再会
来ないかもしれないと思っていた。
でも、待っていた。来るかもしれない。
待っていて良かった。
宮殿の使用人通用門から続く一本道に両側に続く林の中から飛び出した小さな影はかなりのスピードで一気に距離を詰めた。
走ってきた。小さな橋の袂で待っていたヘクターの前に来ると息を弾ませながら
「待たせてしまいました」
と謝った。
「すまないことをしました。私は時間通りに来るつもりでいたのですがちょっと遅れてしまって・・・ジェラルドのせいです・・・彼は私の教育係なのですが、宮殿を抜け出ようとした直前に捕まってしまったんです。手早く終わらせた古典文字の修練課題にスペルミスがとても多かったとお説教されていました」
大きな目で一生懸命説明する。
俺は、そんなに遅れたことは気にしてなくて来たことで十分に嬉しかったんだけど、ふうんと、そっけなく返事したら
「今度はもっと気をつけて遅れないようにするつもりでいますから」
と言った。
『今度』もあるのか。
次期の皇帝陛下なのに、こいつは。
なんだか変な夢を見てるようだった。
怪しい大人たちに追われていたところを助けてみて、そのまま一緒に遊んで別れる際に名前を聞いた。また遊ぶ約束したのに名前をそれまでお互い言ってなかったのだ。
俺はヘクター、と名乗ったら、妙な間を置いてから名乗った。
それが男の名前で、さらにバレンヌ帝国だけでなく世界の運命を背負う御伽話のような奴の名前と同じだと気付いてびっくりした。
「おまえ皇帝になるのか?」
と思わず聞いた。
「きっとそうなってしまうでしょう」
悲しそうに言うから、悪いことを訊いてしまったのかと心配になった。
・・・皇帝だと。
貴族だとは思っていたけど、そこまでは考えもつかなかった。
『世界にもたらされる光』なんだって、こいつ。
嘘だろっと思った。
だってさ、「そんなのにおまえほんとになるのか?」と訊いたら泣きそうな顔をした。
威張って、笑っていないのか?
お供いっぱい連れて、幸せそうにしているんじゃないのか?
あとから、いろいろ考えて、噂の御子も銀色の髪だと聞いたことがあったのを思い出した。
じゃあ本当なのかもしれないと思った。
でも。気づくのが遅すぎたよ。
そんな凄い奴だってわかっていたら近づいたらいろいろ大変そうだからもっと考えて違う風にしたのに。
何も言わないから、貴族でも嫌なかんじはあまりしなくてふつうの奴みたいで、結構好きになってしまっていたから。
・・・シュヴァインの都合の良い時間の再会の約束に乗って、こうしてまた顔を合わせることにした。
やっぱり、女の子のようだと思う。
銀色の髪、白い手、目が大きくてちょっときつめだけど綺麗な顔、ドレスのような長い服を着て、子供なのに大人のような文法を使って話すから余計に不思議な感じがする。
「どうしましたか?」
黙り込んだヘクター少年にシュヴァインは小首を傾げた。
なんかいろいろ訊いてみたかったけど訊いたらまた悲しそうな顔をするかもしれない。だから今急いで訊かなくてもいいやとヘクターは思った。『今度』もまた会うんだから。
謎がいっぱいなシュヴァインは、ヘクターより小さいので上目遣いだった。
・・・それがやたら可愛い。男だと聞いてがっかりしたのを忘れているわけでもないけど、どきどきしてくる。
なんか癪に触る・・・。
「おまえさ、言葉丁寧で『私』とか言うし、女みたいだよな、おかしいぞ」
ヘクターは、だからそんな八つ当たりじみたことを言ったのだ。
シュヴァインは、とても驚いた顔をした。
言葉遣いを注意されたことなど最近まったくない。彼にとって、言葉遣いなど周りの大人たちの賞賛を山ほど集め、すっかり身に付けられ意識さえも必要のないものだった。
別に欲しくない大人達の言葉の価値より、同世代の少年の・・・友人の言葉はシュヴァインにとってはるかに重かったのだ。
「そう・・・なのか・・・気を付ける」
シュヴァインは紅い唇を舐めるように、笑った。
ヘクターは猫のような笑みに目を見張ったものの深く気にすることはなかった。
が、このときから完璧と謳われていたシュヴァインの言葉遣いは次第に崩れ、見事なほどの下降線、標準以下まで下がってゆくことになるのだ。
20130716改