◆ ◆
「俺と契約して、魔法少女にならないか」
人語を喋る狐なんてものは初めて見たし、そんな存在から魔法少女に勧誘されるのも初めての経験だった。
「なんだお前」
爆笑だ、とすら言えず、零崎常識は突っ込んだ。至極真っ当に、真正面から。
道端である。特に変わったところもない、平々凡々な路地の一角。周囲は住宅地で、時間が真っ昼間だからだろう、逆に静寂に包まれ、通行人は人っ子人いなかった。
そんな無人の路地の、そのど真ん中に、一匹の狐が、ちょんと座っていた。足を揃えて、愛らしく。もふもふの尻尾をゆらりと揺らして。まるで常識を待ち構えるかのように、道を立ち塞いで。
「『なんだお前』、ね……ふん、つまらない質問だな。俺という存在がたとえ魔導書を守る守護獣だろうと宇宙の熱的死を憂いる宇宙人だろうと、そんなことはどちらでも同じことだ」
やけにいい声で、狐は喋る。長いマズルにつぶらな瞳。可愛らしい姿形からは全く想像もできない、低くよく通るバリトンボイス。紡がれる言葉の内容だって、可愛らしさなんて一つとしてない。
「お前に聞きたいことは、ただ一つだけだ。お前が答えるべき言葉は、ただ一つだけだ。つまりだよ、零崎常識。俺と契約して、魔法少女にならないか」
魔法少女になったら——楽しいぜ、と。
狐は言った。三角の耳を、ピンと立てながら。
「いやまず、なんなんだよ、魔法少女って」
「おいおいおい、冗談だろう? 魔法少女も知らねぇのかよ、お前」
「魔法少女は知ってるよ。流石の俺でも、セーラームーンくらいは見たことあるぜ。だが——ここで言うところの、お前が言うところの魔法少女って存在が、どういう存在なのかがわからねぇ。つまり、言葉の定義を聞いてるんだよ」
「『言葉の定義を聞いてるんだよ』、か。ふん、そんなことはどちらでも同じことだ……と、その一言で済ますには、魔法少女って概念はなかなか多様化しているからな。くくく、プリティーでファンシーな魔法少女に憧れてマスコットキャラと契約してみれば、魂抜かれて怪物の卵にされちまったってんじゃあ笑えもしないか」
いいぜ、説明してやろう——狐は言って、尻尾を揺らした。
「お前、地球って存在をどう思ってる?」
「よりにもよってその魔法少女なのか?」
なりたくないぞ、伝説になんて。少年と呼ばれるには、常識はとうが立ちすぎている。
「ていうかそもそも、おい、待てよ。お前はどうやら、俺を魔法少女にしたいらしが——俺、少女じゃねぇぞ」
遅れたが、ここらで紹介を挟むとしよう。エイプリルフール企画ではあるが、あるいはここから物語を読み出したという読者がいたとしても、それはおかしいことではない。少数派ではあるだろうとしても。数の大小が、おかしさにはつながらない。ここから物語を読み出してくれる読者だって、大切な読者であることには変わりない。だからこそ、描写しよう。我らが主人公、零崎常識の、その姿を。
背が高い、というわけではない。日本における成人男性の平均身長程度だろう。服装は革のショートブーツに、デニム生地のオーバーオール。至って普通の白シャツに、けれど一点だけ奇異な部分があるのだとしたら、それは両手を覆う黒い手袋だ。二の腕までもを覆う、巨大な手袋。一体何が素材なのかもわからない大きなそれが、彼のシルエットを歪に崩している。端正な顔立ちに、赤銅の髪。長く伸ばしたそれを背後で三つ編みに束ね、尾のように垂らしている。そんな彼がこそ、我らの主人公、『
二十代ももう後半を数える、男性だった。
誰がどう見たって、少女ではない。
「そして、魔法も使えない——だろう」
その言葉に、狐はにたりと笑って見せる。この世の全てを嘲笑うように、暗く、邪悪に。
「魔法少女が真実少女であるべきかどうかなんて、そんなことはどちらでも同じことだ。姿形がどうであろうと、内心がどうであろうと、魔法が使えようと使えまいと——そんなことは徹頭徹尾に、どこまでだって、同じことだ」
だからこそ。
だからこそ大切なのは、意思だ——と狐は語る。
「マジカルメガネ『ぺりる☆ぽいんと』。お前はこのメガネに、選ばれた。だからこそ、俺はお前に話を持ちかけたのさ。俺と契約して魔法少女になり——」
世界を終わらせてはくれないかと。
◆ ◆
常識は当然ながらその誘いを断った。別段、常識は世界を滅ぼしたいわけではない。いや、世界という存在に対して、概念に対して、構造に対して、全く思うところがないかと問われれば、それは確かにありはするのだけれど、しかしそれはそれとして、だからと言って世界を終わらせたい、なんて思いが常識の中にあるのかと言われれば、それは間違いなく否だった。
それは別段、常識がこの世界を愛しているからなんてファンタジックで非現実的な理由ではなくて——単純に。
この世界には、家族がいるのだ。
家族。
常識の——家族。
零崎一賊という、殺人鬼の家族たちが。
常識と同じ、殺人鬼の——家族たちが。
だから、彼らがこの世界に存在している限り、この世界に存在したという証を、確かに刻んでいる限り、常識はこの世界を滅ぼしたいとは思わない。
家族が愛した世界というわけではないけれど。
家族が生きた世界ではある。
だから常識は、この世界を気に入ってはいないけれど、だからと言って終わればいいとは、思わない。
「『だからと言って終わればいいとは、思わない』、ね、ふん……それは果たしてお前の本心なのかな零崎常識。心の底からの本心であると、間違いのない本懐であると、揺らぐことのない本命であると、本当の本当にそう言えるのかな、零崎常識」
お前は。
お前は家族を、逃げの理由にしてはいないか——
なんて。
狐はそんな風に問いかける。
「家族が生きる世界だからこそ、終わらせない。ご立派な考えだ。泣かせるね。しかしどうだ、それは言葉を入れ替えれば、『家族が生きる世界でなければ、終わらせたい』という意味にも、なるんじゃあないか?」
なってしまうんじゃあないか——なんて。
狐は問う。問いかける。楽しそうに。愉快そうに。この上なく、愉悦であると言わんばかりに。
問われて——常識は。
「お前、なんで俺の家にいるんだよ」
とため息を吐いた。
夜である。
常識がパトロンから貢がれた数多くのセーフハウス——そのうちの一つ。住宅地の一角にある、極々普通の一軒家。その二階の寝室に、なぜか。昼間の狐が、入り込んでいた。
「『なんで俺の家にいるんだよ』——ふん、なんでも何もお前との交渉がまだ終わってないからさ」
常識のベッド(天蓋付きのキングサイズ。当然、パトロンからの貢物)の上で、ごろりとくつろぎながら、狐はそんな風に宣って見せる。
「いや終わっただろ。完膚なきまでに。俺に世界を終わらせるつもりなんてのはどこにもないよ」
ベッドサイドのソファに腰掛けながら(なぜ家主の方が?)、常識は言った。狐は目を細める。
「『俺に世界を終わらせるつもりなんてのはどこにもないよ』、ふん。だから、それさ。その話を、俺はずっとしているんだよ、零崎常識。質問の答えを、俺はまだもらっていないぜ。どうなんだ? あるいはお前は、『家族がいない世界なら、終わらせることが出来る』んじゃあないのか?」
家族がいない世界なら——?
常識は首を傾げる。
「なかなか爆笑な仮定だぜ。なんだ、俺が世界を終わらせたくなるように、家族を皆殺しにでもしようってか?」
そんな腹づもりであるというのならば、常識は今から、己が『
「くくく、そんなつもりはないさ。いや、あるのかな……いずれにせよ、そんなことはどちらでも同じことだ。零崎常識。俺は何も、お前に『この世界を終わらせろ』と言いたいわけじゃあないんだぜ」
「ああ?」
それは、どういう意味で? まるでその言い様じゃ——
「『世界がいくつもあるみたいじゃないか』——と、お前はそう言いたいんじゃあないか」
狐の問いかけは——図星だった。
「そう、そうだよ、零崎常識。世界というものは、一つではない。一つきりでなんて、ありはしない。それはお前が慣れ親しむ『暴力の世界』をはじめとする世界を区分けする『四つの世界』がどうだなんて次元の低い話ではなく——」
文字通り。
「世界が、地球が、宇宙が、時空間が、決して一つではないという、そんな単純な事実を、俺は語っているんだよ、零崎常識——」
と。
狐は語った。
「今、世界は危機に瀕している。この世界は、お前が生きている、お前の家族が生きているこの世界は、間違いなく存亡の危機に瀕している。この世界は——狙われているのさ」
「狙われている?」
「そう。この世界は——『他の世界』から、狙われている」
他の世界の——『魔法少女』から。
「『魔法少女』の定義を、お前は聞いたな。その答えを、語ってやろう。魔法少女とは——つまり、『世界を担うもの』だ。一つの世界を担い、その存亡をかけて、他世界の魔法少女と戦う。そんな宿命を背負うものを、背負わされたものを、俺たちは魔法少女と読んでいるんだよ」
世界は一つではない。
そして——
「多様性ってな概念に真っ向から反抗する、なかなかに頑迷な思想だが、世界ってのは、
その先兵として、世界に選ばれるのが、魔法少女なのだ——と狐は語る。
「ここまで聞けば、もうわかるだろう、零崎常識。お前にはもう、選択権はないんだよ。お前がこの世界を終わらせたくないと願うならば——この世界に幕を引きたくないと願うならば。
魔法少女となって。
他の全ての世界を——終わらせなくてはならない。
「さあ、今一度聞くぜ、零崎常識。俺と契約して——魔法少女にならないか」
◆ ◆
かくして、契約はなる。
マジカルメガネ『ぺりる☆ぽいんと』をその眼に纏い——零崎常識は、魔法少女となった。
魔法少女ぺりる☆ぽいんと。
この物語は、だから世界を終わらせる物語だ。
零崎常識という一人の男が——家族の生きる世界を守るため、他のすべての世界を終わらせる物語だ。
立ち塞がるは、十二人の魔法少女たち。
世界を背負い、世界を殺す、知られざる英雄たちの、密やかなる暗闘。
その行く末にはきっと、真紅の爆炎が満ち満ちて——
☆この物語に続きはありません。
Happy April fool!!
本日はエイプリルフールというわけで、特別企画です。
明日からは通常更新に戻ります。