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模倣は成長の母なり【野球バカとハサミは使いよう#15】

気持ちが入っていないからボール!? 実は大事な〝精神論〟

 巨人のV9時代が始まる1965年以前、当時の関西では南海ホークスが絶大な人気を誇っていた。その理由は、なんと言っても南海が強かったからである。エース・杉浦忠や4番・野村克也らを擁し、50年代には5度のリーグ優勝を果たした。

 そんな中、サイドスローの先発投手として活躍したのが、皆川睦雄である。彼は通算221勝と、杉浦の187勝を超える成績を残したものの、人気面では杉浦に劣る不遇な投手だった。

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南海の皆川睦雄

 それはおそらく、皆川がいわゆる「持っていない」投手だったからだろう。シーズン中は安定しているのだが、日本シリーズなどの大舞台ではなぜか打たれてしまう(シリーズ通算0勝4敗、防御率3・72)。また、球宴には計8回選出されているものの、うち61年と62年は登板ゼロのため、球宴出場回数としてカウントされない始末。おはらいの必要性を感じる投手だ。

 しかし、それでも皆川は気持ちを切らさず、地道に息長く投げ続けた。そして、そんな気持ちの強さこそが、皆川が大成した要因のひとつであった。

 話は皆川のプロ3年目までさかのぼる。当時の彼はまだ実績のない若手で、審判にもなめられていた。そのためか、ある試合でど真ん中のストレートを投げ込み、打者もそれを見送ったところ、なぜか審判に「ボール」と判定されたのだ。

 当然、皆川は抗議した。しかし、審判に次のようにはね返されたという。

「気持ちが入っていないからボールだ!」

 すさまじいせりふだ。剣道では気合の足りない面は一本にカウントされないという、いかにも武道的な概念があるが、野球にもそれが適用されていたとは驚きだ。かつての野球には武道精神が横たわっていたのだ。

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完投で2勝目を挙げた巨人・桑田の頭をなでる皆川コーチ(87年4月、後楽園球場)

 かくして以降の皆川はどんな局面でも手を抜かない、気持ちの強い投手になった。実際、「あの言葉に感銘を受けた」と、皆川本人が後年語っている。

 こういった精神論は現代社会では何かと疎ましく思われがちだが、先人の具体的なエピソードを知れば知るほど、やはり気持ちとは人の心を動かす重要な材料なのだと認識せざるを得ない。

 サラリーマンの世界でも気持ちが足りないから企画が通らない、営業が成功しないという事例はいくらでもある。そういうとき、本当に効果的なのは訳知り顔で語られる技術論ではなく、どこまでも泥くさく、それでいて情熱的な気持ちを、アピールすることにほかならない。

 この大不況下に生きる現代人だからこそ、余計に精神論をばかにしてはいけない。心の強さとは、己の強さなのだ。


名手の完全コピーでプロ入り後に守備力アップ

 以前、関西の某プロ野球番組に出演したとき、「歴代遊撃手の中で、もっとも守備がうまかったのは誰か?」という話題になった。その中で印象的だったのは、共演の元阪神・平田勝男さんが「山下大輔さん」と断言したことだ。平田さん自身も遊撃守備の名手だっただけに、強い説得力を感じたわけだ。

 その山下大輔とは1970~90年代にかけて、大洋ホエールズ(現・DeNA)で活躍した希代の名遊撃手である。彼の守備は俊敏性、柔軟性、地肩の強さなど、すべてにおいて一級品で、76~83年まで8年連続ダイヤモンドグラブ賞(現・ゴールデングラブ賞)を獲得。これは現在も破られていない遊撃手の最多記録である。

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大洋の山下大輔

 そんな山下だが、意外なことに74年の入団時は決して守備の名手ではなかった。前述の平田をはじめ、他の多くの名手がアマチュア時代から高い守備力を買われていたのに対し、大学時代の山下は打撃が売りの選手で、プロ入り後の猛練習によって守備力を向上させた、言わば叩き上げの名手だったのだ。

 では、その猛練習とはいったい何か。それは当時の大洋の三塁手であった外国人・ボイヤーの守備を模倣することだったという。大洋在籍時のボイヤーはすでに40歳近いベテランだったが、若いころはメジャーリーグ屈指の守備の名手として活躍した選手であり、守備に関しては最高の生きた教材だった。

 そこで山下はボイヤーのグラブさばきや捕球の動作、さらに送球の動作に至るまで徹底的に模倣。時には守備位置の足場のならし方までボイヤーを参考にしたというのだから、ほとんどモノマネ状態である。

 すると、このモノマネ練習法が奏功し、山下の守備力は驚くべきスピードで向上した。特に華麗なグラブトスや力強いジャンピングスローは日本人離れしており、以降は球界屈指の遊撃守備の名手となったわけだ。

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ボイヤー(右)とシピンが組んだ併殺プレーは圧巻だった

 このようにモノマネからスタートして、それを自らの能力向上につなげるという方法は野球以外にも通ずる極意だ。

 サラリーマンも自分の能力を上げたいときは、まずは敏腕だと称される先輩の仕事ぶりを観察し、お手本にすべき人物を自分の中で設定することが先決だろう。

 そして、いざ手本を設定したら、その人のことを徹底的に模倣してみるといい。仕事ぶりだけにとどまらず、普段の話し方や酒の飲み方、時にはファッションまで完全にコピー。その先には、やがて必ず自分のオリジナリティーが加わるはずだ。模倣は成長の母なのである。

山田隆道(やまだ・たかみち) 1976年大阪府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科准教授。作家、エッセイストとして活躍するほか大のプロ野球ファンとして多数のプロ野球メディアにも出演・寄稿している。

※この連載は2012年4月から2013年9年まで全67回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全33回でお届けする予定です。

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