戦国時代の「侍」と「足軽」はどう違う? 待遇や働き方、出世の方法を解説
侍や足軽が出世するには
戦国時代は戦が多いため、侍も足軽も戦で功績を上げることが出世への近道でした。そのため、能力があれば、身分の低い足軽からでも出世の可能性がありました。 その代表が豊臣秀吉です。若いころの記録が少ないため諸説ありますが、織田信長に仕え始めたときは「小者(こもの)」と呼ばれる身分だったとされています。小者は武士に仕えて雑用を行う人で、足軽ではありませんが、足軽と同等クラスの低い身分です。 ほかにも、津藩32万石を築き上げた藤堂高虎(とうどうたかとら)も、もともとは足軽でした。藤堂高虎は主君を何度も変えた人物としても有名です。藤堂高虎のように、戦国時代は家臣が主君を見限ることは珍しくなく、働きに応じた待遇がなければ別の主君に仕えるのが当たり前の時代でした。
まとめ
戦国時代の侍は武士を指し、足軽は身分の低い兵士を指します。侍は主君に仕えて主君のために戦う一方、足軽は傭兵のように臨時で雇われるケースも多かったようです。 戦国時代は、侍も足軽も戦で功績を立てると出世が可能でした。真の実力主義社会ともいえますが、失敗すれば死が待っています。チャンスは多いものの、格段に厳しい世の中だったことは間違いないでしょう。 執筆者:山根厚介 2級ファイナンシャルプランニング技能士
ファイナンシャルフィールド編集部