第931893話 もう一年経ったのが怖くてしょうがないんだよね【4/1限定】


 ラジオ相談室、という看板が置いてあった。

 斜めに。

 神経質な人はこれだけで怒り狂っていたかもしれない。


「はいっ! お便り! お便りきてます! お便り!」


 室内から賑やかな声が上がる。

 明るい茶髪の少女が、三編みにした揉み上げを揺らしながら手を上げていた。


「『わた…メイジーさんの出番を増やすべきだと思います! 具体的にはもっと婚約者らしいイベントをすべきだと思いますグヘヘ』です! だそうですよ! これが民意ですよ民意! 民意ですよハンスさん!」


 民意……。

 僅かに考えた黒髪の青年は、少し考えてから呟いた。


「支持率、ということだろうか」

「そうですそうです! 支持率です支持率! それを望む声に応えるべきなんですよそうですよ! 婚約者に! 婚約者の私に! ねっ、ねっ!」

「……」


 また沈黙。

 それから、また間を置いて口が開かれた。


「二つ……質問があるのだが」

「なっ、なんですか!? スリーサイズ!? そっ、それともカップ数!? ハンスさんのすけべ! ドスケベぱつぱつ胸筋マン! 式場の場所です!? そっ、それとも――……こっここここっ、子供の数!?」

「……。いや……まあ……そうだな。一つ目は、具体的にどんなイベントだろうか……というものだ。不得手であるため、良ければ皆からも意見がほしいが……」


 アイスブルーの視線が、放送室を見回す。

 音量調節のノブなどが並んだコンソールとマイク、それと寄贈品の薄型テレビと机がいくつか。

 部屋の中には五人ほどの男女が詰めていた。


 一人――――ハンス・グリム・グッドフェロー。

 二人目――――メイジー・ブランシェット。

 三人目――――


「大尉。えっと……一緒にスポーツとかゲームをやるのはどうですか?」


 ――――ふわふわ金髪、シンデレラ・グレイマン。


 四人目と五人目は男性だった。

 わりとムチムチしていた。

 むくつけき男性だった。

 灰色の髪が揺れる――――マクシミリアン・ウルヴス・グレイコート。


「婚約者といえば、婚姻だろう。結婚式以外にはない」

「よく言った兄さん! 偉いですね兄さん! メイジーポイント+100,000,000を贈呈します! はなまる!」

「……フッ」


 つまりはまあ、グレイコート兄妹――……正確に言うと姓は一緒ではないからややこしい。

 そして残る一人は、


「……婚約者、か。ふ、ふふ……ふふ……」

「大佐。貴官の一般論が聞きたい」

「いいとも、中尉。君に頼られるとなれば、私としても手は抜けないものだ」

「そうか、ありがたい。ところで俺は大尉だ」


 癖毛の美丈夫、コンラッド・アルジャーノン・マウス。

 それが今回選ばれた映えある五人である。

 不思議な組み合わせである。


「ところで中尉、いいかね?」

「なんだろうか、大佐。ちなみに俺は大尉だ」

「その――……婚約者とは、そも何かイベントがあるものなのかな? 行うものなのかね? 何か一般的に?」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「……謝罪を、大佐。貴官を貶める意図はなかった」

「待ちたまえ中尉。聞き捨てならないな中尉。何故よりにもよって私を哀れんだ中尉。中尉、待ちたまえ。こっちを見て話を――――」


 ムキムキのフライトジャケットの男性にムキムキの白スーツの男性が掴みかかる。ムキムキパラダイスである。ムキムキキングダムかもしれない。部屋の体感温度は上昇する。

 しかし、断じて見過ごされるものではなかった。見過ごさない人がちゃんとこの場に居た。


「待て。聞き捨てならないのはこちらだ。何を以って我が友ハンスのアドバイザーの位置に座ろうとした。待て。私は納得していない。ハンス、学生の頃のように頼るならば私であるべきではないか? 聞いているか? ハンスよ」

「わ、ァ……」

「何をしてるんですか貴方がたは! いい大人なのに! やめてください二人共! 大尉が泣いちゃってるじゃないですか! 大尉が怖がってます!」


 喧々諤々の言い争いになっていた。

 柴犬のようなつぶらな瞳の成人男子が小さな少女の背中に庇われており、残る二人の成人男子がその目の前で掴み合いをしている。事案である。

 それを眺めに眺めたメイジー・ブランシェットは、思った。


(――――アレ? 何故ハンスさんは私の後ろではなくその子の後ろに? アレ? これまさか出遅れ?)


 出遅れといおうか。

 行き遅れといおうか。

 いつの間にか、蚊帳の外にされているのである。せっかくお便りを偽造――――もとい客観的かつ大局的な視点から人々がきっとそう思うであろう意見を掬い上げ加工し恣意的に運用し我が意のままに作り直したというのに。


 このままでは置いていかれる。


 具体的に言うともう自爆してから一年以上とっくに本編への出番がなく顔を出さなくなってるレベルに置いていかれる。

 ピンチである。

 乙女心の。

 初恋の。

 婚約関係のピンチである。


「破ぁっ!」


 ひかった。

 なんか光った。成人男性二名が壁際に飛ばされた。


「話が進まないんです落ち着いてください。オーケー? 具体的に言うとこれ以上尺が押すようならプラズマの棺桶に入れますよ?」


 ボキボキと拳を鳴らすメイジーを前に、どっちも癖毛の男たちが顔を見合わせてから席に戻った。

 殴り合えば勝てるかもしれないが流石に婦女子に手を挙げる過酷さはなかった。嘘。多分、殴り合っても兄は妹に勝てなかった。

 そうして改めて全員が着席する。

 メイジーは胸を撫で下ろし――そして野獣のような瞳で黒髪の青年を見詰めた。この機会、一年のうちでこの機会しかない。ここならば何だってできる。その機会を待ちわびていたのである。現実を無視して何だってできる。現実だとまるで相手にされないとしても……何だって。

 ……。

 ……いやその言い方は酷くないです? 現実だとまるで相手にされないとか何とか……酷くないですか? まるでもう負けてるみたいに。


「はい! ハンスさん! 婚約者らしいことと言ったら――やはりデート、デートですよ! デート! もっ、もももっ、勿論ディナーまでですよ! ねっ、ねっ!」

「……そうか」


 ふむ、と頷いた彼は椅子から立ち、そして床に片膝を突きながら言った。


「――――という訳だ、シンデレラ。俺とディナーまでデートをお願いしたい」

「っっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

「おいちょっと待てやコラ」


 ひかった。

 机が真っ二つに割れた。


「なんだろうか、メイジー・ブランシェット」

「なんだろうかなんてものがあるか!!! なんだろうかとはなんですかなんだろうかとは! なんだろうかってのは!!! 誰が、誰の婚約者ですか! 誰が!」

「む……」


 僅かに考えてから、ちょっと厳しい成人男性の指が彼自身と小柄な少女を指差した。


「俺とシンデレラ」

「っっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

「おいちょっと待てやコラ」


 ひかった。

 壁が吹き飛んだ。


「ハンスさん、今なんと? 説明を。説明を。私は今冷静さを欠こうとしています。説明を。説明」

「何、とは……」


 茹でダコのように頬を赤らめていく金髪の少女を改めて指差して、彼は言った。


「告白された」

「はああああああああああああ!?」

「返事はまだしてないが、嬉しいと思った」

「はあああああああああああああああああ!?」

「……つまり結婚では? ならば、婚約というのでは?」

「そのりくつはおかしい」


 小学生エレメンタリースクールみたいな価値観しやがって。ぽけぽけ成人男性め。

 婚約者でなかったらぶん殴っていた。いや婚約者であってもぶん殴りたい。既に婚約しているというのに。ここに愛しの婚約者がいるというのに。なんと言ったこいつ。この野郎。


「寝取られ!!! 寝取られですよ寝取られ!!! 寝取られた!!! こいつら寝たんだ!!!!」

「ひっ、人聞きの悪いことを言わないでください! まだやってません!!!!」

「じゃあ寝てないのに寝取られた!!! ……いや寝てないならなんて言うべきなんですかねこれ……――うん? いや『まだ』ってなんですか『まだ』って! かぁーっ、聞きました兄さん!? 卑しい! 卑しい女! 卑しい寝取り女!」

「……寝てから言うべきだと思うぞ、メイジー」

「うっさい兄さん。セクハラ。死刑」


 兄は五体を投げ出して地面に伏せていた。情緒不安定である。


「ハンスさん……ハンスさん!」

「なんだろうか?」

「婚約ってのは……婚約ってのはそう軽いものじゃないんですよ! 婚約ってのは力なんですよ! 婚約は、この宇宙を支えているものなんですよ! それを、それを……こうも簡単に軽んじるのは、それは! それは、酷いことなんですよ!!」

「軽んじてないが」


 ふむ、と一つ頷いた。頷かれた。

 相変わらず感情の読めない顔である。

 そして彼は、指を一つ立てた。


「一つ質問したい。……正確に言うなら、先ほど質問しようとしていたうちの一つだが」

「なっ、なんです……?」

「その……先のお便りの際から気になっていたことなのだが。貴官と俺が婚約者である――という事実について、?」

「あっ」


 アイスブルーの瞳が尖る。

 そのまま彼は、訥々と続けた。


「貴官と俺の婚約の事実を知っているのは三名。貴官の父と、俺の父、そして俺……この内二名はさきの大戦にて亡くなっている。そして住居も焼き尽くされていたために、貴官が戦後に知る手段はない」

「うっ――」

「状況から推察するに、貴官がこれを知り得るのは戦前ないしは戦中に限られ――――その際、貴官は未成年だった筈だ。つまり婚姻可能な年齢ではなく、然るに、この婚約は条件に従って破棄されるものとなる」


 淡々と。

 何かの定理のように。


「故に俺と貴官の婚約については無効化され、シンデレラと俺の婚約が成立した。……理解が可能だろうか?」


 実に簡単な方程式だ、と言いたげに彼は頷いた。

 簡単な方程式。

 簡単。

 式。

 ハンス・グリム・グッドフェローにとって、あらゆる契約というものはそうなのだろう。条件と条項に従っているもの。その線を出れば、切り落とされて然るべきもの。

 だが、


「ハンス!!!!! そこに直れ!!!!!! 我がメイジーの可愛らしさに引き換え……お前はなんだ!!! 貴様など我が友ではない!!!!」

「え……あの、大尉……? それ、本気で言ってるんですか……? え……?」

「ふ、ふ――……それでこそだ。それでこそじゃないか、ハンス・グリム・グッドフェロー……!」


 ちゃんと反対の声が上がった。

 いや三つ目これ反対かな……反対の声かな。あれこれ反対の声なのかな。まあいい。とにかくこう、味方が出た。

 しかし彼は一歩も退かなかった。


「まず婚約に条件がある。この婚約に関しては双方の諸事を鑑み、メイジー・ブランシェット当人に伝えることを禁じていた……仮に条項を破って伝えられた場合、破棄が可能だ――――双方ともにこの婚約については一方的な破棄が可能である」

「で、でも大尉……流石に酷いですよ……! そんな言い方……!」

「……では貴官の身に置き換えてほしいが、誰か昔馴染みの男性を考えてほしい。……その男性以外の三者のみが本来その事実を知るものとする。互いに成人するまでは公式には秘せられており、その時点で改めて明かされ、そこから本当に結婚するのかしないのか決まるとする」

「誰か……えっと隣の幼馴染でいいか……それで?」

「それで――本来は君が婚約者であると幼馴染には明かされない決まりであるのに彼が何故かそれを知り、そして、彼は君と結婚する気になっており、周囲に君と婚約者だと吹聴している。……この場合はどうすべきだと思う?」


 ふむ、とシンデレラが頷いた。

 それから――二秒もなかった。


「あ、普通に嫌ですね。わたしは大尉を支持します」

「あっコイツ裏切りやがった。畜生泥棒猫め!!!!」


 ひかりたかったが抑え込まれた。

 そう、男女で逆の立場にされると負けるのだ。負けてしまうのだ。

 でもこれ不公平……不公平じゃないかなあ。不公平じゃないかなあ!!!!


「異議あり!!! 異議!!! 異議あり!!!!」


 バンバンと机を叩こうとした。なかった。私が消してた。

 裁判官を見ようとした。いなかった。そもそも居らん。


「ふふ、私が受け持とうではないか。……ふ、ふ。裁きを――この私が」


 いや、いた。

 なんか変なオーラを流して、居た。まあいいや。


「異議はですねえ! 婚約を知ったルートはそこではないということですよ!!!」

「……何?」

「本編!!!! 本編を読め!!!! 本編!!!! ハンスさんから私に婚約者だって告げてるから知ったのはそこからです!!!!」

「なるほど……」


 勝った。第3部完!

 ちなみに第5幕で一応終わるらしいですよこの話。


「では、俺からも異議を」

「何かな、中尉?」

「大尉だ。……まさに彼女に婚約の事実を告げた直後に、俺は破棄の意思を伝えている。そこを持ち出すのであれば俺からはそう言わざるを得ないものとなる。……その時点の言動について論ずるなら自動的に破棄についても触れるべきでは? それが故に特に俺からは言及しなかったのだが、理解は可能だろうか?」


 ぐぅ。

 ひ、ひどい……なんてことするんだ……なんてこと言うんだ……人の心がない……いくらなんでも人の心がなさすぎる。


「いっ、異議あり!!!!!」

「ほう、メイジー・ブランシェット。何かな?」

「こっ、こいつ……こいつ乙女心を弄んだんです!!! ハンスさんは、乙女心を!!! 弄んだんですよ!!!」

「裁判長。そのような罪は存在しないと思われるが。……精神的な苦痛に対してと言うなら、確かに民法では補償内容として認められるものかもしれないが……刑法においてそれは具体的な精神的な障害――急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害、適応障害等の何らかの診断名がつくものに限定されるものかと考えられる」


 ぐぅ。

 ひ、ひどい……なんてことするんだ……なんてこと言うんだ……人の心がない……いくらなんでも人の心がなさすぎる。


「ふむ。だが――異議を認めよう」

「何故だ」

「面白いからだ」

「面白いから」

「そうだ。面白いからだ。では、メイジー・ブランシェット。証拠を」


 言われるまでもない。

 全ては焼けてしまっているが、画像データと文章データと音声データ(再現)によって保存していた手紙を提出する。それを確認した癖毛の美丈夫が、僅かに眉をあげた。


「……これは?」

「ハンスさんが私にクリスマスごとに贈ってきたものです!!!! 一通目!!!!」

「……あくまで俺は身分を明かしていないのだが」


 不服そうに呟くハンス・グリム・グッドフェローの前で、それは読み上げられた(CV.イマジナリーハンスさんAI ※本人の日常会話から音声抽出 ※無断)。


 とくと見るがいい――――この男が僅か七歳の少女にぶつけやがったものを!



『親愛なるメイジー・ブランシェット様へ


 聖夜の灯火が、貴女のもとへ温かき光を届けんことを願いながら、筆を執ります。私がこのように手紙をしたためることを、不思議に思われるかもしれません。けれども、かつて私は貴女の父上に恩を受けた者として、ささやかなる贈り物と共に感謝の意を伝えたいのです。


 貴女の父上は、かつてこの身に道を示してくださいました。私が迷いの中にあったとき、彼は静かに、しかし力強く私を導いてくださったのです。その恩義を返すことは叶いませんが、こうして貴女に言葉を届けることが、せめてもの礼となればと願います。


 メイジー様、貴女がこの世界の中で少しばかり孤独を感じていると聞きました。貴女の心が周囲と調和しないことに、時折胸を痛めていると。それは、とても繊細で、尊い心を持つ者にしか分からぬ悩みでしょう。ですが、どうか恐れないでください。孤独は時に、最も美しき才能の証であり、深き魂の輝きなのです。


 貴女の興味を惹くものは、世間の少女たちが夢中になるものとは少し違うかもしれません。だが、それが何ほどのことか。機械を愛し、その仕組みを解き明かそうとする貴女の瞳の輝きは、誰にも真似できぬほどのものではありませんか?  貴女の手が触れる歯車や金属の一つひとつは、貴女の好奇心によって命を宿し、新たなる世界を生み出すのです。


 かつて、ある詩人がこう詠みました。


 「夜空を仰ぎ、ひとつ星を見つめる者は、それだけで孤独ではない。なぜなら、その星は彼を見つめ返しているのだから」


 メイジー様、貴女もまた、貴女の星を見つめているのではありませんか? そして、貴女の星もきっと、貴女を見つめ返していることでしょう。


 時に孤独は、鋭き風のように心を刺し、誰も自分を理解しないのではないかと不安になることもあるでしょう。しかし、どうか忘れないでください。真の理解者は、往々にして時間の向こう側に存在し、貴女が歩み続けることで、いつかその道の先で出会うものなのです。


 貴女の手が作り出すものは、きっと貴女の言葉より雄弁に、貴女という人間を語るでしょう。歯車が噛み合い、小さな機構が命を得て動き出す瞬間、その全てが貴女の内なる声を代弁するのです。そんな貴女の手を持って生まれたことを、どうか誇りに思ってください。


 世の中の多くの人々は、未知なるものに戸惑い、時にそれを遠ざけることがあります。けれども、偉大なる発見は、常に少数者の手によって生まれました。もし貴女がこの先も、自らの興味と情熱を貫くならば、それはやがて、多くの人々の目を開かせることとなるでしょう。


 貴女は変わっているのではありません。

 貴女は、ただ特別なのです。


 どうか、この手紙が貴女の心に少しでも温もりをもたらしますように。

 聖夜の奇跡が、貴女の歩む道を祝福しますように。


 貴女に幸多からんことを。


 ――――親愛なるオーグリーより』




 法廷が静まり返った。


「…………中尉、罪では?」


 そうだよ。


「ハンス……こんな手紙を……十年も?」


 そうだよ。


「えっ……えっ……あっ匂い嗅がせてください」


 駄目です。

 流石に匂いの再現まではできなかったからね。

 でも……あのときはほんのりと男物の香水が香ってきて……書いてる袖口から移っちゃったのかな? それだけじゃないいい匂いもして、ぐへへ……ハンスさんの匂いだぁ……。


「待ってほしい。あくまでも常識的な内容だ。待ってほしい。俺は礼を失さないように送っただけだ。待ってほしい……何も……何もおかしなことはしていない……!」


 頭がおかしいんだよなあ。

 あんな内容を素面で子供に送れちゃうの頭おかしいんだよなあ。

 絶対あんなの王子様じゃん……大人じゃん……騎士様じゃん……。

 そんなの幼少期に浴びせられる側の気持ちにもなってほしいんだよなあ……。


「じゃあ次の証拠いきますねー!」

「ほう。……ハンスよ。いい加減に観念したらどうだ?」

「ふ、ふ……一体何を送ったのかな、中尉?」

「……いいなぁ。あっ、わっ、わたしは公平に判断してますよ! 公平に!」


 開かれる二年目の記録――――――。




『親愛なるメイジー様へ


 聖夜の訪れとともに、またこうして貴女へ言葉を贈る機会を得たことを、心から嬉しく思います。昨年の手紙に貴女が返事をくださったこと、それを読んで貴女の心に少しでも温もりを届けられたことを知り、私はこの上なく安堵いたしました。


 このたび、ささやかではありますが、貴女のために選んだ贈り物を同封いたしました。工具磨き布という実用的なものを選んだのは、貴女が手掛ける機械たちが、より美しく、より長くその役割を果たせるよう願ってのことです。貴女がこの布を使いながら、大切な道具を磨くたびに、貴女の創意と情熱がさらに輝きを増すことを願っております。


 貴女のお手紙を拝読し、励ましの言葉が貴女の心に届いたことを知り、私はとても嬉しく思いました。貴女は、自らが感じているよりもずっと強く、そして繊細な感受性を持つ方です。貴女の中にある寂しさや不安を、すべて消し去ることはできないかもしれませんが、それでも、貴女が前を向く力を持っていることを私は確信しています。


 また、お手紙の中で貴女が語っていた大切なことに、私は心を動かされました。それは、貴女が母上を持たないこと、そしてそれゆえに感じる孤独についてです。確かに、母という存在は大きなものです。その優しさや温もりを知らぬまま育つことは、決して容易なことではなかったでしょう。ですが、貴女の言葉の端々には、貴女の父上がどれほど貴女を大切に思っているかが滲み出ていました。


 人は、形あるものだけでなく、目には見えない絆によっても結ばれます。血の繋がりがあろうとなかろうと、誰かを大切に思う心こそが、真に家族を形作るのです。貴女と父上との間には、確かにその絆が存在している。貴女が思っているよりもずっと多く、貴女の父上もまた、貴女から多くのものを受け取っていることでしょう。


 また、貴女の手紙の中で、ある疑問について触れられていましたね。貴女には、正体の分からない婚約者がいるかもしれないという不安があると。確かに、それは大きな問いかけであり、貴女の未来に関わることゆえに、戸惑いを覚えるのも無理はありません。


 私は、この世における約束の価値は、その約束を交わした者の意志によって決まるのだと思います。婚約というものは、決して運命に縛られる鎖ではなく、むしろ未来への選択肢のひとつなのではないでしょうか。


 あくまで大切なのは、貴女がどのような道を歩みたいかを見極めること。そして、その道が貴女にとって幸せなものであるならば、どのような選択も誇りを持って進めるはずです。


 貴女の心が迷うことがあっても、その答えを急ぐ必要はありません。時が満ちるまで、自らの思索を深め、知識を積み重ね、そして心の声に耳を傾けることです。そうして紡がれた答えは、きっと貴女にとって最良のものとなるでしょう。


 どうか、この手紙が、貴女の心に少しでも安らぎをもたらしますように。

 聖夜の灯火が、貴女の未来を照らし続けますように。


 貴女に幸多からんことを。


 ――――親愛なるオーグリーより』




「………………」

「………………」

「………………」


 全員が、マジで言ってるのコイツ?――みたいな視線を向けていた。

 そうです。

 このときは正体に気付いてなかったけど、こんなふうに言ってくれる人が自分の婚約者だったら素敵なんだけどなあ……ぐらいには思っちゃったんですよね。


「いっ、異議がある……このように婚約について、続けるべきだとか是非とも結婚しろとは言っていない……俺は良識的に振る舞ってる……! み、皆……? 皆……?」


 誰も答えず、三通目に手がかかった。

 メイジー・ブランシェット十歳、ハンス・グリム・グッドフェロー十八歳のものである。




『親愛なるメイジー様へ


 聖夜の訪れとともに、またこうして貴女へ言葉を贈れることを、心より嬉しく思います。時の流れは絶え間なく、それでいて、こうして貴女と交わす手紙の中では、まるで一瞬の煌めきとして留まるかのようです。


 まずは、今年のささやかな贈り物を受け取っていただければ幸いです。貴女が昨年のお手紙で、お父上と共に写った写真を送ってくださったこと、あれは私にとって、貴女がどれほど大切な人と心を通わせているかを示す何よりの証でした。

 そして、その写真に映る貴女を見て、私はある考えに至りました。この髪飾りが、きっと貴女の魅力を引き立てるものとなるのではないか、と。貴女の持つ気高さ、聡明さ、そしてまっすぐな眼差し——それらをより一層際立たせるものとなれば、これ以上の喜びはありません。


 さて、貴女のお手紙を拝読し、貴女がまた新たな挑戦へと踏み出したことを知りました。お父上と共に機械を組み立て、それがうまく動作したこと——しかし、それと同時にプログラミングには苦戦し、それでも楽しさを感じていること。ああ、なんと素晴らしいことでしょう。


 機械というものは、まるで生き物のようです。精巧に組み立てられた部品が、ひとつの目的のもとに動き始める。しかし、それだけではまだ未完成。真に命を吹き込むのは、そこに込められた意志と知識、そして何よりも情熱です。

 貴女の指先が触れ、思考が巡り、試行錯誤の果てにようやく動き出す機械——その瞬間、貴女はきっと、自らの手で新しい世界を生み出しているのだと実感するでしょう。


 完全ではないと仰るその機械も、貴女がこれから注ぐ努力と愛情によって、さらに洗練されていくに違いありません。完成という言葉は、時に遠く、手の届かぬ理想のように思えるものですが、その過程こそが、貴女をより大きな未来へと導くものなのです。貴女の手によって生まれるものが、やがて誰かの役に立ち、世界の片隅に新たな光を灯すことを、私は確信しています。


 そして——貴女の言葉に、少しだけ触れましょうか。「貴方が婚約者だったらきっと落ち着けるのに」。


 貴女のその率直な言葉を読んだとき、私は思わず微笑んでしまいました。貴女は、きっと誠実で、純粋な心の持ち主なのでしょう。そのような言葉を綴ることができるのは、貴女が人を信じ、人に信じられる存在だからこそ。


 貴女の心には、まだ見ぬ誰かへの思いが交錯しているのでしょうか。あるいは、貴女自身が未来のことを静かに考え、揺れ動く心を持て余しているのかもしれません。


 けれど、もしもこの世界に確かなものがあるとすれば、それは貴女が貴女らしく在ることの尊さではないでしょうか。婚約という言葉が持つ意味も、縁というものの形も、人それぞれに異なります。しかし、貴女が今ここにいて、未来へ向かって歩んでいることだけは、揺るぎない事実です。たとえ風が吹こうと、嵐が訪れようと、貴女はきっと、その聡明さと勇気で道を切り拓くことでしょう。


 だから、どうか焦らずに。今はまだ、答えを求めなくてもよいのです。貴女が心地よく思える場所に立ち、愛するものを見つめ、手を動かし、そして何より、笑顔でいられるならば、それが何よりの幸福ではありませんか?


 未来とは、まるで貴女が組み立てる機械のようなもの。ひとつずつ部品を組み上げ、試し、調整し、そして最後に、美しく動き出す——そういうものではありませんか?


 どうか、今は焦らず、貴女自身の手で貴女の未来を作り上げてください。そして、その過程を楽しんでください。なにせ、貴女はもう、その楽しさを知っているはずですから。


 この手紙が、貴女の心にそっと寄り添うものでありますように。

 聖夜の灯火が、貴女の未来を優しく照らし続けますように。


 貴女に幸多からんことを。


 ――――親愛なるオーグリーより』




「……これ。やってますね」

「ふ、ふ。やっているな」

「そうだと何度も言っているのだ、私は」


 すごいよね。

 この人多分嘘つけないから否定できなかったんだろうな感。すごいよね。

 詩的なワードをめちゃくちゃ出してるけど大体この辺で正体を知っていたので……誤魔化しはしたけど、多分本心で言ってるんだろうなあ……というのがさあ。

 こうさあ。

 ズルじゃん。

 ズルでしょ。こういう、こう、優しく見守ってくれてる王子様感を出すの。

 絶対質問に対してこっちの唇に指を当てて笑ってるやつじゃん。

 ズルじゃん。


「大尉……いくらなんでも……」

「ハンス……貴様という男は……! これほどまでしながら貴様という男は……!」

「ふ、ふ。……流石に私からも言葉がないな、中尉」


 全員が非難の目を向けていた。

 黒髪の青年がどことなく立つ瀬ない顔をしていく。


「ち、違う……俺は、その、最大限、礼を以って接しようと……誠意を……」

「口説いているのかと思ったとも、中尉」

「お、俺は……あくまで礼節を……!」

「ハンス。まさか……まさかこんな情緒的な文面をメイジーに? それで……それであんな対応を……?」

「ち、違っ……俺は、俺は人として十分なだけの礼儀を持とうとしただけで……!」

「十歳相手に?」

「な、何歳相手でも礼儀は必要では……?」


 違うんだよなあ。

 これもう(礼儀なのか口説き文句なのか)わかんねえな。

 もうさあ。べた褒めなんですよ。こっちを。駄目じゃん。同級生とかにさあ。色々と言われてるこっちを。大人のお兄さんが。べた褒め。絶対この人私のこと好きじゃないですか。手紙もいい匂いするし。同年代の子供なんかとは全く違うんですよね。

 駄目じゃん。

 八つも上、ハイスクールとかさあ。完全にお兄さんですからね。もう、お兄さんって言うのはですね。つまり王子様なんですよ。童話とかに出てくる。もう違うところから来る人なの。周りと全然違う、涼やかな感じの人。夢の国から来てるのと同じなんですよ。

 で、これ。励ましてくれるし褒めてくれるし喜んでくれてるじゃん。駄目じゃん。そんなのもう(結婚しよ)でしょ。駄目ですよ駄目。罪です。

 

「大尉」

「し、シンデレラ?」

「罪を……認めましょう? わたしも一緒に償いますから。ね? これはちょっと大尉にも責任ありますよ」


 あ、味方増えた――――じゃなくて!!!


「泥棒猫!!!! 泥棒猫がいる!!! 泥棒猫!!!」

「なんですか人聞きが悪い。わたしも大尉と一緒に償うから、大尉にもちゃんとこの罪と向き合ってくださいって言ってるんですよ。……望みどおりじゃないんですか?」

「ぢがゔゔゔゔゔ!!! 違うもん!!! 私のことをダシにイチャつきやがってひぐぅぅぅゔゔゔゔゔ!!!」

「イッ、イチャついてません!!!! わたしは大尉を説得してるんです!!!!! 人聞きが悪いことを言わないでください!!!!!」

「畜生コイツ私のこと負けヒロインって言った!!! 婚約者なんて負けヒロインだから大人しく指を加えて見てろって言ったぁ!!!、!、 独房に二人で入って夜の囚人プレイする気なんだ!!!! 出てくるときには三人目がいるんだ!! いっ、卑しい!!! 卑しい女ァ!!!」

「失礼です!!! なんなんですか貴女は!!!!」


 黄色い声……黄色い声なのかな。

 なんかプラズマとか力場が吹き荒れながら言い争う声が響き――――――



「中尉。……ジムにでも行かないかね?」

「ああ、そうしよう。……ところで俺は大尉だ」


 主役は、なんか置き去りにどっかに消えた。








 ◇ ◆ ◇



Q:今回の話を聞いてどう思いましたか?


A:


「もうなんかの罪だろ、あのバカ犬」

                ――PN.戦場音楽家さん



「……相棒はさあ。本当さあ」

                ――PN.超☆色男さん



「……はは。そうだね。これは有罪かな」

                   ――PN.外科医



「脳みそ詰まっておりませんの!?」

                   ――PN.傭兵女王



「わあ……! リーゼもほしいなあ……!」

                    ――PN.電脳霊



「流石の私も……コメントを差し控えますわ」

                     ――PN.無貌



「ハッハッハ! ……正気ですかな?」

                  ――PN.お願い筋肉



「……女衒ぜげん。スケコマシ。少女四倍特攻」

                   ――PN.大学後輩



「え、マジっスか……? え……えっ……?」

                     ――PN.親切



「どうしておーぐりーはそういうことするの? おーぐりーはおばかさんなの? おーぐりーは鏡を見たことがないの? それに……どうしてわたし以外におーぐりーって名乗ってるの? ……ねえ、おーぐりー。おーぐりーはどうしてそんなことしたの? おーぐりー……?」

                   ――PN.軟体娘

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク
  • LINEに送る

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【190万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜 読図健人 @paniki

作家にギフトを贈る

いつも応援ありがとうございます。 ご期待に添えるように頑張っていきます。
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

アプリの通知で最新作を見逃さない