第19話:袋の鼠
黒服のスキンヘッドに案内され、フロアの奥へ奥へと進み、小さな扉をくぐる。
するとその先には――
(おぉー、さすがはVIPルーム、めちゃくちゃ豪華だね)
天井で輝く立派なシャンデリア・見るからに有名っぽそうな絵画・迫力満点の大きな石像などなど……。
そしてフロアの最奥で活況を
ここからはかなりの距離があるため、まったく見えないけれど……きっと原作と同じように、『趣味の悪い
「チップの交換は、あちらのカウンターで承っております。その他、何かお困りのことがございましたら、どうぞ遠慮なく黒服のスタッフへお申し付けください。――では、夢のようなひと時を」
スキンヘッドは丁寧にお辞儀をして、音もなくどこかへ歩き去って行った。
「ねぇホロウ、もしかしてあなた……このVIPルームへ来るために、わざとあんな負け方を?」
「あぁ、胴元に『いいカモが来た』とアピールしていたんだよ」
ちなみにVIPルームへ招待される条件は、なんらしかの遊戯を10ゲーム以上プレイし、合計1000万ゴルド以上のチップを使うこと。
さっきルーレットを選んだのは、単純に1ゲームあたりの時間が短くて、大量のチップを効率よく回せるからだ。
(とりあえず……奥の地下闘技場は、ニアに見せない方がいいな)
あそこは血と金と涙の渦巻く、人間の黒い欲望を煮詰めた場所だ。
彼女みたく純粋なヒロインには、少しばかり刺激が強い。
「こっちだ、付いて来い」
「えっ、あっ……うんっ」
地下闘技場から遠ざかるため、さりげなくニアの手を引くと、彼女は一瞬目を丸くした後――嬉しそうにコロコロと微笑んだ。
(さて、まずはチップだな)
交換所へ足を向けたそのとき――『不測の事態』が起きる。
(……くそ、
ボクの視線が――バニーガールへ吸い寄せられていく。
色白の清楚系バニー・
(<
ボクは二十四時間<虚空憑依>を展開し続けており、精神支配系の魔法を完全にシャットアウトしている。
つまりこれは、外部からの魔法攻撃じゃなく、内部から湧き上がる情欲。
(ふざけるなよ、なんなんだ、あの魅力的な衣装は……っ)
あざといウサ耳・露出の多いボンテージ・白いフワモコの尻尾――こんなのもはや犯罪だ、今すぐに取り締まるべきだ、聖騎士はいったい何をやっているのか。
バニーガールはカジノにおける超ド定番の存在であり、ロンゾルキアの美麗なCGで何度も見てきた。
しかし、しかしだ。
(まさか『映像』と『生』にここまでの違いがあるとは……っ。恐るべし、『生バニー』……ッ)
(本当に……困った体だ)
もしかしたらこれは、メインルートの攻略において『最大の障壁』となるかもしれない。
その後、先ほどと同様に3000万ゴルドをチップと交換する。
このVIPルームでは、『1チップ=10万ゴルド』。
レートが10倍に跳ね上がっているので、同じ3000万ゴルドを払っても、交換されるチップは300枚だけだ。
(よし、
ボクは迷うことなく、ポーカーのテーブルへ移動する。
(……ふむ……)
さっきのルーレットでは、同伴の女性はただ横に付くだけだったけど……。
どうやらポーカーでは、一緒に卓を囲んでいるようだ。
「ニア、お前も楽しむといい」
ボクはそう言いながら、チップの半分を渡した。
「い、いやいや……こんな大金、受け取れないわよ……っ」
ニアはグイグイと突き返して来たが、半ば無理矢理にプレゼントする。
「こっちの都合に付き合わせているんだ、これぐらいの報酬は受け取れ。……と言ってもまぁ、すぐにゲームで回収させてもらうがな」
ボクが挑発的な笑みを浮かべると、
「むっ……こう見えても私、けっこう強いんだからね?」
超負けず嫌いなニアは、すぐに乗ってきた。
このチョロいところは、彼女の美点だろう。
(実際、ニアはかなり強い)
原作ロンゾルキアには『隠しパラメーター』として、『幸運値』というものが設定されている。
これは熱心な有志たちによって解析され、一般平均は『+100』と判明した。
ニアの幸運値はロンゾルキアでも最上位の『+700』、凄まじい『豪運』の持ち主だ。
ただ……原作ホロウは恐ろしい『
まともにやり合えば、絶対にボクが勝つ。
(まぁホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、公式公認の『チートキャラ』だからね)
しかしその分、この体に付与された『デバフ』は強烈だ。
(いつも最悪のタイミングで発動する『怠惰傲慢』+理性が飛びそうになるほど強烈な『情欲』……)
二つの相乗効果によって、ホロウは基本的にあらゆるルートで死亡する。
ちなみに……ロンゾルキアで最低の幸運値を誇るのは、ぶっちぎりでフィオナさんだ。
その数値は絶望の『-1000』。
彼女はもはや存在が『呪い』みたいなもので、『運』の介在するゲームでは絶対に勝てない。
この世界で最も馬に手を出してはいけない人が、この世界で最も馬を愛しているなんて……皮肉な話だね。
(しかし、ポーカーをするのは久しぶりだな)
(あの頃はみんなやんちゃで、いろいろと大変だったけど……楽しかったなぁ)
昔の懐かしい記憶に
(夜のカジノでヒロインと一緒にポーカー……。こういうイベントも、たまには悪くないね)
(夜のカジノでホロウと一緒にポーカー……。ふふっ、これはこれでデートみたい? うぅん、頑張ってデートにしちゃおう!)
そうこうしているうちに、ディーラーが慣れた手つきでカードを配り、ゲームが始まった。
テーブルには、ボクとニアを含めて六人が着いている。
「ベット」
「コール」
「コール」
「コール」
「コール」
「……フォールド」
無難な『ベッティング・ラウンド』を経て、それぞれ不要なカードを交換していく。
そんな中、ボクは一人だけ手札を交換することなく、なんなら手札を見ることさえなく――二度目のベットでオールイン。
テーブルが騒然となる中、一人また一人と降りて行き……最後に対面の老爺が残った。
「では、ショーダウンを」
ディーラーの呼びかけに応じ、先に老爺が手を開ける。
「『7』の……『フォーカード』じゃっ!」
彼はニヤリと微笑み、周囲がざわついた。
フォーカードは
「さてさて、そちらのカードを見せてもらえるかのぅ?」
勝利を確信した老爺に対し、ボクはパッと手を開ける。
「おや、今日はついているな。『ロイヤルストレートフラッシュ』だ」
ポーカーにおける『最強の役』が、最初に配られた五枚で、『偶然』にも揃っていた。
「ば、馬鹿な……っ」
老爺は勢いよく立ち上がり、驚愕に目を白黒とさせる。
「おいおい、嘘だろ……!?」
「ノーチェンジで、ロイヤルストレートフラッシュって……っ」
「……手札を見てもなかったし、ちょっとおかしくない?」
周囲が騒然となる中、ボクは素知らぬ顔で、老爺のチップを回収する。
「いや、すまないな。こういうことがあるから、ギャンブルというのは恐ろしい」
「ぐっ、貴様……ッ」
その後、
「すまない、またロイヤルストレートフラッシュだ」
さらに、
「ははっ、悪いな。再びロイヤルストレートフラッシュだ」
さっきまでとは打って変わり、ボクはひたすらに勝ちまくって、チップの山を築き上げた。
(ふふっ、大漁だね!)
いったい何億ゴルド、いや何十億ゴルドになるだろう?
同卓の貴族から、しこたま
(何せここにいるのは、弱者を食い物にしてきた重罪人ばかり。そう遠くない未来、ボイドタウンへ迎え入れる人達だからね)
あっちの女は人身売買の元締めマーベル・対面の老爺は麻薬カルテルの大幹部バルランドゥ・向こうの男は臓器売買組織の長ゴゾ――っとまぁこんな感じで、全員立派な極悪人だ。
彼ら彼女からお金を奪っても、良心は欠片も痛まない。
それどころかむしろ、絞り尽くしたいまである。
(ただ、これをそのまま懐に入れるのは、なんだかちょっと悪い感じがするな……)
どうせ立場の弱い人から、強引に吸い上げたお金だろうし……慈善事業にでも使うか。
ハイゼンベルク家は四大貴族であり、多種多様なボランティアを行っている。
弱者救済――そういう社会的な責任を果たすのもまた、力ある貴族の大切な役目だ。
そうしてボクがお金の使い道について考えていると、
「「「……」」」
無茶苦茶な役で勝ちまくっているせいか、周囲から冷たく鋭い視線が飛ぶ。
「ね、ねぇホロウ……? あなた、まさかとは思うけど……っ」
恐る恐る問い掛けてくるニアへ、
「見ての通り、イカサマをしている」
小さな声で淡々と答えを返した。
ロイヤルストレートフラッシュなんて、普通にやっていて揃うわけがない。
それが今や四連続、誰がどう見てもイカサマだ。
ちなみにネタは、とっても簡単。
(裏カジノは『イベント』、ここで使われるトランプの柄は、完全に固定されている)
だから事前に、裏カジノで用いられるのと全く同じトランプを買って、虚空界にロイヤルストレートフラッシュをセットしておいた。
後は自分のカードを開けるとき、<虚空渡り>を使って『配られた札』を『虚空界の札』と入れ替える。
そうすればあら不思議、ロイヤルストレートフラッシュの完成だ。
「どうやっているのか知らないけど、いくらなんでもやり過ぎよ! こんなの明らかに不自然だわ!」
「だろうな」
あからさまでいい。
いや、あからさま
ボクとニアが小声で密談を交わしていると、VIPルームの奥から、屈強な五人の黒服がやってきた。
みんな穏やかな笑みを浮かべているけど、目が全く笑っていない。
ちなみに先頭を歩くのは、ボクたちをここまで案内してくれたスキンヘッド。
もしかしたら、けっこう上の立場なのかもね。
「お客様、支配人がお呼びです。どうかこちらへ御足労願えませんか?」
「くくっ、なんだ『スペシャルVIPルーム』でもあるのか?」
「まぁそんなところです」
「そうか、それは楽しみだ――おい、行くぞ」
「うぅ……。高級ディナーじゃなかったから、カジノデートに切り替えようと思ったのに……なんで、どうしてぇ……っ」
その後、ボクとニアはバックヤードに通され、狭く薄暗い道を右へ左へと進んで行く。
「随分と入り組んだ造りだな」
「……えぇ、こちらの方がいろいろと便利なモノで」
大方、ボクのような違反者を逃がさないようにするためだろう。
そのまま歩くことしばし、通路の突き当りに重厚な鉄の扉が見えた。
「どうぞ、お入りください」
スキンヘッドに言われるがまま、部屋の中に入るとそこには――剣や角材や鉄パイプを持った、
顔に
そして部屋の一番奥には、着物を
(おっ、いたいた!)
あれがこの裏カジノの支配人であり、ヴァラン辺境伯の右腕ベラルタ・グノービスだ。
嬉しいよ、やっと会えたね。
ボクがほっこりとした温かい気持ちを抱いていると、背後でガチャリと冷たい音が響く。
「くくくっ、これでお前たちはもう、どこにも逃げられねぇぞ……?」
スキンヘッドの男はそう言って、ニィと邪悪な笑みを浮かべた。
どうやら、扉の鍵が閉められてしまったようだ。
「おらぁ゛、まずは服脱いで
「土下座だ土下座ッ!」
「くだらねぇ
黒服の男たちが怒声をあげる中、ボクは周囲をキョロキョロと見回し――スキンヘッドに問い掛ける。
「……一つだけ教えてほしい、
「あぁ、そうだとも! ここは地獄の密室! お前たちは完全に『
「――ありがとう、いいことを聞かせてもらった」
ボクはつるつるの頭を鷲掴みにし、そのままポイと後ろへ放り投げる。
「ぉ、ぉおおおおおおおおおおおおおお……!?」
スキンヘッドは音速を超え、鉄製の扉に激しく衝突。
「が、は……っ」
『唯一の出入り口』は、ぐちゃぐちゃにひしゃげてしまった。
あれじゃもはや、扉としての役割は果たせないだろう。
「「「なっ!?」」」
黒服たちが驚愕に目を見開く中、ボクは飛び切り邪悪な笑みを浮かべる。
「くくくっ、これでもうどこにも逃げられないぞ? お前たちは完全に『袋の鼠』だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます