作:生まれてきてくれてありがとう
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──あの朽ちた城門の先に広がっていたのは、想像なんて生ぬるいもんじゃ語れねぇ、“現実の終末”だった。
崩れかけた石造りの回廊。
足元では床板が軋み、ひび割れた窓からは容赦なく風が吹き込んでくる。
もはや装飾とは呼べないほど色褪せたカーテンが、鈍く揺れていた。
埃と血と鉄錆の混ざった空気が、肺の奥をひりつかせる。
一歩進むたび、靴裏に何かがこびりつくような、生温い嫌な感触があって。
──戦場の“なれの果て”。
その言葉が、ぴたりと嵌まった。
転がっているのは、砕けた盾。折れた槍。刃こぼれした剣。
それらはもう道具じゃない。ただの亡骸だ。
石畳にこびりついた褪せた血痕は、誰にも看取られず、誰にも祈られず、ただ黙ってそこに沈んでいた。
ここは、本来──人が暮らしていたはずの場所。
なのに、“生”の気配なんて、これっぽっちも残っていやしねぇ。
まるで、空間そのものが“死”に馴染んでしまっているような……そんな、静かすぎる終焉の気配だった。
「…………」
言葉なんて出るわけがなかった。
ただ、俺の足音だけが、無慈悲に石の廊下に反響する。
先を行く二人の少女に導かれるまま、俺は何も言わずについていく。
苔に覆われた石壁。風化しかけた燭台。
揺れる灯りが、廊下の奥に奇怪な影を落としていた。
まるで、死者の背骨をなぞるような道だ──と、どこかで思った。
やがて、眼前に現れたのは、鈍く光る重厚な鉄扉。
黒の少女が、一言も発することなく、淡々と手を伸ばす。
──ギギギ、と鉄が擦れる音を残して、それはゆっくりと開かれた。
その先にあったのは──
広間。けれど、その広さに見合う活気などどこにもなくて。
あるのは、ただただ空虚な空間。
……いや、抜け殻と呼ぶべきか。
軍議室と呼ぶには、あまりにも荒れすぎている。
栄誉も格式も失われ、ただ戦うためだけの場所に成り果てた空間。
中央に据えられた円卓は、無骨な木製の造りだった。
だが、そいつの天板は深く抉れ、乾いた血の痕がそこかしこにこびりついている。
誰かが怒りに任せて拳を叩きつけたのか。
あるいは──命の最後に、崩れ落ちる身体を預けたのか。
天井も、壁も、黙り込んだままだ。
けれどその沈黙は、まるで語ることすら拒んでいるかのようで。
すべてを見届けた者だけが持つ、重さと静寂に満ちていた。
円卓を囲んでいたのは、十数人の兵士たち。
顔立ちに幼さが残る奴もいる。
下手すりゃ、まだ成人に届いてねぇような少年まで混じってた。
──けれど、その瞳には。
年相応の光なんざ、ひとかけらも宿っていやしなかった。
怒りも、誇りも、恐れすらも──とうの昔に置き去りにしてきたような、深い、深い眼差し。
瞳の奥に沈んでいたのは、“諦念”。
希望でも絶望でもない、終わりだけを見据えた、澱のような静けさ。
塗り潰された漆黒の感情。
誰かに救いを求めるでもなく、ただ……受け入れていた。
オラリオでも見た。
【闇派閥】が跋扈し、日常が崩れ、命が軽くなる音が日常に変わっていく中で──生きるために“死”へ慣れていった奴らの、あの目。
「…………」
……俺だって。
何も変われてなきゃ──いずれ、同じ目をしてたかもしれねぇ。
だが──
こいつらの目は、それすら通り越していた。
ただ諦めてるんじゃねぇ。
もう、終わりまで全部飲み込んじまってる。そんな目だ。
もっと深く、もっと静かに──
まるで地の底に沈んだ湖のように、波ひとつ立たない絶望。
分かってんだ。
いつかじゃない。そう遠くねぇうちに、自分たちは確実に死ぬってことを。
(……こいつら、腹ァ括ってやがる。誰にも見られなくたって、泣かなくたって、覚悟だけは確かにそこにある)
泣かねぇ。叫ばねぇ。助けなんか求めもしねぇ。
祈りも、希望も、もうとっくにどこかへ置いてきた。
ただ、黙って。
静かに──死を受け入れている。
それはきっと、“命を賭ける”なんて言葉じゃ追いつかない領域だ。
名も、称賛も、誰の記憶にも残らなくていい。
ただ、戦場に咲いて。音もなく、散っていく。
──無名の英雄たちの、眼差しだった。
……何も、言えなかった。
この世界の構造だとか、歴史だとか、俺は何ひとつ知らねぇ。
けどな──この空気だけは、確かに肌が覚えていた。
これは、戦場の前夜だ。
剣はまだ鞘に納まっている。
血も、怒号も、悲鳴すらまだ上がっちゃいない。
けれど、それでも──この場には確かに、“死”の気配があった。
目には映らねぇのに、やたらリアルで、やたら濃厚な空気。
鼻の奥に纏わりついて、肺の奥まで染みこんでくる。
まるで、空間そのものが命の終わりを囁いているみてぇに。
張りつめた沈黙の中、誰もが口を閉ざし、身じろぎすらせずにいるそのとき──
「──失礼します。では、始めますね」
澄んだ声が、沈黙をひと筋に裂いた。
銀の少女──エリーが、音もなく前へと歩み出る。
つい先ほどまで見せていた柔らかな微笑は、今はもうどこにもない。
代わりにそこにあるのは、覚悟を内に宿した凛とした表情。
指先が軍服の襟元を丁寧に整える。
その一連の動作すら、どこか舞台の幕開けを感じさせて──けれど、これから始まるのは芝居じゃない。
名もなき兵士たちが命を懸けて挑む、現実の終焉だ。
「皆さん、改めて──ご苦労様です」
その声は静かに、だが確実に軍議室へと染み渡っていく。
「現在、この拠点における生存兵士は二十六名。そのうち、戦闘継続が可能と判断される者は、十八名です」
「…………あ?」
その報告は、あまりにも淡々としていた。
けれど、その“軽さ”が逆に重かった。
二十にも満たないその数字が、無慈悲な現実を容赦なく突きつけてくる。
空気が、ひときわ強く凍りついた気がした。
そして、思う。
──たった、それだけ、だと?
「……おい、待てよ」
気づけば、声が漏れていた。
誰に向けたわけでもない。けれど、止まらなかった。
「ここ……“拠点”なんだよな? この城一つが、それだけの人数で守られてるってのか……? 本気で……そう、言ってんのか……?」
「…………」
問いかけに、誰も返さない。
返せるはずがなかった。
この場にいる全員が、その現実を何度も噛み潰してきた。
砕き、飲み下し、胃の底に沈め──痛みすら、もう感じなくなった連中ばかりだった。
重たい沈黙が、ずしりと場に降り積もる。
「“拠点”というよりは……最後の“避難所”です」
エリーが答えた。
淡々と、けれど揺るがぬ声音で。
その一言が、この場の意味を──絶望の深さを、容赦なく突きつける。
「ここは、始まりの森──ミルュクヴィズに築かれた、人類最後の砦。……いえ、“かろうじて人類が留まれているだけの最終地点”です」
その語り口に、希望や慰めといった類のものは一切なかった。
あまりにも静かに、あまりにも当然のように。
まるで、涙を流す価値すら失われた世界の現状報告。
「周囲の都市や要塞はすでに壊滅。王都も堕ち、貴族たちも散り散り。王も、軍も……ほとんど残っていません。国という形すら、もう名ばかりのものになっています」
その声に激情はない。
けれど、言葉は刃だった。
凍てついた刃先が、皮膚を裂くように、静かに、確実に胸へ突き立ってくる。
「退路は断たれました。撤退も、補給も、援軍もありません。残されているのは、この地で戦い、そして──終わらせるという選択肢だけ」
言い終えた瞬間、室内の空気が一段深く沈み込んだような気がした。
まるでこの空間そのものが、重力を増したような──そんな錯覚すら覚える。
「……だからこそ」
少女が一歩、踏み出す。
その足音すら、やけに響いた。
声音には、驚くほどの澄みきった静けさ。
怯えも、怒りも、迷いも──何一つ、そこには宿っていない。
ただ一つ。
“言葉を紡ぐ者”としての使命と覚悟だけが、凛と、その身体に宿っていた。
「明日、私たちは討伐隊を出撃させます。可能な限りの──全戦力を、投入して」
その語尾は淡々としていて、それでいて、揺るぎがなかった。
刃のように、静かに、鋭く。迷いという余地を一切許さぬ断言。
「目的は、ただ一つ。遥か彼方に君臨する“魔王”の討伐──そして、“人類の生存権”、その奪還です」
──その瞬間だった。
胸の奥で、何かが“軋んだ”。
軋んで、きしんで、ひび割れそうになるほどの感情のうねり。
熱いのか、冷たいのか──そんなのすら分からない。
ただ、濁流のように濃く黒く、ぐるぐると渦を巻く、正体不明の感情が内側を荒れ狂っていた。
(……何を、抜かしてやがる)
勝てるかどうか──そんな次元じゃねぇ。
そもそも、これは“戦い”ですらない。
“生存権の奪還”? “魔王とやらの討伐”? ……何を、どの口が言ってやがる。
違う。断じて、違う。
これはもう、戦争じゃねぇ。抗争でも、反撃でもない。
──ただの、“終末”だ。
この世界を、静かに、確実に終わらせるための……全員で迎える“最期”の、儀式に過ぎねぇ。
あまりに静かで。あまりに無慈悲で。
絶望そのものの言葉に、俺の中の何かが凍りつく。
理解が、追いつかなかった。
いや──理解したくなかった。
本能が、拒絶していた。この現実を。
気がつけば──睨みつけていた。あの銀髪の少女を。
透き通る声で、まるで機械みてぇに命を数字に換えて語る彼女を。
意味の通らない単語を並べて、仲間を、戦力を、死地に送り込もうとしているその姿を。
……本当に、それが“正しさ”だとでも思ってるのか?
この状況で、それが正解だと、誰に言えるんだ?
喉まで出かけた問いを、寸前で飲み込んだ、そのとき。
──ふと、気づいた。
彼女の瞳の奥。そこにある、ほんの僅かな揺らぎを。
見逃してもおかしくなかった。
否、見逃した方がきっと楽だった。
けれど、俺の目は、確かに捉えていた。
それは──悔しさ。悲しさ。
そして、何よりも深い、どうしようもない諦め。
それでも、彼女は崩れなかった。
ただ、立ち続けていた。
まるで、それが唯一の答えであるかのように。
崩れた瞬間に、すべてが終わると知っているから。
自分が膝をついたが最後、この“最後の場”が音を立てて瓦解すると、心の奥底で理解しているから。
だからこそ──崩れない。
いや、“崩せない”のだ。
その姿が、あまりにも眩しかった。
だからだろう。
俺の中で張りつめていた何かが、ゆっくりと、軋む音を立ててほどけていった。
ずっと握りしめていた拳から力が抜け、肩が勝手に落ちていく。
膝裏に、ずしりと重さがのしかかる。
(……冗談、じゃねぇのかよ)
吐き捨てたい。喉の奥から、こみあげてくる理不尽への怒りをぶつけたかった。
けれど──笑う奴はいなかった。
誰一人、いなかった。
真顔で、黙ったまま。
視線すら逸らさず、誰もが“ここ”を、真正面から受け止めていた。
そうか。そういうことか。
──これは夢じゃない。
悪い冗談でも、悲劇の演劇でもない。
これが現実だ。
重くて、鈍くて、乾いた喉の奥を刺すように苦い──最悪の現実。
そしてこの軍議室には、まるで未来という概念だけを締め出されたかのような。
鈍く、重く、濃密な沈黙が、ぬめるように染みついていた。
誰も声を上げない。
誰も、席を立とうとはしない。
だが、それでも──誰ひとりとして、背を向ける者もいなかった。
……いや、違う。
もしかしたら、もう“選べない”のかもしれない。
戦うことも、逃げることも、祈ることすらも。
何もかもが手遅れで、選択という言葉すら過去に置き去られてしまったのかもしれない。
これは勇気か。
諦めか。
それとも──死に場所を探し続けた者たちの、静かな終着か。
部屋の空気は、ひたすらに張り詰め、どこまでも無音のまま、染み渡るように満ちていく。
「…………」
そのときだった。
呼吸のリズムがふいに乱れた。
自分でも理由はわからなかったが、無意識に、顔を横へと向けていた。
──そして、視界に捉えた。
あの黒き少女が、そこにいて。
銀の少女が指揮官と呼んだ、寡黙なる存在。
彼女は、俺を──ただ、じっと見据えていた。
まるで、沈黙そのものを象ったかのような双眸で。
語らず、責めず、導かず。
けれど、その瞳には確かに、問いが刻まれていた。
氷刃のように冷たく、容赦なく、真っ直ぐに、俺を射抜いてくる。
──お前は、どうする?
この、終わりかけた世界で。
帰り道すら用意されていない討伐隊の列に並んでまで、その命を……何に、賭けるつもりなのか。
言葉なんか必要なかった。
その無音の視線が、すべてを語っていた。
感情の揺らぎひとつ見せず、ただ凪のように静かなその顔。
だからこそ、逆に容赦がなかった。
選択肢なんて、とうに潰えたこの地で──それでも「選べ」と、問いを突きつけてくる。
その眼差しは、正解も慰めも持たない。
けれど、確かに……俺に意思を問うていた。
だが──応えられなかった。
言葉にならねぇ。
喉の奥に引っかかって、出てこねぇ。
ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
……けれど、それでも──理解はしていた。
ここは、もう“あの街”じゃない。
神もいない。仲間もいない。
あの、くだらなくて愛しい日常さえ……跡形もなく失われていた。
この空間が、俺のいた世界とは根本から異なること。
そして──俺は今、この瞬間、問答無用で巻き込まれたことを。
抗う猶予もなく。選ぶ権利もなく。
終焉へと突き進む、この絶望の戦いに。
帰り道のない、地獄の最前線に。
そして──
この逃げ場のない“死地”の、その先に待つ──“何か”へと。
【モルド:戦士タイプ】
体力 100
攻撃力 100
移動速度 0.001
攻撃速度 0.001
スタミナ 10
成長速度 115% (さくらんぼ×15)
【ユー:戦士タイプ】
『守護者の剣 Lv.48 』(攻撃力+480%)
『グラム Lv.4 』(攻撃力+200%)
『守護者の鎧 Lv.63 』(最大HP+630%)
『キュイラス Lv.11 』(最大HP+1100%)
『ファントムブレード Lv.3 』(攻撃速度+9%)
『セブンリーグブーツ Lv.3 』(移動速度+9%)
『ククルカンの宝玉 Lv.1 』(メテオ威力+10%)
『肉×18』
『魚×18』
『野草×25』
『澄んだ水×13』
『野キノコ×10』
『イチゴ×9』
『ブドウ×11』
『空のボトル×18』
『キャベツ×12』
『トマト×12』