志賀泰伸
志賀 泰伸(しが やすのぶ、1968年8月3日 - )はジャニーズ事務所に所属していたアイドルグループ「忍者」の元メンバー。 神奈川県横浜市港北区樽町出身。 血液型:O型。 愛称:志賀ちゃん。
兄弟は1歳下に妹が一人で、元グラビアアイドル、歌手の川村愛(かわむら あい。本名&旧芸名:志賀ゆき子)。
所属事務所
- ジャニーズ事務所 (1984年 - 1994年5月31日)
- 天クリエイト (1994年)
- グランクリュ・コンサルティング (先に所属していた古川栄司のつてで1995年に所属)
- パン・プランニング
- ??
- スパイス (2000年一杯で退所)
- (フリー)
ジャニーズ時代の参加ユニット
学歴
- 横浜市立大曽根小学校
- 日本大学中学校
- 日本大学高等学校 (通称:日大日吉、日大横浜学園。転出)
- 東京都立日比谷高等学校・定時制 (中退)
来歴
- 祖父の代から建築金物店を営む家庭に生まれる。
- 田原俊彦に憧れて中学2年の終わりの冬にジャニーズ事務所に履歴書を送った結果、約1年後の1984年春(中学3年と高校1年の間の春休み)にジャニー喜多川から直接電話を貰い、特待生としてジャニーズ事務所に入所。
同期生は高橋一也 (後の高橋和也)。
ジャニー喜多川から非常に気に入られており、入所して2回目のレッスンの後に早くもジャニーからの性被害に遭う。
- 1985年、「忍者」の前身である「少年忍者」のメンバーになり、少年隊などのバックダンサーを務める。
- 1990年8月22日、「忍者」としてCDデビュー。
- 1993年から交際していた9歳年上の女性が1994年に妊娠したため、同年春(「7月頃」と書かれた記事は志賀本人の記憶違いによるもの)に事務所の副社長・メリー喜多川に事情を正直に打ち明け、「結婚したい。ファンや関係者にきちんと説明したいので記者会見を設けて欲しい」と訴えた。
しかし1ヶ月後にメリーから事務所に呼び出され、「もう忍者のメンバーじゃなくていいから。ジャニーズとの契約はこれで解除します」と告げられ、同年5月31日付で一方的に解雇された (夏に解雇されたと書かれた記事も志賀の記憶違いによるもの)。
同じく忍者のメンバーだった古川栄司も、諸問題に巻き込まれて同日にメリーから解雇された。
なお、結婚後に妻は男児を出産したが、後に離婚。
- ジャニーズを退所後は、俳優としてVシネマや舞台に出演した他、「グランクリュ・コンサルティング」所属時代には後述のバンドグループ「D-run (デュラン)」も1995年に結成。
- 『週刊文春』(2023年6月1日号)にて、ジャニー喜多川から肛門性交まで強いられる程、30~40回に渡って性的虐待に遭っていたことを顔出しで告発。
被害のせいで摂食障害になり体重が42kgにまで落ち込んだり、その後も心的外傷後ストレス障害によるフラッシュバックに悩み続け、2023年時でもまだ心療内科への通院を余儀なくされていることを明かした。
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- 2023年5月26日、志賀、橋田康、岡本カウアン、二本樹顕理の4名が発起人となり、オンライン署名サイト「Change.org」にて、「ジャニーズ性加害問題「#児童虐待防止法改正」を求めます!」と題した署名活動を開始。[1]
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求めた改正点は以下の2点。
①、日本の現法では児童虐待の主体が“保護者”に限定されているが、アメリカやイギリスなどでは児童虐待を保護者に限らず“他者”からの人権侵害行為と広く定義している。 そのため、日本でも虐待の主体を保護者だけではなく、経済的あるいは社会的影響力のある第三者(教師やコーチ、芸能事務所幹部など)に拡大する。
②、地位を利用した第三者による虐待を見聞きした人に対し、警察への通報を義務化する。
- 同年7月9日(性加害者・ジャニー喜多川の命日)に決起された「ジャニーズ性加害問題当事者の会 (Johnny's Sexual Assault Victims Association)」(略称:JSAVA)に加入。
- 同年7月25日付の朝日新聞DIGITALのインタビューに応える。
ジャニーズ時代は体重が42kgにまで落ちたことで点滴を打ちながら仕事をしていたことや、ジャニーの性行為によって自分が汚れてしまったという罪悪感を持ち、ファンに囲まれても心の底から喜べなかった思い、ジャニーズ時代から鬱、不眠、過呼吸などに悩んで精神科に通っていたこと、ジャニー喜多川と似た年格好の男性を見かけると恐怖を感じたり、ジャニーの性加害現場である合宿所があった原宿の街がテレビに映っただけでも当時の光景がよみがえり、強い恐怖心と不安に襲われることなどを打ち明けた。[1]
- 同年7月28日、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバーの内、3名(平本、志賀、二本樹)が大阪市内にて国連人権理事会のヒアリングを一緒に受ける。
- 同年8月4日17時、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の記者会見が日本記者クラブで行われる。
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- 同年9月14日発売の『週刊文春』(同年9月21日号)の取材に応え、先輩の東山紀之から受けていた数々のパワハラ被害を告発。[1]
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「コンサートの夜、東山さんにホテルで“マッサージしろ。俺がいいって言うまでな”と、指が痛くなるまでさせられました。
こっちもバックで踊って疲れているのに。
終わっても、“ありがとう”も無しです。
体調が悪くても酒を強要されることもあったし、外車を自慢されて、ホイール掃除をさせられたこともあります。はっきり言って尊敬できる先輩ではありませんでしたね」
- 同年10月4日、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」から退会。
そしてジャニーによる性被害者救済のための新たな組織を立ち上げることを10月5日未明にYouTube Liveにて表明。[1]
- 同年10月18日、NHK局内のトイレでジャニー喜多川からの性被害に遭った男性の証言を受け、志賀もジャニーズ入所後一ヶ月以内にテレビ朝日局内のレッスン場のトイレでジャニーからの性被害に遭ったことを証言。
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- 同年10月23日、Xアカウント開設。[1]
- 同年11月4日、カルトからの誹謗中傷に対し、刑事告訴に動く。[1]
- 2024年3月14日、志賀をネット上で誹謗中傷していたカルト(高松市の58歳)が、香川県警によって侮辱容疑で書類送検される [1]、[2]。
同月25日、このカルトを高松区検が侮辱罪で高松簡裁に略式起訴 [3]。
4月16日に罰金10万円の刑が確定。
- 同年5月3日、志賀がSMILE-UP.に対し、3回目の記者会見の開催を嘆願。
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- 同年5月16日、東山紀之はじめSMILE-UP.社が野放しにしている存命の元社員2名の性加害行為について、捜査開始を願う要望書を赤坂警察署に提出 (志賀、中村一也、長渡康二の3名による連名。提出者は中村と長渡)。
要望書は同日付で東山紀之宛でも送付し、性加害を行った元社員の情報を捜査機関へ提供することや、誹謗中傷を許さないというメッセージの公表などについて、5月31日までの回答を求めた。
中村曰く、「要望書は志賀さんが中心になって取り組みました。 そもそも、被害を受けた人が『捜査してください』などと活動しないといけない状況がおかしい。 加害者側であるSMILE-UP.は、なぜ加害者の情報を提供しないのでしょうか」と訴えた。
長渡曰く、「元社員による性加害の明確な被害者がいない限りは難しいとのことでした。 そういった情報を持っているのはSMILE-UP.社なので、SMILE社に情報開示をする姿勢をみせて頂きたい。 補償が全てではない」、「(加害者が)何の罪にも問われずにそこらへんを歩いている」と訴えた。 [1]、 [2]、 [3]、 [4]、 [5]、 [6]、 [7]、 [8]、 [9]
- 同年5月31日、SMILE-UP.に送付していた上記の要望書に対する回答を「非常に残念な内容」としてXで公開。
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- 同年6月15日、ジャニー喜多川による性被害者たちに対し、いまだにカルトからの誹謗中傷が止まらず苦しめられていることをXで公表。
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- 同年6月16日、『FLASH』(2024年6月25日号)でのインタビュー [1] が一部捻じ曲げられて掲載されていることを指摘。
記事の中では、「志賀を誹謗中傷し起訴された人物はジャニオタではなかった」とされているが、実際はジャニオタだったことをXで明かす。
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- 同年6月21日、SMILE-UP.が国連砲(2024年6月18日~7月12日開催の「第56回 国連人権理事会」)を前にして後継ダミー法人「Mindful」を設立したことに対し、「国連を意識したようなご対応が透けて見える」と指摘。
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- 同年8月23日、志賀が同年5月3日に続き、SMILE-UP.に対して3回目の記者会見の開催を改めて嘆願。
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- 同年9月8日、Instagramアカウント開設。[1]
- 同年9月19日、わずか1年ですべての幕引きを図って風化・忘却させようとするSMILE-UP.やメディアの強引な姿勢に志賀が異を唱える。
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- 同年9月21日、藤島ジュリー景子の不誠実な行動や態度に対し、志賀が「腐っている」と批判。
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- 同年10月2日・3日、ジャーナリストの松谷創一郎が志賀に敢行したインタビュー記事を公開。
志賀は東山紀之社長に対し、「記者会見の時には『被害者の方に寄り添う形をきちっと作っていきたい』と話していましたが、そんな現実はない」、「最高責任者としてもっと正直に、誠実に対応していく姿勢が必要」と指摘。 そして今でもまだ声すらあげられない被害者の存在、SMILE-UP.側の弁護士たちによる威圧的で問題のある面談姿勢、SMILE-UP.の落ち度、デビュー組からの証言協力が一切無いことへの失望、テレビ朝日の不誠実な対応、ジャニーの性的児童虐待を助長させたメディアの罪、白波瀬傑元副社長の不誠実さ、性犯罪の時効撤廃、ジャニーによる性被害者たちの苦しみなどを語り、SMILE-UP.が匂わせる補償の幕引きはとても容認できないとした。
- 同年10月9日、中村一也、長渡康二と共に、内幸町の日本記者クラブにて記者会見を開催。
まず冒頭に、ジャニーによる性被害者である服部吉次との面会を拒否して逃げ回っている藤島ジュリー景子の不誠実な態度に対する、服部夫妻の苦悩と怒りのメッセージ動画を公開。
そして志賀はSMILE-UP.が進める対応について、-
「補償の算定基準が明確でないし、被害者への誹謗中傷が続いている」、
「事実認定されている旧ジャニーズ性加害問題が風化の一途をたどっている。 この世界的児童性加害事件の風化はさせない」、
「このまま終わらせていい問題なのか?」、
「SMILE-UP.は適時記者会見を開いていくという約束を守っていない。 あまりにも不誠実」、
「ジュリー氏、東山氏、被害者一人一人の声を本当に聞いていますか? 被害者に寄り添い、一生かけて命を削る覚悟でしたよね? あの言葉はウソだったんですか?」、
「被害者からも、『(SU社側の弁護士との)面談に耐えられるか不安』、面談を終えた被害者からも『尋問を受けているようで、威圧的で怖かった』といった声が寄せられている」、
「面談前、面談中、面談後の精神科医、精神科の医師やカウンセラーによる心理的負担の軽減やフォロー、権利の主張が困難な方に対する代弁や擁護等、また被害者が申請しやすい環境づくりを本当にされているのでしょうか」、
「あえて補償を受け取らない被害者の方々もいます」、
「海外訴訟を含め、すべての可能性を検討していくことに変わりはありません」、
そしてSMILE-UP.のダミー会社であるSTARTO社のタレントの新規起用をテレビ局が再開していることに関しても、
「非常に残念。(被害者への)補償が進んだからそれで終わりではない。 お金を払って終わりではなく、再発防止策、誹謗中傷対策、全容解明が出来あがってから初めて次に進める状態になる」、
「このままでは必ず再発する」
長渡は、-
「世間的にはおそらくもう飽きたとか、こいつらまだ言ってるのとか言われると思います」、
「僕たちみたいな声を上げる人がいなくなったら、風化の一途をたどる。 声を上げられる社会になってほしい。 今後も声を上げ続けていく」、
「被害者はトラウマを抱えている。 それを放置して幕引きさせてはいけない」、
「補償金をもらったからといって心は癒えたかというというと全くノーです。 被害者それぞれ色々なトラウマを抱えています。 それを放置して幕引きなんてこと絶対にさせてはいけないと思います。 まだまだ家族のことを気にして申告するか迷っている人はいっぱいいると思います。 (SMILE-UP.には)どうか長い目で(被害者の申告を)待って頂きたい」、
「亡くなった仲間は二度と戻って来ません。もっと早く誹謗中傷対策をしていれば、こんなことにはなりませんでした。人の命が亡くなってるんです。SMILE-UP.社の責任は大きい」、
「私たちを無視しないで。 お金ではない」、
「東山さんとお会いできなかった。『メールを送ります』というのがあったが、メールも来ていない」、
「スマイル社のこれまでの説明は不十分。定期的に記者会見すべき」
中村は、前年9月7日の旧ジャニーズ事務所の会見後の木村拓哉による敬礼ポーズ付きの目を疑うようなInstagram投稿に対し、-
「事実にフタをして『show must go on!』。
空気すら読めない発言」 [1]、
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「温かく見守らせてもらうのがベストかな。全員が幸せになれることを一番に考えている。皆が幸せになれるのであれば発言もするし、発言して一人でも不幸になる人がいれば、そこは考えなければならない」
ジャニーの性的児童虐待に対する現役タレントたちの「噂程度でしか知らなかった」発言には、「まるで横一列で決まっているかのよう」、 被害者たちへの誹謗中傷にSNSで注意喚起をした現役タレントが堂本光一たった一人で、その他のタレントがダンマリで逃げている状態に対しても、「大人として情けないなという風に感じます。タレントさんが言いづらいことはやはり根強い問題だと思います」と批判した。 そして、-
「政府や警察が動かない」、
「いろんな理由があって申請できずに相談が寄せられることもある。 まだ被害を名乗り出ることができない人も潜在的には多くいる。 約1,000人という数がすべてではない。 全容解明には程遠い」、
「性暴力は社会問題。 影響力のあるスマイル社が啓発していくことが信用回復にもつながる」
また、カルトからの誹謗中傷を苦に前年10月に自殺した元ジュニアの遺族である妻子も会見場に訪れており、妻の手紙を中村が代読したが、東山紀之社長がBBCの番組で「遺族の方と連絡を取らさせていただきました」と答えたことについて遺族は、-
「1度もお会いしたこともお話ししたことも、謝罪を受けたこともありません。
(2024年4月25日発売の週刊新潮のインタビューで東山は)『子どもの頃に辛いことを経験するのは成長の糧になると僕は思っています』と話されていましたが、子どもの頃の性被害で今も苦しんでいる人が多い中、辛い経験が成長の糧になるという発言はおかしいと思います。
救済する立場としてもう少し配慮ある言葉にしてほしいです」
-
「ジャニーズ事務所は被害者に寄り添っている風に見せかけて、自分たちの保身しか考えていないように思います。
なぜ海外からしか日本のことを伝えられないのか。
日本に報道機関はないのか。
本当におかしいと思います」、
「とにかく前に進まないといけないと思い、毎日必死に過ごしています。 事務所とはいろんな取り決めがあり、事実を言えない悔しさやつらさはありますが、私たちは誠実に進んでいきたいと思います」
なお、テレビ局によるSU社やSTARTO社への忖度が復活したことで、この3名の記者会見を中継したテレビ局は一つも無かった。 一方、会見にも出席した東京新聞の望月衣塑子記者は、虚偽を行った東山に対し、YouTube LIVEで「嘘つき」だと批判した。
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- 2024年10月10日、SMILE-UP.が上記の3名の記者会見に対する反論声明を発表。
自殺した元ジュニアの遺族側の弁護士に弔問申請をしたが、ブロックされていたと釈明。
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そしてこうしたSU社の姿勢に、志賀が強い怒りを示す。 土田一徳やジャーナリストの松谷創一郎も批判。 [4]
- 同年12月7日、SMILE-UP.が「適時記者会見を開き、進捗状況を伝える」という約束を破り続けていることに志賀が怒りを示す。
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- 2025年2月6日、田中純弥、大島幸広、渥美優子弁護士らが霞が関の司法記者クラブにて会見。
その結果、SMILE-UP.が水面下で2024年12月20日に性被害者たち4名を追い込むための「反撃スラップ訴訟」に踏み切っていたことが明るみとなった。
訴えられたのは田中と大島の他に、志賀、飯田恭平の計4名。
田中らは、「被害者に寄り添う態度に反する」、「加害者側が取る行動ではない」、「一方的な補償の枠組みを被害者に押しつけている」、「いきなり被害者に対して訴訟を起こすのは乱暴すぎる。 他の被害当事者たちもスマイル社から訴えられるのではないかと不安になる人もいると思う」、「果たしてこれが、スマイル社の言う『被害者に寄り添う行動』なのか。 早くこの問題を終わらせたいだけのように思える」、「スマイル社が一方的に設定した枠組みを被害者に押しつけて解決しようとしており、被害者に寄り添う態度とは真っ向から反するもの。 米国での訴訟を阻止するための手段」などと訴えた。
この会見を受け、SMILE-UP.(実態は西村あさひ法律事務所)は慌てて声明を発表。 しかし最後に添えられたお決まりの定型文「弊社は、被害にあわれた方々に真摯に向き合い、迅速かつ適切な被害救済に努めてまいりました。 引き続き、全力で被害救済に取り組んでまいります」は完全なる虚偽であり、取りこぼされ、放置され続けている被害者たちがいまだ残っている以上、一切全力でなど取り組んではいない。
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- 同年2月17日午前、SMILE-UP.による志賀ら4名へのスラップ訴訟の第一回口頭弁論が東京地裁にて開かる。
被告4名の内、出廷したのは田中純弥のみ。
被害者に対するSMILE-UP.(西村あさひ法律事務所)の横暴に対して田中は、
「繰り返し性的虐待を受けたが、大人たちは見て見ぬふりで何もしようとしなかった。
大人たちに守ってもらえず、心はずっとずっと『助けてくれ』と叫んでいた。
多くの人が被害者救済委員会の枠組みでの解決を強制されている」として、声を震わせながら意見陳述し、訴えを退けるよう求めた。
そして、「なぜ被害者が訴えられなくてはいけないのか。(SMILE-UP.には)正々堂々と嘘なく向き合ってほしい」とコメントした。
また、現地には元・関西ジュニアの野中和久と大堀治樹も傍聴しに訪れた。
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人物
- 視力が0.01。
- 初恋は小学6年の時。
- 幼い頃よく女の子に間違えられていた。
- 小学校にあがって間もなく親の勧めで剣道を始め、小学校4年生の時の大会で優勝した。
- 大雑把でおとなしい性格だが髪型にやたらこだわっていた。
- 普段はおとなしいが、遊ぶ時はよくはしゃいでいた。
- 「10年後も忍者でいたい」と、1992年のコンサートビデオで語っている。
- 忍者時代はよく、郷ひろみ(若人あきら)にそっくりだと言われていた。
- 忍者の中では一番の酒豪だった。ただし酔って帰ると、服を着たままでシャワーを浴びたり湯船に浸かったりする癖があった。
- 小学校生の時に剣道の大会で日本一になった。
- 忍者時代に、メンバーの遠藤直人から「メンバーの中で志賀の声質が一番好き」と言われたが、「志賀は自分でその良さを分かってない」とも言われた。
- 忍者時代、撮影などの時にいつもメイクさんに髪を切って貰っていたので、メンバーの高木延秀から「散髪しに行く金もないほど貧乏なのか?」と思われていた。
本人曰く、「髪がよく伸びるので、その都度散髪に行っている暇がない」とのこと。
- デビューしてから約2年間で、体重を10㎏増やした。(デビュー当時の体重が42㎏と痩せ過ぎだったため)
- 小、中学校まではとても勉強好きで成績も良かった。
- 忍者時代、ラジオ番組内で「忍者のここだけは嫌」というのをファンに投稿してもらうコーナーがあり、その際に志賀は「ぼそぼそ喋っててジジくさい」と言われた。
- 隣町に住んでいた香取慎吾がジャニーズ事務所に入所した際に、金物店を営んでいた志賀の実家に挨拶をしに訪れている。
その時志賀は不在だったが、志賀の母親が応対した。
そして香取は志賀家を訪問した記念に、金物店の領収書も持ち帰った。
その後、忍者とSMAPが仕事で一緒になった日は、近所同士なので2人でよくタクシーに乗って帰る仲にもなった。
- 1歳下の妹は、元グラビアアイドル、歌手の川村愛(かわむら あい。本名&旧芸名:志賀ゆき子)。 1969年12月1日生まれ。横浜市出身。血液型:O型。
身長:156cm、体重:38kg、B:79cm、W:56cm、H:82cm (全てデビュー当時のサイズ)。
趣味:ショッピング、映画鑑賞。
特技:ピアノ、床体操。
好きな食べ物:果物、ハンバーグ。
好きな色:ピンク、青。
好きな教科:社会、音楽。
好きな音楽:ニューミュージック。
好きなアーティスト:坂本龍一、松任谷由実。
好きな女優:薬師丸ひろ子。
1985年3月、中学3年生の時、学校帰りに自由が丘駅でスカウトされ、六本木にあった「ASIAプロモーション」に所属。 本名名義でCMデビューした後、「川村愛」の芸名で歌手デビューし、シングルを3枚リリースした。 芸名の由来は、デビューシングル『LOVE・・・見つめてください』を編曲した川村栄二から。 レコードデビュー時のキャッチフレーズは、「LOVE 中毒 しちゃうぞ ! !」。
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シングルレコード
- LOVE・・・見つめてください c/w 気づいてMY HEART (1985年11月1日)
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ピンナップ付。 B面曲はフェアリーズの1978年11月のシングル『バック・ミラー』の歌詞違いカバー。
- PRISONER c/w ときめき通信 (1986年6月21日。A面曲の作・編曲:長沢ヒロ)
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A面曲はメナード「ミルキィフェイス」のCMソング。
正規発売分のジャケットは通常のピラジャケ1枚なのに対し、事前に出回った非売品プロモのジャケットの方が、3面見開き仕様で豪華な作りとなっている。
- パッショナータ (熱情) c/w KEIKOの恋人 (1987年1月25日)
- スーパーJOCKEY (1986年、日本テレビ) 『PRISONER』を披露
- 月曜ドラマランド 「月とスッポン」 (1986年9月8日、フジテレビ。1991年5月24日にビデオ化)
- ロッテ 「イタリアーノ」 (1985年5月 - 、志賀ゆき子名義)
- カンコー学生服
- メナード 「ミルキィフェイス」
- 十数校の大学の学園祭に出演 (1985年11月2日 - 、立教大学、明治学院大学、他)
- Momoco (1985年8月号:志賀ゆき子名義、10月号:志賀ゆき子名義、1986年1月号、学習研究社)
- ベストカメラ (1985年11月号、少年画報社)
- 週刊プレイボーイ (1985年11月26日号、1986年8月19日号、集英社)
- 週刊少年サンデー (1986年1月2・8日号、小学館)
- ACTRESS (1986年1月号、リイド社)
- オトメクラブ (1986年1月創刊号、白夜書房)
- キングコング (1986年1月創刊号、白夜書房)
- バラエティ (1986年1月号、角川書店)
- 月刊DONDON (1986年1月号、日本ジャーネル出版) 「今月のニューアイドル」
- THE SUGAR (1986年2月号、サン出版)
- まんがプロ野球ニュース (1986年2月創刊号、日本文芸社) 表紙
- 週刊大衆 (1986年4月7日号、双葉社) 表紙
- Beppin (1986年5月号、英知出版)
- CARトップ (1986年10月号、交通タイムス社) 表紙
- VIDEO・X (1987年4月号、9月号、笠倉出版社) 9月号では表紙
- 写真時代 (1987年5月号、白夜書房) 表紙
- VIDEPAL (1987年6月号、フロム出版) 表紙
TELColle (オレンジ出版) 同誌のイメージガールとしてレギュラー掲載- 他・・・
- LOVE・・・見つめてください c/w 気づいてMY HEART (1985年11月1日)
主な出演作品
報道番組
- news23 (2023年8月4日、TBS) 「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の特集 [1]
- news zero (2023年8月4日、日本テレビ) 「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の特集 [1]
- 真相報道バンキシャ! (2023年8月6日、日本テレビ)[1]
- 報道1930 (2023年10月2日、BS-TBS) スタジオ生出演 [1]
- news23 (2023年10月2日、TBS) VTR出演 [1]
- ニュースウオッチ9 「男性の性被害 どう向き合う」(2024年9月25日、NHK総合) リモートVTR出演 [1]
テレビドラマ
連続ドラマ
- はぐれ刑事純情派 (11) (1998年5月20日、テレビ朝日)
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第11シリーズの第8話「ホスト殺し!手を隠す女」に、女を騙して殺されるホスト役でゲスト出演。 城島茂と共演。
単発ドラマ
- 裸の大将 (74) ~ オロチに巻かれてサア大変 (1995年7月2日、フジテレビ)
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益田競馬場の厩舎で働く歌手志望の角田行雄役。「益田市のビートルズ」と称される「万葉バンド」のメンバーでギター担当。
- 警部補・坪内直哉 父と娘の事件簿 (1998年2月23日、TBS) 犯人・井川太一役
映画
- 少年武道館 (1988年2月20日、東宝)
- トイ・ソルジャー (1992年1月21日、松竹ホームビデオ)
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日本語吹替版ビデオにて声優出演。 T・E・ラッセルが演ずるヘンリー・“ハンク”・ガイルズ3世役。
- 蛾狼の群れ (当初の仮タイトルは「強奪」。2000年10月28日、東映ビデオ) 水谷健太役
Vシネマ
- バトル・チャレンジャー / 激走 (1993年5月14日)
- ワイルドタッチⅡ パチスロ大攻略 AREX編 (1999年8月21日) 準主演
- ワイルドタッチⅢ パチスロ大攻略 アステカ編 (1999年12月21日) 準主演
- 新・銀鮫 ~六本木金融伝説~ (2000年12月21日) 友情出演
- 梁山泊 究極の攻略軍団 (2002年9月21日) 布川敏和と共演
ラジオ
- 少年忍者のMidnight War (1989年4月16日 - 、文化放送)
- 忍者、ナン者、モン者 ! ! (ABCラジオ)
- 忍者の今夜もお祭り (文化放送)
- 忍者のハート・ロック 三十分一本勝負 (文化放送)
舞台
- 『少年隊ミュージカル PLAYZONE (プレゾン)』シリーズ
- PLAYZONE MYSTERY (1986年)
- PLAYZONE ’87 TIME・19 (1987年)
- PLAYZONE ’88 カプリッチョ -天使と悪魔の狂想曲- (1988年)
- PLAYZONE ’89 Again (1989年)
- PLAYZONE ’90 MASK (1990年)
- 奇想天外万事良 (きそうてんがいばんじヨシ)
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(1997年10月18日 - 23日:東京厚生年金会館 大ホール、11月1日&2日:近鉄劇場)
- ブルースな日々 あぁガス欠! (1998年7月14日 - 19日、新宿シアターサンモール)
イベント
- Yasunobu Sigaプレミアムイベント
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2005年5月14日。 渋谷区円山町2-4 Dr.Jeekahn'sビル4F 「Partyroom @JEEKAHN'S」。
会費:1万円。 集客数:約30名。
- バーベキュー大会 (ファンイベント。2005年夏)
WEB
- yoshitsugu imai vibgyor (2015年9月24日、excite blog)[1]
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志賀がかつて組んでいたバンド「D-run」の元メンバー・今井芳継のブログ。
掲載されている近影は志賀の帰省時に「博多もつ鍋 やまや 新横浜店」にて撮影したもの。
- メジャーデビューしたからこそ ジャニーズ元「忍者」男性が被害告白 (2023年7月25日付、朝日新聞DIGITAL)[1]
- 元忍者・志賀泰伸氏 ジャニーズ性加害告発の〝代償〟「殺されるんじゃないかと・・・」 (2023年7月29日、東スポWEB)[1]
- 【元忍者 志賀泰伸さんインタビュー・緊急配信】いまジャニーズ事務所に求めたいこと/国連からの異例の批判を受け/メジャーデビュー経験者の訴え (2023年8月6日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 【メンバー限定 第2部】元忍者 志賀泰伸さんに聞く ジャニーズ事務所で実際にあったこと/ジャニー喜多川氏の性加害、メジャーデビュー、そして退所 (2023年8月6日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 【無料動画】ジャニー喜多川性加害「元ジュニア座談会」志賀泰伸(元忍者)×カウアン・オカモト×橋田康 (2023年8月9日、YouTube「週刊文春&文春オンライン」公式チャンネル)[1]
- 9/7 19:35~・緊急ライブ配信【ジャニーズ事務所会見、具体性なく甘すぎる内容を、志賀泰伸さんと緊急読み解き】 (2023年9月7日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 9/7 20:15~ メンバー限定・第2部【ジャニーズ事務所会見の裏側を語る/本音ベースで感じたこと ゲスト・志賀泰伸さん】 (2023年9月7日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 会見で見せたジュリー氏の「涙」は本物だったのか 知人たちが語る「女帝の娘」の素顔 (2023年9月8日付、AERA dot.)[1]
- 【元忍者・志賀泰伸さん/命削っているのは私たち・東山紀之氏の言葉、「上っ面」だけ(司会・尾形×望月) (2023年9月7日配信分からの抜粋動画、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 10/2 23:25~ ○ The News ● 新会社設立も中身明かさず ジャニーズ会見、説明責任は?東山氏の説明、名称変更どうなる?【志賀泰伸、望月衣塑子、尾形聡彦】 (2023年10月2日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 【メンバー限定 第2部】10/2 23:45~ ○ The News ● ジャニーズ会見、保身の裏側 当事者はどう見たか【志賀泰伸、望月衣塑子、尾形聡彦】 (2023年10月2日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 10/5 01:20~ 超緊急ライブ【志賀泰伸さん・元忍者】私は、当事者の会から脱退します/新たな組織立ち上げに動く理由 (2023年10月5日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- マイコーりょう - X (2023年10月7日)[1]
- 10/18 19:30~ 緊急プレミア配信【志賀泰伸さん・独占インタビュー】テレ朝の局内で、ジャニー氏が.../問われるテレ朝の「安全配慮義務」 (2023年10月18日、YouTubeチャンネル「Arc Times」) リモート出演 [1]
- 10/18 20:30~ メンバー限定第2部 プレミア配信【志賀泰伸さん・独占インタビュー】テレ朝にいま求めたいこと/上場テレビ局の重い責任 (2023年10月18日、YouTubeチャンネル「Arc Times」) リモート出演 [1]
- ジャニーズ性被害「当事者の会」の内部で今何が起こっているのか 脱退メンバーと会代表“それぞれの言い分” (2023年10月21日、AERA dot.)[1]
- 【前編】元忍者 志賀泰伸/マッチ、トシちゃん住む合宿所で地獄の・・・/22歳でデビューもトラウマに苛まれ・・・ (2023年10月27日、YouTubeチャンネル「街録ch ~あなたの人生、教えて下さい~」)
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- 【後編】元忍者 志賀泰伸/デビュー後彼女が妊娠/デキ婚決意もメリー激怒/即クビになり精神崩壊寸前で告発 (2023年11月3日、YouTubeチャンネル「街録ch ~あなたの人生、教えて下さい~」)
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- 【志賀泰伸・ジャニ ーズの「裏切り」/藤島ジュリー景子氏、東山紀之氏ら補償に背/誹謗中傷で送検、警察動く】3/24(日) 19:30~ プレミア配信 (2024年3月24日、YouTubeチャンネル「Arc Times」)[1]
- 旧ジャニーズでの性被害、申告できない人も 「実態は未知数」 (2024年9月30日、朝日新聞DIGITAL)[1]
- 元忍者・志賀泰伸氏に聞く旧ジャニーズ問題 (文:松谷創一郎、Yahoo!ニュース エキスパート)
新聞、雑誌
- 週刊文春 (2023年6月1日号、文藝春秋)[1]、[2]
- 週刊文春 (2023年7月6日号、文藝春秋)[1]
- 朝日新聞 朝刊 (2023年7月27日付。朝日新聞DIGITALでの記事の短縮版)
- 東京新聞 (2023年8月10日付)[1]
- 週刊文春 (2023年8月17・24日特大号、文藝春秋)[1]、[2]
- 週刊文春 (2023年9月21日号、文藝春秋)[1]
- 週刊現代 (2023年9月23日号、講談社)[1]
- 東京新聞 (2023年10月18日付)[1]
- FLASH (2024年6月25日号、光文社)[1]
-
記事中の「志賀を誹謗中傷し起訴された人物はジャニオタではなかった」は事実を捻じ曲げられたもので、実際はジャニオタだったことを志賀がXで明かしている。
[2]
- 他多数・・・
D-run
デュラン。 1995年に結成された3人編成のバンドで、下北沢や恵比寿のライブハウスで活動していた。
バンド名は志賀が考案。「Dream-run」の略で、「夢に向かって走る」という意味。
メンバーの事務所移籍などにより解散。
外部リンク
- X (旧Twitter) (2023年10月23日 - )
- Instagram (2024年9月8日 - )
出典:フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』より改訂
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