Conversation

情報提供 この論点はそちらでも使えるかと思うので共有します。  福永弁護士は「SLAPP訴訟は日本の司法では法的に採用されていない」として、提訴行為が違法となるのは「事実的・法律的根拠が明らかに欠如し、それを知りながら敢えて訴えた場合に限る」とする最高裁の判例(平成元年4月25日)を根拠に、提訴の動機には触れないべきだと主張しています。 確かに、現行の日本法上、「SLAPP訴訟」という概念が明文化されているわけではありません。しかし、それはSLAPPが存在しないことや、その悪質性が看過されてよいことを意味しません。 SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)とは、企業や政党など「力のある側」が、市民の言論活動を封じる目的で起こす“戦略的な訴訟”のことです。たとえ法的主張に一定の根拠があるように見えても、その本質が「萎縮効果を狙った恫喝」である以上、民主主義社会において強く警戒されるべきです。 特に、市民がSNSなどで疑問を呈したことに対して、圧倒的な資金力や知名度を持つ政党が刑事告訴や民事訴訟で応じた場合、それがどれほどの萎縮効果をもたらすかは想像に難くありません。裁判の勝ち負けに関係なく、法廷に引きずり出された時点で、市民は •弁護士費用 •精神的負担 •社会的信用のリスク といった高い代償を払うことになります。 福永弁護士は「法的根拠が多少あれば、目的が報復であっても違法ではない」と述べますが、まさにそこに現行法の限界があり、立法上の検討課題があるのです。アメリカなどでは既にSLAPP訴訟を制限する法律が存在し、日本でも近年、学術的・社会的な関心が高まっています。 だからこそ、私たちは「SLAPP訴訟は違法か否か」という形式論にとどまらず、それがもたらす民主主義への構造的脅威に目を向ける必要があると私は考えています。