「……迷った」
「迷っちゃいましたね」
人のいない方へと歩いて数分。気付けば見慣れない裏路地に迷い込んでしまったリュウマとエルフの少女は困ったように顔を見合わせた。
「たぶんここは『ダイダロス通り』ですね」
都市の貧民層が住んでいる広域住宅街。幾度もの区画整理によって通路や住宅が複雑怪奇に入り組んでいるこの領域は別名『もう1つの迷宮』と呼ばれていて、土地勘のない者が迷い込めばなかなか抜け出せない。
エルフの少女も話には聞いていたしそういった場所があることは知っていたが、実際に足を踏み入れたのは初めてだった。
「すいません自分のせいで……」
「いえいえ、気にしないでください!」
ガックリと肩を落として分かりやすく落ち込むリュウマに慌てる少女。とりあえずここから脱出することを最優先に考えなければならない。
とりあえずはチラホラと辺りを歩いている住人らしき者に道を尋ねよう。相談の末そう結論付けた2人は、たまたま横を通り過ぎようとしていた、大きなバックパックを背負った小さい子どもに声をかけた。
「お急ぎのところ申し訳ありません。お尋ねしたいことがあるのですが今お時間よろしいですか?」
リュウマがそう話しかけると、驚いたのかビクッと肩を震わせて子どもが立ち止まる。身長およそ100
「リr……私に何か御用ですか?」
リュウマは思い出す。故郷でも自分は幼い子どもに怯えられてしまうことが少なくなかったことを。それを見かねた今は亡き母親がリュウマにくれたアドバイスを。
『小さい子どもには目線を合わせて話すこと』
母の教えを思い出したリュウマは、目の前の小さな子どもの目線に合わせるようにその巨躯を出来る限り屈めた。
「はい。実は道に迷ってしまいまして、大通りまでの道順をお聞きしたいのです」
「……道、ですか?」
いきなり大男が顔を覗き込むようにしゃがんだことに驚いた子どもはそのクリクリした目をまんまるに見開いていたが、リュウマが嘘をついているようには見えなかったのか少し警戒を解いた――ように思える。
なにやら少し考えていた子どもは、再度確認するかのようにリュウマとエルフ少女を見ると、小さくため息をついた。
「分かりました。ここは入り組んでいるので途中までご案内します」
こうしてリュウマとエルフの少女は、親切な子どもに案内されて喧噪にあふれた大通りまで戻ることができたのだった。
「小さいのにしっかりしてますね。おいくつなんですか?」
「リr……私は
「え? じゃあ大人!? ごめんなさい!」
可愛らしい子どもにニコニコと話しかけたエルフ少女があたふたする場面もあったが、パルゥムが不機嫌になった以外は特筆することもなかった。
親切なパルゥムにお礼を言って別れた2人は、大通りの喧騒の様相が先ほどとは異なっていることに気が付いた。
どこか焦燥というか、恐慌というか、あまり好ましいものではない人々の雰囲気に眉を顰めるリュウマ。
先刻まではコロシアムへ向かっていた人の流れが、今はコロシアムから遠ざかるように我先へと歩を進めている。
「モンスターの制圧はまだか!?」
「現在ロキ・ファミリアが協力してくれています!」
「ガネーシャ・ファミリアから怪物祭に参加予定モンスターの一覧表を借りてきました!」
「よし、無力化したモンスターと一覧表との照会を急げ!」
近くのギルド職員と思しき数名が大声で会話しているのが耳に入る。どうやら怪物祭の見世物のためにダンジョンから連れてこられたモンスターが逃げ出してしまったらしい。
「に、逃げましょう!?」
エルフ少女がリュウマの手を引く。モンスターと戦うための武器や防具はすべてゴブニュ・ファミリアの本拠地に置いてきてしまっている。鎮圧は他の冒険者に任せて避難した方が賢明だろう。リュウマはエルフ少女の言葉にうなずき、人の流れに身を任せようとした。
――その時だった。
「ぐっ、のぉおおおおおおおおっ!!」
リュウマの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「リュウマさん?」
足を止めて振り返る。見知った顔がないかよく目を凝らす。
「こっちに!」
――見つけた。
ついさっき自分たちが出てきたダイダロス通りへ繋がる路地裏への道。そこに飛び込んでいく白髪の少年と、敬愛する女神。……その後ろを追いかける、銀色の毛並みを持つモンスター――シルバーバック。
「リュウマさん!?」
考えるより先に身体が動いていた。エルフ少女と繋いでいた手を離して、2人と1匹が入っていった道へと駆け出す。
「リュウマさん! どうして!? 止まって!!」
エルフ少女はその背中を追いかけようとするも、人の波にのまれてしまう。強靭な肉体を活かして人の流れに逆らうリュウマとの距離はどんどん離れていってしまう。
人の流れが速すぎて思うように進めないリュウマだったが、なんとかして歩みを進めていく。路地裏への道まであと少しのところまで近付いたところで――
『き――きゃああああああああああああああああああああっ!?』
――リュウマの足元が爆発した。
「……?」
「ティオナ?」
「どうかしたんですか?」
ギルド、ガネーシャ・ファミリアから市井に放たれたモンスター討伐を頼まれていたティオナ・ヒリュテ、ティオネ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディス。3人は家屋の屋根上から周囲の警戒をしていた。
とはいっても『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインが片っ端からモンスターを討伐しているおかげで暇なことこの上なしだったのだが。
そんな中、ティオナがその動物的ともいえる鋭い勘を働かせる。
「地面、揺れてない?」
「……本当、ね」
「地震……じゃないですよね」
地震には及ばない微弱な揺れを感じた3人は警戒を厳とする。周囲を見渡すティオナは、通りの一角に見知った顔を見つける。
「あの子は……」
ゴブニュ・ファミリアの新人だったはず。数日前に英雄譚を語り合った少年のどこか必死に人混みをかき分ける様子に眉をひそめる。
何をそんなに慌てているのか、少年の様子をよく見ようと身を乗り出す。
そして。
轟音と共に、少年の足元が爆発した。
『き――きゃああああああああああああああああああああっ!?』
次いで響き渡る少女の金切り声。
爆発地点からは膨大な土煙が立ち込めており、爆発に巻き込まれた少年の様子は分からない。
揺らめきを作り煙の奥から現れたのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似するモンスターだった。
「ティオネッ、あいつ、やばい!!」
「行くわよ」
3人はモンスターめがけて駆け出した。