親愛なるシュヴァインへ
『
親愛なる シュヴァインへ
俺、やっぱりおまえが反対したってフリーファイターになることにした。
フリーファイターになることが目標じゃあないけれど、
俺の目標の一部にフリーファイターになることがあるんだ。
おまえのためにフリーファイターになるわけじゃない。
ヴァランから剣をもらったからでもない。
アバロンに来て、ザムジーニやヴァランやお店に来るいろいろひとを見てきて
思ったんだ、強くなりたいって。
強くないとしあわせになれないんだと気づいたから。
腕力だけのことじゃないよ。強いという中身にもいろいろある。
貴族だってこと、お金をいっぱいもってること、頭が良いこと、話が巧いこと、
人から好かれることや愛されてること、だってそうだ。
どれでもいいけど、でもどれかはないと無理なんだと思う。
しあわせになれないんだ。
だから俺は強くなりたい。
俺にとって一番、わかりやすくてなれそうな強さは剣だと思った。
他のことは俺一人ではどうにもならないことや、
もっと難しいことばかりだからさ。
本気で強くなるためには本気で取り組まないといけない。
だから、俺もザムジーニの知り合いの傭兵の人に就いてがんばることにした。
黙って行って、ごめん。
おまえのことだから、とても怒ってるだろうな。
許して欲しいとか、言わないけど俺は必ずまたアバロンに戻ってくるよ。
強くなって帰ってくるから。
そのときは、俺がフリーファイターになるときだ。
怒っててもいいけどそのときは、おまえ、邪魔はすんなよ?
言ってたみたいに、皇帝の権限とか使ったら、軽蔑するからな!
じゃあな。それまで元気でな。
皇帝じゃなくて、一番の友だちのシュヴァインへ。
ヘクター・ラウル
』
読み直して、また泣きたくなった。
こんなもの何度読んでもしかたがないとわかっていても繰り返してしまうのだ。
わざわざ本棚の奥から小箱を取り出して、鍵を開けて読まなくても、もう暗記してしまっているというのに。
ある朝、ジェラルドがシュヴァインに手渡した手紙だった。
はじめてもらったヘクターからの手紙。
お世辞にも上手いとは言い難い文字が並んでいた。六ヶ所スペルミスがあって、一文は文法が間違っていた。
出会った頃、文字なんて書けないよと言っていたヘクターが懸命につづった思いだった。
目を通したシュヴァインは弾かれたように、急ごうとした。
止めるためだった。追いついて止めるために。
しかし扉の前を塞ぐように立っていたジェラルドが
「無理です。もうずいぶんアバロンから離れていることでしょう。私がヘクター君から手紙を預かったのは十日前のことです」
目を剥いたシュヴァインに、ジェラルドは努めて冷静に丁寧に言葉を選んでいた。
「十日をおいて、あなたさまに渡してほしいと。名指しで訪ねられた私への、彼の頼みごとでした」
ジェラルドの地位は、一般人のヘクターが宮殿の入り口に簡単に呼びつけられるものではない。
要求を伝えた門番も、足を運んだジェラルドも両方が破格の対応だっただろう。
不審に思いながらも、滅多にない事態に不安になった男は恐る恐るジェラルドの元に赴き、ジェラルドは彼の頭痛の種に通じるヘクターという少年の名前を無視できなかった。
直向きに、事情と用件を説明がされて、ジェラルドはーーー承諾したのだ。
「ジェラルドは知っていてっ!!どうして、どうしてヘクターを止めてくれないっ!」
シュヴァインは怒り狂ったが、ジェラルドに止められることではないことはよくわかっていた。
手紙を受け取ってから、半年という時間が流れていた。
ヴァランの死から、泣いてばかりの時間だった。
ヴァランがいなくなって、ヘクターもいなくなって、シュヴァインは自分はたった一人、孤独が苦しくて食事も食べられなくなって、このまま死ぬかもと感じた。
だれど、まだ生きていた。
やはり、まだ死ねないのだ。
独りで悲しくて苦しくても、運命から逃がしてもらえないのだ。
ヘクターはまだ戻らない。
もう戻らないのかもしれない。
ヴァランのように、もう会えないかもしれない、とぼんやりと考える。
城壁、外壁を出た人々がモンスターに襲われる事故は珍しくない。
モンスターを退治するなどという仕事を請け負う者がどれほど危険であるか、一攫千金を夢見る男たちの大半が無惨な最期を遂げるのだということをヘクターだろうと知らないはずはない。
それでも、ヘクターは望んだのだ。
シュヴァインは望まなくても、ヘクターが決めたことだった。
ヘクターはある男の元に就いて、実践的な訓練を積もうとしているのだ。
ザムジーニが信頼のおける戦士だという。
しかし、その男もただの人間である以上、不運に見舞われたなら。
ヘクターもひとたまりもないだろう。
涙が溢れてきて、文字が読めなくなった。
ヘクターの手紙を涙で濡らしたくないから。
手持ちぶさたに、シュヴァインも手紙を書くことにした。
書いても宛先のわからない出せない返事を書いてみることにした。
『
馬鹿ヘクターへ
怒っている。
勿論、とても怒っている。
もう一度殴ってやるから。殴らないと気が済まない。
俺に一言も言わずに行ってしまって、皇帝じゃない友達といいながら、
おまえの態度はなんだ!こんなの友達ではないじゃないか!
待たないよ。
俺は、ヘクターが強くなって帰ってくるのなんか待たない。
だから、すぐに、今すぐでも戻っておいでよ。
疲れて歩きたくなくなったら、俺を呼んでくれたらいい。
どこにでも迎えにゆくから。
会いたい。
二度と、こんなことは許さない。
フリーファイターになるーーー? 願ってもないことだ!
フリーファイターになったら、ずっと一緒だ!!
弱かったら、引きずってでも放してやらないから。
後ろから、蹴飛ばして追い立ててやるから!
だから、どうか。
無事で帰ってください。
大陸のどこかにいるヘクターへ、愛を込めて。
シュヴァイン・オルシュ・バレンシアズ
』
20130716改