今回のナプキン問題について
今回の投稿で端を発したのは27歳の県議であり、 一定の発信力も影響力もある方だと思います。
それをもってして、「声の小さな一般市民の意見ではない」的なコメも見受けられます。
でも大切なのは、「誰が言ったか」ではなく、
「誰の声を代弁しているか」ではないでしょうか。
議員は、まさに「代議士」なので、代弁が主要な責務ですから。
実際に、生理用品が買えない・持ち歩けない・相談できない――
そうした声は、各地の自治体や福祉現場で繰り返しあがっています。
今回の発信は、そうした“声の小さな人たち”の存在を社会に可視化し、
「公共がどこまで支えるべきか」を問い直すきっかけになったのです。
本人の属性を取り上げて「あなたは弱者じゃない」と言うことは、
その発信の背後にある困難の実態を、
結果的に無視することになりかねません。
政治家が、声を上げられない人の代わりに語ること。
それが、制度を変えるための“橋渡し”になるのではないでしょうか。
また、興味深いのは、 男性トイレにサニタリーボックスが設置されると、
「衛生的になって良いこと」「社会の進歩」と受け止められるのに、
女性トイレにナプキンを置く話になると、
「自己責任だ」「備えが足りない」「議員のパフォーマンス」などと、
一転して厳しい視線が注がれるということです。
どちらも、“予測しにくい身体の困難”に対して、
社会が衛生と尊厳を支える仕組みをつくる話のはずなのに、
なぜ、反応がこんなにも違うのでしょうか。
わたしは、「誰の困難に共感するか」が、
無意識のうちに選別されてしまうこの構造こそ、
政治の問い直しの出発点だと感じています。