沖縄に来て、タコスの奥深さを知りました——。
ということでこんにちは、ライターのISOです。
今回は沖縄市のコザにやってきました。
ご存知ない方のために説明すると、『「コザ」とは、沖縄市の中心市街地であるコザ十字路から胡屋地区、中の町地区まで広がる文化圏の愛称。米軍が越来村の胡屋地区をKOZAと呼んだことをきっかけに、一般の人々もコザと呼ぶようになったと言われている』(沖縄市観光ポータルサイト・Kozawebより)とのこと。
米軍基地の門前町であることから、沖縄とアメリカを融合させたような独特の街並みを有するコザ。
通りを少し歩くだけでも奥深いカルチャーの匂いがプンプンしますが、そんなコザのど真ん中に可愛らしい映画館を発見。
それが「シアタードーナツ・オキナワ」。
その名の通り、ここは映画を観ながら手作りドーナツを食べられる映画館。わー!どれもめっちゃ美味しそう。
さらに公式HPには「シネコンでも、単館でもない、第三の映画館。コミュニティシアターです」と書かれてあります。コミュニティシアターって一体なんだろう。
上映中作品を調べたところ、ドキュメンタリー中心の作品セレクトというのも何やら興味深い。しかも映画の上映後には代表の方による前説ならぬ“後説”があるとか。日曜洋画劇場の淀川長治さんみたいな感じでしょうか……?
調べれば調べるほど気になることだらけ。ということで陽気なシアタードーナツ・オキナワ代表の宮島真一さんに話を伺いました。
するとビックリ。ここはコミュニティを巻き込み、未来の映画文化を育てる「街の映画館」の理想系だったのです。
宮島真一さん
1973年生まれ。地元コザの街に並ぶ映画館で映画に触れながら少年時代を過ごす。コザのFM局で帯番組のパーソナリティーを務め、2014年から沖縄市コザを紹介するテレビ番組「コザの裏側」のメインMCを担当。2015年にシアタードーナツをOPEN。沖縄市ちゃんぷるー観光大使。
街の「公民館」的な役割を果たす映画館とは?
「いらっしゃい!」
「絶対に面白い人が来た! 今日はよろしくお願いします」
「来てくれてありがとうね」
「着いて早々、めっちゃ居心地いいな……。まず、シアタードーナツ(以下、シアド)ってどんな映画館か教えてもらえますか?」
「最近辿り着いた結論が、うちは『公民館』だなと。映画を通じて人やコミュニティが繋がったり、コミュニケーションをしてその繋がりが深まる場所になれているんじゃないかなと思います。それってなんだか公民館みたいじゃない」
「『コミュニティシアター』ってそういう意味なんですね。映画を通じてコミュニティが繋がる/深まるって、具体的にはどんなことをしているんですか?」
「たとえば今日は、銀行の人たちに『人生フルーツ』(2016)って映画を観てもらう研修会を貸切でやってるんです。ちょうど今上映中で、観終わった後に僕がいろいろお話をさせてもらうんですけど。
そこで僕の仕事の話もしつつ、『みなさんはこの映画の主人公夫婦の人生を観て何を感じ、これから仕事先や地域でどんなコミュニケーションをしていきますか?』って尋ねてみたいなと」
『人生フルーツ』 予告
「面白い研修ですね。お堅い銀行のイメージとは全然違う」
「数年前にいろんな職種の人たちが集まって仕事について語ろうという企画があったんです。そこで銀行の頭取とお話ししたときに“『人生フルーツ』という映画が最高で。仕事について考えるきっかけにもなる映画なので、ぜひうちで観て、いいと思ったなら研修にぜひ使ってほしい”ってお願いしてみたら、本当に映画を観に来てくれて。
それだけでも嬉しいのに、映画がよかったからって本当に研修をしてくれるようになったんです」
「まさに『コミュニティシアター』を体現するエピソード」
「聞くところによると、『人生フルーツ』はここ何年もシアドで上映し続けているそうですね」
「『人生フルーツ』をうちで最初に上映したのが2017年。そのときは1ヶ月くらいで終了したんだけど『とてもいい映画って聞いたからまたやってほしい』とリクエストを受けアンコール上映したんです。それが終わるとまたリクエストが来て再上映して…という繰り返しを7、8回くらい、2年かけてやったんですよ。
それでもまた問い合わせが来たから『最近知ったんならしょうがない。じゃあ沖縄県民が全員観るまでやるからね』って宣言しちゃって(笑)。そのときに、たとえば沖縄県民全員が『人生フルーツ』を観たら、みんなどんなコミュニケーションをして、どんな未来を描けるんだろう?って想像して楽しみになってね。そこからはずっと上映してます。
毎月100人以上のお客さんが来てくれるから、新作よりも賑わっている時もあるんですよ」
「さすがは大ヒット作」
「それからうちで上映する作品は『沖縄県民全員に観てほしいと思える映画』にしようという目線が出てきて。だから今やっているどの作品にも自信を持っているし、なんならどれも全部沖縄県民全員が観るまで上映したい」
半径数メートルのコミュニティに届く映画を選ぶ
「上映作品をみると社会的な目線のドキュメンタリーが多めですが、このセレクトには理由があるんですか?」
「シアドができて間もない頃に、琉球大学の先生から“『60万回のトライ』という映画を上映してくれませんか?”って問い合わせがあったんです。その映画のことを知らなかったんだけど、観たらすごくいい映画で。
大阪朝鮮中高級学校(大阪朝校)のラグビー部に焦点を当てたドキュメンタリーなんだけど、日本で生きる高校生なのに在日朝鮮人という理由で大会に出られなかったり、授業料免除の対象外になったりするんです。
その先生は、この映画をコザ高校のラグビー部員やOB、監督や保護者に観せたいと言うんです。というのもコザ高校は大阪朝高と何度か試合をしたことがあるから、彼らに大阪朝高のことを知ってもらいたいんだと」
「いい先生!」
『60万回のトライ』予告編
「その頃は沖縄産の映画をみんなに観てもらおうと一生懸命やってたけど、空回りしてばかりでシアドに全然お客さんがいなかった時代。もう映画館を閉めようかなと思っていたなか『60万回のトライ』を上映してみたら、めっちゃお客さんが来たの。
そのとき気付いたのは、この映画を観に来てくれたのは映画好きではなく、作品のテーマや題材に関心がある人たちだったということ。
そこから社会的な関心ごとが映画を選ぶ際の基準になっていきました。高齢化社会や認知症、医療福祉、教育といった視点の作品が増えてきて、すると自ずとドキュメンタリーが中心になっていくよね。徐々にその題材に興味があるお客さんが増え始め、クチコミも広げてくれて。『60万回のトライ』はシアドの今に繋がるすごく大きな作品でした」
「映画好きではなく、社会に関心を持つ人にリーチする映画館。めちゃくちゃ面白い」
「僕の目標は『月に一度は映画館で映画を観ようぜ!』と町のみんなに思ってもらうこと。それを掲げた時に重要なのは、どれだけ半径数メートルのコミュニティに届くテーマの映画をやるかということだと思うんです。
子どもたちと観られる映画はやらないのかとよく訊かれるんだけど、僕は『大人に観てほしい映画を選んでいます』って答えるんです。子どものためじゃなく、親が学ぶために観てほしい。それが結果的に子どものためになるから。そして親が観て学んだうえで、その映画を子どもと一緒に観たいと思ってくれたら嬉しいよね」
目標は、劇場と観客が応援し合える関係をつくること
『人生フルーツ』上映後に後説をする宮島さん。笑いを誘いながら監督が来たときのエピソードや、印象的な観客の感想、作品のメッセージについて紹介。「映画って作られて完成じゃないからね。観てもらって完成するから。今日は25名分の映画が完成しました。僕がコツコツやっている仕事は、そうやって映画が最後に完成する瞬間を毎日見られる仕事でもあるんです」
「上映後には宮島さんによる後説があるのも独特ですね」
「僕自身も映画館を通してコミュニケーションをしたいし、お客さんに作品をより深く楽しんでもらいたいじゃない。いろんなゲストを呼んでトークもするから、僕もどんどん知識をつけて回を重ねるほど上手くなっていくのも楽しいしね」
「羨ましいなぁ。そこまで代表とお客さんの距離が近い映画館って他にないですよね」
「僕の目標は、お互いに応援しあえる関係をお客さんとつくること。それで貸切上映も始めたんです。オープン当初は朝から夜まで上映していたんだけど、夜は全然人が来てくれなくてね。それで夜は通常営業はやめて、貸切とか自主上映イベントをしようって作戦に切り替えた。
そしたらバチっとハマって、いろんな人が貸し切り上映をしてくれるようになったんです。貸し切りをするには何名以上って決まりがあるから、貸し切る人たちが、これまでシアドに来る機会がなかった人も呼んでくれるの。そしたらまたコミュニティが広がるでしょ」
「確かにミニシアターって最初入るのは勇気がいるかもしれないけど、一回行けばなんてことないですからね。そこからリピーターになりそう」
「すると次にお客さんが自分で企画をつくってくれるようになりました。たとえば医療系の映画なら病院の先生や看護師さんをゲストに呼んで、濃いトークを企画してくれる。僕が司会進行をするから勉強になるんだよね。
さらに最近ではお客さんがセレクトした作品も上映するようになってね。たとえば『がんと生きる言葉の処方箋』(2019)がそう。僕も知らない作品だったけど、コミュニティとコミュニケーションの映画と聞いてシアドにぴったりだと思いやることになったんです」
「お客さん主導でそこまでやるってすごいですね」
「あとはローカルの映画監督が自主制作でつくった映画を貸切でお披露目会をしたり。そういう場所になっているのは嬉しいよね。映画館をやっているのは映画を作る人に対する恩返しでもあるから」
「印象に残っている貸切上映はありますか?」
「最低人数分の料金を払うから、『人生フルーツ』を貸切にして彼女と観たいという人がいたんです。どうやら彼女にプロポーズしたいんだと。僕らは普通のテンションで接客して、再生ボタンを押したら彼氏がつくったプロポーズビデオが流れるっていうね。今まで2組いたかな。ロマンチックだよねぇ」
「ラブロマンスじゃなく、『人生フルーツ』でプロポーズってのがニクいなぁ」
妄想とゾンビから誕生したシアタードーナツ
「そもそも、どういった経緯でシアタードーナツをオープンしたんですか?」
「まず始まりはコザの観光協会のスタッフさんが、コザで映画祭をしたいって妄想会議をしたこと。繋がりがあって誘われた僕は、テレビ番組の製作者や映画監督、旅行会社さんと一緒に『そもそも映画館がない沖縄市で映画祭ができるの?』『映画祭をするならコザの映画もつくりたい』と好き勝手に意見交換をしたんです。
その後、僕の愉快な仕事仲間と『映画館ってどう作るんだろう』とぼんやり考えながら映画館業界について調べていくなかで、神奈川の逗子にCINEMA AMIGOさんっていう素敵な映画館があることを知りました。席が少なめのお洒落なカフェ兼ミニシアターのようなところで。それで出張ついでに仲間と見学に行きお話を伺ったんです。そこで『プロジェクターでもいいんだ』とかいろんな気付きをもらいました」
「高価な機材が必要ないというのは大きいですよね」
「その頃、『シャッター街が増えてきた沖縄市・コザを映画作りで盛り上げたい』という企画が上がり、観光協会が運営している沖縄フィルムオフィスが主導で『ハイサイゾンビ』(2015)って短編映画を作ったんです。映画を撮っていたら本物のゾンビが現れるという作品で、僕もお手伝いとして参加し、町民100人くらいにもゾンビのエキストラとして協力してもらいました」
「本格的な規模!」
『ハイサイゾンビ』 予告 ※U-NEXT他で視聴可能
「それで完成したのはいいけど、みんな制作予算ばっかり気にして上映予算をまったく考えてなくて。普通に上映してもらうのが無理なら自主上映をしようと、友人がやっているカフェバーで簡易的な上映会をやりました。そしたらみんなが喜んでくれたから、調子に乗って東京のミニシアターを箱借りして上映したりして。
そうやって映画を上映するうちに、ぼんやり考えていたミニシアターをやる決意が固まって、『映画館を作ろうぜ!』って宣言して仲間達と場所を探して、一気に進めていきました。ノリは小学生だったね」
「オープン当初は沖縄県産映画を上映するというコンセプトだったとか」
「沖縄国際映画祭で、地域発信映画みたいな括りの短編映画が毎年数本作られていたんですよ。でもその映画祭でしか上映されないから、その上映をシアドでやれたらなって。
というのも映画を作るうえでロケ地に暮らすいろんな人の人生にお邪魔しているわけだよね。その人たちに丁寧に映画を観せることをしないのは、映画制作に悪い印象を与えるかもしれない。すると次そこで映画が撮れなくなったりしたら、双方によくないし寂しいじゃない? だからみんなで映画を観て、参加した人みんなで映画文化を育てていくということがやりたかったんです」
立ち退きが近づくなか、迎える10年目
「店名にもある『ドーナツ』を売りはじめたのはなぜ?」
「まず映画館だけじゃ絶対儲からないと思っていたので、カフェと併設にしたかったんです。それで何を売ろうか考えていたときに、『そういや昔近くにダンキンドーナツあったよね? ドーナツはみんな好きだし売ろうよ。ミニシアターって敷居が高いけど“シアタードーナツ”って名前ならみんな入りやすいよね』って決まっていって」
「流れが軽やかすぎる」
「そしたらドーナツ屋だと思った人が入ってくるの。で、ドーナツを食べてもらうついでに映画をおすすめしたり。もちろん映画を観にきた人にもドーナツを楽しんでもらえるし……ということも狙って映画とドーナツという2つの入り口をつくったんです」
「いろんなアプローチからお客さんにリーチするわけですね」
「近くの商店街の人たちともコラボしたりね。たとえば上映する映画のなかですごく美味しそうなソーセージが出てきたときには、近所にあるTESIOっていう素敵なソーセージ屋さんにコラボしようと誘って、映画のソーセージがそのまま食べられる上映会をやったんです。そしたらうちだけじゃなくソーセージ屋さんのファンも増えるでしょ。
そうやって映画と繋がるお店とコラボして、互いに応援し合うって流れが生まれたんです」
「映画を観ながら、劇中に出てくる料理が食べられる……って夢の映画体験じゃないですか」
「でしょ!」
「『公民館』的な映画館として、1階がバリアフリーになっているのは大切ですね」
「今でこそシアドは1階にもスクリーンがあるけど、もともとは2階だけだったんです。最初の頃は階段を上るお婆ちゃんに『しんどいよ!』って言われたりもしてたんだけど、僕は『頑張って!上にはドーナツとコーヒーが待ってるからね』って応援しながらコミュニケーションを取ったりして(笑)。
そんなあるとき、1階が空き店舗になったから『足腰が悪かったり車椅子だったりする人のためにバリアフリーで観られるようにしよう』と、若干の借金をして1階にも店舗を広げたのが2019年だね。そこからは今のかたちでやっています」
バスを待つ人のために、シアド横には屋根付きのベンチも設置されている
「バス停から徒歩3歩という立地もまたやさしくていいなと思いました」
「実はシアドは道路の拡張工事に合わせて、2019年に立ち退く予定だったんだよね。それはオープン当初から大家さんに言われていたんだけど、バス停前の立地で勝負して立ち退きギリギリまで営業できなきゃそれまでだなってこの場所にして。ただ工事がコロナで延期になって、結果的に10周年を迎えられそうなところまで走ってこられた。
とはいえ工事計画が再度組まれているので、2025年か26年にはこの場所での営業は終わるかもしれないね」
「『この場所では』ということは、別の場所でシアドを続ける意思はあると」
「もちろん! 僕はもうこれ以外やれることはないので。ただ周辺の空き店舗はどれも古くて、次やるとしたらゼロからつくらないといけないかもしれない。そうすると出費もすごいことになるだろうけど、幸いシアドは既にファンがいるからクラウドファンディングも考えてます」
「シアドが人生の一部になっているお客さんもたくさんいるでしょうし、きっとみんな助けてくれるでしょうね。その際は僕も協力します!」
絶望に抗うコミュニティとコミュニケーションを映画館で形作る
「昔は何館くらい沖縄市に映画館があったんですか?」
「この地図にある通り、昔は沖縄市中心部だけで十数館あったんだよ。僕もそこで『エイリアン2』とか『ポリスアカデミー』を観たりね」
1968年にはコザにこれだけ映画館があった
「めっちゃ羨ましい……! 子どもの頃から映画好きだったんですね」
「映画っ子になったきっかけは小学4年生のときに映画館で観た『E.T.』。今でも一番好きな映画を訊かれたら『E.T.』って答えているから、いろんな人が『E.T.』グッズをくれるようになりました」
「だからお店のあちこちにE.T.の姿が…」
「シアドの2階シアタールームは、僕が子どもの頃はレコード屋さんだったの。そこで僕は『E.T.』のレコードを買ったんです。そんな風に映画を観た帰りにここでサントラを買って……という風にこの町で僕の映画愛が育まれてきた。まさか40歳になったときにその場所で映画館を開くなんて思ってもなかったよね」
「コザで印象に残っている映画体験はありますか?」
「中学生のときに今は無き胡屋オリオン座で『プラトーン』(1986)を観たんです。ベトナム戦争を描く反戦映画なんだけど、僕は嘉手納基地を見ながら家に帰るわけ。その帰り道に『ベトナム戦争で死んだあの兵隊さんの中にはコザで楽しく飲んでいた人もいたんだろうな』とふいに映画と現実がリンクして」
『プラトーン』 予告
「当時の僕は『プラトーン』を観たり戦争教育を経て、『戦争が起きない時代に生まれてよかった』なんて思っていたんだけど、高校に入ると湾岸戦争が始まったんです。
平和を訴える映画や音楽の力の無力さや、人間の馬鹿さ加減を知って子どもながらにすごくショックを受けたよね。二十歳のときは『人間は学ばないから、結婚して子どもが生まれてもその子たちは幸せになれないんじゃないか』って希望がなくなる瞬間もあって。
今も戦争反対を謳う映画や音楽、アートやアクションによって、世界中に反戦のメッセージが溢れているのに、それが届くべき場所に届いていない。ウクライナやガザは酷いことになっているし、沖縄も基地は増えて離島にはどんどん自衛隊が配備されているよね。『また戦争やるの?』って毎日危機感を持ってます」
「今の若い世代でも、未来に絶望している人は多い気がします」
「すごく世知辛い世の中だけど、それでも自分や誰かを守らなきゃいけない。そのために大切なのはコミュニティとコミュニケーションだ、というのはずっとおぼろげに頭のなかにあって。それを今シアドを通して形にしている作業の最中なんだろうなと思います」
「だから映画を選ぶときにも、テーマ以外にその作品はどういうコミュニティを扱い、どういうコミュニケーションを描いているのかをきちんと考える。僕はコミュニケーションがなければこの社会は何も成り立たないと思っているから。
コミュニケーションにおける普遍的な問いやメッセージはうちで上映するどの作品にもあるので、お客さんにゆるやかにでも刺激を受けてほしい。じゃないとこの社会ってヤバいじゃない」
「確かにニュースを見ても気持ちが暗澹とすることばかりですもんね」
「それで暗い顔しちゃうのも分かるんだよ。世の中ほんと悲惨なことが多いし。でもせめて僕は自分の半径数メートルで、笑いながらそれに抵抗できればいいなと思ってやってます」
大人たちが子どもに繋ぐ、映画文化のバトン
「若者がミニシアターに来ないという話をよく聞きますが、シアドの客層はどうなんでしょうか?」
「最初の頃はウチも若い人は全然いなかったんだけど、徐々に観にきてくれるようになったんですよ。その理由のひとつが『60万回のトライ』の上映をきっかけに、琉球大学でゲスト講師をやるようになったこと。『ミニシアターが地域社会にできるささやかなこと』という講義テーマで、今しているような映画とコミュニティの接続の話をしたりして。
すると大学の先生が『自分の意思とお金で宮島さん推薦の映画を観に行ってください。その感想をレポートとして書けば出席点をあげます』と言ってくれたんです。すると実際に観にきてくれて。そんな大学との繋がりも7、8年くらい続いています」
「さっきのお話に出てきた方ですよね。本当にいい先生だ」
「そしてもうひとつ、コロナ禍で一枚700円の「応援チケット」というものを始めたんです。誰かがチケットを買うと、別の誰かが映画を観られるというもの。するとシアドが目指す理念を理解してくれている大勢のお客さんが、『シアドでやっている映画をぜひ若い人たちに観てほしい』と購入してくれるんです。要は大人が子どもたちに映画を介して投資しているようなものだよね」
「素晴らしい発想!」
「今3年目ですけど、これまでに1500枚利用されているんですよ。チケットを使う子には必ず感想文を書いてもらうんだけど、みんなすごくしっかり書いてくれるの。それを写真に撮ってその映画の監督に送ったりしてね。喜んでくれるよ」
「町全体で子どもたちに映画文化の種を蒔いているわけですね」
「東京の田端にあるCINEMA Chupki TABATAさんもいいアイデアだと思ってくれて、Zoom会議で打ち合わせしたのちに『応援チケット』を始めたんです。僕も3枚買いましたよ」
「全国の映画館でぜひ真似してほしいですね。本当に素敵な取り組みだと思います」
「僕も『素敵な取り組みだから取材して!』って新聞社に連絡して2回くらい取り上げてもらいました。新聞記者の人とも仲いいから、こちらから色々企画をあげてなにかと取材してもらっているんですよ。うちは他の映画館のように新聞広告は出せないけど、ありがたいよね 」
「若者の映画離れという話を映画業界の人からよく聞きますが、シアドの姿勢はそれに抗うヒントになりそうだなとお話を聞いていて思いました」
「うちは若い人に映画を観てもらうことを諦める気はないよ。作品テーマに関心がある年齢層高めの人たちは勝手に観にきてくれる。でも関心がある人だけで盛り上がっても世の中って変わっていかないよね」
「すごくいいメッセージを持つのに、身内の盛り上がりだけで終わってしまった映画もたくさんありますもんね」
「制作者はその題材に関心のない人にこそ届けたいと思って作っているはずで、その層にまで届けるのは配給や宣伝の仕事。でもそれにも限界があるから映画館が努力していかないとね。だからうちでやる映画は愛情を持って最大限広める努力をして、映画のメッセージをちゃんと届けていく。
『プラトーン』ですら届かなかったと思うと絶望するけどさ、それでも僕は諦めないから」
撮影:本永創太
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この記事を書いたライター
奈良県出身。メインジャンルは映画。雑誌やWEBメディア、劇場パンフレットなどで映画評やインタビューなどを執筆。時折ラジオにも出没。映画以外には風呂、旅行、猫、アメリカ、音楽、デカ盛りも好き。経費でアメリカに行きたい。 note:https://note.com/iso_zin_