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朝ドラ『エール』は史実に基づくドラマのモラルを逸脱していないか?

事実はドラマよりも、ぶっ飛んでいる

たしかに古関裕而も慰問のために戦地へ行くが、そこで恩師と再会し、その恩師が死んだという事実は、まったくない。あんな危険な前線にまでは行っていない。

戦地から戻った古山裕一は虚脱状態で敗戦を迎えていたが、古関裕而は元気に敗戦を迎えた。

1945年8月の古関は家族と福島へ疎開していたが、NHKの仕事があり、15日は福島から東京へ来て、新橋駅で敗戦を知った。そのまま、当時は内幸町にあったNHKへ行くが、憲兵が入れてくれなかったので、福島へ帰る。

『エール』では、敗戦直後にラジオドラマの仕事の依頼が来るが断わり、以後、1年半にわたり、曲が書けなかったことになっているが、それもフィクションだ。

現実の古関裕而は敗戦直後は福島にいたが、10月初めに、NHKから連絡があり、ラジオドラマの音楽を受注した。それまでの2ヵ月ほど、作曲していないのは、悩み苦しんでいたからではなく、単に、仕事の依頼がなかったからだ。混乱期で、レコード会社も放送局も、まだ何をしていいか分からなかったのだ。

古関の戦後第一作となるのが、菊田一夫脚本の『山から帰ってきた男』で、好評だった。菊田とはその後も組んで、『鐘の鳴る丘』『君の名は』という大ヒット作を生む。

『エール』では北村有起哉が菊田をモデルにした「池田二郎」を演じていて、戦後に初めて出会ったようになっているが、戦中から古関と菊田はラジオドラマを一緒に作っている。

架空の人物のはずの「池田二郎」が実在の菊田一夫の実在するドラマ『鐘の鳴る丘』を書くのも、虚実の境目がなく、不自然だ。軍歌の作詞者「西條八十」は実名で登場したのに。

俳優が演じる人物は別名、セリフのなかにのみ出てくる人物は実名という区別があるようだが、ますます混乱させる。

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反省しなかった1945年の文化人・芸術家たち

実在した人物をモデルにしたからと、すべてを事実に即す必要はない。加工、脚色ももちろん、ゆるされる。

しかし、モデルとなった人物の本質にふれる部分で、事実を正反対にしてしまうのは、おかしい。

敗戦後、古関裕而は軍歌を作ったことに、「複雑な思い」は抱いたとしても、それを悔いたり、自分がしたことに悩んだり、曲が書けなくなったり、スランプに陥ったり、しない。

古関裕而は、早稲田大学の応援歌を作った後、慶應義塾大学の歌も作った。タイガースの歌を作ったかと思えば、ジャイアンツの歌も作った。

同じように戦意高揚の軍歌を頼まれれば作るし、原爆被害者への鎮魂をこめた『長崎の鐘』も作ってしまう。そういう人なのだ。

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