「……ベル君のあほぉ」
ヘスティアは不貞腐れていた。愛しの眷属『ベル・クラネル』が毎朝早くダンジョンに出かけることは知っていた。それをジャガ丸くん露店でのアルバイトが昼からだから、という理由で眠りこけて見送りもしていなかったのは自分が悪い。しかし――
「なんなんだよ【
昨日、ダンジョンで死にかけたと言いながら帰ってきた眷属に発現したレアスキル。『
「うぅ~! ヴァレン何某め~!」
もはや名前を呼ぶことさえ忌々しい。歯軋りしながら目の前のジャガ丸くんを睨みつける。
「すいません。これがジャガ丸くんですか?」
突然聞こえた声。顔を上げれば、そこには細身で色白の
「うん、そうだよ。これがオラリオ名物の”ジャガ丸くん”さ!」
「そうなんですね。それじゃあ1ついただけますか?」
「うん。味はどうする?」
「何があるんですか?」
注文を受け、ちょうど揚がったばかりのジャガ丸くんを包んでいく。
「あんまり見ない顔だね、少年」
「はい。実はついさっきオラリオに来たばかりでして」
「ああ、どおりで。その歳でオラリオに来たってことは、何か夢でも持ってきたのかい?」
「いえ。夢を探しに来たんです」
手を止める。15,6歳になったばかりの少年少女が冒険者として名声を得ることを夢見てオラリオへ来ることは珍しいことではない。ヘスティア自身、友人であるヘファイストスのところへ身を寄せていた時にはそういう子どもを見ることは少なくなかった。
しかし「夢を見つけに来た」というのは初めて聞いた。
目の前の少年を見る。人の好さそうな爽やかな笑顔をしているが、その服装はよく見ればズタボロであった。年の割に大柄で逞しい身体が真っ先に目に飛び込んできたため気付かなかった。
「……何があったんだい?」
「実は、故郷が龍の襲撃に遭ってしまいまして」
想像以上に重い理由だった。少年に先を促すと、少年は自分の過去を噛みしめるようにゆっくりと話し出す。
揚げたてのジャガ丸くんがすっかり冷めてしまうくらいの時間が経った頃、ヘスティアは少年――黒鐘龍馬の、この2ヶ月のうちに起こった怒涛の事件を聞き終わった。
「……じゃあ、オラリオで何をするかはまだ決まっていないんだ?」
「はい。しばらくは自分を受け入れてくれるファミリアを探しつつ、これから生涯続けていく仕事も探そうと考えています」
「そうかい」
ヘスティアは目の前のジャガ丸くんを見つめた後、重い沈黙を振り払うように明るい声を出した。
「ごめんね、ジャガ丸くん冷めちゃった! 新しいのを揚げるから待っててくれるかい?」
「いえそんな。冷めたもので大丈夫ですよ」
「いいからいいから!」
リュウマの遠慮する声を聞かず、新しいジャガイモを揚げ始める。この時にはもう、ヘスティアは心のうちで決意を固めていた。
「――はい。ジャガ丸くんだよ」
「ありがとございます」
ほどなくしてジャガ丸くんが揚がり、ヘスティアからリュウマへ商品が手渡される。嬉しそうに受け取ったリュウマに、ヘスティアは両手のひらを向ける。
「じゃあ50”ヴァリス”ね」
懐から小銭入れを出していたリュウマの顔が凍り付いた。
「ヴァリス・・・?」
「・・・おい。君まさか」
リュウマの故郷『東妻の国』で流通していた貨幣は『銭』であった。リュウマは旅立つ際にアマテラスからいくらかの金銭を持たせてもらっていたが、それも『銭』ばかりであった。
くわえて、リュウマは旅立ってからこの方、金銭を一切使っていなかった。
襲ってくる賊から金品をむしり取って旅を続けてきたリュウマにとって、金銭の種類が国や地域によって異なるという発想や気付きはなかった。よって、故郷を旅立ってから初めて物を購入する今になって、リュウマは自らの失態に気付いたのだ。
「これは違うんでしょうか?」
「これは・・・違うね」
ダメもとで手元の貨幣を出してみるも、返ってくるのは否定である。
このままでは貨幣を払わず商品を手に入れた犯罪者になってしまう。顔面蒼白で頭を抱えるリュウマの姿を見て、ヘスティアはため息交じりに「仕方ないなぁ」とつぶやいた。
「ここはボクが立て替えてあげるよ」
「そんな! 悪いですよ!」
「じゃあ払えるのかい?」
「そ、それは――」
おばちゃんがいなくて良かった、とヘスティアは胸をなでおろす。ジャガ丸くん屋台の持ち主であるおばちゃんは、不正を許さない頑固な人物だ。こういう行為は許してくれないだろう。
「その代わり、この貸しは高くつくぜ?」
申し訳なさそうに項垂れるリュウマに、ヘスティアはニヤリと怪しげに笑う。
「はい! 自分にできることなら何でもします!」
「おいおい、そう簡単に”何でも”とか言うなよ。君が悪い人に騙されないか心配だなぁ」
自分の財布から今日の売り上げへ50ヴァリスを移しつつ、ヘスティアは言葉を続ける。
「実はボクは神さまってやつでね。君にはボクの【ファミリア】に入って冒険者になってもらいたいんだ」
「分かりました」
「も、もちろん無理強いをするつもりはないよ? 君の恵まれた体格なら【ファミリア】の勧誘も引く手数多だろうし」
「ぜひやらせてください」
「ほ、本当にいいのかい!? 言っちゃ悪いけどボクの【ファミリア】はオラリオで1番の弱小ファミリアだよ!?」
「あなたの【ファミリア】だからこそ、入りたいんです」
リュウマに迷いはなかった。「一宿一飯の恩は忘れるな」とは亡き父の教えである。なによりあわや犯罪者となっていたこんな自分を助けてくれるだけでなく【ファミリア】にまで誘ってくれた心優しい神の元で働きたいと思うのは必然であった。
「よ、よし! こうしちゃいられない!」
図らずも2人目の団員をゲットしたヘスティアは、一刻も早く契約を結ぼうと屋台を飛び出し――
「どこへ行くつもりだい」
――首根っこを掴まれた。見上げれば、ジャガ丸くん屋台の店主であるおばちゃんが仁王立ちしているではないか。
「止めないでくれおばちゃん! これはボクの、いや【ファミリア】にとって一大事なんだ!」
「駄目に決まってるだろ! たしかにヘスティアちゃんはいつも頑張ってくれているけど、それとこれとは話が別だよ!」
「なんだよケチ! 契約したらすぐに戻ってくるってば!」
ヘスティアとおばちゃんが言い合いをしているのをリュウマはボケッと突っ立って見ている。
とりあえず、ヘスティアさまからいただいたジャガ丸くんを食べなければ。せっかく揚げたてをいただいたのだから、まだ温かいうちに食べなければ。
そんな言い訳を頭の中で並べたてながら、1日半ぶりの食事にありつこうとよだれのあふれ出る口を大きく開けて――
「ついてきてもらおうか」
――屈強な男たちに囲まれた。
「なんだい君たちは!?」
異変に気付いたヘスティアが問いかけるも、大柄な体格のリュウマに負けず劣らずの肉体を持つ男たちはリュウマを睨み続ける。
「どちら様でしょうか?」
「お前の持っている通行手形に用がある。我らが主神がお待ちだ」
はて。リュウマは首をかしげる。ドワーフの族長からもらった通行手形に何か不正でもあったのだろうか。この男性たちは役人で、自分を捕らえに来たのだろうか。
「この場で伺うわけにはいきませんか?」
「駄目だ」
取り付く島もない。ヘスティアの方を見ると、男の1人にギャンギャン喚きたてているのが見える。
このままでは、ヘスティアさまも自分の仲間と勘違いされて連行されてしまうかもしれない。
大恩ある神さまにこれ以上の仇を返すわけにはいかない。リュウマはおとなしくついていくことに決めた。
「分かりました。ついていきましょう」
「リュウマくん!?」
「大丈夫ですヘスティアさま。すぐに戻ってきます」
驚くヘスティアに、必ず戻ってくると約束する。いずれにしろ、自分の犯した罪は自分で償わなければならない。
だが、とりあえずは――
「すいません。先にご飯を食べてからではダメですか?」
「駄目だ」
「おぅ……」
先ほどのヘスティア同様、首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていく。
「りゅ、リュウマくううぅぅぅぅぅぅぅん!!!」
ヘスティアの悲鳴に答えたのは、リュウマの腹に住む虫の音であった。