世界的にも際立つ「超少子化」と急速な高齢化に直面する韓国。少子化の影響は北朝鮮の脅威に対峙する韓国軍の兵力にも及び、規模の維持が難しくなっている状況に安全保障への懸念を深める声が上がる。
韓国政府は少子化対策に巨額の予算を投じてきたが見合った効果は出ておらず、専門家は政府の姿勢への批判や認識のずれを指摘する。少子化という同じ問題を抱える隣国として、韓国の現状をどう見たらいいのか。現場を歩いた。(敬称略、共同通信編集委員・佐藤大介)
▽「自分の兵役期間中に、同期の女性はキャリアアップした」
昨年11月、名門ソウル大のキャンパスで、化学を専攻する3年生の朴哲秀(パクチョルス)(22)=仮名=は、苦々しそうに口元をゆがめた。「同期入学の女性が大学院に進み、教授の補佐役として授業をする側になっていた。自分は勉強をする時間もなかったのに、女性だけがキャリアを積んでいくのは不公平だ」。朴は1年半の兵役を終え、10月に復学したばかりだった。
韓国では男性の兵役が憲法で定められ、18~21カ月の軍務に服さなくてはならない。かつてより期間は短縮されたが、学業が中断し就職が遅れるなど、男性たちの不満は大きい。
兵役の義務について、朴は「男性は軍隊に行って国を守り、女性は出産をして人口を増やすという、社会に根付く役割分担の考えに基づいている」と感じる。「そうであるならば、子どもを産まない女性には軍隊に行く義務を課すべきだ。今のままでは、男性だけが不利益を被っている」。朴は、語気を強めてそう話した。
韓国軍は約50万人の兵力を有しているが、その規模を維持するためには毎年約20万人を新たに入隊させる必要があるとされている。だが、少子化が進む中では「実現不可能な数字」(韓国政府関係者)で、兵力は2039年に40万人を割り込み、40年には36万人の水準になるとの分析もある。
▽韓国社会を分断する、女性兵役をめぐる声
「兵士の減少は、韓国軍にとっての新たな敵だ」。会社員の男性、李憲元(イホンウォン)(42)は、北朝鮮の脅威を理由に、安全保障上の懸念を深める。李は「政治的には中道の立場」としながらも、兵力確保のため「女性の兵役義務について真剣に検討する時期にきている」と話す。
こうした意見は若い男性を中心に韓国社会で広まっており、2021年4月には大統領府のウェブサイトに「女性も徴兵の対象に含めてください」というタイトルの請願が掲載され、29万人以上が賛同した。
これに対し、自営業の女性、明永熙(ミョンヨンヒ)(32)は、女性に兵役の義務を課すべきだとの意見について「女性への敵意しか感じない」と警戒心をあらわにする。「兵役のあり方を考え直すのが先で、男性中心の文化が根強い軍隊に女性を無理やり行かせても、衝突や混乱が起きるだけではないか」
日韓の少子化問題を研究し、韓国に15年住んだ経験もある茨城大講師の笹野美佐恵(ささの・みさえ)(44)は「出産は個人の選択であり、国家が兵役を義務として押し付けるべきものではない」と、義務化の議論に否定的な見解を示し、こう続けた。「まずは男女が平等な権利を享受できる環境を整えるべきだ」
▽市議会議員推奨、妊娠しやすくなるダンス?
女性たちが音楽に合わせ、腕を上下や左右に振りながら体をねじり、腰を前後に動かす。「引き締めダンス」を推奨したソウル市議会議員の金容鎬(キムヨンホ)(64)が「骨盤と子宮が鍛えられ、妊娠しやすくなる」とし、少子化対策に効果があると発言したことが韓国メディアで伝えられると、ネット上などで「出産は女性だけの問題なのか」といった批判が湧き起こった。
ダンスと体操を意味する韓国語を組み合わせた「デンジョ」という造語の付けられた引き締めダンスは、ソウル市が予算を支出して普及を図り、2023年11月に同市中心部の広場で発表されていた。
金は「少子化問題を解決するにはさまざまな政策が必要だが、ダンスは健康な子どもを産むための後押しになる」と話し、批判には「ゆがんだ部分がある」と不満げだ。だが保健福祉相は、健康増進への功績があったとして、金に賞を贈った。韓国紙の女性記者は「受賞は、韓国政府が見当違いの少子化対策を進めてきたことの表れだ」と不快感を隠さない。
▽「若者の将来に無関心な国で、子どもを産みたくない」
韓国政府は、労働力人口が減少し、国際的な競争力の低下につながるとの危機感から、歴代政権が少子化を重要課題と位置づけてきた。2005年には「低出産・高齢社会基本法」が制定され、2006~23年の間に投じた少子化対策関連の予算は、累計で約380兆ウォン(約40兆円)に上る。
巨額の予算をかけながら、なぜ目立った効果が表れないのか。韓国・翰林(ハルリム)大教授の申京雅(シンギョンア)は「各省庁から事業を寄せ集めて少子化対策としたが、青少年のゲーム依存予防など、少子化とは直接関係のないものも少なくなかった」とし、政府が真剣に対策を行ってこなかったと批判する。
2022年には教育省が、小学校の就学年齢を1歳引き下げて満5歳にする構想を打ち出した。社会に出る時期を早めることで、少子化や晩婚化にブレーキをかける狙いがあったが、批判を浴びて撤回に追い込まれた。申は「政策を作るのは50代以上の男性が中心で、出産と育児の当事者である若者の考えを反映していない」と、政府の認識のずれを指摘する。
韓国では昨年12月に大統領の尹錫悦(ユンソンニョル)が「非常戒厳」を出したことを巡り、尹が国会で弾劾され、内乱容疑で逮捕されるなど、政治の混乱が続いている。今春に結婚を予定している会社員、鄭敬姫(チョンギョンヒ)(34)は、嘆息交じりにこう話した。「政治家は権力争いに熱心だけど、若者の将来には無関心だ。そんな国で、子どもを産んで育てたいとは思えない」
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