幕開け
おそらくこれで、絡み合ってたわんでいた糸が解けて、ぴんと張り直されたと感じた。
まったくの想定外に、アキレスの理解の範疇は超えていようと、無事に二人にとって、ーーー特に皇帝の方だ、ヘクターの戯れ言から一連の問題の解決口が見いだされたようだった。
仲直りの抱擁なのだろう、を目の前で見せられるはめになったアキレスはーーー。
二人ともまとめて殴り倒したいと思った。
殴って、潰して、丸めて、きっちりと再教育したい。
できないので、この二人にはなるだけ関わりたくないと心底、思った。
「もう離れろ」
低く命令すると、つかつかと入り口に向かった。閉ざしてあった扉を開けた。
急に開いた扉の外では、驚いた顔の隊員たちが溢れていた。
「今、聞いたことは他言無用、何があろうと口外禁止だ、わかっているな!」
命令が下されて、一番に反応したのはジェイソンだった。
「もちろんです、誰にもいいません!ていうか、ヘクターさん、すごいです!こんなの、勿体なくて誰にも言いません!」
本気で言っているので、アキレスは無言でげんこつを落とした。
痛い、と訴えたが、アキレスの目は石のように冷ややかだ。
その他のメンバーも、承諾したが、次第ににやにや顔になっている。
「・・・おまえたち・・・」
「言いませんよっ、しかし、熱烈すぎてこっちまでアッチッチですよ?」
「羨ましいぞ、新入り!おれは、胸が大きな女が好きなんだが、男でもあのレベルならぜんぜん大歓ーーー」
アキレスは問答無用で腹に拳を打ち込んだ。隊員はおしゃべりも半ばで呻いて崩れ落ちていった。
「口に気をつけろ。不敬罪が科せられる。隊長として私もだ。処罰もしくは減俸、過ぎると解雇だ。フリーファイターは同じ罪でも罰は重い。覚悟の上、口にしろ」
アキレスが隊員たちを厳しく戒めている間、当のヘクターとシュヴァインは、首を傾げていた。
「アッチッチだったか?」
「どのあたりだ?」
余裕の態度を取ったかと思えばそのあとは、急に小声になって盛り上がった。
「ーーーアキレスの発言、あれは確かに、かなり熱かったよ、俺、火膨れできたよ・・・」
「うん、あれは熱かったな・・・」
「うん、もうとっても。ひどく痛かった」
「だな、わかったよ、顔かなり怖かったから」
「そう、アキレス、怖い・・・」
「いや、おまえの方な・・・」
「え、俺?俺はぜんぜん怖くないよ?」
「それ無理、怖いって・・・昔から・・・」
どさくさにまぎれて皇帝に、怖いと言われたアキレスは、聞こえているぞ、と鼻を鳴らす。
そして、怖いだろう、と思った。
バレンヌ最終皇帝、バレンヌ帝国が最後に戴くことになる皇帝・シュヴァイン陛下ーーー。
魔導師の継承術が生みだした帝国最強の戦士で魔術師ありながら、どこの誰が言い出したのか、帝国随一の美貌の皇帝ーーー。
これが、それなのだ。今までにない感慨を味わっていた。
そして、その皇帝をためらいなく殴り倒すことのできる男、ヘクターーーー。
今はずうたいのでかい子犬のようにじゃれ合っているこいつらこそ、怖いとアキレスは思った。
ヘクターがもしも、もしも死んでしまったら、自分も死ぬ。
それまで共に戦う。精一杯、戦う。
それなら、きっと楽しい、と思った。
目を逸らさず、知略をつくし、全力で生きるのだ。全力で生き残るために。
己のありったけでやるべきことを邁進する。でもそのかわり、それ以外の所では多少の苦情など受け付けない。
それが横暴に映ろうと、知らない、文句は言わせない。
生きよう。
自分らしい自分で、全力でーーー。
文句を言わせない皇帝としてーーー。
ヘクターと一緒にーーー。
自分はやってゆけると思った。
はじめて思った。
それならば、生きられる。
生きてゆける。最後まで。最期まで。生きてゆく。
シュヴァインがはじめて感じた生への希望だった。
今まで味わったことのない、生きていることの喜びと満足感に包まれていた。
そのあとの展開を簡単に説明するなら、こうだ。
知らせをもらったジェラルドが、フリーファイター隊の食堂にシュヴァインを迎えにきて、青痣と傷まるけのズタボロの姿に顔面蒼白に立ち尽くしたのは言うまでもない。
ジェラルドのあたりに響き渡るような大きな雷がヘクターに落ち、そのあと、シュヴァインにも見事に落ちた。
フリーファイター隊員一同は隅で震えあがった。
アキレスは感動した。皇帝をも叱りとばすジェラルドにすっかり一目を置いたようだ。
マントをすっぽり被ったシュヴァインはしぶしぶ、ジェラルドに引き立てられてゆき、ようやく、普段通りの平和な夜がやってきた。
隊員のなかには興奮が残っていて、いつまでも騒がしかったが捨て置いた。
アキレスにとって精神的にどっと疲れたハードな日だった。
ヘクターはそのあとも落ち着けず、うろうろとしてジェラルドが脅し文句に残していったお沙汰がいつ届けられるのを待っていたが、結局、ヘクターが咎められることはなかった。
二十日間だった。
シュヴァイン皇帝は、重病に陥り、ベッドに伏せることになって人々の前から消えた。
その間、実にいろいろな噂が飛び交った。面白可笑しく育っていく噂の中にはヘクターの名がいくつも登場したが、本人はまったくどこ吹く風で気にせず、相手にもしない。その態度に、悪辣とさらに噂話は盛り上がりもしたが、ヘクターだって忙しいのだ。
宮殿の奧では皇帝により、秘密裏な会合がもたれていた。そして幾人もの戦士に招集がかけられ、入れ替わり集められた。そのなかにはヘクターの姿もあった。呼ばれた戦士たちは己の防具と武器を持参し、皇帝直々による面接と試験、審査と吟味を受けたようだ。
二十一日後、突然の話だったが、皇帝の直属部隊の一新が発表された。
二人のメンバーが公表された。
選ばれた者は、ホーリーオーダー・ソフィア。そして、フリーファイター・ヘクター。
残りの二人もまもなく発表されることになる。
イーリス族のウインディ。最後は、イーストガード・ジュウベイ、だ。
これが最終皇帝・シュヴァインの戦闘パーティである。
シュヴァイン皇帝の真の時代の幕開けだった。
20130716改