「見える」化したトランスジェンダー 当事者に押し寄せる心身の不安

花房吾早子

 31日は「国際トランスジェンダー可視化の日」。生まれた時に割り当てられた性別と異なる性別で生きる人たちの姿を知らせ、直面する課題を伝える日だ。「見える」存在へ変わりつつある今だからこその困難にも、苦しんでいる。

 「写真は……、載せたくないですね。どう広まるか、やっぱり怖いですから」

 大阪府内に住む山田芳枝さん(63)は、記者の取材にそう答えた。「自分のアイデンティティーで生活できるように守りたい」と、ためらいがちに言う。

 生まれてから現在まで府内で暮らしてきた。中学生のころ、男女で分かれた体育の授業で、「女の子みたいにブルマで踊れたらいいのに」と思った。「自分は変な男子」と感じていた。

 高校は私立の男子校へ。ずっと理科が好きで、関西大学で応用化学を専攻し、大学院に進んだ。修士課程を終え、殺菌剤メーカーの研究職に就いた。

 女性用の服を着るようになったのは30代に入ってから。バトントワリング教室に通い始めたのがきっかけだ。モダンダンスやポールダンスも習った。

 練習着や衣装を目にした母や姉に、精神科病院へ連れて行かれた。医師から「病や障害ではない」と診断されたことが、心の支えになった。

 トランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変えるために必要な要件を定めた「性同一性障害特例法」が施行されて約10年後、山田さんは専門医に診てもらうようになった。

親指ほどの大きさのバッジにも非難され…

 2015年ごろに女性ホルモンの投与を始め、17年には性別適合手術を受けた。18年、戸籍上の性別を女性に、名前も現在の名に変えた。

 多様な性を祝福するパレードに初めて参加したとき、顔の半分が隠れる作業用ゴーグルをつけ「撮影禁止ゾーン」を歩いた。翌年のパレードからは、自分の好きな格好で沿道のカメラに手を振った。

 でも、日曜礼拝に通う地元のキリスト教会では、男性用スーツを着る。トランスジェンダーを象徴する青、ピンク、白のバッジを胸元やカバンに着けて行ったら、年配の信者から驚かれたり非難されたりした。バッジの大きさは親指ほどだ。

 日本では18年ごろから、オンラインを中心にトランスジェンダーへの中傷が増えている。欧米では以前から深刻化。米国のトランプ大統領は今年1月の就任と同時に、生物学的な男女のみを公式の性別と認めるという大統領令を出した。

 「ヘイトをする人はむかつく。でも『こんなやつに関わる必要ないわ』と平静を保ちたい」。山田さんはそう割り切る。

 「身の安全を守りながら『私は私である』と少しでも示したい」

 大学院修了後に就職した会社は、定年まで勤め上げた。今年4月1日からは環境分析の仕事を始める。

ヘイトで悪化する心の健康

 性的マイノリティーに関する教材作りや研修などを行う市民団体「新設Cチーム企画」(大阪市)主宰の塩安(しおやす)九十九(つくも)さん(44)は、「これまで『いない』ことにされる苦しさが強かった」と、トランスジェンダーの歴史を振り返る。

 塩安さんは、生まれた時は女性。現在は「好きな格好で暮らすトランスジェンダー」だ。

 自身も含め、近年、トランスジェンダーを標的とするヘイトで落ち込む人が後を絶たない。「今は『いる』ことが広まり、明確な攻撃対象にされてしんどい」

 性的マイノリティーの仕事と暮らしについて、大学と共同で13年から毎年調査する認定NPO法人「虹色ダイバーシティ」(大阪市)のアンケート結果によると、トランスジェンダーの人はそうでない人と比べ、心の健康状態に問題を抱えている可能性が高い。

 昨年5~6月、オンラインのアンケートに約2300人が回答。約3割がトランスジェンダーに分類される回答者だった。心の健康を測る指標に照らしてストレス度が高かったのは、トランスジェンダー回答者の34%で、その割合は他の回答者より17.75ポイント高かった。

 「オンラインでトランスジェンダーへの差別的言動を見聞きした」と答えたトランスジェンダー回答者は88%で、そう答えた人は特にストレス度が高かった。

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この記事を書いた人
花房吾早子
大阪社会部|平和・人権担当
専門・関心分野
原爆、核廃絶、ジェンダー、LGBTQ+