西へ歩くこと3日。リュウマの目の前には、どこまでも続く水溜りが広がっていた。
なるほど、これが海か。
鉱山と住んでいた町から外に出たことのなかったリュウマは、その広大な景色に息をのむ。
さて、どうするか。
海とやらは、ほんの少し泳げば対岸まで渡れるわけではないらしい。大きな船に乗って数日間の航海をしなければ、海の向こうの大陸にはたどり着かない。
だが、リュウマがそんな大きな船を持っているわけがない。リュウマの現在の所持品は、故郷から持ってきた『ツルハシ』に、天照さまに持たせてもらった水筒とおにぎりや干し肉といった保存食だけだ。
砂浜に座り、海を眺めながらおにぎりを頬張る。なんてことはない塩むすびだが、それが良い。
腹も満たされたところで、辺りをゆっくり見渡すと、遠くの海岸に大きな船が停泊しているのを見つけた。
リュウマは、それを見て昔両親に聞かせてもらった話を思い出した。
曰く、東妻の国の西に位置する
おそらくは、あそこに泊まっている船も交易船なのだろう。慌ただしく荷物を積んでいる様子からするに、もうすぐ出航するらしい。
ちょうどいい。船旅中に肉体労働する代わりに大陸まで乗せていってもらえるように交渉しよう。
そう思い立ったリュウマは、水筒の中の水を口にしながら船に向かって歩き出した。
我らこそが海における『最強』である。男たちは、そう自負していた。
国家間の交易船を襲撃して、金品を強奪する。出雲の国の軍船なぞでは相手にもならない。
大陸の強国が差し向けてきた軍隊ですら撃退したことがある。
そう、我らこそが誇り高き『海賊』である。炭鉱夫に優るとも劣らない屈強な肉体を持つ男たちは、そう自負していたのだ。
その日、まもなく大陸からの交易船がこの近海に現れる。そう内通者からの情報を得た男たちは襲撃の準備を着々と進めていた。
そんな時であった。1人の男が、自分たちの方にゆっくりと歩いてきたのだ。
「こんにちは。いい天気ですね」
のほほんとした空気をまといながら話しかけてくる男を、海賊たちは険しい目で観察した。
この停泊場所がバレたことは、過去数年で一度たりともなかった。国の追手にも分からないよう、細心の注意を払ってきた。しかし、目の前には自分たちと同じくらい強靭な肉体を持つ男が立っている。コイツは軍隊の斥候なのか、それとも自分たちが海賊だと気づかないほどの『馬鹿』なのか。ひとまず後者ではないだろう。海賊たちは目の前の男を敵と認定した。
まさか、目の前に立つ男が15歳の大馬鹿者だとは思わなかったようだ。
一方のリュウマは「みなさん武器を構えてモンスターを警戒してるんだなあ。偉いなあ」くらいにしか思っていなかった。
「おい! なんでこの場所が分かったんだ!」
「そこらへんを歩いてたら船が止まっているのを見つけたので」
「クソ、あくまで情報源は教えないつもりか!」
「そうだ。もしよければ私もその船に乗せて目的地まで連れて行ってもらえませんか?」
「なんだと!? 俺たちの魂ともいえる『
「もちろん仕事はしますよ? 力仕事には自信があるんです」
「力ずくでも奪おうってのか!? ふざけやがって!」
まったく会話が噛み合っていない。
頭に血がのぼった海賊の頭領とリュウマの間で、言葉のドッジボールが展開される。誰かキャッチしてやってくれ。
「野郎ども!」
頭領の合図に、武器を構えた海賊たちがリュウマに襲いかかる。
「ちょっと危ないじゃないですか」
それを見たリュウマは、背中に担いでいた『ツルハシ』を一閃。
数人の屈強な海賊が、砂浜に頭からめり込んだ。
「・・・は?」
先陣の後に続こうとした後ろの海賊たちが、足を止める。
「何するんですか? そんなに怒ることしましたっけ?」
余裕綽々といった様子で立っている男の足元では、自分たちの仲間が無様に突き刺さっている。
「ち、ちくしょう! 全員でかかれぇい!!」
仲間の仇を打つため(死んでない)、大切な船を守るため、『最強の海賊』としての誇りを守るため、海賊たちはリュウマへと飛びかかった。
大海原を海淵丸は行く。
雲1つない快晴。空も青ければ海も青い。
甲板に寝転がったリュウマは、空を見上げながらつぶやいた。
「さすがに船をもらうのはやりすぎたかなぁ・・・」
あの後、なぜか武器で切りかかってきた国交使節の人たちを軽くいなしたところ「なんでも好きにしやがれ!」と言われたので、遠慮なく大型船をもらって出航したのだが。
「泣いてたもんなぁ・・・」
砂まみれの顔をクシャクシャにしながら大泣きする男たちの姿にドン引きであった。
ならなぜ戦いを挑んできたのか。ただ乗せてもらうだけで良かったのに。
ため息をつきながら身体を起こす。まったく大人たちのやることはよく分からない。
目の前には、広大な大地が広がっていた。
大陸に到着したのはいいものの、この大きな船をどうするか。少しの間考えたが、この海岸に置いておけばそのうち誰かが気付いて出雲の国の国交使節の人たちに返してくれるだろう。せめて感謝の言葉を記した置手紙でもしていくとしよう。
リュウマは船を海岸に置いて、また西へ向かって歩き出した。
数日後、いままで散々に苦労させられた海賊たちの船が海岸に打ちあがっているのを見た帝国軍が船内を検分したところ、中には食い散らかされた食料品と東方の島国の文字で「天皇陛下バンザーイ!」と書かれた紙が落ちていたという。
さらに海賊の隠れ家が記された地図も見つかり、後日そこへ出雲の国と帝国の連合軍が乗り込んだところ、すっかり意気消沈した海賊たちがアッサリお縄に付いたらしい。
帝国は海賊から事情聴取をして、海賊を撃退して船舶を奪取した英雄を表彰しようと帝国内にお触れを出したが、結局その人物は見つからなかった。
船を降りてから1週間後。リュウマは馬の背にまたがっていた。
数日前。西を目指してのんびり歩いていたところ、馬に乗った男たちに囲まれたのだ。
せっかくだったのでオラリオまでの道を尋ねたところ、なぜか「これが答えだ!」とか叫びながら武器を振り回してきたので馬から叩き落としてみた。
そうしたら「クソ! 好きにしやがれ!」と言われたので1番大きい馬をもらってきたのだが。
「また泣いてたなぁ・・・」
大人たちはなぜ急に武器を振り回した後に泣くのだろう。何がしたいのか15歳になったばかりの自分にはさっぱり分からない。
「どう思う? お馬さん」
『ヒヒーン』
馬に訊いても帰ってくるのは鳴き声のみである。
平野を駆ける馬の背で揺られながら、リュウマはせっかくもらった馬に名前でも付けようと思い立った。
馬の背中に揺られていても、暇なのだ。
「うーん、そうだなあ。他の馬に比べて赤毛だったから――」
平原で見かける野生の馬は黒かったり茶色かったりするが、リュウマの乗っている馬は赤茶色の毛並みをしている。
「――じゃあ、『
『ヒヒーン!?』
馬鹿にネーミングセンスがあるわけなかった。
そのまま『赤飯』に揺られていると、前方に山脈が見えてきた。
「さすがに『赤飯』でも山を越えるのは無理そうかな?」
『ヒヒーン・・・』
怒ってるわけじゃないよ、とションボリしている『赤飯』をなでる。
「ここでバイバイしたら、自分の家に帰れるかい?」
『ヒヒーン!』
もちろん出来ますとも! と鼻息を荒くする『赤飯』から飛び降りる。
「それじゃあ、ここまで送ってくれてありがとう。皆と仲良くね。君のことは忘れないよ」
『ヒヒヒーーーン!!』
来た道を戻り、遠ざかっていく『赤飯』を見送る。
やがてその背が見えなくなると、リュウマは世界最高峰の山脈を見据えた。
そして再び、ゆっくりと歩き出したのだった。
名馬育成の地として有名な
1週間ほど前に大陸でも有名な盗賊団に住んでいた村が襲われ、大事な馬が数十頭も連れていかれてしまったのだ。
中には、新しく即位した皇帝陛下に献上する予定だった100年に1頭の名馬も含まれていた。
明後日には帝都の宮殿に向かわなければならない。もし馬が献上できないと分かれば、老人と少女の命はないだろう。
いったいどうすればいいのか。可愛い孫娘だけでも守らなければ。老人は亡き息子の忘れ形見である孫娘を強く抱きしめた。
「おじいちゃん」
「何も言うな。お前のことはじいちゃんが守ってやるからな・・・!」
「お馬さんがいっぱい走ってきてるよ?」
「は?」
振り返る。そこには、盗賊たちに連れていかれたはずの大事な馬たちがいた。
その先頭には、赤茶色の豊かな毛並みをした、100年に1頭の名馬がいるではないか。
「お、おぉ・・・!」
「おじいちゃん・・・! おじいちゃん・・・!!」
感動にむせび泣く老人と少女。それを見つめる数十頭の馬たち。
数日後、皇帝に献上された名馬は、その毛並みの色になぞらえて『赤兎馬』と名付けられることとなる。
が、それはまた別のお話。
「ファイトォー! イッパァーッツ!!」
険しい岩肌をよじ登っている人影がいた。
黒鐘龍馬、その人である。たまには本名出さないと読者から忘れられそうで怖い作者、今日この頃だ。
「かんわきゅーだい!!」
謎のかけ声を出しながら岩肌をよじ登り続けるリューマ。彼が登っているのはもはや”山”などと優しいものではなく、断崖絶壁だ。
「つぼおとこぉー!!!」
断崖絶壁を登りきる。『神の恩恵』を授かったことにより身体強化がされているとはいえ、全身汗だく息も絶え絶えの満身創痍状態で、数刻ぶりの平坦な地面に寝転がる。
汗をぬぐいながら周りを見回すと、そう遠くないところに人口建造物と思われる影を見つける。
よく目を凝らしてみれば、今は無き故郷とよく似たような家々が立ち並んでいるではないか。
千人規模の故郷に比べてその規模はかなり小さいが、人が暮らす集落であることは疑いようがないだろう。
ちょうどいい。オラリオへの道を尋ねてみるとしよう。リュウマは疲労困憊の体に鞭打って立ち上がった。
「いい加減にせい! こんな山の上じゃあ大したもんなどありゃせん!!」
ドワーフの族長は、望まぬ来訪者に怒号をぶつけた。
「そう言うなよ爺さん。ここに”霊剣”があるってのは分かってるんだぜぇ?」
怪しげにニヤリと笑う男たち――『山賊』を睨みつけるも、効果はないに等しい。
「そんなものはない! ワシらは静かにこの地で暮らしているだけじゃ!」
少し前からこの集落近辺をうろつきだした山賊たち。何度も集落内に入ろうとしているが、その度に族長自身が前に立って退かせていた。
「今日はいつもみたいに簡単に退くと思うなよ?」
「なんだと?」
山賊の頭領が「おい!」と後ろに呼びかける。手下数人が連れてきたのは、集落に暮らしているドワーフの少女だった。
「呑気に花を摘んでたみたいだったからなぁ! 連れてきてやったぜぇ?」
首に剣を押し付けられて顔を真っ青にしている少女を見て、族長は歯ぎしりした。
「キサマ! 人間の屑が!」
「さあ、コイツを殺されたくなければ”霊剣”の在処を教えな!」
族長の後ろで様子を見ていたドワーフたちの中から、少女の母親が泣き喚く声が聞こえる。数十人の山賊に囲い込まれたドワーフ族は、みな一様に不安そうな顔を見せる。
「・・・分かった」
一族の生命には代えられない。族長は諦めて、先祖代々守り通してきた”霊剣”の在処を吐くことを決心した。
その時である。
「お忙しいところすいません。道をお尋ねしたいのですが」
山賊の頭領の真後ろに、1人の男が現れた。
「て、てめえ! どこから出やがった!?」
「はい。私はここからずっと東に行ったところ『東妻の国』から旅をしてきておりまして」
「うるせえ! 殺されてえのか!」
「そんな理不尽な」
動揺したのか震え声の頭領が、筋骨隆々の屈強な男に剣を突き付ける。
「ちょっとやめてくださいよ。危ないじゃないですか」
男は素手でペキッと剣をへし折った。
「・・・は?」
それは誰が漏らした声だろうか。静寂に包まれた中で、驚愕の声だけが響いた。
「ふ、ふざけんな!? てめえらコイツをやっちまえぇ!!!」
頭領が顔を白黒させながら予備の剣を抜く。山賊たちが屈強な男に次々襲いかかっていく。
「おいどんにナニスルダー」
全然緊張感のない間延びした声を出しながら男は山賊たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしていく。
その様子を、ドワーフ一族は呆然と見守った。
「あんたは命の、一族の恩人じゃ!」
目の前のおじいさんに頭を下げられて、リュウマは困惑する。
背の高い男性たちが、中にいる小さい人たちを円を描くように囲んでいたので、皆で楽しく遊んでいたのかと思って声をかけたのだ。
そうしたら、背の高い人たちが急に襲いかかってきた。困惑するまま崖下にポイポイ投げ捨てていたら急に1番偉そうなおじいさんにお礼を言われてしまったのだ。
「いえ、こちらこそお邪魔をしてしまったみたいですいません」
「とんでもない! あんたが来てくれなかったらワシらはみんな死んでいたところじゃ!」
「どんな危険なことしてたの!?」
下手すれば命を失う遊びってなんだよ。「世界は広いな」リュウマは驚愕した。
「今夜はパーティーじゃぁ!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
住民から上がった喜びの歓声に呆けていると、服をくいくいと引っ張られた。
見れば、小さい女の子が服の裾を掴んでいる。
「こ、これ・・・」
顔を真っ赤にしながら、み空色の綺麗な花々を差し出してくれる。
「ありがとう」
受け取って笑いかけると、女の子は腰にギューッと抱きついてきた。
これは歓迎されている、ということでいいのだろう。
リュウマは、遊びを止めてしまった自分にも手厚い歓迎をしてくれる心優しい住人たちに感謝した。