作:生まれてきてくれてありがとう
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静寂が、全てを覆っていた。
空を塞ぐように伸びきった木々の枝葉。その隙間から、かすかに陽光が洩れ落ちている。光の筋が、まるで異物でも見るかのように、俺の肩に触れた。
風が吹くたびに、梢が揺れ、葉擦れの音が耳をかすめる。一枚一枚の葉が擦れる、その微細な音ですら──妙に、鮮明に響いていて。
──気がつけば、俺はここにいた。
あの木造の家も、騒がしい仲間の声も、ふざけた神の気配すらも、跡形もなく消え。
まるで、世界の一枚。その“皮”だけがごっそりと剥がされて、別物になったような……そんな異様な感覚。
視界も聴覚も、すべてがリアルすぎるのに──肝心の現実味が、どこにもない。
──なんだ、ここ。
身体は確かにここにある。足も地を踏んでるし、息もできる。けど、心だけがどこかに置き去りにされたような感覚が、ずっと胸の奥をざわつかせていた。
何かを失ったわけじゃない。けれど──何もかもが失われた後のような。
焦燥とも、虚無ともつかない得体の知れない感情が、じわじわと肺を圧迫してくる。
息を吐く。……だが、吐いたはずの呼気が空気に溶けていくようで、不安に駆られ、もう一度深く吸い込む。
鼻先に、湿った草と土の匂い。遠くで聞こえるのは、どこか耳馴染みのない鳥の声。
──なのに、だ。
胸の奥に、ひっかかる。
どこか懐かしいような……忘れていた何かが、無理やり呼び起こされそうになるような……そんな気配。
まるで、ずっと昔に──誰かと、この森を歩いたことがあるような。
そんな馬鹿な、と理性では否定する。
でも。
(……なんなんだよ、一体……)
思考の輪郭が、じりじりと滲んでいく。目に映る木々の輪郭まで、どこか現実味が薄れていくような、そんな錯覚。
俺は、ふっと息をついた。けれど──返ってきたのは、ただ風の音だけ。
生ぬるい空気が喉を撫でる。無音のような静寂が、逆に耳を圧迫してくる。
──始まっている。
理屈も証拠もない。けれど、確信だけが胸の奥を冷たく叩いていた。
「……取りあえず、ここ……どこだってんだ……?」
誰に問いかけるでもなく、俺の口が勝手に漏らす。
言葉はすぐさま空気に吸われ、返事なんて返ってくるはずもなくて。代わりに、頬を撫でたのは冷えた風。あまりにも無慈悲で、あまりにも静かだった。
世界が──息を潜めて、俺を見ている。
そんな、不気味な気配が背中を這った、そのときだった。
『対象の戦没英雄化を確認──【ステータス】を取得しました』
「…………は?」
耳じゃない。けれど“聞こえた”。
鼓膜を通ってきたわけでもないのに、脳に、いや──意識の深層に、無理やり押し込まれたみたいな『声』。
音でも幻でもなく、まるで侵入されたような異物感。ぞわり、と背筋を何かが撫でた。嫌な汗が首筋をつたう。
そして──
『あなたの体力が100上昇します』
『あなたの攻撃力が100上昇します』
『あなたの移動速度が0.001上昇します』
『あなたの攻撃速度が0.001上昇します』
『あなたのスタミナが10上昇します』
『あなたの成長速度が100%上昇します』
「………………」
……あ?
何だ今の、情報か? この場所がどこだか教えてんのか? いや、違う。そんな簡単な話じゃねぇ。
言葉そのものは──確かに“聞こえていた”。
誰かが喋ってる。意味のある言語として、確かに届いているはずなのに──
“理解”が追いつかねぇ。
耳では拾えてる。文節も、イントネーションも、異常にクリアだ。けど、脳が……拒絶してる。
まるで、理解した瞬間に何かが壊れるって、本能がブレーキをかけてるみたいに。
──滲む。
頭の奥で文字列が溶けて、崩れて、消えていく。
夢の中の本みたいに、ページをめくるたび内容が塗り潰されていくあの感覚。
けれど──それでも。
意味は掴めなくても、影響だけは確実に身体に届いていた。
筋肉がじんわりと熱を帯びてくる。
骨の芯が、炭火のようにぽぅっと赤く灯るような──そんな錯覚。
脈打つたび、知らない血が流れてるみたいだ。
神経が研ぎ澄まされ、靭帯の一本一本まで命令が届いてる感覚。
(……おいおい……)
これは明らかに、“強化”されてる。
頭はついていかないのに、身体は……否応なく応えちまってる。
(……なんなんだ、本当に……)
思わず、額に手を当てて頭を押さえる。
視界の縁がじわりと波打ち、心臓の鼓動が耳の奥で雷のように鳴った。
──その時。
ざり、と。
草の葉が擦れた、微かすぎる異音。
それだけで、空気の密度が変わったと察した。
背後で、確かに“何か”が動いた。
「……ッ!?」
考えるよりも前に、身体が跳ねる。
反応なんてもんじゃねぇ。
ほとんど条件反射だ。
飛び退きざまに振り返る。
──そして、目に入った。
明らかに“この世界の理”から外れている存在を。
粘性のある黒と緑の塊。
ぶよぶよと不定形に揺れ、時折ぶくりと泡を立てる不透明なゲル状の異物。
腐臭すら漂わせながら、地を這うようにぬらり、と動く。
──だが、それだけなら、まだ怪物で済んだ。
次の瞬間、“それ”は変形した。
ぐにゃり、と表面が盛り上がり、ずるずると裂けるように開く。
そこに現れたのは、肉の裂け目……否、“口”だ。
構造も形状も理解の範疇を逸脱した、ただの裂傷にしか見えない捕食孔。
ズル、ズチャ……と濡れた粘膜が蠢きながら、喉の奥で何かが擦れるような、
──獣とも人ともつかぬ、濁った呻きが漏れ出した。
ダンジョンなんかじゃ……いやそれどころか、オラリオの外ですら見た事もねぇ化物。
そして“それ”は、何かを溜めるように一瞬動きを止めてから──飛んだ。
『──ギュイェェェェェッッ!!』
違う、跳躍じゃない! 飛散だ!
肉塊が四散し、弾けるように空中へ舞い上がる。
だが、それは即座に一点へと収束し、濁流のごとく──こちらへ殺到してきた。
「っ、速ぇッ──!」
逃げろ。いや、そんな思考すら追いつかなかった。
身体が、先に動いた。
飛び退く。
地面を蹴った瞬間、足が想像以上に浮いた。
空気の抵抗すら感じない。筋肉の出力が、直線的に運動に変換されていく。
──なんだ、この感覚は。
空間を切り裂くように跳躍しながら、背後で粘体が地を抉る音。
ほんの一瞬でも遅れていたら、今ごろ喰われてた。
そう確信できるほどの、殺意の塊。
「……ッ!!」
喉が勝手に震え、息が漏れる。
けれど──妙だ。
間に合わないと思った。
意識が悲鳴を上げていたのに、身体は──先に動いた。
重さがない。
いや、重力を意識しないというべきか。
跳躍の瞬間、地面を蹴った足が空気を裂き、軌道に乗った身体が、理想的な姿勢で着地する。
肉体が意識を超え、僅かなズレを感じる程の完璧さ。
まるで、鎧を脱ぎ捨てたかのような解放感。
視界は鮮明になり、鼓動は昂り、全身が戦う準備を終えていた。
(……なんだよこれ。俺の体じゃねぇみたいだ……)
困惑と興奮の間を漂いながら、俺はふと、腰の重みに気づく。
──剣だ。
見覚えのない柄、光沢の鈍い刃。
だが、手に取った瞬間、違和感は一切なかった。
重さも、握りの感触も、刃の長さも──
まるで何年、何十年と手にしてきた“愛剣”のように、異様なほど手に馴染んでいた。
「──ならよぉッ!」
気づけば、腕が動いていた。
意識も、理性も介在しない。
それは訓練で染み込ませた動作じゃない。本能の、さらに奥にある衝動が、俺を突き動かしていた。
一閃──
風を裂いた。
音が遅れる。視界が、白く閃いた。
刃が触れた瞬間、手のひらに確かな感触が返ってくる。
粘つくような抵抗を裂き、その奥に──確かに、ある。
異形の中心──
そこだけ、異質な硬さがあった。ぬらりと光る、球状の何か。
(……そこだ!)
直感が、叫ぶ。
あれが、この魔物の命だと。
もはや躊躇などなかった。
刃は、迷いなく振り下ろされる。
寸分の狂いもなく──それを、穿った。
『────ッッ!!?』
瞬間、ぴしゃりと何かが弾ける音。
核が砕け、ゼリーのような肉塊が四散する。
手応えが残ったまま、怪物は崩れ落ちた。
その瞬間──
『さくらんぼを獲得しました』
『あなたの成長速度が101%上昇します』
「……はぁ?」
また“それ”が来た。
脳内に直接、無遠慮に叩き込まれる『声』。
けれど、相変わらず内容がちっとも分からねぇ。
単語は聞き取れる。音は意味を成してる。けど、それが理解に繋がらない。
言葉というより、呪詛めいた記号の羅列。
否応なく脳の奥に焼き付き、“何か”を強制的に押し込んでくる感覚。
「……一体、何を言ってやがる……」
呻くように吐き出した声は、掠れていた。
戸惑い、恐怖、反発……いろんな感情が胸の中でごちゃ混ぜになって、叫ぶように唇を震わせる。
──だが、
それらすべてを黙らせるように、“体”が応えた。
胸の奥が、じわりと灼けるように熱い。
皮膚の下で血が泡立ち、肉がうごめき、骨が軋む。
けれど、痛みはなかった。否、むしろ──快感だった。
細胞が歓喜し、骨が跳ねる。
視界の輪郭が異様なまでに鮮明になり、音が一つひとつ際立って聞こえる。
まるで、自分の中身が、どこか別の“何か”とすり替わったかのような錯覚。
いや──違う。
これは、強化だ。
変質でも、置換でもない。“進化”だ。
昨日までの自分を脱ぎ捨て、
なり損ねていた何者かに、ようやく触れたような……そんな、異様な昂揚。
不快感は微塵もなかった。
むしろ、妙に馴染んでいた。
空っぽだった器に、ようやく何かが注がれていく感覚。
冷えきった心に、そっと命が灯るような感覚。
……そうだ。これは。
ずっと、どこかで飢えていた。
渇き続けていた本能が、ようやく──息を吹き返したような。
「…………」
ゆっくりと、視線を落とす。
重い感触の鉄の甲冑。
肩の飾りには、赤い羽根が一本、無造作に挿し込まれていた。
腕には木製──だが鉄の補強が施された丸盾。
腰には、見慣れないが手入れの行き届いた長剣が吊るされている。
──まるで、どこかの正規兵のようだ。
いや、違う。
どこか、それを思わせるような装備だった。
「……なんだってんだよ」
ぽつりと吐き出した言葉は、濡れた空気に呑まれて消えた。
兜の隙間から顔を上げる。
木々は鬱蒼と茂り、森はなお深く、終わりが見えない。
湿った風が枝葉を撫で、どこか遠くで名も知らぬ鳥が鳴いていた。
だというのに──どこか、死んだ世界のように静かで。
さっき頭に響いた『声』の正体も分からない。
襲ってきたあの化け物が何者だったのかも、見当すらつかない。
仲間の姿も、神のふざけた仮面も、どこにもない。
ここがどこなのか。いや、そもそも“いつ”なのかすら、分からなかった。
──けれど。
「…………」
立ち止まったところで、何も変わらない。
何も始まりもしない。
胸の奥に、まだ熱が残っていた。
さっき確かに、この身を満たしたあの奇妙な力。
あれが何だったのかを知るには──前へ進むしかない。
「……行くか」
誰にでもなく、己に言い聞かせるように呟いた。
そして、一歩。もう一歩。
深く、濃く、何も見えない森の奥へと。
踏み出す足音だけが、静寂の中に刻まれていく。
どこに辿り着くかなんて、分からない。
何が待っているのかも、まるで見当がつかない。
それでも……
──この先に、“何か”がある。
そう信じた。
いや、そう信じるしか、今の俺にはできなかった。
だから俺は、進む。
仲間もいない。地図もない。光も差さない。
それでも、進む。
この見知らぬ闇の中の、最果てへと。
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『さくらんぼ×6 を獲得しました』
『あなたの成長速度が107%上昇します』
【モルド:戦士タイプ】
体力 100
攻撃力 100
移動速度 0.001
攻撃速度 0.001
スタミナ 10
成長速度 107% (さくらんぼ×7)
【ユー:戦士タイプ】
『守護者の剣 Lv.48 』(攻撃力+480%)
『グラム Lv.4 』(攻撃力+200%)
『守護者の鎧 Lv.63 』(最大HP+630%)
『キュイラス Lv.11 』(最大HP+1100%)
『ファントムブレード Lv.3 』(攻撃速度+9%)
『セブンリーグブーツ Lv.3 』(移動速度+9%)
『ククルカンの宝玉 Lv.1 』(メテオ威力+10%)
『肉×18』
『魚×18』
『野草×25』
『澄んだ水×13』
『野キノコ×10』
『イチゴ×9』
『ブドウ×11』
『空のボトル×18』
『キャベツ×12』
『トマト×12』