ポケットモンスター in オラリオ


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作:ニャース
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17 幼女、催眠術を掛けられる


今回は短め。
代わりに次話は早めにお届けします。


 

 幼い少女が鼻の大きな黄色いポケモンに、振り子で催眠術を掛けられていた。

 

 左右に揺れる振り子をぼんやりと眺め、次第に瞼がゆっくりと閉じられていく。

 とうとう意識を完全に現実から夢の世界へと(いざな)われていた。

 

 このポケモン、名前をスリーパーという。

 相手に催眠術を掛けてその夢を食べる習性があり、かつて子供に催眠術を掛けて連れ去る事件を起こしたこともあるポケモンだ。

 

 そんなポケモンが、幼女といっても過言ではない少女に催眠術を掛けている。

 

 事案であった。

 

「…………おとうさん、おかあさん。やっと会えた……」

 

 両親の夢を見ているのか、少女が涙を流しながらその名を小さな声で呼ぶ。

 それを見てスリーパーは満足そうに細い目付きを更に細めた。

 

 まごうことなき事案であった。

 

「いいよ、スリーパー。いつ見ても鮮やかな『さいみんじゅつ』だ」

「ぱあぽーぽー」

 

 少女を眠らせるよう指示を出していたスリーパーのトレーナーが、見事な技を褒め称える。

 何てことはないとスリーパーは振り子を持っていない指を振って見せた。

 

「ふふっ、これで下準備は整ったね」

 

 フィン達に頭を下げさせてまで、オラリオの住人に受け入れてもらえるよう説得してもらったベルが、眠り続ける幼女を前にして嬉しそうに笑う。

 

 誰がどう見ても完全無欠の事案であった。

 

「……なんか傍目から見たら完全に犯罪行為なんだけど。これって逮捕した方がいいのかなあ?」

「いい!? な、何でですか!? 別に悪いことなんて一つもしてないですよ!?」

 

 全てを見ていたアーディが、犯罪者を見る目でベルを静かに糾弾した。慌ててベルが両手を振って無罪を主張する。

 

「あはは、冗談冗談。…………半分は」

「半分!? 半分だけですか!?」

「いいからいいから。それで、この子を催眠術で眠らせてどうするの?」

 

 例え自分を殺していたかもしれない少女でも、無法は許さないといわんばかりにアーディが厳しめの言葉を投げかける。

 別にベルのことを信じていない訳ではないのだが、やってることがやってることなので思わず声が固くなってしまうのも無理はないだろう。

 

 ベルとアーディがいる場所は、闇派閥(イヴィルス)の収容所の一つであった。昨日捕まえたばかりの兵や信者達をまとめて留置している。

 その中で一室を借り受け、何やら怪しげな処置をネイティオが『みらいよち』で見せた少女に施していた。

 

 ……いや、見た目は最悪だが、これでも心の治療の一環である。

 

 大事な人を失い自暴自棄になって闇派閥(イヴィルス)の信者になってしまった人を、どうにか心を救って更生できないかとベルは考えた。

 フィン達にその旨を話し許可を得た後、アーディがそれだったらと少女の治療を依頼したのが、この事案そのものの行為の経緯である。

 

 とはいえこれでもスリーパーによる『さいみんじゅつ』はれっきとした治療行為である。

 

 絵面は本当に最悪であるが。

 

 自覚が少しはあるのか、ベルは冷汗を流しながら治療の次の段階に移るため、いそいそと新たにポケモンを繰り出した。

 それはピンク色をした獏のようなポケモンだった。眠っているかのように瞳を閉じ、ふわふわと宙に浮いている。

 

「おおー、可愛い子だね」

 

 アーディは出てきたムシャーナを思わず撫でまわした。

 隣でスリーパーがオレは? という感じにじっと見つめてくる。

 

「え? その、えっと……味わいのある顔をしてるね!」

 

 褒めてるのか貶してるのかわからない返答に、スリーパーは拗ねてそっぽを向いてしまった。

 これにはアーディも苦笑いするしかなかった。

 

 ベルがスリーパーの肩を叩いて励ましつつも説明を始める。

 

「えっと、今からムシャーナにこの子を夢を食べてもらいます」

「夢を? せっかくスリーパーの力で両親の夢を見させてあげたのに、食べさせちゃうの?」

 

 アーディのいう通り、ベルは少女に両親の夢を見せてあげるようスリーパーに指示を出していた。

 せめて夢の中で会わせてあげているのかと思っていたアーディはベルの言葉に驚く。

 

「はい。実際に見るとわかりやすいかと思います。ムシャーナ、この子に『ゆめくい』」

 

 ムシャーナが待っていましたといわんばかりに少女の頭上に移動する。すると、少女からモヤモヤとした何かがムシャーナに吸い込まれていった。

 

 それをスリーパーが羨まし気に見つめている。「今夜僕の夢を食べていいから」とベルが約束すると、嬉しそうに振り子を大回転させた。

 

 しばらく少女の夢を吸っていたムシャーナだが、その内変化が訪れる。ムシャーナの鼻の上の濃い桃色の部分から、ピンク色の煙が流れ始めたのだ。

 

「え? なにこれ?」

 

 驚くアーディを余所にピンクの煙はどんどん排出され、やがて地面の一か所に集まり始める。ピンクの煙は形を変えていき、二人の人影を作り出す。

 すると突然煙が晴れ渡り、中から二人の人間が現れた。

 

 それは男女のヒューマンであり、女はどこか少女に似た面影を持っていた。

 

「いきなり煙が人になっちゃった!」

「いえ、本物の人じゃありません。ムシャーナが夢を食べた時に出す『ゆめのけむり』は、夢を現実化することができるんです。ただし、長くは持ちませんので――スリーパー」

「……ふっ」

 

 呼びかけられたスリーパーが、手の平を叩いて大きな音を出す。すると、今までぐっすり眠っていた少女がパチリと目を覚ました。

 

 状況を理解できないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。スリーパーを見て一瞬怯えた反応を見せたが、すぐにそれもなくなった。

 

 スリーパーの背後で彼女の両親が優しげな顔をして、少女を見つめていたからだ。

 

「おとうさん……おかあさん……?」

『ああ、そうだよ』

『こっちにいらっしゃい』

「……おとうさん!! おかあさん!!」

 

 少女はたまらず駆け出し、父と母に抱き着いた。

 泣きながら何度も何度も父と母を呼ぶ少女に、二人が優しく抱き寄せる。

 

「ベル君、心の治療をしてみるっていってたけど、こういうことだったんだね」

「はい。スリーパーにあの子の心を読んでもらったら、ご両親と死に目に会えなかったことが強い後悔として残っていました。なので夢を現実化したものでも実際に会えたら、少しでも生きる気持ちが湧いてくれないかと思いまして」

 

 そういってみせるものの、ベルの顔に自信はなかった。

 

 ベルは当然、カウンセラーなどではない。

 オレンジアカデミーでミモザ先生にスリーパーの医療的な催眠術のコツを教えてもらった事はあるが、心のケアまでは習ってはいない。

 

 医療系ファミリアのディアンケト・ファミリアで聖女と呼ばれるアミッドに相談し、今回の治療内容を相談して許可を得ているが、確実に成功するとはいわれていない。

 死を望む以上に悪化のしようがないので、成功の見込みがあるのならばやってみようというのが今回の経緯である。

 

 夢から現実化した両親と話している少女を、不安そうに見守るベルの手をアーディがぎゅっと握った。

 驚くベルに、アーディが優しく語りかける。

 

「大丈夫だよ。きっと上手くいく」

「そうだといいんですけど……」

「だってベル君がここまで手を尽くしてくれたんだもの。あの子の命が助かった時みたいに、今回だって……!」

 

 力強く励ますアーディに、ベルが照れて冗談をいう。

 

「さっきまで犯罪者みたいな扱いしていたのに?」

「それはその……見た目がねえ? 幼女に催眠掛けて笑ってるのはちょっと」

「ひどいなあ」

「ふふ、ごめんごめん。ていうかベル君、敬語外れてるね」

「……あっ! すみません、つい」

 

 謝るベルの手を握ったまま、アーディが嬉しそうに謝罪を否定する。

 

「ううん。そっちの方がずっといいよ。年もそんなに変わらないんだもの。ため口で話してくれると嬉しいな」

「……うん、わかったよアーディさん」

「さんもいらない」

「…………わかった、アーディ。これでいいかな?」

「うん、よろしい」

 

 そういってアーディは花が咲いたような、眩しい笑顔を浮かべた。

 

 間近でその笑顔を見たベルの顔が少しだけ赤く染まる。女友達も多く、女性に免疫もある方ではあるが、家族でない異性にここまで距離を詰められると流石に気恥ずかしさが勝った。

 

 ベルの心を揺らしたことも気づかず、アーディがベルの手をにぎにぎする。

 

「ちょっとは緊張がほぐれた?」

「……えっ? あ、うん! ほ、ほぐれたほぐれた!」

「そう。ならよかった。じゃあ、後は上手くいくことを一緒に祈ろう」

「はい。……じゃなくて、うん」

 

 そう言葉を締めくくると、二人は少女を見守った。

 

 目に微かに涙が浮かんでいるが、少女は嬉しそうに話をしている。大げさに身振り手振りで語る少女を、両親は穏やかな表情で見ていた。

 

 だが、奇跡のような邂逅も長くは続かなかった。

 

 少女の両親の姿がぶれ始めた。

 ゆめのけむりの効果が終わろうとしている。

 

「やだ! やだ! いかないで、おとうさん! おかあさん!」

 

 泣いてすがる少女を、消えかかった両親が微笑みながら諭す。

 

『いつだって、僕達は君の傍にいるよ』

『だから精一杯生きなさい。そして、幸せになってね』

 

 夢は願いを遺して、光の中に消えていった。

 

「うああ……ああああああああああああああ!!」

 

 両親が消え去った足元に縋りつき、少女が泣き喚く。大粒の涙が頬を伝い、なんの温もりもない固く冷たい地面を濡らした。

 

 アーディがベルと繋いだ手を放し、そっと少女を抱きしめる。

 暖かな体温を伝えて悲しみを解きほぐそうとするかのように、ただ黙って抱きしめ続けた。

 

 ベルもそれに倣うかのように少女に近づき、その頭を優しく撫でた。

 

 もちろん、それで少女の涙が簡単にとまるはずもない。

 

 泣いて泣いてひらすら泣いて、ようやく涙が涸れきって。

 少女は袖で涙をごしごしと拭った。

 

 その顔に悲しみはまだ深く残っていた。

 でも、もう死相は見当たらなかった。

 

「…………さみしい、さみしいよ。けど……わたし、がんばってみるよ。おとうさん、おかあさん」

 

 もう死を望まないであろう少女に、ベルとアーディは心底安心した様子で顔を見合わせ笑いあった。

 

 

 

 

 

 ……ちなみに始めから終わりまでずっと、外からひっきりなしに「キビキビー!!」というハイテンションな叫び声が微かに聞こえていたことを付け加えておく。

 

 同情の余地のある信者には優しくするが、暴虐の限りを尽くした兵に掛ける情けはなかった。




ガラルギャロップ(ベルリューに危機が訪れた予感がする……!)
リュー「ギャロップ、どうしたんですか? まるで泥棒猫でも見たかのような顔をして」
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