発がん性の疑われる有機フッ素化合物(PFAS=ピーファス)の摂取許容量の評価を示した際、内閣府食品安全委員会(食安委)が、参照文献のうち専門家が「最重要」と位置づけた文献を大量に不採用にして結論を出していたことが、関係者への取材で分かった。文献の事前選定に関わった専門家は「評価の結論が変わった可能性がある」とし、リスクが過小評価された可能性もある。食安委は「恣意(しい)的に文献を取捨選択したわけではない」とする。(松島京太)
◆許容量を検討するための「PFASワーキンググループ」
食安委の摂取許容量の数値は、環境省が設定する方針の水質基準でも参考にされており、文献の不採用が評価の結論に影響を与えていたとすれば、問題がある。
最重要文献を不採用にしたのは、食安委の専門家会議「PFASワーキンググループ(WG)」。同WGは、PFASの一種PFOSとPFOAを体内に取り込んだ際に、健康影響がないと推定される1日当たりの量である耐容1日摂取量(TDI)などを決めるために、設置された。
◆健康への悪影響を指摘する論文も「不採用」
PFAS問題に取り組んでいるNPO法人「高木仁三郎市民科学基金」によると、WGは2023年5月の第2回会合で、257件の研究を参照文献として提示。計9回の会合で議論し昨年6月に「評価書」を決定した際、半数以上の190件を不採用にし、代わりに201件を追加し268件を参照文献として採用した。
最初の257件の文献は、一般財団法人「化学物質評価研究機構(CERI)」の作業部会が選定し、文献を読んだ専門家が重要度によってランクを付けてWGに報告。採用されなかった190件のうち、122件は部会の専門家が「最重要」と位置付けた「A」や、複数の専門家が「A」とした「AA」ランクだった。
不採用の「AA」の文献には、水道水汚染が問題化したイタリア・ベネト州で調査しコレステロール値との関連を示した研究や、米国の疫学調査で腎臓がんなどと関連があるとした研究などで、PFASが健康に悪影響を与えることを指摘するものが含まれていた。
◆食品安全委員会「汚染物質の評価プロセスでは起こりうること」
CERIの作業部会で文献選定に参加した群馬大の鯉淵典之教授は「専門家が信頼性を客観的に判断して選んだ文献が説明もなく大量に不採用になったことには納得がいかない。食安委は不採用の根拠を示すべきだ」と批判。その上で「PFASの健康影響の評価は、複数の研究を総合的に判断している。これだけ不採用になれば、TDIの数値に疑義が生じる」と指摘する。
結局、WGは昨年、PFOSとPFOAで体重1キロ当たり各20ナノグラムとするTDIを示す評価書案を決定。欧州食品安全機関と比べると60倍以上の緩さで、パブリックコメント(意見公募)では批判が相次いだが、食安委は反映せず、基準を正式決定した。
食安委は、最終的な参照文献は、WGの委員と事務局の食安委で決めたと説明。122件の最重要とされる文献の不採用については、「CERIの事前選定は簡易的な絞り込みだ。汚染物質の評価プロセスでは起こりうることだ」とコメントした。
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◆WG座長の姫野誠一郎氏「不適切でもなんでもない」
内閣府食品安全委員会のPFASワーキンググループ(WG)が「最重要」と位置付けられた研究文献を大量に不採用にしたという指摘に対して、WGの姫野誠一郎座長(昭和大客員教授)は東京新聞の取材に「ある結論を誘導するために何かの論文を削ったということは絶対にあり得ない」と強調した。
大量の文献を不採用とした理由は「内容的な重複があった場合は、より重要な論文を用いることもある」としたが、個別の論文ごとに理由を説明するのは「難しい」と話した。「取捨選択は普通の(リスク評価の)作業で起こり得ること。不適切でもなんでもない」と述べた。
「化学物質評価研究機構(CERI)」が、最初に提示した257件の文献については「1次スクリーニングにしか過ぎない。(CERIの)結果を金科玉条とすることはできない」と説明。あくまで、WGで議論を始める「たたき台」だったとした。
◆不採用の理由は「記録が残っていないため説明ができない」と食安委
WGでの文献の選定過程が不透明ではないかという指摘には「一番の目標は良い評価書を作ることだった。不採用の理由を説明することで良い評価書が作れるとは思わない」と主張。評価書の結論が変わった可能性は「議論によっていろいろ変わってくると思うが、結論ありきで取捨選択したことはない」と述べた。
東京新聞は、専門家が重要視しながら採用しなかった主な文献11件について食安委に、理由を説明するように求めたが、内容の重複があるとした一部以外は「記録が残っていないため説明ができない」とした。
PFASワーキンググループ 内閣府食品安全委員会が2023年2月に設置。22人の専門家らが国内外のPFASに関する研究を議論し、昨年6月にPFASが及ぼす健康影響などをまとめた「評価書」を決定した。環境省の専門家会議は2024年12月、PFASを水質基準の対象物質に加えることを了承したが、基準濃度は評価書のTDIに基づき、従来の暫定目標値である1リットル当たり50ナノグラムで維持するとした。
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