第62話 因習村破壊RTA(8/8)
社は、森の奥にある。
ほとんど人が入りこまないような場所に。
忘れられた場所にあった。
本来ならば、そのまま忘れられていくはずだったのだろう。
それが自然の摂理であるならば。
だが、今その場所は歪んでいた。
時間から、歴史から、人々の歩みから取り残され。
それが怨念となり、こびりついている。
ただただ息を呑むほどに、その社は腐っていた。
怨念が、妄執が、執念が。
絡みつき、まとわりつき、染み付いている。
ただただ、そこにはもはや生きることしか望みのない。
故にこそ生きていない屍が横たわっている。
「――これが、海士蜘蛛ですか」
ミクモちゃんの、どこか呆れと憐憫の混じった声音が。
その腐れ堕ちた神へと突き刺さる。
神は横たわっていた。
その瞳には、幾つかの感情が張り付いている。
だが、そのどれもが――退廃に満ちている。
「生存を望んだ神は、願いを持った神は堕落する。人に恋した神と同じだ。本来の髪のあり方から著しくずれてしまう」
もしも俺が、リツの恋に答えていたならば。
リツもこうなっていたのだろうか。
そう感じてしまうほどに、今の海士蜘蛛は腐っているのだ。
そして、そんな神が――
『――――ない』
こちらを、見た。
俺はゆっくりと前に出る。
ミクモちゃんを庇うように。
『―――死にたくない』
海士蜘蛛の、どこか歪んだ声が周囲に響く。
神も、霊魂も、魂が歪むとその声音も歪む。
どこかノイズが走ったような、そんな声になるのだ。
『死にたくない、消えたくない、忘れられたくない』
「故に、人を縛ったのか」
『そうだ、そうだそうだそうだそうだ』
「故に、贄を受け入れたのか」
『そうだそうだそうだそうだそうだそうだ』
反響するように響く声。
俺は海士蜘蛛の前に立つ。
「お前の思いは、間違ってはいないだろう」
『そうだ』
「だが、その方法は……間違っている」
俺は、手にしていたリツの神力がこもった金槌を振り上げる。
当然、海士蜘蛛はそれを防ぐ。
糸を俺の腕に、そして金槌へとまとわりつかせた。
『ならば、吾を殺すのか?』
「間違いは、正さなくてはならない」
『――傲慢だ。傲慢だ。傲慢だ』
助けに入ろうとするミクモちゃんに、待ったをかける。
必要がないからだ。
リツの神力がこもった金槌は、海士蜘蛛程度では防げない。
糸は段々と焼け切れ、俺は開放される。
「そうだな、傲慢だ。だけどな――」
『……っ!』
「それをどの口が、言うんだよ……!」
振るわれた金槌が、海士蜘蛛の身体を叩く。
途端に、海士蜘蛛の身体は”ブレ”た。
直後――
「――水の糸か」
今度は、水が糸のように射出され、俺の周囲を飛び交う。
伝承にあった通りだ。
海士蜘蛛は蜘蛛の糸と雨を融合させ、水を糸のように操る。
蜘蛛と水の神。
2つの要素を融合させたそれは、ただの糸よりもずっと頑丈であり――
「
そして、射出が可能だ。
細い水鉄砲は、さながらハリのように俺を狙う。
しかし、俺がそれと同時に呼び出した龍人形によって糸は弾かれた。
海士蜘蛛の手札は、この二つ。
それを正面から打ち破り――
さぁ、ここからが本番だ。
「聞け、神よ!」
――神を討伐する。
それは、言葉以上に簡単ではない。
ただ殺すだけなら、このまま金槌を振り続けるだけでいい。
だけど、それによって死んだ神は、完全に死んだわけではないのだ。
人々の信仰が、何かしらの形で発露すればまた神としての”格”を得る。
忘れられた神に、その可能性はほぼないだろうが。
もし仮に復活した場合、その神は今以上の祟り神になる。
避ける方法があるなら、避けなくてはならない。
「お前は間違えた。この信仰は正しくない!」
『ならば――』
「だが、再び信仰を得る方法はある!」
故に、神を説得する。
元々神とは、人々の信仰によって鎮められ、奉られるものだ。
仮に堕ちた祟り神といえど、神は神。
正しく扱われなければ、それは自然の摂理に反する。
厄介なもので、神を殺すということはただその神が再び復活した時に、より厄介な祟り神になるだけではなく。
自然に大きな歪みを発生させてしまうことにも繋がる。
それでは、今この因習村を築き自然を歪めている海士蜘蛛と、やっていることは何も変わらないではないか。
故に――
「合一せよ! 神として、俺の契りし神。”
俺は、龍人形を海士蜘蛛の元へと向かわせる。
それはリツの一部だ。
これを通して、海士蜘蛛という神を、リツという神と同一視させる。
信仰とは、結びつくものだ。
複数の信仰が一つになって、神が同一視されることは神話の世界だとよくあることだろう。
それを、この場で再現する。
『――合一すれば、再び神としての信仰を得られるのか』
「そうだ」
『忘れ去られることなく、死ぬことなく、消えることなく?』
「そうだ」
俺の言葉に、海士蜘蛛はどこかすがるように問いかけてくる。
そうして、沈黙し顔を伏せ――
『それは……』
葛藤の末に。
『それは――そんなもの……今更受けいられるはずもない!』
拒絶した。
ああ、それならば――
「――ならば、こちらも答えは一つ」
俺から言えることは、一つだけだ。
「お前に選択の余地は、ない」
すでに、海士蜘蛛は引き返せぬほどに罪を犯した。
今更拒絶しようと、この救いを拒むことは――許されないのだ。
抵抗の意思を示す海士蜘蛛を――龍人形は、一瞬にして飲み込む。
討伐、完了だ。
――
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転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 暁刀魚 @sanmaosakana
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