WTOは「蚊帳の外」か トランプ関税の威圧

一筆多論 長谷川秀行

スイス西部ジュネーブにあるWTO本部(ロイター=共同)
スイス西部ジュネーブにあるWTO本部(ロイター=共同)

トランプ米大統領の関税攻勢が止まらない。輸入品への追加関税を「武器」に自国利益のみを追求する強引な手法は、政治的思惑による貿易制限で他国に圧力をかける中国の「経済的威圧」と大差なくみえるが、トランプ政権にはそうした認識がないようだ。

先進7カ国(G7)は従来、中国を念頭に経済的威圧を批判してきた。米国は今年のG7で、米中の手法が同一視されることを嫌がるかと思いきや、当の米政権内に「今年も経済的威圧をG7の議題に」という声があると聞くから驚く。

他国との不公平を是正するトランプ関税は、中国の威圧とは別物だと言いたいのだろう。それが各国の理解を得られるか。米国の閣僚欠席が相次ぐ20カ国・地域(G20)会合のようにならないことを願う。

改めていうと、一部の国を対象に輸入関税を不利にしたり、世界貿易機関(WTO)の協議で定まった協定税率を一方的に引き上げたりする措置はWTOルール違反だ。トランプ関税も該当する疑いがある。

本来なら「自由貿易の番人」たるWTOの出番である。国家間の通商紛争を解決できてこそ、その存在意義を示せるはずだが、現実にはむしろ「蚊帳の外」に置かれているようだ。

2月のWTO一般理事会で、オコンジョイウェアラ事務局長は「われわれは冷静さを保ち、対話に前向きでなければならない」などと訴えた。拙速な報復関税などを避けるよう促したものだが、そこまでだ。

加盟国への呼びかけにとどまるのは、WTOの紛争解決制度が5年以上も機能停止状態だからである。二審制のうち、上級委員会の委員が米国の反対で選ばれずに空席となっている。このため1審の小委員会(パネル)で敗訴しても、上級委に上訴さえすれば審議されずに放置できる。いわゆる「空上訴」である。

例えば第1次トランプ政権による鉄鋼などの追加関税は中国などがWTOに提訴した。パネルは安全保障上の例外措置だとする米側の主張を認めず米国は敗訴したが、米国が空上訴したため塩漬け状態となった。

2期目のトランプ氏はWTOを一段と軽視し、パネルで敗訴した鉄鋼関税も再び打ち出した。もはや1期目のように「WTO脱退」で脅すことすらない。わざわざ脱退カードを持ち出さなくても大丈夫だと高をくくっているのだろう。

WTOは、2024年までに完全かつ十分に機能する紛争解決制度を実現させることを目指していた。それが果たせなかったばかりか、今後、合意できるめどすらないのが現状だ。だからといって、このままWTOを蚊帳の外に置いたままでいいのか。

そもそも日本には独自判断で報復関税を発動できる法体系がない。日本には米中や欧州のように報復措置で対抗できるほどの経済力がないので、日本も法整備をすればいいという話にもなるまい。あくまでも頼みの綱はWTOルールだ。

日本が投資や雇用で米国に貢献していると粘り強く説くことは関税リスクを減じる上で重要だ。ただ、ひたすら米国に特別扱いをお願いするだけで万全か。米国が理不尽な要求を突き付けた場合、日本の厳然とした姿勢を示す目的で、あえてWTOに提訴することはあってもいい。その選択肢まで排除する必要はない。(論説副委員長)

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