかって飛ばされたこととか⋯か?いやでもどんな意図があって――」

 

ベルの言い分を聞き、出久は思考に耽り始める。そして訪れる沈黙、否、出久はブツブツと口から思考が漏れ出いるため、その限りではなく。横にいるベルは出久の手元を見て、目を泳がせていた。

 

沈黙と喩えていいのかも分からない異質な沈黙を破ったのは少年――ベルだった。

 

「あ、あの、イズクさん前から気になってたんですけど、貴方が手に持ってるそのカバンって何なんですか?」

 

好奇心が抑えられない、とでも云うようにベルは若干ソワソワとしながら出久が手に持つ不思議な形をした鞄について問い掛ける。

 

「ブツブツ――ッ?あぁ、これ?僕のヒーロースーツだよ」

 

呼び掛けによりナードは思考の世界から呼び戻されると返事をする。

 

元の世界について伝えたベルになら別に教えてもいいと思い、出久はケースを軽く持ち上げると少し誇示した。するとベルは目を輝かせて、

 

「ヒ、ヒーロースーツ!?も、ももしかしてイズクさん、ヒーロー活動してたんですか?!」

 

「そうだよ?⋯そういえば言ってなかったっけ?僕、今は学校で教師をしながらこれでヒーロー活動してるんだよ。ただ、両立は結構難しいから活動にはあまり身は入ってないんだけど」

 

「えぇェ!?なんで、なんでそんなカッコいいこと早く言ってくれなかったんですか!勿体無いですよも〜!」

 

下半身はそのままに上半身をこちらに向けて、ベルは前のめりになると興奮を爆発させた。「戦闘型(バトルスタイル)は?どんな敵を倒したんですか?」とジリジリと距離を詰めながら質問してくる少年に出久は手で静止させると、問に答えた。

 

「戦闘型は脳筋⋯って言ったら伝わるかな、とりあえず拳で力押し!って感じで、でも、状況に合わせて別の武器も使う。敵は⋯⋯沢山倒してきたからあんまり覚えてないや⋯」

 

内容を聞いてベルは目を輝かせて感銘を受ける中、出久は話の後半で言葉を濁した。倒した敵、その言葉にふとあの『泣いている少年(死柄木弔)』を思い出してしまい、急な無力感が体を襲う。

 

彼の途方もない憎しみを出久は全身全霊で受け止めて、戦った。そして、互いに拳を突き合わせて通じ合った最期の瞬間、泣いている少年はそこにはいなかった。けれど、

 

――『命』は救えなかった。

 

その後悔は消えることはなく、出久は大人になった今でも未だに引きずっていた。

 

「そんなに多くの敵を倒してきてたなんて⋯⋯!あっ、良ければイズクさんのヒーロースーツ姿見せてくれませんか?」

 

ベルの純真な声に俯きかけていた顔をゆっくりと上げると、出久は周囲を見渡す。中央広間及び正面のメインストリートには何百人と人がいる。

 

そんな現状でもしこの世界ではオーパーツである『Ω』を起動すればどうなるか、想像に難くない。

 

「⋯⋯あー、ごめんベル君。ここじゃ見せられないや、絶対周りに騒がれる」

 

「――あ、確かに。じゃあ、二人でファミリアに入団できたら、その祝いに見せて下さい!」

 

男の子らしく無邪気なことを言うベル。純粋無垢なその目には浪漫が宿っているのを出久は見逃さず、内心で微笑んだ。やっぱり男の子は英雄に憧れるんだなと、そう思いながら。

 

「――わかった。約束するよ!」

 

「やったぁ!!⋯それなら、早く行きましょう!」

 

休憩の終わり、ベルはベンチを立ち上がるとモチベーションを新たにもう一度メインストーリーへ駆け出した。

 

 

 

「お願いします!!」

 

「ダメだ」

 

猪人(ボアス)の団員によって目の前で扉が固く閉められる。しかし、ベルはめげずに顔を上げて次に行く。

 

「お願いします!」

 

「無理で〜す。だって君弱そうだもん」

 

お次の相手は人間(ヒューマン)、ベルと同じ種族、同胞である。

 

しかし、かと言って情や同情などは微塵もなく、ヘラヘラと人を小馬鹿にした笑いと罵倒がベルを襲った。悔しさと侮蔑の衝撃でベルはどうにかなりそうになるも自制して、休むこと無くまた次へ。

 

 

 

「お願いします⋯」

 

「どっか行け」

 

そうして続ける事計八十五回、又もベルは入団を拒否された。既に言葉には覇気がなく相手もその原因を察していたようで、早々に不愉快な顔をしていた上断っていた。

 

――今日はもう無理かな

 

ベルの情緒と夕暮れ時という自他共に具合の悪い時間帯を考え、出久はそう結論を出す。が、笑える余裕はなかった。

 

今夜の宿の問題や二人分の食費等、ベルに負担してもらっている現状でギリギリなことが多過ぎるのだ。それに恐らくベルは二人分を賄えるほど所持金を持っている訳ではないだろう。

 

次の行動を考えれば諦めたくない、というのが出久の本音だ。しかしどう見てもベルが限界な為、割り切るしかない。

 

「ベル君、今日のところは入団希望を辞めにしよう。流石に疲れたでしょ?」

 

「⋯⋯あともう少しだけ頑張ります」

 

「⋯⋯わかった、じゃあもう少し歩こう」

 

次のファミリア候補に向けて二人は通りを進む。街は夕暮れ時にも拘わらず人は増えていき、喧騒が建ち並ぶ店から通りまで聞こえ始める。

 

屋台の品物を品定めしたり、子供がはしゃいだりと穏やかな昼間と違い、夕暮れの今は少し荒々しい雰囲気が漂っており、街並みは徐々に様変わりしていた。

 

「あれが冒険者、か。やっぱり想像してたのとは違うな」

 

酒を豪快に飲み交わしたり、胸ぐら掴んで喧嘩をし始める冒険者。そんな彼等を見て出久はそう感想を零す。想像してたのはもっと凛々しい戦士のような姿だが、どうも違うらしい。

 

チラリとベルの方を一瞥すると、彼はその光景を羨ましそうに見詰めながら自身の境遇の格差からか溜息を吐いていた。

 

冒険者とベルを見比べてみると、見た目の差は歴然だ。画風が違う。散々言われているがやはり断られる理由としてはベルが貧相に見えてしまうのが問題なのだろう。

 

どうにか解決出来ないだろうかと、出久は脳を回転させて思案しようとした刹那、鈴のような声が鼓膜を揺らした。

 

「おーい、そこの君たちぃ、裏路地は危ないから、行かない方がいいぜ?」

 

背後から聞こえる高らかな声に二人は驚いて振り返り、ひょこりと視界の端に映った黒の頭を追って視線を下にさげた。

 

自身の爪先が少し見える程に見下ろした視界にいたのは、小柄な少女だ。艶やか黒髪を頭の両端で伸ばした髪型のツインテールに青玉の瞳をしていて、幼い外見に反して胸囲はデカい。

 

成長すれば絶世の美女間違いなしの少女、そんな魅力的で幼気な少女が一人でいる所を目撃した二人は表情を引き締めて顔を見合わせ、互いに小さく頷く。

 

「あ、ありがとう。えっと、君は?こんなところに一人で、迷子なのかな?」

 

「きっと親御さんから離れちゃったんだね。兄さん達がパパとママを一緒に探してあげるから、君の名前を教えてくれるかな?」

 

「迷子みたいな見た目してるのは君達の方だろう?それにボクは子供じゃなくて神様だぞ」

 

ムッと口を尖らせる少女の発言に二人は困惑し、どうしようかと又も顔を見合せようとするが、少女を取り巻く雰囲気の変化にそれは杞憂だったと二人は思い知った。

 

言葉と共に押し寄せる神聖な気配は紛うことなく神のソレであった。少女の正体を察した二人は大慌てで謝罪を繰り返した。

 

「本当にすみませんでした!何の言い訳にもなりませんが、僕ら、一日中ファミリア探しに没頭してて他への配慮が抜けていました」

 

「僕のせいなんです!イズクさんは入団できるのに、頼りなくて入団できない、僕を庇ってくれているんです」

 

「へー、なるほどねー。それじゃあ君達、いや君はどの【ファミリア】からも門前払いを食らっていたってことかー」

 

「は、はい⋯⋯」

 

正座をするベルと出久の前で小柄な女神は呟きながら豊満な胸を抱えて腕組みする。女神に気圧され、萎縮の一途を辿るベル。しかし、反対に出久は眼前の女神に違和感を感じていた。

 

一見すると堂々たる立ち振る舞いをする女神だが、よく観ると顔は強ばっている上、仕草は演技臭く、口調もどこか単調で、心無しか出久の目には女神も余裕がないように見えた。

 

「あー、んんー⋯⋯実は、ボクも今【ファミリア】の勧誘をやっていてね。ちょうど冒険者の構成員が一人、いや二人欲しいなぁーなんて奇遇にも思っていてだねえ、その、うん、えーと⋯」

 

言葉が続くにつれ焦り出し威厳がなくなっていく予想通りの女神を見て出久は内心、心配するもこれはチャンスだと思い口を開く。が、それよりも早くベルは、

 

「入ります!入らせてくださいっ!」

 

「⋯⋯い、いいのかい?えっと、緑髪の君はどう、かな?」

 

ベルの即答に女神は驚いたのか弾かれたように声を上擦らせたが、調子を直ぐに正して問い掛ける。ベルが是と答えた時点で出久の答えは決まっていた。

 

「――神様が宜しければ、是非!」

 

「――ッ!いいのかい?ボクはちっとも有名じゃない無名の神様なんだぜ?それでも、本当に、ボクの【ファミリア】なんかで?」

 

「いいです、全然大丈夫です!むしろ僕みたいなやつが入っても大丈夫ですか!?」

 

「僕も全知全能の神様を頼りたいって思ってた所なんです。大人なのに全くの世間知らずなもので」

 

狂喜乱舞な様子で情緒を爆発させる白髪の少年と羞恥を誤魔化そうと髪を掻く仕草をする青年。二人の人間(子供)に神――ヘスティアは満面の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

裏路地の入口前で互いに意気投合後、そこからは早かった。お互い――出久を除いて――有頂天になりさくさくと自己紹介を済ませ、ヘスティアとベルと出久の【ファミリア】は発足することになる。

 

「よし、ベル君、イズク君、付いてくるんだ!【ファミリア】入団の儀式をやるぞ!」

 

「「はい!」」

 

三人が向かったのはみすぼらしい書店。店内には老齢のヒューマンがいて、ヘスティアが入ってくるのを見ると短い白髭を動かした。

 

「やぁ、ヘスティアちゃん。【ファミリア】の勧誘だったらお断りだよ」

 

「違うって!おじさん、二階の書庫を貸してくれよ!」

 

「おうおう、構わんよ。本は読んだら、もとの棚に戻しておいてね」

 

店主の了解を得て、ヘスティアはベルと出久の手を引いて階段を駆け上がると、その一室は古い木の香りが漂っていた。

 

隙間なく埋まった本棚が部屋の四方を占領しており、棚の前にも書物の山が築かれている。

 

ヘスティアと店主の親睦から出久は、多分貧乏な彼女が一方的に店主の好意に甘えて書庫に入り浸っているのだろうと察する。

 

「よし、じゃあ先にベル君、服を脱いで、ここに座ってくれ」

 

「ふ、服をですか?」

 

服脱ぐ、つまり裸になれと指示されたベルは若干顔を紅潮させるがヘスティアは「ああ、」と人差し指を立てながら、気を利かせ、

 

「上着だけでいいよ。これから君に、ボクの『恩恵』を刻むんだ」

 

ポツリと中央に置かれたソファでヘスティアとベルの儀式は始まった。その光景を見守る出久も『儀式』や『恩恵』などの大層な言葉に正直なところ緊張していた。

 

ヘスティアは人差し指を針で少し傷付けて一滴の血を出し、それをベルの背中へ宛てがって沿わせる。血を使うという如何にも儀式らしい光景を見詰めていた出久は更なる展開に息を飲んだ。

 

「背中に、数字みたいなものが浮かんで⋯!?」

 

ベルの背中に淡い光の膜のような物が浮かんだと思うと、その中に数字の羅列が浮遊していた。

 

「えぇ!?神様、僕の背中に刺青を彫ってるんですか!」

 

「君達は本当に世間知らずだなぁ。これは『神の恩恵(ファルナ)』って言って、君達の潜在能力を数字で表すものなんだ。まぁ、Lvとかの事は追々説明するよ」

 

解説を口にしながら、手際よくヘスティアは儀式を終わらせた。ベルの背中へ幾多の数字が終結していき、胸椎から腰椎に掛けて漆黒の文字が刻まれる。

 

それはまるで一冊の『本』のようだった。ヘスティアはその背中を一撫ですると緩慢と微笑んだ。

 

達成感や充足感とは違う、純白な慈母のような眼差し。窓から差し込む金色の光も相まってそれは絵画のようで、壮大な『物語』の一ページ目のようだった。

 

「さ、イズク君、次は君だ!上着を脱ぎたまえ!」

 

「りょ、了解です!」

 

出久は着ていたスーツとワイシャツを脱ぎ、半袖の下着姿となる。すると、ヘスティアとベルは目を見開いた。

 

「体中の傷やその肉体といい、君、一体過去にどんな事があったんだい?」

 

驚愕と不安が入り交じったような表情をするヘスティア。自分を心配してくれていると分かるその声に出久は自身の出処を知る少年にアイコンタクトを取ると、彼は小さく頷いた。

 

「神様、実は僕、異世界から来たんです」

 

「――ッ!!?な、なな、なんだって!?い、異世界だとぉ!?」

 

ヘスティアはツインテールを触手のようにウネウネと動かして感情の昂り表現するとソファの背もたれを強く叩いた。指先が座っていたベルの脳天に当たり少年は「痛っ」と小さく呟く。

 

「し、しかしぃ、嘘ではない様だね。かなり驚きだが⋯⋯」

 

「えっ?そんな簡単に信じてくれるんですか?」

 

あっさりと信じてくれたヘスティアに出久は唖然としてしまう。神とはいえ、納得させるには根掘り葉掘り語る覚悟だった出久は秒で信用を得て肩透かしを食らった気分だった。

 

口を開けながら固まる出久にヘスティアは目を細め、

 

「神には下界の人間の嘘が分かるんだ。異界の身の君にもそれは同じだった。だからイズク君、君に今すぐに、忠告しておくよ」

 

調子を上げていたヘスティアの語調が真剣なものになり、出久は気を引き締める。当事者でないベルさえも同様に。

 

「この極秘情報()は絶対に口外しない方がいい。天界からここに降りてきた神達は、ほとんどが気まぐれで、娯楽に飢えている。対した君は、言うなれば未知の塊。情報を手にした神達がどんな悪辣な事をするか」

 

「――天界で彼等と一緒にいたボクは嫌という程知っている。だから、絶対に口外しないでくれ」

 

ヘスティアの忠告を聞いた瞬間、出久はゾクリと鳥肌が立った。ベルとベンチで会話した内容、そして、あの場でベルのためにほんの少しでも『Ω』を装着しようと思考した事を思い出し、体から血の気が引いていく。

 

「⋯⋯分かりました。ありがとうございます神様」

 

だが、そんな危機を教えてくれるヘスティアだからこそ出久は信じられると確信する。

 

「うん。それじゃ、君の【神の恩恵(ファルナ)】を刻んでいる間に過去について教えてよ」

 

「途中からあまり面白くない話ですよ⋯⋯?そう思ってベル君にも伝えてなかったですし」

 

「⋯それなら、前半から中盤ぐらいまでを聞かせておくれよ」

 

「そうですね、前半はかなり奇天烈だったので印象深くて語りやすそうです」

 

出久はソファで女神の方へ背を向け瞑目すると、物語を語り出す。ヘスティアもそれを合図に恩恵を刻み始めた。

 

「――人は生まれながらに平等じゃない。これが、僕が齢四歳にして知った、社会の現実、そして僕の最初で最後の挫折でした――」

 

プロローグを語り、個性と無個性の事を幼馴染と自分を比較して語り、物語は起承転結の起の部分に差し掛かる。その間にも驚くヘスティアやベルに相槌を打ったりなどしていて、ベルの反応の起伏が面白く時々、出久は口角を上げていた。

 

「ん〜?なんだか【神の恩恵(ファルナ)】を刻む時間が長いなぁ」

 

「神様、今は、静かにしましょうよ」

 

作業を続けているヘスティアが疑問を覚えるのを他所にベルはシーッと口元に手を当てて囁くような声量で女神へそう告げた。ヘスティアも「そ、そうだね」と小さく囁く。

 

「ん?もしかして、儀式終わりましたか?」

 

「いやいや!まだだからイズク君は話を続けてくれ」

 

ヘスティアの言葉に出久は軽く返事を返すと、再開し始めた。話はオールマイトというヒーローに出久がしがみついて行ったという所だが、ヘスティアはそこから話が入ってこなかった。

 

――なんで、ファルナを上手く刻めないんだ!?

 

上手く刻めない、というのもおかしな話である。ファルナは出久の世界で言う所のプログラムであり、実行は恩恵を刻んだ眷属の経験値を読み取ってそれを反映させること。

 

無論、神の力であるファルナ、プログラムには異常は絶対にない。それが世界のルールだからだ。

 

そして神に真偽がバレるという下界のルールに当て嵌る出久も例外ではない筈なのだが、何故か現状上手くいっていない。

 

――なんだ、なにか、この子中に燻りを感じる

 

ヘスティアは何とか出久へ【神の恩恵(ファルナ)】を力ずくで与えようと奮闘していたところ、出久の奥底で燃える『それ』を見つけ出す。

 

――これは、もしかして『種火』?

 

【神の恩恵】を刻み始めた頃では気付けなかった、否、存在すらしていなかった火口。それが何の因果か『聖火』を司るヘスティアの手によって灯されていた。

 

――やるしかないね!

 

下界に来て一度も行使することのなかった自身の権能を存分に振るえる時が来たことでヘスティアは覚醒した。

 

小さな火種は今度は強風に煽られることなく、神の手によって優しく丁寧に吹かれていく。顔を近付け消えることの無いようゆっくりと。

 

種火は弱風によって火種へと形を変えた。ヘスティアは上手くいったことに少し満足する。瞬間――

 

――ッ!!?

 

ヘスティアの脳内に他者の記憶が溢れ出した。

 

呼び起こした火種は『分かたれた日』を思い出す。

 

それは白髪の『双子』その弟の記憶。

 

『だから――殺して奪ってやった』

 

体を発光させて宙に浮くその人物に記憶の主は問い掛ける。

 

『⋯⋯なんで⋯生まれたばかりの、赤子を』

 

『だって、あのコミックに描かれていたろ。ONE FOR ALL(ワンフォーオール)⋯、ALL FOR ONE(オールフォーワン) 良い言葉だよな』

 

『ヒーローは正体を隠して孤独に戦っていたけれど、悪の魔王は皆が恐怖して全てを差し出すんだ』

 

『おまえがそうであるように⋯。皆が僕の為だけにあろうとする世界。僕にも夢ができた!』

 

宙を浮く白髪の男が笑みを浮かべた所で記憶は途絶え、ヘスティアは意識を戻した。

 

――ハァ、ハァ!

 

意識を回帰させてからヘスティアは自身が息は上がって冷や汗をかいていた事に気付き、しかし二人に悟られまいと歯噛みしながら耐え忍ぶ。

 

記憶の中で見たあの白髪の男は果たして本当に人間なのだろうか。そんな神としておかしな感想を抱いてしまう程、ヘスティアは彼に恐怖を覚えていた。

 

――あの記憶は一体?

 

突如溢れ出した他者の記憶、下界の未知に、ヘスティアは狼狽するが意を決して火種を【ステイタス()】へ落とし込む。

 

火種は火へ、火は火炎へ激しさを増していく。それに呼応するのにヘスティアの脳内に他者の記憶が溢れ出していく。

 

それは彼の、否、彼等が紡いできた義勇の物語。ヘスティアは物語の終幕を見届ける。

 

『もう――壊したよ』

 

崩れゆく青年と少年だった出久が拳を突き合わせている最期の光景。巨悪を討つ使命、否、救済は出久によって果たされていた。

 

――君の物語はずっと、ずっと前から始まっていたんだね

 

感嘆でヘスティアは目尻を熱くするも、堪えて指で目元を拭い、【神の恩恵】を刻み終えた。

 

「アツ――ッ!?」

 

「イズクさん⋯⋯?」

 

背中に刻んだ【神聖文字(ヒエログリフ)】が炎の如く輝き出し、出久の背中に燃えるような錯覚を生みながら、ある文字刻んでいく。

 

「な――っ。こ、この感覚は!?」

 

体の内から湧き出す純粋な力に出久は既視感を覚えていた。力は流れる血液のような脈動を模しながら体中を覆っていき、出久は白緑色の稲妻を辺りに迸らせた。

 

「ワ、ワンフォーオール?!」

 

偶然か、必然か『聖火(ヘスティア)』によって力の結晶――OFAはもう一度、聖火を宿す。窓から差し込む金色の光がまるで出久を祝福するように、背を強く照らしていた。

 

この時、この瞬間、世界は物語を変えた。綴られていた歴史は白紙へと戻り、以後、彼等の物語は彼女の手によって書き記されていく。

 

それは子供達の織りなす物語。しかし、過去、繰り返されてきた冒険譚とは少し違う、神々でさえ見なかった英雄神話。

 

これは、青年が救い、少年が歩み、女神が記す、

 

眷属の物語(ファミリア・ミィス)

 

 





ステイタス、個性、スキルなどの設定は次回!
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