鍛冶ファミリアに所属している亜人族として最も多いのは、ドワーフ族である。一方、鍛冶ファミリアで最も少ない亜人族はエルフだ。
神からの恩恵なしで扱える魔法があるエルフの中には剣や槍といった武器ではなく魔法の触媒となる杖を扱う者が多く、鍛冶そのものがエルフの文化に疎遠だ。そもそもエルフとドワーフが犬猿の仲であることもあって、鍛冶ファミリアに所属する酔狂もほとんどいない。
その酔狂なエルフの1人が【ゴブニュ・ファミリア】に所属している16歳の少女である。
成人を迎えてから故郷であるエルフの森を出たのが1年半ほど前。魔法が扱える希少な存在ということで多くのファミリアから勧誘を受けながらも、その構成員がヒューマンとドワーフのみで形成されたゴブニュ・ファミリアに加入した理由は、彼女の性癖によるものだった。
エルフの少女は、筋肉フェチであった。
エルフという種族は体質の問題なのか高身長で身体の線が細い者が多い。一方で、パルゥムほどではないにしろ低身長で筋骨隆々な肉体を誇るのがドワーフである。身体的特徴が対照的な両種族――某ギルド長のように例外はいるものの、ほとんどがこの基準に当てはまる。
しかしそれは、故郷にいても少女の好みの男性に巡り会うことができないことを意味していた。
「理想の旦那さんを見つける!」
そんな夢を持ってオラリオへやってきて1年半。少女は筋肉モリモリマッチョマンに囲まれた生活を満喫しまくっていた。
とはいえ冒険者としてはまだまだ駆け出し。Lv.1として先輩冒険者たちの後ろについてダンジョン探索を繰り返していた。
そこへやってきたのが黒鐘龍馬である。主神ゴブニュに一目置かれる存在であり、あの
オラリオで必死に頑張ってきたエルフの少女からすれば、主神や団員たちからチヤホヤされるリュウマの姿はあまり面白いものではない――
「ほぅ……」
――ことはなかった。元々、筋肉フェチで鍛冶ファミリアに加入した酔狂なエルフという、常人とは少々かけ離れた思考回路をしている少女である。ヒューマンでありながら周りのドワーフにも決して引けを取らないリュウマの鍛えられ引き締まった肉体は、少女にとって眼福以外の何物でもない。むしろ団員たちの中で1番若自分より年下の少年の、肌の艶や張りがあり輝いているように見える肉体は少女の眼を釘付けにした。
「隣の席、失礼してもよろしいですか?」
「は、はい! ごちそうさまです!」
「今から食べるのでは……?」
朝食の際、隣に座ってきたリュウマの肉体を服の上からたっぷり視姦する幸福を味わった少女だが、彼女の幸運はまだ終わらない。
その日、リュウマが初めてダンジョンに足を踏み入れてから2日目。リュウマの実力を見極めるためと実地指導を行う目的でダンジョンへ向かうことになったメンバーの中にエルフ少女の姿もあった。
Lv.2のドワーフとヒューマンの先輩冒険者。それにエルフ少女とリュウマの4人の構成。ダンジョン1~3階層あたりで簡単なモンスター狩りを行う予定だった。
ダンジョンに潜って1時間。少女が魔法の詠唱をすることはなかった。
先頭に立ってツルハシを振り回し遭遇したモンスターの全てを一撃で穿つリュウマの姿に、3人は呆然となっていた。
ゴブニュから「ダンジョン探索に最適な装備を」と渡された鎧の類を、試着段階で「動きが鈍くなりそうだからいりません」と断ったリュウマ。それでもさすがに防具なしでダンジョンに潜ることは許可できないという親方の言葉に渋々従い、シャツ1枚の上に鉄製の胸当てと籠手を装着していた。その上には長旅の際に着ていた外套を羽織るというとてもこれからダンジョンに潜るとは思えない軽装の新米冒険者はしかし、襲いかかってくるモンスターを自身の体に触れさせることなくツルハシの錆へと変貌させていた。
一見して自暴自棄とも見て取れるリュウマの戦い方は、あの夜にベル・クラネルの敵を屠り続けていた戦い方に酷似している。その怒涛の斬撃、敵を圧倒する速度。あれこそが冒険者のあるべき姿だとリュウマは認識してしまったのだ。
実際には、あの時ベルは自暴自棄になっていたし、誰からもまともな戦い方を教わっていなかったし、そもそもパーティーで戦うことを想定していないという限りなくダメな例なのだが、リュウマは馬鹿であるがゆえ、勘違いしてしまったのだ。
そんな獅子奮迅のリュウマの戦いっぷりを見てドワーフとヒューマンの先輩冒険者は驚いて目を丸くする。当初は2人が盾となってリュウマに隙を見て攻撃してもらうパーティーとしての戦い方を想定してのだが、そんなことを言う前に出会うモンスター全てが一瞬で消えてしまうのだからたまったもんじゃない。
そんな呆れ半分驚き半分な感情を2人が抱く一方で、少女が抱えていた感情は『怒り』である。なんだその身体を覆い隠すような外套は。それではせっかくの肉体美が観察できないではないか。まったくけしからん。さっさとその外套を脱いで私に渡さんか。その外套をクンカクンカしながらその屈強な肉体美を観察するという私の目的を達成させろ。
とにかく一度休憩を入れようと指示したドワーフの言葉に4人の足が止まる。後衛ということでサポーター用の大きなバックパックを背負っていたエルフ少女は大きく息をついて地面にへたり込んだ。
なぜだか今日はいつもよりドロップするアイテムの量が多い。1時間の探索で、すでに1日ダンジョンに潜ったくらいの量がバックパック容量を圧迫している。あまり《筋力》のステイタスが高くない少女にはこの大荷物を背負い続けるのは難儀であった。
「私も荷物を持ちましょうか?」
重い荷物を地面に置いて汗をかいている少女を見て、リュウマが心配そうに提言する。
「いや、今日はキミの指導が目的だからな。俺たちが手分けして持つよ」
「あ、ありがとうございます」
少女のおろした荷物を分けながらドワーフが言う。少女のお礼にもニカッと笑って「気にするな」頼れる先輩である。
「一撃で仕留めきれなかった場合も考えて、攻撃したらすぐに敵から距離を取った方が良い。それと味方からカバーしてもらうタイミングを考えることだ」
リュウマの戦い方を見ていた中衛を務めるヒューマンがアドバイスしていく。1人でなくパーティーで戦う際のことも考えた立ち回りを、と指摘する先輩の言葉をリュウマは真摯に受け止める。
その後、10分ほどの休憩を挟んだ4人は膨れ上がった荷物を換金などによって減らすためダンジョンの出口を目指すことにした。
「その外套、ずっと着ていて暑くないですか? よければ持っておきますよ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ではお願いできますか?」
よっしゃ! と少女は小さくガッツポーズをする。ざまあみろ外套め。私の眼から筋肉を隠そうとしてもそうはいかんぞ。キサマは私の腕の中でクンカクンカジュルリペロペロされるためだけに存在するのだ。
外套を受け取ろうと両腕を差し出すエルフ少女を見て、リュウマは急いで羽織っていた外套を脱ぐ。幾度もの戦闘を繰り広げたリュウマの身体は、その厚着の影響もあって汗をかいていた。外套も少し汗に濡れてしまっていて、リュウマは少女に申し訳なくなる。
「すいません。汗に濡れてしまっているのでやっぱり――」
「はい! ありがとうございます!!」
毟るように奪い取られた。気付けば外套はエルフ少女の腕に抱えられている。
大丈夫かと尋ねても平気だと返答されればリュウマとしては何も言うことはない。お礼を言って地面に置いていたツルハシの柄を握り直す。
(ふわああああああああああああ!!!!)
抱えた外套に顔を埋めたエルフ少女は、その逞しい雄の匂いに恍惚とした表情を浮かべる。口から溢れ出るよだれが外套に少し付着してしまったが、汗で濡れているのでバレやしないだろう。
とても他の人には見せられない顔をしていた少女だったが、幸いにも外套に顔が隠れていたこと、3人が手分けして持つ荷物について話し合っていたことで誰にも気付かれることはなかった。
この日、少女は匂いフェチに目覚めた。
「そういえば、昨日預けた外套を洗濯していただいたんですね。ありがとうございます」
「うぇ!? え、えっと……そんな、いいんですよ、別に!」
隣を歩く少年――リュウマにお礼を言われたエルフ少女はやや挙動不審になる。その目は泳ぎ冷や汗が頬を伝うがリュウマは
リュウマが自分の外套が洗濯されていることに気付いたのは、先ほど出かけるとき外に外套が干してあったのを見たからだ。ダンジョンから帰った後も先輩たちから冒険者の心得を座学で教えてもらっていたリュウマは外套のことをすっかり忘れていたので、汗にまみれた外套をエルフ少女が洗ってくれたことに感謝している。
そう、自分の外套が一晩中エルフ少女とベッドを共にしたとは考える由もない。ましてや今朝目覚めた少女が大慌てで自分の体液にぐっしょりと濡れた外套を誰にもバレないように洗濯して外に干したことは想像すらできない。
まあ、少女が洗濯したというのは事実に変わりないのではあるが。
「匂いが残ってたらどうしよう……」
「はい? 何か言いましたか?」
「い、いぃえー!? なんでもないですぅー!」
少女の小声は喧噪に飲まれてリュウマの耳には届かなかった。
「しかし、こう人が多いと露店を見て回るのも一苦労ですね」
「そうですね。去年よりも人が多い気がします」
年々増加傾向にある怪物祭の見物客。人の波に逆らって露店へ向かうのは、田舎出身の2人には難易度が高い。それでも日記帳など貴重な紙でできた冊子を扱う露店へ向かおうと少女がリュウマの手を引く。
「たしか去年はこっちの方に――キャア!」
しかし、急な方向転換をしたために早足で横を通ろうとしていた男性とぶつかってしまう。リュウマはとっさに、転びそうになるエルフ少女を抱きかかえるように受け止める。
「うお!? 悪い見てなかった!」
男性は急いでいたのか一瞥して謝罪すると同時に人波の向こうへ消えてしまう。
「大丈夫ですか?」
「は、はひぃ……!」
驚いて力が抜けてしまったのか自分の胸に身体を預けてくるエルフ少女を、崩れ落ちてしまわないように優しく抱きしめる。
突然抱きしめられた少女は、自分を包むリュウマの匂いを嗅いで頭の中が真っ白になる。一晩中慰めた身体は、その手段に使った外套よりもより濃厚な雄の匂いに昨晩とは比べようもないほどの熱を帯びる。分厚い胸板に顔を埋め逞しい両腕に抱きしめられるという、夢にまで見たシチュエーションに分泌され続ける脳内麻薬。その勢いは一向に収まらない。
「も、もう大丈夫れすぅ……」
人混みの中でたっぷり5分間。短いようでとても長く感じた時間、リュウマに抱きしめられたエルフ少女はなんとか自力で立つことに成功した。――生まれたばかりの小鹿のように両足がガクガクと震えてはいたものの。
「つらかったら遠慮せず言ってくださいね?」
「あ、ありがとうございましゅ」
まだ少女の様子がおかしいので心配なリュウマだったが、本人が大丈夫だというのだからそうなのだろうと判断する。
リュウマに頼ったら自分の身体は今度こそ立ち上がれないほど骨抜きになってしまうことが分かっている少女は、名残惜しみながらもリュウマの腕の中から抜け出した。
「おや?」
少女を気遣いながら人の群れの隙間を縫って進むリュウマは、自分たちが進んでいる前方の少し開けた広場に見知った顔が2つあるのを見つけた。
自分が【恩恵】を授かった
「どうしました?」
隣のエルフ少女が、急に立ち止まったリュウマの顔を不思議そうに覗き込んでくる。
せっかくだから挨拶をするべきかとも思ったが、仲睦まじい2人の様子を見て思いとどまる。自分は馬鹿だが、デート中に無粋な真似をするほど空気が読めないほどではない。
「……いえ、なんでもありません」
トマトのように真っ赤な顔でオロオロしているベルに心の中でエールを送りつつ、リュウマは進行方向を変更する。体調が優れなさそうな少女のために人が少ない方向を目指し始めた。