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作:生まれてきてくれてありがとう
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第9話 : 異変の始動


 

 静寂が、全てを覆っていた。

 

 空を塞ぐように伸びきった木々の枝葉。その隙間から、かすかに陽光が洩れ落ちている。光の筋が、まるで異物でも見るかのように、俺の肩に触れた。

 

 風が吹くたびに、梢が揺れ、葉擦れの音が耳をかすめる。一枚一枚の葉が擦れる、その微細な音ですら──妙に、鮮明に響いていて。

 

 ──気がつけば、俺はここにいた。

 

 あの木造の家も、騒がしい仲間の声も、ふざけた神の気配すらも、跡形もなく消え。

 

 まるで、世界の一枚。その“皮”だけがごっそりと剥がされて、別物になったような……そんな異様な感覚。

 

 視界も聴覚も、すべてがリアルすぎるのに──肝心の現実味が、どこにもない。

 

 ──なんだ、ここ。

 

 身体は確かにここにある。足も地を踏んでるし、息もできる。けど、心だけがどこかに置き去りにされたような感覚が、ずっと胸の奥をざわつかせていた。

 

 何かを失ったわけじゃない。けれど──何もかもが失われた後のような。

 

 焦燥とも、虚無ともつかない得体の知れない感情が、じわじわと肺を圧迫してくる。

 

 息を吐く。……だが、吐いたはずの呼気が空気に溶けていくようで、不安に駆られ、もう一度深く吸い込む。

 

 鼻先に、湿った草と土の匂い。遠くで聞こえるのは、どこか耳馴染みのない鳥の声。

 

 ──なのに、だ。

 

 胸の奥に、ひっかかる。

 

 どこか懐かしいような……忘れていた何かが、無理やり呼び起こされそうになるような……そんな気配。

 

 まるで、ずっと昔に──誰かと、この森を歩いたことがあるような。

 

 そんな馬鹿な、と理性では否定する。

 

 でも。

 

(……なんなんだよ、一体……)

 

 思考の輪郭が、じりじりと滲んでいく。目に映る木々の輪郭まで、どこか現実味が薄れていくような、そんな錯覚。

 

 俺は、ふっと息をついた。けれど──返ってきたのは、ただ風の音だけ。

 生ぬるい空気が喉を撫でる。無音のような静寂が、逆に耳を圧迫してくる。

 

 ──始まっている。

 

 理屈も証拠もない。けれど、確信だけが胸の奥を冷たく叩いていた。

 

「……取りあえず、ここ……どこだってんだ……?」

 

 誰に問いかけるでもなく、俺の口が勝手に漏らす。

 

 言葉はすぐさま空気に吸われ、返事なんて返ってくるはずもなくて。代わりに、頬を撫でたのは冷えた風。あまりにも無慈悲で、あまりにも静かだった。

 

 世界が──息を潜めて、俺を見ている。

 

 そんな、不気味な気配が背中を這った、そのときだった。

 

『対象の戦没英雄化を確認──【ステータス】を取得しました』

 

「…………は?」

 

 耳じゃない。けれど“聞こえた”。

 

 鼓膜を通ってきたわけでもないのに、脳に、いや──意識の深層に、無理やり押し込まれたみたいな『声』。

 

 音でも幻でもなく、まるで侵入されたような異物感。ぞわり、と背筋を何かが撫でた。嫌な汗が首筋をつたう。

 

 そして──

 

『あなたの体力が100上昇します』

『あなたの攻撃力が100上昇します』

『あなたの移動速度が0.001上昇します』

『あなたの攻撃速度が0.001上昇します』

『あなたのスタミナが10上昇します』

『あなたの成長速度が100%上昇します』

 

「………………」

 

 ……あ? 

 

 何だ今の、情報か? この場所がどこだか教えてんのか? いや、違う。そんな簡単な話じゃねぇ。

 

 言葉そのものは──確かに“聞こえていた”。

 

 誰かが喋ってる。意味のある言語として、確かに届いているはずなのに──

 

 “理解”が追いつかねぇ。

 

 耳では拾えてる。文節も、イントネーションも、異常にクリアだ。けど、脳が……拒絶してる。

 まるで、理解した瞬間に何かが壊れるって、本能がブレーキをかけてるみたいに。

 

 ──滲む。

 頭の奥で文字列が溶けて、崩れて、消えていく。

 夢の中の本みたいに、ページをめくるたび内容が塗り潰されていくあの感覚。

 

 けれど──それでも。

 

 意味は掴めなくても、影響だけは確実に身体に届いていた。

 

 筋肉がじんわりと熱を帯びてくる。

 骨の芯が、炭火のようにぽぅっと赤く灯るような──そんな錯覚。

 脈打つたび、知らない血が流れてるみたいだ。

 神経が研ぎ澄まされ、靭帯の一本一本まで命令が届いてる感覚。

 

(……おいおい……)

 

 これは明らかに、“強化”されてる。

 頭はついていかないのに、身体は……否応なく応えちまってる。

 

(……なんなんだ、本当に……)

 

 思わず、額に手を当てて頭を押さえる。

 視界の縁がじわりと波打ち、心臓の鼓動が耳の奥で雷のように鳴った。

 

 ──その時。

 

 ざり、と。

 

 草の葉が擦れた、微かすぎる異音。

 それだけで、空気の密度が変わったと察した。

 

 背後で、確かに“何か”が動いた。

 

「……ッ!?」

 

 考えるよりも前に、身体が跳ねる。

 

 反応なんてもんじゃねぇ。

 ほとんど条件反射だ。

 飛び退きざまに振り返る。

 

 ──そして、目に入った。

 

 明らかに“この世界の理”から外れている存在を。

 

 粘性のある黒と緑の塊。

 ぶよぶよと不定形に揺れ、時折ぶくりと泡を立てる不透明なゲル状の異物。

 腐臭すら漂わせながら、地を這うようにぬらり、と動く。

 

 ──だが、それだけなら、まだ怪物で済んだ。

 

 次の瞬間、“それ”は変形した。

 

 ぐにゃり、と表面が盛り上がり、ずるずると裂けるように開く。

 そこに現れたのは、肉の裂け目……否、“口”だ。

 構造も形状も理解の範疇を逸脱した、ただの裂傷にしか見えない捕食孔。

 

 ズル、ズチャ……と濡れた粘膜が蠢きながら、喉の奥で何かが擦れるような、

 ──獣とも人ともつかぬ、濁った呻きが漏れ出した。

 

 ダンジョンなんかじゃ……いやそれどころか、オラリオの外ですら見た事もねぇ化物。

 

 そして“それ”は、何かを溜めるように一瞬動きを止めてから──飛んだ。

 

『──ギュイェェェェェッッ!!』

 

 違う、跳躍じゃない! 飛散だ! 

 

 肉塊が四散し、弾けるように空中へ舞い上がる。

 だが、それは即座に一点へと収束し、濁流のごとく──こちらへ殺到してきた。

 

「っ、速ぇッ──!」

 

 逃げろ。いや、そんな思考すら追いつかなかった。

 

 身体が、先に動いた。

 

 飛び退く。

 地面を蹴った瞬間、足が想像以上に浮いた。

 空気の抵抗すら感じない。筋肉の出力が、直線的に運動に変換されていく。

 

 ──なんだ、この感覚は。

 

 空間を切り裂くように跳躍しながら、背後で粘体が地を抉る音。

 ほんの一瞬でも遅れていたら、今ごろ喰われてた。

 そう確信できるほどの、殺意の塊。

 

「……ッ!!」

 

 喉が勝手に震え、息が漏れる。

 

 けれど──妙だ。

 

 間に合わないと思った。

 意識が悲鳴を上げていたのに、身体は──先に動いた。

 

 重さがない。

 いや、重力を意識しないというべきか。

 跳躍の瞬間、地面を蹴った足が空気を裂き、軌道に乗った身体が、理想的な姿勢で着地する。

 

 肉体が意識を超え、僅かなズレを感じる程の完璧さ。

 

 まるで、鎧を脱ぎ捨てたかのような解放感。

 視界は鮮明になり、鼓動は昂り、全身が戦う準備を終えていた。

 

(……なんだよこれ。俺の体じゃねぇみたいだ……)

 

 困惑と興奮の間を漂いながら、俺はふと、腰の重みに気づく。

 

 ──剣だ。

 

 見覚えのない柄、光沢の鈍い刃。

 

 だが、手に取った瞬間、違和感は一切なかった。

 

 重さも、握りの感触も、刃の長さも──

 まるで何年、何十年と手にしてきた“愛剣”のように、異様なほど手に馴染んでいた。

 

「──ならよぉッ!」

 

 気づけば、腕が動いていた。

 意識も、理性も介在しない。

 それは訓練で染み込ませた動作じゃない。本能の、さらに奥にある衝動が、俺を突き動かしていた。

 

 一閃──

 

 風を裂いた。

 音が遅れる。視界が、白く閃いた。

 

 刃が触れた瞬間、手のひらに確かな感触が返ってくる。

 粘つくような抵抗を裂き、その奥に──確かに、ある。

 

 異形の中心──

 そこだけ、異質な硬さがあった。ぬらりと光る、球状の何か。

 

(……そこだ!)

 

 直感が、叫ぶ。

 あれが、この魔物の命だと。

 

 もはや躊躇などなかった。

 刃は、迷いなく振り下ろされる。

 

 寸分の狂いもなく──それを、穿った。

 

『────ッッ!!?』

 

 瞬間、ぴしゃりと何かが弾ける音。

 核が砕け、ゼリーのような肉塊が四散する。

 

 手応えが残ったまま、怪物は崩れ落ちた。

 

 その瞬間──

 

『さくらんぼを獲得しました』

『あなたの成長速度が101%上昇します』

 

「……はぁ?」

 

 また“それ”が来た。

 脳内に直接、無遠慮に叩き込まれる『声』。

 

 けれど、相変わらず内容がちっとも分からねぇ。

 単語は聞き取れる。音は意味を成してる。けど、それが理解に繋がらない。

 

 言葉というより、呪詛めいた記号の羅列。

 否応なく脳の奥に焼き付き、“何か”を強制的に押し込んでくる感覚。

 

「……一体、何を言ってやがる……」

 

 呻くように吐き出した声は、掠れていた。

 戸惑い、恐怖、反発……いろんな感情が胸の中でごちゃ混ぜになって、叫ぶように唇を震わせる。

 

 ──だが、

 

 それらすべてを黙らせるように、“体”が応えた。

 

 胸の奥が、じわりと灼けるように熱い。

 皮膚の下で血が泡立ち、肉がうごめき、骨が軋む。

 けれど、痛みはなかった。否、むしろ──快感だった。

 

 細胞が歓喜し、骨が跳ねる。

 視界の輪郭が異様なまでに鮮明になり、音が一つひとつ際立って聞こえる。

 

 まるで、自分の中身が、どこか別の“何か”とすり替わったかのような錯覚。

 

 いや──違う。

 

 これは、強化だ。

 変質でも、置換でもない。“進化”だ。

 

 昨日までの自分を脱ぎ捨て、

 なり損ねていた何者かに、ようやく触れたような……そんな、異様な昂揚。

 

 不快感は微塵もなかった。

 むしろ、妙に馴染んでいた。

 

 空っぽだった器に、ようやく何かが注がれていく感覚。

 冷えきった心に、そっと命が灯るような感覚。

 

 ……そうだ。これは。

 

 ずっと、どこかで飢えていた。

 渇き続けていた本能が、ようやく──息を吹き返したような。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、視線を落とす。

 

 重い感触の鉄の甲冑。

 肩の飾りには、赤い羽根が一本、無造作に挿し込まれていた。

 腕には木製──だが鉄の補強が施された丸盾。

 腰には、見慣れないが手入れの行き届いた長剣が吊るされている。

 

 ──まるで、どこかの正規兵のようだ。

 

 いや、違う。

 隣国(ラキア)──あの戦狂国家の歩兵隊。

 どこか、それを思わせるような装備だった。

 

「……なんだってんだよ」

 

 ぽつりと吐き出した言葉は、濡れた空気に呑まれて消えた。

 

 兜の隙間から顔を上げる。

 

 木々は鬱蒼と茂り、森はなお深く、終わりが見えない。

 湿った風が枝葉を撫で、どこか遠くで名も知らぬ鳥が鳴いていた。

 だというのに──どこか、死んだ世界のように静かで。

 

 さっき頭に響いた『声』の正体も分からない。

 襲ってきたあの化け物が何者だったのかも、見当すらつかない。

 

 仲間の姿も、神のふざけた仮面も、どこにもない。

 ここがどこなのか。いや、そもそも“いつ”なのかすら、分からなかった。

 

 ──けれど。

 

「…………」

 

 立ち止まったところで、何も変わらない。

 何も始まりもしない。

 

 胸の奥に、まだ熱が残っていた。

 さっき確かに、この身を満たしたあの奇妙な力。

 あれが何だったのかを知るには──前へ進むしかない。

 

「……行くか」

 

 誰にでもなく、己に言い聞かせるように呟いた。

 そして、一歩。もう一歩。

 

 深く、濃く、何も見えない森の奥へと。

 踏み出す足音だけが、静寂の中に刻まれていく。

 

 どこに辿り着くかなんて、分からない。

 何が待っているのかも、まるで見当がつかない。

 

 それでも……

 

 ──この先に、“何か”がある。

 

 そう信じた。

 いや、そう信じるしか、今の俺にはできなかった。

 

 だから俺は、進む。

 

 仲間もいない。地図もない。光も差さない。

 それでも、進む。

 

 この見知らぬ闇の中の、最果てへと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

『さくらんぼ×6 を獲得しました』

『あなたの成長速度が107%上昇します』

 

 

 


 

 

 

【モルド:戦士タイプ】

 体力 100

 攻撃力 100

 移動速度 0.001

 攻撃速度 0.001

 スタミナ 10

 成長速度 107% (さくらんぼ×7)

 

【ユー:戦士タイプ】

『守護者の剣 Lv.48 』(攻撃力+480%)

『グラム Lv.4 』(攻撃力+200%)

『守護者の鎧 Lv.63 』(最大HP+630%)

『キュイラス Lv.11 』(最大HP+1100%)

『ファントムブレード Lv.3 』(攻撃速度+9%)

『セブンリーグブーツ Lv.3 』(移動速度+9%)

『ククルカンの宝玉 Lv.1 』(メテオ威力+10%)

『肉×18』

『魚×18』

『野草×25』

『澄んだ水×13』

『野キノコ×10』

『イチゴ×9』

『ブドウ×11』

『空のボトル×18』

『キャベツ×12』

『トマト×12』

 

『ローグウィズデッド』略して『ログウィズ』。貴方は知っていますか?

  • 知ってるよ!
  • 知らないよ……
  • 絶賛周回中だよアホンダラ
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