約束の日
「おまえさ、凄く気にしてる?俺が前に、貴族嫌いだって言ったこと・・・」
ヘクターは横で歩くシュヴァインに尋ねた。
「そんなわけではありません・・・」
とシュヴァインは言ったけれど。
少年二人、屋台で買った焼き菓子を食べながら歩いていた。
貴族だけど、シュヴァインは大抵お金を持っていないから、下町小僧のヘクターがお菓子を買う。だから、二人で一つ、半分づつだ。
貴族だから、お金を余らせているものだと思っていかがそれは間違っていた。身なりは上品で高そうな服を着ていても、シュヴァインに自由になるお金はないのだ。黙ってこっそり街に出てくるのに、お小遣いを要求することは出来ない。欲しいといえば、物は与えられるが、お金となると理由を聞かれると困ってしまうと言う。
「金庫の中にはお金があることはわかっているのですが、あそこに忍び込むのは私でも少々・・・」とシュヴァインは難しい顔をして考え込み、そんなこと絶対しなくていいからなと、ヘクターを慌てさせた。
では代わりにと、売っても差し障りのなさそうな彼の部屋の調度を持ってきたこともあったが、二人ともなんとなく躊躇われて、置物は再び彼の部屋に戻された。
だから毎回、手伝いで稼いだ小金をヘクターははたくのだ。
ヘクター自身は構わないと思っていたが、シュヴァインはとても申し訳なさそうにする。
「これは私のものです。売っても大丈夫です」
シュヴァインが指を開いてヘクターに見せたのは、青い宝石が付いたブローチだった。
「凄い高級じゃんか」
ヘクターは懐から無造作に取り出された宝石のアクセサリーに目を丸くした。前に持ってきた部屋の置物どころの価値ではない。
中央に大きく澄んだ石を配置し、繊細な銀細工が蔓草のように絡んで広がっている。
一見で、高そうな物だとわかるものだ。
「これが売れればしばらくお小遣いに困りません」
「・・・お菓子のためにこれを売るのか、凄いな。お菓子どころか、店ごと買えるよ・・・」
ヘクターは唸りながら、ふと気づく。
「これ、おまえのってなんだ?」
「私を生んだ人がくれたのです。だから帝国のものではなく私個人のものです」
「! 馬鹿っ。気取った言い方するな、母さんと言え。それにこれ売っていいものじゃないだろうが」
思わず叱りつけるヘクターに、シュヴァインはなにか言いたそうだったが結局そっぽを向いただけだった。
「信じらんないよ。母さんに貰った物売るぐらいだったらお菓子なんか食べなきゃいいんだ」
腹を立てたヘクターはぶつぶつ不満を唱える。
母から貰った物を売るなど彼にとって考えられないことだった。自分だったら死守する。どれだけ良い条件を出されても嫌だった。
その様子を黙ってみていたシュヴァインは
「ごめんなさい」
と小さく謝った。
「でもこれしか今の私に売ることが出来るものはないのです・・・」
「まだ言うか。だからいいって言ってるじゃんか。お金は今は俺が出すからさ、そのうち大きくなっておまえが自由になって豊かになったらふつうに返してくれればいいんだ」
シュヴァインはその言葉にどこかほっとした顔をした、ようにヘクターは思いたかった。
でもよくわからなかった。
これは帝国のものではなく自分のものだからいいのだとけじめを付けたことを言い、母親の贈り物を売ると言い出すシュヴァイン。
正しいことかもしれないけど、それではヘクターは尚更嫌だった。
唯一のあいつ個人のものだという、お母さんに貰ったものを売るなんてことさせられるわけないのだ。
ヘクターは叔父さんの家に預けられて暮らしている。
豊かな生活などにはほど遠いが、叔父さんの仕事を手伝いお駄賃も貰う。叔父さんから与えられた小さなスペースの古ぼけた木棚には彼が手に入れた『自分のもの』もちゃんとあり、お気に入りな宝物もいくつかあった。
それは父親の短刀であり、もう小さくなって着れなくなったが母親が縫ってくれたヘクター兄弟おそろいの洋服であった。
そんな話をしていた時、物に対して執着の薄そうなシュヴァインに、おまえの気に入ってる大事なものってなにかとか訊いたみたのだ。
どんな凄い物をあげるのかドキドキしながら、だ。
しかし考えた末にシュヴァインが答えたのは、「別にない」だった。
「ほとんどが『気付いたらある』物ばかりで・・・」
首を傾げて薄く笑って、銀色の髪に太陽の光が零れて輝いた。
聞いて、なんかかなり虚しい生活をしているのだなとヘクターは思ったものだ。
おかしい・・・。
豊かなのにちっとも楽しくなさそうなのだ。
何かがおかしいのだろう。
・・・こいつがおかしいのだろうか・・・。
あれからずっと、すっきりしない気分に陥ってしまっている。
そう。こいつといると、自分の中で貴族の印象がどんどん変わっていくのがわかった。
違う。
・・・すべての貴族を、自分の中の『貴族』のイメージで固めてはいけないということに気付かされたのだ。目の前には、シュヴァインのような貴族がいるのだ。
貴族のなかでも、次期皇帝を約束された地位だけでなく見た目の綺麗さも特別級な貴族のシュヴァインなのに。
シュヴァインと会うのは結構久しぶりだった。
シュヴァインが忙しかったからだ。
宮殿で大きなパーティが開かれたことはヘクターだって知っていた。
街の大通りの警備が物々しくなって、異国風の大勢の護衛付きの大きな馬車もぞくぞくと集まってきていた。
3日に渡った宮殿の行事は滞りなく済んだようで、街には普段が戻ってきつつあったけれど。
シュヴァインは外は気分がいいと楽しそうに笑っているのだけれど、ときどきちらりと疲れた表情をするのが気になった。
「私は大丈夫ですよ。それほどではありません。・・・でもやはりいろいろ引っ張りだされて、たいしたことをしたわけではないのですが形式を間違えないように緊張しながら人と会って話をするのは」
そこで言葉は途切れてしまった。
耳を傾けていたヘクターは続きを促してもあからさまに視線を外していて、もう話しだすつもりはないとするシュヴァインの態度に眉を顰める。
折角、シュヴァインが珍しく自分の話を始めたところだったのに。
珍しく・・・?
そうなんだ。
ヘクターは気付いてしまった。
シュヴァインは自分についての話をまだほとんどしていないのだ。
楽しそうにヘクターの話には耳を傾けるから、いろいろヘクターは自分のことを話したが、自分は彼のことをほとんど聞いていない。
これは不公平ではないか。
俺だって、聞きたいんだぞ。
ヘクターは最後の一口分の菓子を口の中にを放り込んで急いで咀嚼し呑み込むと、口の汚れを気にしながら小さく囓って食べているシュヴァインの正面に回り込んだ。
「おまえ、自分のことあまり話さないよな。俺の言ったこと気にしてないのだったら、なんで話さないんだ?俺聞きたいんだけど」
そう言ったら俺をじっと見て、シュヴァインは困った顔をした。
「・・・お話しするときっと、貴族だということ以上に不快にさせてしまうでしょう。そうなるのが嫌ですから・・・」
「なんで?・・・そんなことにはならないよ」
不思議なことを言う。話したくないほど不快にさせる話とはなんだろうか、よくわからないけど、だからなにも自分のこと話さないというのは変じゃないか。いろいろ頭良くて考えすぎて心配しすぎてるんだとヘクターは思った。
そう丁寧に言うのに、信じない顔だ。
「そりゃあさ、驚くような話かもしれないけどさ・・・。いいじゃん、話せよ。聞いてみて全然不快とかになるような話じゃないかもしれないだろ?それに、不快になったとしても、おまえにあたったりしないよ」
「・・・去ってゆかないと約束してくれますか?」
とても真剣にシュヴァインは言うから、ヘクターも真剣に小指を絡めて約束した。
「友達だろ、そんなことで変わらないよ。俺はそんなことでは去ったりしない」
約束をしてもまだシュヴァインは不安そうな顔だった。
平気だって。
背中をばんばん叩いてやった。
あ。
・・・あいつ肌白いけど、背中に赤い手形とか付かなかったよな・・・?
そうやって、約束をしたんだ。
この約束の日は出会った日に次いで特別な日だったんだ。
この約束したからこそ、シュヴァインの本当に知ることが出来るようになったのだ。
深い闇、圧し殺している悲鳴、背負った歪み。
あいつが隠そうとしていたのは到底信じられないもの、予想もつかないことばかりだった。
白く綺麗な姿の中の暗いものを少しずつ見せるようになって、最初に抱いたイメージはどんどん変わっていった。
・・・悪くなったというか・・・。
でも、それはあいつを知ったということなのだ。
次第に自然に振る舞うようになって、同時にシュヴァインは気味悪がられ、どんな約束であっても決して縛ることは出来ない『気持ち』が離れていってしまうことをとても恐れていたようだけど、そんなこと心配はいらなかった。
だってさ。
知りことによってヘクターは反対に、『あいつを一人残して去る』なんてこと出来なくなっていったのだから。
20130716改