自分の機嫌は自分で守れ。
東京在住の女性T様から「新年度だと言うのにやる気が起きない。飛行機代を出すから助けて欲しい」とご連絡をいただいた。高校時代、やすらぎ堤(新潟市内の河川敷)で社会の教科書を燃やしながら「俺は社会を燃やしている」と背徳感に震えていた、私の正しい使い方である。カウンセラーや占い師に相談したり、セミナーやリトリートにも参加した。一時的には元気になるのだが、長続きしない。自分を愛することが大事だと言われて、美味しいものを食べたり贅沢もしたのだが、虚しくなる。T様は、そのようなことを言った。
誤解を恐れながら言うと、セミナーとかオンラインサロンとか自己啓発系の催しをやる人間は全員クズだと思う。彼らが言う「自分の機嫌を取りましょう」とは、所詮、美容院やネイルサロンに行ったり、ちょっと豪華なホテルに泊まって「私はこれにふさわしい」とか自分に言い聞かせたり、コミュニティの中だけで通用する言語を使って友達ごっこを楽しむなど、その程度のことである。主催者だけが儲かるシステムになっており、参加者は金蔓。主催者に依存させて、骨抜きにして、ゾンビ化させて、絶え間なく金を運んでくるATMになって生涯を終える。そんな人生は哀れだ。
T様は言った。嫌われたら終わりだと言う思いがあり、いい人でいなくちゃスイッチが簡単に押されて、たくさんいいねをもらっている人の記事ばかり読んでしまう。私は言った。その生き方で満足できる人は、私の記事を読んだり私に会いたいとは思わない。私に会いたいと言うことは、自分が自分についている嘘に気づいていて、見たくないけど見なきゃいけないものがあることに気づいていて、いよいよそれを見る時が来たことを無意識に感じているからだと思う。まやかしを捨て、真の理解を求める精神が坂爪圭吾を呼んだのだ。
私に会う人は私のことを狂人扱いするが、私には一般的な人が狂人に見える。嫌なことを嫌々やって、愚痴と文句に満ちながら、いい人の仮面を被り、内臓と肌をボロボロにしながら生きている。自分の機嫌を取るとは、傍若無人に生きることである。傍若無人に生きるとは、嫌われるリスクを取ることである。嫌われないように生きるのではなく、潔く、嫌われることである。元気が出ない一番の理由は、大衆迎合的なその態度にある。他人の顔色を伺い、自分の顔色を伺い、くだらない人間の機嫌を取ることにエネルギーを使い捨てている。ツラの皮だけは厚くなるが、それは肥満と同じである。要するに、デブなのだ。セミナーに参加する暇があったら、まずは部屋を掃除しろ。
誰かが言った「自分を愛する」とか「自分を受け入れる」とか「自分のご機嫌を取る」とか、コピペを多用すると量産型のバカになる。自分の言葉を取り戻せ。主催者の顔をよく見ろ。醜いだろ。ハリボテだろ。カッコ悪いやつは大体偽物。主催者も主催者なら参加者も参加者だ。おかしなことばかりやっていると、妖怪みたいな顔になるぞ。いい人になんかなるなよ。物分かりのいい人になるなよ。可愛いおばあちゃんになることが理想だとか言うなよ。本当に可愛いおばあちゃんは、傍若無人なおばあちゃんなんだよ。物分かりの悪いおばあちゃんなんだよ。いいところだけ愛されている間はまだまだ。ダメなところが愛されたら本物。俺は食えないジジイになるから、お前は食えないババアになってくれよ。俺は暴れるジジイになるから、お前は暴れるババアになってくれよ。老害にならないように生きるのではなく、潔く、老害になれよ。ダメなところを愛させてくれよ。
坂爪さん
今日はついに坂爪さんにお会いできて嬉しかったです。坂爪さんは、想像していた以上に、全裸の魂のような方でした。
全裸の魂には、当然全裸の魂で向かい合うことになります。初めての感覚でした。
自分が自分についている嘘、自分に隠していること、不誠実さ、余分なものがあぶり出される、ある種緊張感のある時間だったかもしれません。
坂爪さんは歩く神社みたいだと思います。いや、神社というか、己の感情に率直な、神話に出てくるような神様かもしれません。
最後の方は自分でもわけがわからず泣いてばかりでしたが、あえて理由をつけるとすれば、、、と、ここまで書いたのですが、数分間止まっています。わかりません。わかる必要はないですね。なので、そのままにしておきます。
温かい手の坂爪さんにふさわしい、温かいお宿が見つかりますように。
カイロはしばらくお守りにして、そのあと使います。モモ読みます。それではまた。
おおまかな予定
4月3日(木)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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