寄附金を使って臓器売買
菊池が名誉毀損で訴えた訴状には、「被告小沢、牧口、河崎の各供述には、その重要部分には真実と異なる内容が含まれており、被告NHKは、そのような内容虚偽の供述」を報道したと記載されている。ほぼ同じ内容の記述が、読売新聞、文春の訴状にも見られる。
一連の報道に私が最も驚いたのは、スポーツ教育に携わる小沢コーチが、キルギスの前に、死刑囚から摘出された臓器を用いる中国での移植、そして臓器売買によるメキシコでの移植を計画し、その費用の大半を教え子や学生から募金を集め、その寄付金で移植しようとした事実にいっさい言及していなかったことだ。
その頃、渡航移植斡旋組織は、菊池の難病患者支援の会の他に、海外腎移植事情研究協会(海腎協 中谷正代表 仮名)、臓器移植119(長友弘幸代表 仮名)、NPO海外腎臓移植無料サポート協会(KTSA)があった。KTSAは代表が2019年に急逝して、組織は消滅した。
小沢コーチが新横浜駅近くにあった難病患者支援の会事務所を支援者らと訪れたのは2020年11月、小沢コーチらは移植費用が不足し資金難を訴え、さらにコロナで中国への渡航が困難な状況で渡航はしばらく見合わせることになった。
「小沢克年を救う会」を発足させ、その間にHPで広く募金を訴え、自己資金800万円、募金1500万円、合計2300万円の渡航移植費を捻出することが決まった。
中国での移植を計画する一方で、小沢コーチは実は海腎協によるメキシコでの移植計画も進め、二つの斡旋組織を両天秤にかけていた。菊池はその事実を確認すると、激怒して内容証明書を送り付けた。
「私どもと小沢様の信頼関係は喪失したとの判断に至りました」
海腎協は、渡航移植斡旋組織の「老舗」で、現在は主にメキシコでの移植を進めていた。海腎協の中谷代表に小沢コーチを取り次いだのは藤木で、当時はまだ解散したばかりのKTSAの元スタッフだ。
小沢コーチの募金に一役買ったスポーツライターがいた。スポーツ各紙やラクビー関係者に小沢コーチへの募金を呼びかけたのだ。彼は小沢のメキシコでの移植を知り、すぐに手紙を書き送っている。
「小沢コーチがラグビー関係者であるため、同じフィールドに立つ立場の人間として、私は応援させていただきました。私の友人知人も少なからず、募金に賛同しております。仲間の善意が臓器売買に使われる事実は、私から報告できません。心中をお察しください」
応援メッセージがすべて削除
私も取材に動いた。3月21日、小沢コーチ本人には手紙とメール、T大学にメールで取材を申し込んだ。T大学に取材依頼を送ったのには理由がある。「小沢克年を救う会」HPには、募金を呼びかけるT大学のラグビー部のGM兼監督を筆頭に、その他の大学、高校のラクビー部監督、部長、ラグビー関係者が名前を連ねていたからだ。
HPには「小沢氏を助けたい一心で、教え子である私たちが立ち上がり、支援の会を設立しました」と記載されている。
小沢コーチは体育会系の大学を卒業し、在学中からラグビーの選手として活躍し、U23日本代表にも選出されている。
卒業後は高校ラグビーのコーチ、監督に就任し、当時は関東大学リーグ戦一部に所属しているT大学ラグビー部のコーチをしていた。
小沢コーチの症状は慢性腎不全(ステージ5)で、3年前に余命8年を宣告されたという。
「それまでの生活とのギャップに何よりも心がついて行くことが出来ず、生きることを諦めてしまった時期もありました。そんな時に海外での腎臓移植の道を知り、教え子たちが今回のプロジェクトを立ち上げてくれました」
目標金額1500万円を掲げているにもかかわらず、渡航先の国名、病院、移植費用の明細もいっさい書かれてはいなかった。
小沢コーチはスポーツを通じて学生の育成にあたる教育現場の人間でもある。「まさか」というのが私の最初の印象だ。
T大学には「海外で腎臓を移植するためのこの募金には大きな問題があると考えています。臓器売買による移植の可能性が極めて高いからです。小沢氏の移植も例外ではありません。小沢克年氏の募金を呼び掛け、寄附金による渡航移植について、T大学はそれを容認するのか」と、大学側のコメントを求めた。
T大学としては関与していないという素っ気ない返事だったが、取材依頼の2日後の3月23日。GM兼監督らの「私たちも小沢さんを応援しています」という応援メッセージがHP上からすべて削除された。
私が小沢コーチに伝えたのは以下の内容だ。中国での移植は死刑囚から臓器提供されたもので人権上、極めて問題だとされ世界から批判されていること。メキシコは、臓器売買による移植の可能性が極めて高く、そうした移植の費用を教え子や大学生、高校生から集めている事実などだ。
さらに「まだ引き返せる」から、関係者を交えずに小沢本人、家族同席で話をしたいと伝えるように関係筋に依頼したが、結局、何の返事もなかった。