やや薄暗い洞窟内を、4人の冒険者が縦横無尽に駆け回っていた。
「後方から新たにキラーアント3匹です!」
「魔法の詠唱は継続、リュウマは後方の援護に回れ!」
「正面はワシが抑える!」
大盾を持ったドワーフが、パーティー隊列の前方から襲いかかってくるゴブリン・コボルドを食い止める。ドワーフの横を通り抜けた素早いモンスターは、ヒューマンが操る短槍によって捌かれていく。ヒューマンに守られるようにして立っているエルフの少女は、その場で杖を頭上に掲げて何かの文言を口ずさんでいる。目を閉じてその場から一歩たりとも動く様子のない姿は仲間への厚い信頼の裏返しだ。
その3人の傍を横切ったのは1人の大男。ドワーフと入れ替わるようにして正面から下がった男は、一気に後方へと駆け抜ける。そこにいるのは硬い甲殻を持つモンスター。生半可な武器、並の筋力では到底貫くことのできない防御力を誇る敵に対してしかし、男は一切の躊躇なく手に持った武器――ツルハシを振るった。
サクッという軽い音と共に、エルフの背中へと飛びかかった昆虫型のモンスターたちは、まるで柔らかいバターのようにその体躯を切り裂かれた。
「…………いけます!」
ツルハシを持った男――リュウマが後方の脅威を排除すると同時に、エルフの少女が閉じていた眼をカッと見開く。少女の言葉を待っていたとばかりに正面に立ち塞がっていたドワーフとヒューマンが左右に飛び退く。
次の瞬間。光の奔流が前方に押し寄せていたモンスターの群れを飲み込んだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ? ! ?」
「「「何やってんの!?」」」
運悪く魔法の射線に入ったリュウマを巻き込んで。
怪物祭から2日が経った。腹部に風穴があいたリュウマだったが、一晩寝たら完治するという驚異的な回復を見せた。治療に使われたのは回復薬(ポーション)の中でも最高級に位置づけられるもので、そのとんでもない治癒効果を初めて目の当たりにしたリュウマは、致命的な勘違いをした。
「回復薬を使えばどんな怪我でも問題なく治癒する」のだと。
結果として、自分の身を省みずモンスターに特攻する
「何やってるんだお前は!」
「すいません!?」
その狂戦士はいま、パーティーリーダーを務めるヒューマンの女性にお叱りを受けていた。
【ゴブニュ・ファミリア】冒険者パーティーの戦術は至ってシンプル。ドワーフが前衛で大盾を持ってモンスターを食い止め、エルフの高火力魔法で一閃するというもの。中衛を務めるヒューマンは背後を突こうとするモンスターに対処しつつ全体に指示を飛ばす役割を担っている。ただ、この戦術は中衛の役割負担が大きい。戦況の把握や仲間に指示を飛ばすことで頭を使うのに加えて、モンスターとの戦闘も行わなければならない。3人という少数パーティーでこなすには難しい戦術といえる。
そんな中で加入したリュウマに期待された役割は、リーダーにと共に魔法発動までモンスターの対処をすることだ。
もともと【ゴブニュ・ファミリア】は商業ファミリアで、冒険者の積極的な勧誘は行っていない。新米鍛冶師にレベルアップさせて【鍛冶】スキルを取得させることが主な目的であり、それ以外の探索やアイテム採掘が目的の場合には顧客である冒険者ファミリアと合同でパーティーを組むことがほとんどだ。ただ、いつも他ファミリアとパーティーが組めるわけではない。冒険者ファミリアには冒険者ファミリア内の付き合いもあるのだ。
自ファミリア単体でも中層以降の探索をスムーズに行えれば、より生存確率・採取効率の向上が見込める。ギルドに冒険者募集の張り紙でも出そうかと思っていたところに加入してくれたリュウマの存在は、パーティーリーダーとして頭を痛めている彼女には非常にありがたかった。
唯一にして最悪の誤算は、リュウマが馬鹿だったことだろう。
パーティーとして戦闘するという経験がなかったリュウマは、仲間に任せて後ろに下がることができない。オラリオへ旅している時も、1人でダンジョンに潜った時も、常にまっすぐ突き進み続けたリュウマは絶望的なまでにこの戦術との相性が悪かった。
「まあまあ。反省しているのだし、そう叱ってやるな」
「お前は新人にいつも甘い! しっかり指導しないといざという時に困るのはコイツ自身なんだぞ!」
「そうは言うが、怒鳴ってどうにかなるものでもなかろう」
「それはそうだが!」
ドワーフになだめられて少し落ち着いたリーダーは、正座しているリュウマを見てため息をついた。
「とにかく! 魔法の射線上に入るな! それだけしっかり覚えておけ!」
「はい!」
「返事だけは一丁前だなぁお前!」
イライラした様子でエルフ少女と見張りの交代をするヒューマン。ここはダンジョン内、セーフゾーンではないので休憩中は見張りを交代交代で行う必要がある。
「まあ、最初は誰でも失敗だらけじゃ。あまり気に病むな」
「そうですよ。私だって何回怒られたことか」
気落ちした様子のリュウマを気遣いながら水分補給をする2人。リュウマは自分の荷物の中から日記帳を取り出して何事かを書きながら苦笑いする。魔法が直撃したので念のためポーションを飲んだとはいえ、ケロッとしているリュウマをジトーッと睨む。
「むしろ魔法をもろに喰らっておいてほとんど怪我していないのが信じられないんですけど」
「身体だけは丈夫なもので」
自分がプレゼントした日記帳に何を書いているのか気になるのだろう。エルフ少女がリュウマの後ろから覗き込み、
『射線上に入るなって、私言わなかったっけ…?』
「ブフーッ!?」
「ぬわぁぁ! つめたーい!?」
自分に似ている少女のイラストから伸びた吹き出しに書かれたセリフを見て、口に含んでいた水を吹き出した。
「ちょっと! 何ですかこれ!」
「イラスト付きの方が覚えやすいかと思いまして」
「わたしこんな怖い顔してないですから! もっと可愛く描いてください!」
「いやでもそれだと意味がないと」
「い い か ら !」
「何をしとるんじゃお主らは……」
呆れ顔をするドワーフをよそに、イラストをめぐった言い争いが続く。と、見張りを担当していたヒューマンが警告を発した。
「足音が複数、聞こえる」
緩んでいた空気が引き締まった。
現在パーティーが休憩しているのは9階層。1つ下の10階層からは豚頭人身のオークが出現する。下の階層で出現したモンスターが上の階層へ逆走することは滅多にないが、1ヶ月ほど前にミノタウロスが上層まで登ってきた記録もある。近づいてくる足音が同業者ではなくモンスターである可能性も考えて、パーティーはいつでも戦えるように身構える。
「あー!」
「うるさいわね。どうしたのよ急に大声出して」
しかし、通路の曲がり角から現れたのは、6人の冒険者だった。
「ロキ・ファミリア……!?」
オラリオ最大派閥の、その中でも最高戦力である6人。アイズ・ヴァレンシュタイン、フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ヒリュテ姉妹、レフィーヤ・ヴィリディス。錚々たる顔ぶれに、リーダーが驚愕の声を上げた。
「おや。ゴブニュ・ファミリアの」
「いつもこいつらが世話になっているな」
フィンとリヴェリアがあいさつをしてくる。それに対して「あっ……その、どうも……」とすっかり挙動不審のリーダー。
「『
「彼には留守を任せているよ。下層まで行くつもりだからね」
「それは残念。また戦い方を教わろうとでも思ったんじゃがのう」
挙動不審なヒューマンに代わって何度か面識のあるドワーフがフィンと近況報告を兼ねて談笑する一方で、
「あら、あの時モンスターに吹き飛ばされてた子じゃない」
「治ったんだねー、よかったよー」
「その節はたいへんご迷惑をおかけしました」
アマゾネス姉妹と言葉を交わしていたのがリュウマである。
「お腹にポッカリ穴できてたからねー」
「なに笑ってんのよ馬鹿」
死んだかと思ったよ! とケラケラ笑うティオナが不謹慎だとティオネに窘められる。慕っている人が楽しそうに笑う姿を見られて嬉しいリュウマだったが、自分を救助する手間が増えたせいでモンスター討伐が遅れてしまったのではないかという自責の念もあり内心は複雑だった。
「あのぅ……」
アマゾネス姉妹の談笑を見ていると、隣から声をかけられる。そちらを見ると怪物祭の時に自分を助けてくれた、小麦色の髪を後ろでひとまとめにしたエルフの少女がいた。
記憶が蘇る。魔法の詠唱には深い集中が必要だと教わった。その魔法を詠唱している途中に後ろから突き飛ばして戦闘の邪魔をしてしまった。彼女には一度、助けてもらったお礼と邪魔をしてしまった謝罪をしておきたかった。リュウマは頭を下げる。
「あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」
「え?」
「え?」
なぜか驚いたような顔をされた。
「いえ、こっちこそ危ないところを庇っていただいて……」
「え?」
「え?」
それどころか逆にお礼を言われてしまった。
「魔法の詠唱を邪魔してしまってすいませんでした」
「いえ私こそ大怪我をさせてしまってごめんなさい」
「???」
「???」
お互い微妙に噛み合わない会話に首を傾げながらも頭を下げ続ける2人だった。