太陽を司る神『天照』は、疲れ果てていた。
自分の住む社から2日ほど歩いたところにある鉱山が、世界最強のモンスターである『黒龍』の襲撃を受けてから1週間。
慌てて被害状況を確認しに向かったところ、炎の燃え盛る中で呆然と佇む少年を見つけたのが5日ほど前のことだ。
おそらくは炭鉱集落唯一の生き残りであろう少年を引き連れ、社に戻ったのが3日前。
その翌日。それまで一言も発さなかった少年は、突然「オラリオへ行く」と言い出したのだ。
意気揚々と社を後にする少年を慌てて連れ戻し、何とか思いとどまるように説得すること、不眠不休で3日目の朝を迎えた。
少しでも目を離すと外に出てしまうため、片時も目を離すことができない。なんだこの子は、そこいらの赤子よりも手が付けられないではないか。
こめかみを揉み解す天照をじっと見つめ、少年――リュウマは言った。
「お話は終わりでしょうか?」
「そんなわけないでしょ!?」
天照の胃がキリキリと音を立てた。
「どうしてそんなにオラリオへ行きたいの?」
迷宮都市オラリオ。『世界の中心』とも称される巨大都市。数多の英雄を生み出し、天界から顕現した神々が住まう地。
「行きたくなったので」
「あなた馬鹿なの!?」
3日間。同じ質問に同じ答えしか返さないリュウマを罵倒する天照。激怒する神を無表情で見つめるリュウマ。
気付いてほしい、天照。この少年は疑う余地もなく『馬鹿』である。
そもそも権力者の息子として生まれながら、命の危険がある鉱夫として働くなど正気の沙汰ではないのだ。身体を動かすのが好きとかいう理由で気軽にやっていいことではない。
そして、大事な一人息子が命の危機に晒されようとしているのに、それをあっさり許可する両親も頭がおかしい。
アマテラスもリュウマも知らないが、鉱夫の間での黒鐘親子の評判は「仕事はできるけどすごく天然はいってる人たち」、暗に馬鹿と言われていたのだ。
「主神『天照』。あなたに我が命を救っていただいたことには感謝しています」
リュウマは天照を見つめたまま礼を述べる。
「身寄りのない子どもを引き取って育てる天照さまとタケミカヅチさまのお話は、炭鉱でもよく耳にしておりました」
本当に感謝しています、と深く頭を下げるリュウマを見て天照は大人げない自分を省みて頬を赤く染める。
「もう、いいのよそんなこと。私たちは神として当然のことをしているだけだもの」
照れ隠しも含まれているが、それは天照の本心であった。
心優しい神に拾われたことに改めて感謝を述べるリュウマは、しかしと続ける。
「私は14歳。まもなく成人を迎えます。自分の未来は自分で決めなければなりません」
「えぇ、そうね」
傍から見ればリュウマはとても14歳になど見えない屈強な体つきをしており、十分に大人に見える容姿をしている。リュウマを子どもだと分かったのは、天照が神であったからなのだが。
「私は自らの生きる意味を見つけたいのです」
狭い炭鉱で生きてきた自分には、明確な目標も夢もなかった。両親の後を継いで鉱山管理をするものだとばかり思っていたが、先日の事件で両親が他界し、それは叶わなくなりました。
淡々と身の上を語るリュウマ。
「オラリオは、世界のすべてが集まる場所です」
人間だけではなく、エルフやアマゾネス。小人やドワーフなど多様な人種が集う。
交易の要でもあり、貿易に使われる商品はすべて一度はオラリオを通るとも言われている。
曰く、「すべての道はオラリオへ通ず」
「そこでなら、私は自分の道を見つけ出すことができると思うのです」
「・・・あなたの気持ちはよくわかったわ」
天照は、数年前にオラリオへ旅立ったタケミカヅチと子どもたちを思い浮かべた。
「けれど、オラリオじゃなくても生きている人々はいるわ。オラリオへの道は果てしなく危険だし、そんなフワフワした考えじゃとても許可はできない」
子どもの一人旅なんて、野盗に襲われて死ぬかモンスターに襲われて死ぬかの結末しかない。死ぬと分かっていてなぜ許可できようか。
天照の優しさは、しかし目の前の『馬鹿』には通じなかったようだ。
少し考えこんだ後、リュウマはとんでもないことを口走ったのだ。
「よく考えたら、天照さまの許可をいただく必要はないのでは?」
救ってもらった恩など海へ捨ててきたと言わんばかりの言いぐさである。
「天照さまに拾ってもらったことは感謝していますが、私は天照さまに育てられたというわけでもないので、無理に言うことを聞く必要はないかと」
「い、いやでもあなたはもうココの子どもなんだから」
「いえ、私は今は亡き父と母の子ですので」
「ここで暮らした日々を忘れたの!?」
「一晩の寝床と3日間にわたる説教は覚えておりますが」
「子どもは大人の言うことを聞くものよ!」
「よく考えてみれば今日は私の誕生日でして」
15歳なのでもう大人ですね、とのんびり言うリュウマに、天照は涙目である。
「それでは天照さま。短い間ですがお世話になりました」
「待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
席を立つリュウマにすがりつく天照。とても神とは思えない惨めな姿だ。
「子どもたちがみんないなくなっちゃって寂しいのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「それが本音ですか」
ハッと我に返る。しかし時すでに遅し。リュウマが冷たい目で天照を見下ろしている。
「さようなら」
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
神ともあろうものが号泣である。
「ならせめて! せめて『
「はい?」
聞き馴染みのない単語に首を傾げるリュウマ。ここぞとばかりにまくしたてる天照。
曰く、恩恵を授かれば人としての限界を超えることができるということ。
曰く、本来は更新してどんどん成長させるものであるが、刻むだけでも多少の能力向上が見込めるということ。
曰く、生存確率を少しでも上げるには必要だということ。
曰く、他の神にも上書きできるようにしておくからオラリオで新しい神の傘下に入れば旅の経験値を昇華させてより強くなれるということ。
なるほど、メリットしかない。リュウマは快諾した。天照は涙を流して喜んだ。もう涙を流しすぎて顔がグチャグチャである。女神ともあろうものがなんと情けない。
「せっかくの美貌が台無しですよ」
甘い言葉を囁かれ、優しく頬を拭かれた天照は顔を真っ赤にした。
背中に熱を感じる。身体に力がみなぎるのを感じる。なるほどこれが『神の恩恵』か。実に素晴らしい。
「さあ、行くか」
後ろを振り向くと、社から大きく手を振る天照さまが見えたので一礼する。彼女にはとてもお世話になった。この恩は一生忘れることはないだろう。
向かうは西方。神々と英雄の住まう土地オラリオだ。
自らの生きる道を探すため。生きる意味を見つけるため。
『黒龍』を倒し、両親の仇を討つため。
黒鐘龍馬は西へ行く。
「・・・うふふ」
遠くに消えていく龍馬くん。でも大丈夫。恩恵を授けた私なら、彼のいる場所が手に取るように分かる。
そう、それこそどこにいても。
他の神が恩恵を上書きしたら分からなくなってしまう。でも、それも対策済み。
恩恵とは別に、常にいる場所が分かるように『
ちょっとだけ神の力を使っちゃったけど、どうせ誰にもバレやしない。
だって私は日ノ本の最高神なんだから。
私には、自分が治める国で生まれた彼にギリシアの悪い虫がつかないように監視する義務がある。
決して、彼と家族になるであろうまだ見ぬ神に嫉妬しているわけでも、羨ましいわけでもない。
そう、そんな必要はないのだ。
だって、彼は『私のもの』なんだから。
「っいた・・・」
股を抑える。神といえども破瓜の痛みは少々つらい。
まだ少し出ていた赤い血が付いた指を拭く。
「ふふふ・・・」
彼の『初めて』の神は私だし、私の『初めて』の男は彼なのだ。
弟との契約で子どもはいくつか出来たけど、アレは口から出したやつだから数えない。そもそもスサノオみたいなゴミは私の愛を受けるに値しないから。
あぁ、楽しみだなぁ。この先どんなゴm・・・神が彼と契約しても、私と彼の『初めて』には敵わない。私の『愛』の前にはすべてが無力だ。
私は主神だから、日ノ本から外には出られない。それが下界に降りるときの条件だ。
でも大丈夫。彼は『最期』には私の元に戻ってくるから。
「100年後が楽しみだなぁ」
魂だけの存在になったら、私と一緒に天界に行きましょう? そこで2人幸せに暮らすの。
邪魔は入らないわ。天岩戸の中も、もっと過ごしやすいように改装しておくからね。
本当に楽しみ。龍馬くんと結ばれる日が待ち遠しいわ。
アア、ハヤクシンデクレナイカシラ。愛シテイルワ、龍馬クン。