愛する子どもを
――リュウマが契約したのが女神でさえなければ。
「ヘスティアあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「落ち着け姉上ぇ!」
般若が如き表情を貼り付けたまま大暴れするアマテラスを、弟神のスサノオが羽交い絞めにして拘束する。
「放せシスコン! 私はリュウマくんのところに行くんだぁ!!」
「誰がシスコンだ!? おまえが日ノ本を離れたら戦争が起きるってんだよ!」
天界から下界へ降臨する際に西洋の神々と交わした契約をたった1人の少年のために破ろうとする姉を必死に諫めるスサノオ。
「放せっつってんだろうがぁ!」
そんな献身的な弟の巨躯が宙を舞う。
「ぐぶぅお!?」
「なんで僕までぶらっ!?」
華麗な背負い投げで放り投げられたスサノオは、壁際に佇んでいた痩身長躯の男神を巻き込んで壁をぶち抜く。
「スサノオぉ……。しっかりしてよ」
「姉上こそ、大姉上を止めるの手伝ってくれよ……」
無様な格好で床に這いつくばりながら情けない声で会話する弟たちに見向きもせず、アマテラスは荷造りを始める。
「姉上、何やってるのー?」
のんびりとした口調が特徴的な弟――ツクヨミが問いかけると、アマテラスは無表情で振り向いた。
「実家(天岩戸)に籠らせていただきます」
「「ちょっと待って」」
その後、拗ねに拗ねまくったアマテラスが数千年ぶり2度目の引きニートとなり、日ノ本中がてんやわんやするのだが、それはまた別のお話。
リュウマが初めてダンジョンに足を踏み入れてから3日が経った。
前日までの無茶のせいで正午まで寝過ごしてしまった初日は、ギルドへのファミリア所属登録と冒険者登録を行った後に担当ギルド職員との顔合わせや魔石の換金といった冒険者にとって必要なことを学んだ。
余談ではあるが、リュウマの担当となったギルド受付嬢は、同じヘスティア・ファミリアの冒険者ベル・クラネルの担当を務めている『エイナ・チュール』の同僚『ミィシャ・フロット』が付けられることとなった。また、オラリオに来て間もないとはいえLv.2であること、まだ団員の少ないヘスティア・ファミリア所属ながらオラリオでも長い歴史を誇るゴブニュ・ファミリアへのレンタル中であることが考慮され、ベルが受講したギルドの冒険者講座は省略されることになった。
また、ベル・クラネルと黒鐘龍馬が初顔合わせをしたのもこの時である。ヘスティアが所用のため立ち会いできなかったものの、挨拶自体は無事終わった。
「あれ? 昨日の夜ダンジョンに入っていった人ですよね?」
「……ちょっとベルくんどういうこと?」
「うぇ!? ち、違うんですよエイナさん!」
ベルはエイナに数時間の居残り説教をくらうことになった。
2日目は、ゴブニュ・ファミリアに所属する冒険者たちとパーティーを組んでダンジョンで実地指導を受けた。
鍛冶ファミリアということもあって、ゴブニュ・ファミリアに所属している冒険者は決して多くない。親方をはじめとする鍛冶師たちは当初、レベルアップして《鍛冶》スキルを取得するためにダンジョン探索で経験値を稼ぐ。だがあくまで職業は鍛冶師であって冒険者ではない。探索系のファミリアに比べれば戦闘経験や個人の力量では大きく劣る。
ただ、そんなゴブニュ・ファミリアにも冒険者を本職とする者は数名いる。職人のために必要な素材の採取を積極的に行うことを目的としていて、他の鍛冶ファミリアと合同してダンジョン下層へ遠征することもある。
その中でも比較的経験の浅い冒険者3名から、リュウマはモンスターとの戦い方やパーティーでの連携方法を教わった。
1人でツルハシを振り回して盗賊やモンスターを適当に切り倒してきたリュウマにとって仲間がいる中での戦闘は初めての経験だった。足並みがそろわず前に出すぎたり、モンスターごと仲間を斬ってしまいそうになるなど散々な結果に終わった。しかも馬鹿であるリュウマに小難しい戦術はなかなか覚えられず――
――リュウマは凹んだ。
3日目の朝。食堂で朝食を食べている時にリュウマは閃いた。分からないことはメモしておけば良いのだと。
いくら自分が馬鹿でも、何回も繰り返し同じことを勉強すればそのうち覚えるに違いない。そのためには言われたことを見返すことができるようにメモをしておかなければならない。
旅の途中でドワーフの少女からもらった”しおり”もある。大切な思い出の品を有効活用するのも必要だろう。
リュウマは日記をつけることにした。その日に学んだことや大切な思い出を綴っておくことにしよう。
日記帳を買うにはどこへ行けばいいだろうか。隣に座って食事をしている、昨日一緒にダンジョンで戦ったエルフの少女に相談する。
「それなら、お祭りに行きましょう!」
少女によれば今日は年に一度の
今日ダンジョン探索がお休みになっているのも、怪物祭を観に行きたい団員が多かったかららしい。
「そこでならアナタのお眼鏡に適う日記帳に出会えるはず!」と熱く語る少女。なるほど、そんな大きなお祭りがあるのならぜひ観に行きたい。手早く食事を済ませたリュウマは身支度をして出かけることにした――
「ちょっとくらい待ってやらんか」
――ところで、親方に耳をつねられた。何か悪いことでもしただろうかと親方に指し示された方を見れば、先ほど会話を交わしたエルフの少女がこちらに駆け寄ってくるところだった。
「お待たせしました! それじゃあ行きましょうか!」
なぜか一緒に怪物祭へ行くことになっていた。
たしかに土地勘のない自分では人混みの中ですぐ迷子になってしまう。ここは親切なエルフの少女に甘えて案内してもらうことにしよう。
こうしてリュウマは、ゴブニュ・ファミリア唯一のエルフである少女と一緒にデートすることになった。