ドワーフの集落を離れてから1ヶ月が過ぎようとしていた。
集落では、思いのほか手厚い歓迎を受けた。山道とは違ってきっちり整備された街道を歩く
これを作ってくれたドワーフの少女曰く、これは“しおり”というらしく、書物に挟んでどこまで読んだか分からなくなるのを防ぐ物らしい。
「助けてくれたお礼」と言われたのだが、少女を助けた覚えなど全然ないので、これをもらっていいものか真剣に悩んだ。結局、少女の鬼気迫る勢いにのまれて受け取ってしまったのだが。
閑話休題。
ドワーフの族長によれば『オラリオ』は高い城壁に囲まれた都市らしく、通行手形がないと市内に入ることができないらしい。当然リュウマはそんなものは持っていないので、どうするべきか悩むことになる。
しかし族長の話には続きがあった。族長は昔『オラリオ』で冒険者をしていたらしく、数十年前のものであれば通行手形があるというのだ。
「一族を助けてもらったお礼に役立ててほしい」と手渡された。またしてもお礼と言われたのでリュウマは大いに困惑することとなったのは言うまでもない。
そして今。故郷を旅立ってから2ヶ月の旅を経て、リュウマは世界最大の迷宮都市『オラリオ』へたどり着いたのである。
「・・・偽物ではないな。よし通れ」
門兵へと通行手形を渡す。だいぶ古いものなので傷んでいたり変色していたりとボロボロであったが、一応は本物である。門兵もそれを確認して入門の許可を出す。お礼を言って門をくぐり抜けるリュウマ。
門を抜けると、そこは人の海であった。
活力。賑わい。もはやそんな言葉では表せないほどの、人、人、人の集い。
リュウマは一度にこれほどの人が集まったのを見たことがない。故郷の炭鉱集落もその国では最大規模の千人近い住人がいたのだが、そんなものは足元にも及ばない。比較対象にもならないほどであった。
さて、オラリオについてまずリュウマがするべきことは何であろうか。所属する『ファミリア』を探すこと? ギルドに行って冒険者登録をすること? 否――
グゥッ
――腹ごしらえをすることである。
ドワーフ一族の集落を旅立つ際に分けてもらった食糧は、1ヶ月の旅路で食べつくしてしまった。
一昨日の夜から何も食べていないリュウマの胃袋はもう限界であった。
まずは美味しいご飯が食べたい。そう考えたリュウマは、とりあえず食事処の場所を近くの人へ尋ねてみることにした。
「すいません。少しお尋ねしたいのですが」
隣でボーッと立っている(ように見える)女性に声をかける。美しく実った稲穂のように黄金に輝く髪の女性は、これまた黄金色に輝く瞳をリュウマへと向ける。
「……私?」
「はい。自分はオラリオへ着いたばかりでここの地理に疎いので、道をお聞きしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「……人を待っているから、それまでなら」
少しぶっきらぼうにも聞こえる無感情な声は、目の前の大男への興味関心があまりないように感じられる。きちんと教えてもらえるのだろうかと一抹の不安を感じたリュウマであったが、とりあえず質問を重ねることにする。
「実は、空腹でして。どこか美味しいものが食べられる場所を教えてほしいのですが」
「美味しいもの?」
なぜだろう。女性の声音が変わった気がする。
「は、はい」
「それなら”ジャガ丸くん”。オラリオへ来たなら絶対に食べた方がいい」
「じゃ、じゃがまるくん?」
なぜかさっきまでの飄々とした様子とは一変して、ジャガ丸くんが如何に素晴らしいかを熱心に語る金色の女性に、リュウマは生まれて初めての感情を抱いた。
(こ、これが、恐怖……!?)
ラブコメディは始まらない。
アイズ・ヴァレンシュタインは、人を待っていた。買い物に付き合ってほしいと言われたので、日課となっているダンジョンでの探索を午前中で切り上げて待ち合わせ場所に来たのだが、どうやら約束の人はまだ来ていないらしい。
そのまま待つこと十数分。お昼時ということもあって、お腹の空いていたアイズはいつまで経っても現れない待ち人に苛立っていた。
「すいません。少しお尋ねしたいのですが」
そんなイライラしていた時、急に声をかけられた。見れば逞しい体つきをした男がこちらを見ているではないか。
またか、とアイズはため息をつきたくなる。『剣姫』の二つ名を授かってから、男から声をかけられる機会が多くなった。同じファミリアのヒュリテ姉妹やレフィーヤが一緒にいる時は声をかけられないのだが、こうして1人でいるとすぐに声をかけられる。
適当にあしらおうと思ったアイズだったのだが、目の前の男の質問に心が動いた。
曰く、「美味しい食べ物を探している」そうではないか。
これは絶好の機会。ぜひともジャガ丸くん愛好の同士を増やさなくては。アイズはその日一番の早口で、目の前の大男にジャガ丸くんがどれほど素晴らしい食べ物であるかと演説を行った。
最初はアイズの様子に引き気味であった男も、最後の方にはジャガ丸くんに興味を惹かれたらしく「それはぜひ食べてみたいですね」と言ってくれた。
最後に露店の場所を教えると「ありがとうございます」と丁寧に一礼して去っていった。
いつものしつこい男たちとは違う紳士的な態度に好印象を抱いたアイズはしかし、大好物の話をしたことでますます募ってきた空腹感に悩まされることとなった。
この後すぐにやってきた待ち人レフィーヤ・ウィリディスは会うや否や「ジャガ丸くん」としか喋らなくなった崇拝する女性に首根っこを掴まれて露店まで引きずられていくことになった。
熱した金属を叩く独特の音が、工房に響き渡る。
自らが『恩恵』を授けた子どもたちが、その魂を込めて鉄を叩きさまざまな作品を作り出す。その様子を見るのが好きな神は、眉間に深いしわを寄せていた。
「どうされたので?」
他の団員から「親方」と呼ばれ慕われている子どもの1人が、主神に声をかける。
常に難しい表情をしている強面の神。その心境を察することができるのは彼と、昔に主神の下を去ったドワーフくらいのものだろう。
「……いや」
「それならいいんですがね」
神の短い返答。親方が察する通り、神の心境は穏やかではなかった。
神は、とある気配を感じ取っていた。
自分が初めて『恩恵』を授けた子ども。放浪する一族を導くため、十数年前にオラリオを離れた初代「親方」。
そのドワーフに渡した、自らの名が刻まれた通行手形。それが、オラリオの中へ入ったという確信めいた気配を感じ取ったのだ。
神には、自分の恩恵を授けた子どもの現在位置や生死などを追跡できる力がある。それと同様に、自らの名が刻まれた物も距離があまり離れていなければ追跡することが可能となる。
何者かは分からないが、自分の子どもに持たせた物を持ち、このオラリオ内部へ入り、我が物顔で歩き回る輩がいる。
「……おい」
神の呼びかけに、工房中の職人が振り返る。
「……頼めるか」
『何なりとお申し付けください』
神は、通行手形を持つ不届き者を捕縛して問いただすことを決めた。