【実録 竜戦士たちの10・8】(69)開幕連敗の責任痛感…大豊泰昭「僕はね、努力することしかできない」特打で不振一掃
2025年4月2日 23時31分
雨で試合が中止となった1994年4月12日の甲子園。阪神ナインも中日ナインも引き上げた屋内練習場に一人残り、黙々とバットを振り続けたのは大豊泰昭だった。
横浜との開幕2連戦は7打数無安打2三振。連敗スタートの責任を一身に背負いこんでいたのが、この5番打者だ。大豊の特打に付き合っていた敵地の打撃マシンが、ようやく動きを止めたのは練習開始から3時間が経過した午後7時半。その後も打撃コーチの井上弘昭と話し込んだ大豊が甲子園を後にしたときには午後8時を過ぎていた。
ちょうどこの頃、雨と強風の中、横浜スタジアムで死闘を繰り広げていたのが開幕を連勝発進した巨人と横浜だ。2回に落合博満の一発などで巨人が4点を先制すれば、横浜も3回に駒田徳広の2ランなどで3点。序盤から乱打戦となった試合は、3点を追う巨人が9回表に追いつき同点に。
だがその裏、横浜は無死一塁でローズの放った打球が中堅へ。代走から守備固めに入っていた屋鋪要が捕球態勢に入ったかに見えたが、高く上がった白球は強風にあおられ、その後方にポトリ。一塁からブラッグスがかえり、劇的サヨナラで開幕3連勝を飾った。
「屋鋪で捕れないなら仕方ない。自然(雨、風)に負けたんです」と冷静を装う巨人監督の長嶋茂雄だったが、よほど悔しい敗戦だったのだろう。三塁側ベンチ裏には長嶋がロッカールームのドアにこぶしをたたきつけるドーンという鈍い音が響き渡った。
中日が開幕5日目にして94年の第一歩を踏み出したのは、雨も上がった13日。7ー2で迎えた9回。完投目前の山本昌広が1死満塁のピンチを招き、押し出し四球。急きょリリーフ登板したヘンリーもオマリーに2点適時打されるなど、リードはわずか1点に。最後は2死満塁。一打逆転のピンチを鹿島忠が何とかしのぎ逃げ切った。
5回まで阪神のルーキー、藪恵一の前に0を並べながら6、7、8回で7得点。そんな打線爆発の立役者となったのが5番から6番へ、打順を一つ下げた大豊だった。
この日は4打数3安打2打点の活躍。「僕はね、努力することしかできない。努力は結果として、必ず表れるよ」。雨上がりの甲子園。オープン戦、開幕の横浜戦と苦悩が続いた新主砲にも、やっと晴れ間がのぞいた。
=敬称略
=敬称略
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