第18話:裏カジノ

 聖暦1015年5月30日、ハイゼンベルク家の屋敷にあるドレスルーム。


「よし、こんなところかな」


 大きな姿見すがたみに写るボクは、いつもの制服でもなければ、オフィシャルな貴族衣装でもなく――裏カジノ仕様の黒いフロックコートだ。

 向こうのドレスコードにのっとって、目元部分だけ隠れる蝶をした仮面を付けているため、ボクがホロウ・フォン・ハイゼンベルクとバレる心配はない。


 現在時刻は十七時。

 裏カジノの営業開始まで後一時間。


 衣装よし。

 入場許可証よし。

 コンディションよし。


 準備万端のボクが、ドレスルームから自室へ移動すると――オルヴィンさんにばったりと出くわした。


「これはこれは坊ちゃま、ヴァラン辺境伯の裏カジノへ行かれるのですね?」


「あぁ、もうじきな」


「であれば、『女性の手配』はいかがいたしましょう? 私の方で戦闘や諜報に秀でたメイドを選出しましょうか?」


「……どういう意味だ?」


 彼の意図するところが、よくわからなかった。


「恐れながら、上流階級のカジノでは、女性を同伴するのが基本です。会員制の裏カジノへ潜入するのであれば、その場に上手く溶け込むためにも、どなたかお連れになるのがよろしいかと」


「なるほど……では、こちらでなんとかしておこう」


「はっ、承知しました」


 確かに言われてみれば、ロンゾルキアのカジノ客たちはみんな、美しい女性を同伴していたっけな……。

 一人でゲームをプレイしているときは、まったく気付かなかったけれど、ここではそういうならわしがあるようだ。


(ふふっ、いいね。こういうの大好きだよ)


 この世界に浸透した文化や風習を知るのは、『自分がロンゾルキアに生きている』という実感を強く得られる。


 っとまぁそういうわけで、急遽きゅうきょ『パートナー探し』をすることになった。


(オルヴィンさんの言っていた『メイドを連れて行く』というのは……駄目だ)


 彼女たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 もしも命を落とすようなことになれば、頑張ってコツコツと稼いできた好感度が、無駄になってしまうからね。

 それに何より、ハイゼンベルクの者が近くにいたら、自由に<虚空>を使えない。

 だから、今回はパス。


(しかし、ボクの誘い出せる女性、か……)


 目をつぶり、右手を顎に添え、思考の海にひたる。


(エンティアは……無理だな)


 あの引き籠りは、禁書庫から出たがらない。

 まぁ最悪、日本の知識を出汁だしにすれば、なんとかなりそうだけど……。

 腰に黒い翼の生えた人間は、あまりに目立ち過ぎる。

 そのうえ彼女は今、『イヤイヤ期』の只中ただなか――面倒くさいので却下だ。


(フィオナさんは……うん、論外)


 これ以上、悪い遊びを覚えられては困る。

 あの借金馬女には、馬と魔法の研究だけ与えておけばいい。

 今の生活でも十分以上に幸せそうだし、このままこちらでコントロールしている方が、ボクも彼女も一般社会も――きっとみんなが幸せになる。


(ダイヤは……やめておこう)


 本来なら最有力候補にあがるんだけど、今はちょっとばかしタイミング悪い。

 現在建設を進めているうつろの本拠地『王の虚城こじょう』で、『ボクとダイヤの寝室が隣同士』という、割と真剣にどうでもいい問題が発生。

 既に三度も『五獄集会』が開かれているけれど、未だ解決の方向性は見えていない。

 今ここでボクがパートナーにダイヤを選べば、きっとさらに面倒なことになってしまう。

 まぁなんだかんだで、みんなとても仲がいいから、大丈夫だとは思うけど……余計な波風は立てたくない。


 っというわけで、ダイヤを筆頭とした五獄のメンバーは全員なしだ。


(そうなると……消去法的にもう『彼女』しかいないな)


 ボクは早速<交信コール>を飛ばし、先方の予定を確認する。


(――おいニア、今から会えるか?)


(ほ、ホロウ!? 会えるかって……どうしたの急に? 最近なんか学校もよく休んでいるし、魔宴祭まえんさいも欠席しちゃうし……ハイゼンベルク家で何かあったの?)


(少しいろいろとあってな。それよりも、お前と一緒に出掛けたいところがあるんだ)


(一緒にって……二人っきり?)


(まぁ、そうなるな)


 同伴する女性は、一人いれば十分だ。


(無理にとは言わん。都合が付かないのなら――)


(――行く、絶対行く! 場所はどこ? すぐに準備するわ!)


 えーっと、裏カジノの付近に何か目印になるものは……っと、アレ・・だな。


(王都北部の『ル・グラン』という店の前だ。一応ドレスコードがあってな、適当に着飾って来い)


(えっ……えぇ、わかったわ!(ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待って……っ。ル・グランって言ったら、超高級ディナーのお店じゃない!? それに着飾って来いって……えっ、えっ、どうしよう……まさか告白!? そんなまだ心の準備が……ッ))


 ちょうど暇を持て余していたのか、ニアはかなり乗り気だった。


 いやぁよかったよかった。

 カジノは遊び場、どうせなら楽しまなきゃね。


(では、一時間後に落ち合おう)


(うん、楽しみにしてるわね)


 その後しばらくして、ボクがル・グランの前でぼんやり待っていると――前方から絶世の美少女ニア・レ・エインズワースが歩いてきた。


「ど、どう……かしら?」


 ニアはわずかに頬を赤く染め、気恥ずかしそうに小首を傾げる。

 彼女の装いは、シンプルな黒のIアイラインドレス。

 服の上からでもわかる暴力的な胸の膨らみ、ほっそりと引き締まった魅力的な腰つき、大きく露出した魅力的な肩のライン。

 髪をいあげているため、白くなまめかしいうなじが目を引く。


 はっきり言って、めちゃくちゃ似合っていた。


 ボクの中の『情欲』が、たけり狂って仕方がない。

 なんならもう裏カジノなんか放っておいて、このまま屋敷へ連れ帰りたくなった。


(ふぅー……鎮まれ鎮まれ……っ)


 これから大事な仕事がある。

 ヴァラン辺境伯の右腕ベラルタ・グノービスを絞り上げ、『とある情報』を吐かせるという、とてもとても大事な仕事だ。


(そうだよ、ニアをお持ち帰りするのは、別にその後からでも遅くな……って違う違う違う!)


 平時の思考まで乗っ取られ掛けたボクは、彼女のあまりに魅力的な姿を目にしないよう、視線を明後日あさっての方角へ向けながら――『原作ホロウらしい』感想を口にする。


「……ふん、馬子まごにも衣裳いしょうだな」


「ふふっ、素直じゃないんだから」


 ニアはそう言って、とても嬉しそうに微笑んだ。


「それにしても、ちょっと意外だったわ。まさかあなたに誘ってもらえるだなんて」


「迷惑だったか?」


「うぅん、嬉しい」


 彼女は大輪の花が咲いたように微笑む。


(……さすがはヒロイン、やっぱりめちゃくちゃ可愛いな)


 その後、ボクはニアを連れて正面の建物の階段を下り、超高級ディナー店として有名なル・グラン――の地下へ進む。


「……んっ……?」


 不思議そうに小首を傾げるニアへ、蝶をした仮面をプレゼントする。


「こいつを顔に付けておけ」


「……なに、これ……?」


 彼女は小首を傾げながらも、大人しくボクの言うことに従った。


 そのままカツカツカツと薄暗い階段を下りていくと、ほのかに揺れる蠟燭ろうそくの光が見えてきた。


(ふむ、ここだな)


 最下層には大きな鉄の扉があり、それを守るように屈強な男が立っていた。

 彼はこちらへジロリと視線を向け、古い太刀傷の走った口を開く。


「……入場許可証ふだは?」


「ここだ」


 奴隷商グリモアで手に入れた、漆黒のカードを渡す。

 男は入場許可証の表面に魔力をかざし、きちんと砂時計が浮かび上がることを――本物であることを確認したうえで、こちらへスッと返却した。 


「どうぞ」


 ボクたちを『正規の客』と認識した彼は、ぶっきらぼうにそう言うと、鉄製の扉をギィと開ける。


 遠慮なく中へ入って行き、薄暗い廊下を進むとそこには――きらびやかな『賭けの世界』が広がっていた。

 ポーカー・バカラ・ブラックジャック・ルーレット・ダーツ・チェスなどなど、様々な遊戯がかなりの高レートで行われている。


「ね、ねぇホロウ……ここって違法なカジノなんじゃ……?」


「見ての通り、『裏カジノ』だ」


「……高級ディナーはどこ? もしかしてこれ、デートじゃない……?」


「お前、たまにわけのわからないことを言うよな」


「うぅ、そうよね……。あのホロウが告白なんて、高級ディナーのお誘いなんて、あり得ないわよね……っ」


 ニアは何やらブツブツと呟きながら、がっくりと肩を落とした。

 どうやら裏カジノは、あまりお気に召さなかったらしい。

 まぁここまで来たのだから、付き合ってもらわないと困る。


 ちなみに原作ロンゾルキアは、中世ヨーロッパの世界観を参考に作られており、酒も賭博も十五歳からオーケーだ。

 と言ってもここは、王国の認可を得ていない『裏カジノ』だから、普通にアウトなんだけどね。


(さて、チップは……っと、あそこだな)


 ボクは前方の交換所へ向かい、


「おい、これを全部チップにえてくれ」


 金貨のパンパンに詰まった革袋を三つ、カウンターにドサリと置いた。


 だいたい3000万ゴルドぐらいかな?

 一夜の遊びには、いささか過ぎた額だ。


「しょ、少々お待ちくださいッ!」


 受付の男はゴクリと唾を呑み、無作為に抽出した金貨をはかりに乗せ、それが本物であることをしっかりと確認。

 それから少しして、山のような大量のチップが用意された。

 確かここのレートは『1チップ=10000ゴルド』のはずだから、3000枚ほどあるはずだ。


「こちらは私がお運びいたしますので、お客様はどうぞお好きなご遊戯へ」


 受付の男はそう言いながら、チップの乗った専用の台車を押す。

 どうやら同行してもらえるらしい、楽で助かるね。


「ふむ……とりあえず、アレ・・でいいか」


 軽く遊戯場全体を見回し、ルーレットを選んだ。

 おそらくこれが、一番手っ取り早く『目的』を達成できるだろう。

 適当に空いた席へ腰を下ろすと、ニアは左隣にポスリと座った。


(まぁ最初だし、こんなところかな)


 台車に乗せられた50枚のチップを『25番』に賭けた。


(一回のゲームで50チップ=50万ゴルド……。我ながらけっこう張ってるね)


 ボクがそんなことを考えていると、右隣にいた陽気な小太りの男が感嘆の声をあげる。


「ほほぉーっ。いきなり一点掛けストレートアップの50枚とは、えらく気前がよろしいですなぁ!」


「ふっ、ヒリ付く勝負がしたくてな」


「なるほどなるほど、これは楽しい場になりそうだ!」


 彼はそう言いながら、11番を中心に合計9枚のチップを花弁のように並べた。

 所謂いわゆる『フラワーベット法』と呼ばれる、『ミドルリスク・ハイリターン』の賭け方だね。


 その後――ボクはひたすらに負けた。

 負けて負けて負けて負けて、ただただチップを失い続けた。


「ねぇホロウ、随分と負けがこんでるけど……大丈夫なの……?」


「問題ない、どんどん溶かしていくぞ」


「え、えぇー……っ」


 それからさらに三ゲーム負けて、手持ちのチップを半分ほどに減らしたところで、ガシガシと後頭部をく。


「ふむ、参ったな。どうやら今日は、あまりツキがないらしい」


「ははっ、そういう夜もございましょう。いやしかし、豪快な賭けっぷりだ。見ていて気持ちがいい」


 右隣の陽気な男は、楽しそうに笑った。

 ちなみに彼は、勝ったり負けたりを繰り返しており、収支は『トントン』か『やや負け』ってところだろう。


「ふふっ、そうか? では、もっと面白いモノを見せてやろう」


 ボクは台車のチップを全て『1番』に乗せた。


「ここらで一つ大勝負だ。手持ちを全て1番に賭けよう。これで勝てば、今までの負けは帳消し――いや、大きく勝ち越すな」


「ほっ、ほほほほ……! いや、素晴らしい! あなたこそ、まことのギャンブラーだ!」


 小太りの男は手を叩いて喜び、


「おいおい、いくらなんだアレ……っ」


「ひーふーみーよー……だいたい1500万ゴルドってところか?」


「はぁ!? ルーレットの1ゲームに賭ける額じゃねぇぞ!? いったいどこの大貴族様だ!?」


 周囲の客たちも、にわかに騒がしくなった。

 いい具合に場が盛り上がったところで、ディーラーが心苦しそうに頭を下げる。


「お客様、大変申し訳ございません。こちらのテーブルでは、『マキシマムベット』は300枚が上限となっておりまして……」


「むっ、そうなのか? なるほど、ルールとあらば仕方あるまいな。いやしかし残念だ。せっかく場も盛り上がっているというのに……」


 ボクが意気消沈したフリをして、がっくり両肩を落とすと――奥の方から、黒服のスキンヘッドがやってきた。


「お客様、もしよろしければ、『VIPルーム』へご案内いたしましょうか?」


「VIPルーム……?」


「はい。そこではこの一般ルームよりも、遥かに高レートでお遊びいただけます。また、『VIP限定の特別な催し』も開かれており、『刺激的で非現実的な体験』をご用意しております」


「ほぅ、そんなものがあるのか。面白い、是非案内してくれ」


「承知いたしました。では、どうぞこちらへ」


 ……ふふふっ、食い付いた食い付いた!

 ボクを『カモ』だと勘違いしたハイエナが、気持ちいいぐらいに釣れたぞ!


 キミたちが食われる側なのにね。

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