「…………」
「…………(もぐもぐ)」
薄暗い室内にて、豊かな白髭を蓄えた屈強な肉体を持つ老人とリュウマが睨み合っている。
「…………」
「…………(もぐもぐ)」
両者、先程から一言も発していない。そのあまりの緊張感に、周りを囲む屈強な男たちは生唾を飲み込んだ。
「…………」
「…………(ごっくん)」
無言のままジャガ丸くんを食べ終えたリュウマは、目の前の老人に向かって口を開いた。
「……お茶か何か、いただけませんか?」
「…………」
リュウマの言葉を聞いていたのかいなかったのか、老人――『ゴブニュ』はフゥッとため息をついた。
「すまなかったな。こちらの勘違いで手荒な真似をしてしまった」
「いえ、構いませんよ」
結論を言えば、話はそこまで拗れずに解決した。
ゴブニュは最初、リュウマのことをかつて自分の下にいたドワーフを襲いオラリオへの通行手形を入手した不届き者だと思っていたのだ。
しかしリュウマにとって幸いだったのは、ゴブニュが自らの思い込みですべてを判断するような神ではなかったことだ。こと仕事に関しては頑固一徹なゴブニュではあるが、下手人の話を頭ごなしに否定するような冷徹な神ではなく、なぜリュウマが通行手形を持っているのかを理性的に聞き出していった。
また、リュウマも自分がこの通行手形を受け取るに至った経緯やドワーフ族からいかに良くしてもらったか、どれほど親切にしていただいたかを1つ1つ丁寧に説明したため、両者の間で勘違いや理解の齟齬はほとんど発生しなかった。
「ジャガ丸くんは美味しいんですけど、口の中の水分が全部持って行かれますねぇ」
出してもらったお茶を飲みながらのほほんとしているリュウマを片目に、ゴブニュは手元の通行手形と”手紙”を見る。
そう。リュウマは族長から手紙を預かっていたのだ。それが誰に宛てたモノなのかは分からなかったが、族長は「オラリオに行けば分かります」と言っていた。どうやら目の前の神ゴブニュは族長と古い顔なじみであったようだし、彼に向けた手紙で間違いないだろう。そう判断したリュウマは通行手形を返すとともに手紙も渡していた。
ゴブニュは手紙に目を通す。昔と変わらず乱雑な筆跡で書かれた手紙は、間違いなく自分の下にいた初代『親方』のものであった。
手紙には、長年連絡をしなかった謝罪と昔世話になった感謝の言葉が綴られていた。
そして『目の前の少年が【ファミリア】を探している』こと、『自分が推薦するので少年をゴブニュファミリアへ入団させてほしい』ことが書かれていた。
ゴブニュは改めて、目の前の少年に視線を戻す。
「なんだこのピッケルをでかくしたようなのは?」
「これは『ツルハシ』です。オラリオでは一般的ではないのでしょうか?」
「鶴嘴ぃ? そりゃこいつのことだろ?」
「……なるほど。こっちのツルハシは片方が斧のような形状になっているのですね」
「ああ、お前さんの持ってるやつみたく両方とも尖っているのは初めて見たな」
なるほど、肝は据わっているようだ。ゴブニュは自分の顔が強面であることを理解していたし、ドワーフ族の親方も主神に負けず劣らず他者を威圧するような険しい顔面をしている。そんなゴブニュや親方と話す際、大抵の人は緊張するか怖がるかのどちらかだ。しかし目の前の少年は至って自然体、リラックスした様子で質問に答えていたし、会話を楽しんでいるような雰囲気さえある。
さらに鍛え上げられた屈強な肉体は歴戦の戦士に負けず劣らず立派であったし、手紙に書いてあったことによれば集落を襲っていた山賊たちを追い払う正義感や勇気も持ち合わせている。
何より、昔から1番信頼を置いている子どもの頼みだ。ゴブニュは黒鐘龍馬に自らの恩恵を授けることになんら不満はなかった。
「……これから行くあてはあるのか」
「はい。ヘスティアさまよりお誘いをいただいておりますので、そこへご厄介になろうと考えています」
ゴブニュの問いに返ってきたのは、予想に反したものだった。
ヘスティア。直接の顔見知りではないが、耳にしたことはある。たしか自分と同じ『鍛冶』を司る神『ヘファイストス』の友人であり、天界から地上へ降りてきてからはずっと引きこもっていた。
しかも少し前にはそのヘファイストスにさえ呆れられて追い出されたと聞いている。
穀潰しのぐうたら女神が、自分のヒモとなる男を探しているのではないか?
予想を立てたゴブニュは、ただでさえ険しい顔をさらにしかめた。
いたいけな子どもを騙し馬車馬のように働かせておきながら自分は楽をしようなどという輩は、質実剛健なゴブニュにとって1番嫌う人種、いや神である。
「うちへ来ないか」
「申し訳ありませんが先約がありますので」
誘ってみるも、にべもなく断られる。ゴブニュはリュウマに自分と同じ頑固な気質を感じ取り、代案を示すことにした。
「ヘスティアへの恩はそのジャガ丸くんの代金だけだろう? なら俺が立て替える」
「単純な金銭の問題ではありません」
「では完全な所属でなくとも構わない。籍は【ヘスティア・ファミリア】のままで、レンタル移籍という形で働いてもらうことはできないか」
ゴブニュが示したのは、あまり例のないファミリア構成員のレンタル―― 一時的な移籍だった。しかし前例が全くないわけではない。
長期間のダンジョン遠征は複数のファミリアが合同で行うこともある。【ウォーゲーム】では親しい間柄のファミリアが一時的に冒険者の籍を移し、終了後に元のファミリアへ帰ることもしばしばある。
いわばアルバイトのようなもので、ギルドに届け出る所属はヘスティア・ファミリアのままで良いと提案したのだ。
ゴブニュ・ファミリアは鍛冶ファミリアとしてはオラリオ有数であり、その上客にはオラリオ最大派閥も含まれている。少数ではあるが冒険者も所属しており、レベル3の第二級冒険者もいる。
ベテランと仕事することによって得られる経験は将来大きな力に変わる。メリットを並べたゴブニュの提案に、リュウマは頭を悩ませる。
とはいえリュウマは阿呆なので、難しいことは分からない。とにかくヘスティアへ聞いた方が良いだろうと判断した。
「それはヘスティアさまとご相談させていただくことになるかと存じます」
「ではそうしよう」
ゴブニュが団員に指示を出すと、数人が太陽の傾き始めた市街へ飛び出していった。
ヘスティアを呼びに行ったのでしばし待つように。そう言われたリュウマは椅子に腰かけ、お茶をゆっくり楽しむことにした。
思えばこの2ヶ月でゆっくり休むことができたのは、ドワーフの集落での数日間のみだ。いくら丈夫な身体を持っているとはいえまだ15歳。長旅の疲れがドッと溢れ出てきた。
周りの男たちやゴブニュは仕事に戻っていた。熱した金属を叩く音や忙しなく会話する声が工房に響いている。
ヘスティアさまが来るまで仮眠でも取ろうか。すでに半分閉じかけている眼を擦りながらリュウマは思案する。
そんな時であった。
「ごめんくださーい!」
元気のある女性の声が工房内の作業音を貫いた。
まどろんでいたリュウマは驚いて背筋を伸ばす。そして何事かと声の聞こえた方向――工房の入り口を見て、
「いやあ、何回も来ちゃってごめんねー」
大きく息を呑んだ。
「げえぇっ!? またお前か【
そこに立っていたのは、褐色肌の少女。
「いやあ、伝え忘れてたことがあってね」
肩のあたりで両脇に結ばれたややクセのある焦げ茶色の髪と、髪と同じ色をしたキラキラと輝く瞳。
「この後に及んでまだ注文つける気かてめえは!?」
その衣服は女性にとって大切な部分を隠すのみ。健康的で艶のある肌を大きく露出する格好。
「今度は溶けても大丈夫なように予備のウルガも作っといてくれないかなーって」
さらしのような薄布1枚のみで覆われたその控えめな胸はしかし、快活で明るそうな彼女の雰囲気を作り出す重要なファクターとなっている。
「馬鹿言うな!? そんな量の
そしてその朗らかな笑顔。あどけなさを感じさせる表情に、リュウマは一目で心を奪われた。
「そこはほら、がんばれ?」
「ふっっっざけんなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
親方ー、親方―っ、と悲鳴が上がる。頭の血管がブチ切れたのか真っ赤な顔のまま卒倒するドワーフの元に工房中の職人が群がっていく。
あんまりな反応にブスッとした表情に変わる少女。拗ねたような表情も愛くるしい。リュウマは隣で「またか……」とため息をついているゴブニュに少女の正体を尋ねる。
「あの女性はどなたですか?」
「厄介な客だ」
違うそうじゃない。名前やどこに住んでいるのか、好きな食べ物は何かといった情報をよこせとリュウマはゴブニュを睨みつける。
ゴブニュはあまりの怒気に驚いたのか少し冷や汗を流しながら口を開く。
「オラリオ最大派閥の1つ【ロキ・ファミリア】に所属しているティオナ・ヒリュテ。種族は見ての通りアマゾネスだ」
「アマゾネス?」
「女性しかいない種族だ。大の男好きでも知られる」
なるほど、と相槌を打つ。男好きということは既に恋人でもいるのだろうか? その可能性は十分にある。
「ちょっとあいつらどうにかしてよー」
不機嫌な様子でティオナがゴブニュに詰め寄る。
「俺に言うな」
「えー」
リュウマがゴブニュと会話するティオナの横顔に見惚れていると、さすがにその視線を感じ取ったのかティオナが不思議そうな顔で振り向く。
「あれ? 初めて見る顔だね。新入り?」
「新入り候補だ」
「は、はじめまして!
緊張するリュウマを見てゴブニュは驚愕する。屈強な男に囲まれようが尋問のような問答をされようが平然としていたリュウマが、このアマゾネスの少女の前ではまるでひよっ子のようにガチガチに緊張している。まさか第一級冒険者であるティオナ・ヒュリテの実力を感じ取っているのか?
「く、くろがね……ゆーま?」
ティオナ、まさかの名前間違いである。
「はい! クロガネユーマです!」
おい、それでいいのかリュウマよ。
「そっか。あたしはティオナ、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
差し出された右手を握るリュウマ――もといユーマ。
柔らかーい! すべすべだー!! ずっと握ってたーい!!!
初恋真っ最中の15歳男子の脳内はピンク一色になった。
「あ、あのゴリラ女【大切断】と握手するなんて……!?」
「右手の骨が粉砕骨折するかもしれないってのに……!」
「なんて勇者だアイツ……!!」
ゴブニュ・ファミリア団員のリュウマに対する評価はうなぎのぼりである。
「おい誰だいまゴリラって言った奴」
憤怒の表情で振り返るティオナを見て、大の男たちから情けない悲鳴が上がる。
ああ、怒った顔も可愛いなあ。
リュウマはティオナのコロコロ変わる表情に見惚れるばかりであった。
その後ヘスティアが駆け込んでくるまで、工房内は阿鼻叫喚の地獄絵図となるのだった。