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【中国大陸からの渡来人】篠田謙一教授は、韓国釜山市の加徳島で発見された6300年前の人類のDNA研究について、
【中国大陸からの渡来人】篠田謙一教授は、韓国釜山市の加徳島で発見された6300年前の人類のDNA研究について、 この6300年前となる加徳島人集団が日本列島に到来したならば(縄文人と)混血せずに現代(本土)日本人になる、と述べています。 . 6000年以上前に「縄文人」が日本列島から朝鮮半島に渡ったとしても不思議ではありませんし、またそこで「縄文人」の血が薄まり現代日本人に近くなったとしても不思議ではありません。 . しかし彼らが日本列島に戻って今の日本人の元となったというのは「飛躍」しすぎた考え方というのが一般的な評価となっています、もしそうならば、その頃日本列島にいた縄文人は、すべて日本列島から出て行ったという事になります、これについて皆さんはどう考えますか? --- 【 考 察 】 つまり、「約6300前」に「釜山市加徳島」に渡った「縄文人たち」がいたらしい(←何の不思議もない)、 その縄文人たちはおそらく現地人?と混血し、今の日本人並みに「縄文人ゲノム」が薄まったらしい(←これも何の不思議もない)、 ↑ここまでは「そんなこともあるでしょう」レベルである(←ここまでが論文の内容である)。 しかし、↑彼らが日本列島に戻って今の日本人の元となった(←ここは篠田謙一教授が言っているだけであり「飛躍」しすぎです)。 ↑もしそうであるならば、元日本列島にいた縄文人は、すべて日本列島から出て行ったという事になります。 篠田謙一教授の↓これについて ---------------------------------------- 朝鮮半島にも縄文人的な遺伝子があって、それを持っていた人たちが日本に入ってきたんじゃないかと。しかもその人たちが持つ縄文人の遺伝子の頻度は、今の私たちとあまり変わらなかったんじゃないかと考えています。 https://diamond.jp/articles/-/306767?page=3 ---------------------------------------- 【韓国加徳島獐遺跡人骨のDNA分析結果の詳細説明】 釜山市加徳島の「獐遺跡」で発見された「約6300前」の人骨の「DNA解析結果」となります。 「獐遺跡」で発見された48個体のうち埋葬方法が識別可能なのは31個体で、そのうち23個体で「屈葬」が採用されていました。 「屈葬」は縄文時代の日本列島で一般的ですが、朝鮮半島の新石器時代では基本的に見られず、また黒曜石や土器などで日本列島との交流が確認されており、縄文時代の九州とのつながりが示唆されます。 「獐遺跡」の個体のうち、標本2はミトコンドリアDNAが「D4b1」で、標本8は「D4a」です。現代韓国人の「D4b1」の割合は「6.36%」、「D4a」の割合は「7.7%」であり、「D4」はアジア東部現代人では高頻度となっています。 韓国の慶尚南道の青銅器時代の遺跡では、21個体のうち11個体が「D4」で、そのうち2個体が「D4b」でした。「D4」は新石器時代には朝鮮半島に定着し、現代まで主流母系の一つだった可能性が高そうです。 縄文人では「D4a」と「D4b1」はまだ確認されておらず、「D4b2」は確認されています。なお標本2と標本8は女性と判明しています。 核ゲノム分析では、「獐遺跡」の標本2と標本8で違いが見られ、標本2は現代日本人と、標本8は北海道の礼文島の船泊遺跡で発見された縄文人、次いで現代本土日本人と最も高い類似性を示しており、標本8が標本2よりも「縄文人」に近いことが判明しており、標本2と標本8は遺伝的にかなり離れていることが明らかになっています。 主成分分析でも、標本8が標本2よりも縄文人に近く、また標本2も標本8も、現代韓国人より現代本土日本人に近いということが判明しています。 つまり標本2も標本8も、現代本土日本人と同程度の「縄文人系統」を有しているということになります。 ---------------------------------------- 遺伝、DNA、ルーツ、起源、神社、弥生、古墳、祖先、先祖、民族 ↓韓国加徳島獐遺跡の場所(↓図を「クリック」すると拡大できます)