フルフェイス参上
昼食と昼休みを終えて、アキレスが隊専用の食堂を出たとき、外の修練場にヘクターと見知らぬ者がいた。
少々サイズが合わないぶかついた服を着ている細身の男だった。取り立てて特徴のない出で立ちではあったが、どこかで見たような気がしたが、そんなことは、フルフェイスの防具を被っていることによりすっかり忘れた。
雲一つない青空が広がる好天のなかで、腕や肩、胴に至ってはまったく防具を着けていないのに頭だけは、暑苦しい物を被っている。手を覆うグローブは付けていたが、かなり妙な格好をしていた。
修練場を取り囲む木製の柵にもたれて、話していたようだったが、アキレスに気がつくと、ヘクターが近寄ってくる。
「アキレス隊長、あいつ俺の古い友人だがしばらくここで一日体験入隊したい、ということなんだけど、許してもられないだろうか」
「部外者を連れ込むのは規律違反になるぞ」
「そうおっしゃらず・・・頼みますよ。どうしてもここで過ごしたいと言うので・・・」
ヘクターは頭を下げる。
「絶対問題を起こすような者ではないですから、お目こぼしをお願いします」
「今日だけだぞ」
眉間に皺を寄せながら、フリーファイター隊隊長、アキレスが渋々許可した。
本当のところは、ヘクターという新入りのために、隊の空気はばらついているし、帝国側との板挟みになっている隊長としては、これ以上のもめ事に繋がることは極力避けたいのだが、友人というフルフェイスはもう目の前にいる。追い返すのも躊躇われた。
遅れて出てきた隊最年少の若いジェイソンが、「誰、あれ??」と大声を上げて、説明する暇もなく、ヘクターとフルフェイス男のところに走っていた。
ジェイソンは、今のところ隊唯一のヘクターファンである。どうやらヘクターに男惚れしていて、すっかり子犬のように懐いてしまったようだ。
「ヘクターさん、誰ですか、誰ですか、その人、紹介してください!」
「ああ・・・俺の友人・・・」
歯切れ悪く答えるヘクターに
「ギルドの御友人ですか?」
語尾にハートマークが付きそうなはしゃぎぶりであったが・・・。
「そういう関係じゃないよ」
「なんだぁ・・・」
思い切り落胆した様子にヘクターは苦笑した。その横のフルフェイスは無言を通した。
「でも剣を扱う奴だ。暇なら一勝負してフリーファイター精鋭ジェイソンくんの実力を披露してやるといい」
「ええ?、怪我させても嫌だし、出来ませんよぉ」
「怪我なんて、こいつは気にしないさ、そんなこと心配する必要ない」
「本当ですか??知りませんよ、俺??」
勝負することに決まり、ジェイソンはヘクターの前で、いいところを見せたいのだ。やる気満々にストレッチをはじめている。
フルフェイスがそっと手招きした。
ヘクターが歩み寄り、耳元になにかを囁かれる。
「ああ?、もう本気にやっちゃってくれていい。ギルドじゃないと聞いて思い切りがっかりしていたし」
フルフェイスは小さく頷いて、柵の立てかけてあった剣を握った。修練場に常備してある練習用の長剣だった。被っているフルフェイスの防具も修練場常備の備品だったが、使う者がほとんどいないため新品同様の銀色が眩しい有様だった。
「じゃあ、いきますね?、ヘクターさん」
武器を手に向き合っているのに、相手ではなく、ヘクターに声を掛けるジェイソンに「おお、負けるなよ」と笑顔で応じたが、小さくまじめにやれ、怪我するぞ、と呟いた。
アキレスが、試合の見届け役をかってでて、修練場に一緒に入っていたが、ヘクターは場の外で、丸太の柵に腕を付いて頬杖をしながら試合の観戦をする。
試合は、ジェイソンの完敗だった。
三撃まではなんとか持ちこたえたが、すでにバランスを崩されていた。
第四撃に剣圧に耐えきれず、押されるままに後ろに引っくり返って尻餅をついた。ジェイソンは目を皿のようにして、平然と立っているフルフェイスを見上げていた。試合を見届けたアキレスの方も呆然としている。
ヘクターは首を竦めた。
だってこれはしかたないし・・・。
「もう一度もう一度」と立ち上がると鬼気迫る顔でジェイソンがフルフェイスに再戦を迫って、承諾の首肯をもらった。
今度は先とは比べものにならない気迫で構えている。が、結果はかわらないだろうとヘクターは思い、その通りだった。そのあとの五戦もすべてだ。
アキレスは早々と、二試合目以降の見届け役を放棄し、ヘクターの横に立ち、一緒に試合を観戦した。
ジェイソンは若いが決して特別弱いわけでない。昨年行われた少年闘技会の優勝者で、アキレスは見込みのある若者だと評価している。
「まるで勝負にならんな」
ヘクターは笑っている。
「あれは、誰だ」
「隊長さんも知っている奴です」
アキレスは先ほどからずっとフルフェイスの動きを目で追っているようだ。
「おまえは手合わせはしないのか?」
「俺はあいつと戦うの、嫌なんですよ。最初にちょっとやったんですが、なんかもう・・・あっちもそうみたいで、だからしません」
「恐ろしいほどの剣技、身のこなしだな。あんな相手と戦って勝ちたいと思わないのか?」
「俺はあいつと戦うために鍛えたわけではありませんからね。でもまあ戦うなら、勝ちたいと思います。が、たぶん負けるでしょうね?」
のほほんと答えた。
「直属部隊に入れろと直接嘆願した男の割には、えらく弱気だな」
「それはそれ、これはこれってことですかね」
にっと笑って見せるヘクターと厳しい表情のアキレスの元に、へとへとになったジェソンが戻っていた。
「お、おれ、勝てない・・・おれ一回も、かすりもしない・・・腕が、いたい・・・」
悔し涙を浮かべて鼻をすすり上げる後輩に、加減するなと注文したのは自分なのでヘクターは、優しく頭を撫でて慰めてやったが、子ども扱いしないでくださいと、怒りの八つ当たりがとんできた。
「私もお手合わせをしていただけるだろうか」
改まった敬語に、ヘクターはアキレスに目をやると、男はそれまでとは別人のような闘志を双眸に湛えて、修練場内部で一人素振りの感触を確かめるフルフェイスを見つめていた。
「おーい、アキレス隊長が手合わせしたいっておっしゃっているけどいいかー?」
すると、のこのことフルフェイスはヘクターの前まで戻ってきて、耳打ちをした。
「えっ、剣、エディレンヌ?・・・練習用だってそこそこ強度はあるだろう?」
嫌そうなヘクターに、ぶんぶんと首を振って見せ、アキレスが携えている二本剣を指で示した。
よく手入れの行き届いた業物が二本、鈍い光を放っていた。
ヘクターが折れた。しぶしぶ。
「・・・わかったよ、貸すよ・・・」
そのころには、観戦者は隊員全員となっていた。次はアキレスが戦うとなって、観戦者の熱気が上がってゆく。
アキレスは、片刃の二刀流の剣の使い手だった。対して、フルフェイスはヘクターの大剣のエディレンヌだった。
どちらも盾を使わない攻撃重視の戦法となるはずだ。
剣としては両手で持つエディレンヌの方が重い。その剣を借りた男は、ヘクターよりも少々細身に見える。そんな男が、他人の大きく重い剣を使いこなせるのかーーー。
十分に扱えた。ヘクターが苦笑を深めるぐらい十分に。
無理だろうと踏んでいた隊員のあちこちから、賞賛の口笛が上がったが、今度の試合はジェイソン並の短時間勝負にはならなかった。何度も打ち返しが続き、互いがわずかな隙を狙うがふさがれるか、もしくは反撃を喰らうって結果に繋がらない。撃ち合いは激しく、鋭く、淀みない。
すげえと、感激の声を漏らしたジェソンが「アキレス、ガンバレー、絶対負けないで?」と応援を送った。
その横のヘクターは、ははははと笑っている。
二本の剣とエディレンヌががっちりと組み合って、試合の動きが止まった。
そうなると力押しか、タイミングを見計らって引いて次の手に移るか。
緊張状態が続いた。
フルフェイスの方の表情はまったく見えないが、額に筋を浮かべたアキレスの形相には渾身の力を出して応じていると感じられた。
試合の行方はどうなるかーーー。
固唾を呑んでいる者たちが、度肝を抜かれた。
双方の力が尽きるまで動けまいと思われた試合が一瞬で転がった。アキレスより一回り細身のフルフェイスが、一呼吸で均衡を押し破ったのだ。
耐えきれず後ろに蹌踉めいたアキレスが体勢を整える暇なく、翻った大剣が大きく空を舞った。
ジェイソンが悲鳴を上げた。
アキレスの首を軽く跳ね飛ばす勢いを備えた剣は、紙一重のところでぴたりと静止して、数秒後、アキレスは静かに負け認めた。息を呑んで見守っていた観客はやっと呼吸を取り戻した。
突然現れた男に隊長が負けてしまったことになる。
重い空気が垂れ込めはじめた。が、その雰囲気を払拭したのが、当のアキレスだった。
「おい、手が空いている者、空いてないなら空けろ、手合わせを申し込んでおいた方がいい。このチャンス逃したら馬鹿だ、こんな相手にはなかなかお目にかかれるもんじゃない」
気圧されていた男たちが、おう、と拳を握った。
「俺とやってくれるか?」
「あんた、誰か知らんが強ええなぁ、俺とも、頼む」
俺も、俺もと続き、フルフェイスは、申し込んだ全員に頷いたようで、そのあと夕方まで修練場は賑わい続けた。
すべての相手をフルフェイスはこなした。そして、すべての者に打ち勝ったのだ。
その頃には、すっかり場は打ち解けて、最初胡散臭い目で見ていた者たちも素直な感嘆の気持ちで話しかけていた。ただし、フルフェイスは首を振るか、頷くかで、言葉は発しなかった。
ヘクターはずっと柵で頬杖をついて勝負を観戦した。
ヘクターとフルフェイスの勝負を切望する者もいたが、ヘクターははじめの言葉通り、手合わせをすることはなかった。
修練の時間が日没と共に終了したころには、フルフェイスはフリーファイター隊の一員と化していた。フルファイスを被って顔を見せず、声を出さず変わっているが、倒れた相手に差し出す手を持っていた。足をひねったと顔をしかめた男には無言で足首を取り上げて様子を確かめる気さくさがあった。しゃべらないから、いくら勝っても威張らないというのも大きいだろうが、謙虚だった。
ヘクターに反発を持っている者も、このフルフェイスには笑顔で肩を叩いたぐらいだった。
修練が終われば夕食の時間だった。
ごく自然に食堂に誘われて、フルフェイスもヘクターと共に食堂のテーブルに着いた。
上機嫌に酒が振る舞われた。
グラスがフルフェイスの前にもやって来た。
「おいあんた、もうそれ取っていいんじゃないのか?」
頭に被り続けているフルフェイス防具だ。
ひげ面の大男の斧使いは、頭一つ分小さい相手に負けを喫したわけだが、完膚無き完敗には、もう悔しさなんて女々しいものは生まれなかった。相手の桁外れの強さに心酔だった。とにかくこの男を気に入ってしまった。
夕食を奢ると言い出したのもこの男だった。
「そうだよ。顔に傷とかあって気にしているのかも知れないけど、そんなのここでは平気だって」
「そうだそうだ、顔になくても大抵の奴はスネに大きな傷を持っているしな?」
どっと笑いが起こった。
「そんな暑苦しい物、さっさと取っちまって飲もうぜ?」
陽気な声が飛び交う中、ヘクターは静かに酒を口に運んでいる。
「じゃあ、食堂の中でははずす」
立ち上がったフルフェイスが、はじめて甲冑の中からくぐもった声をだして、おおーと歓声が上がった。
ヘクターと、アキレスだった。
二人だけは目を向けなかったが、大注目の中で、銀色のフルフェイスが脱ぎ取られた。
束ねた銀色の髪が背中に落ちた。
食堂は水を打ったような静寂に包まれることになる。
「どうした・・・急に静かになったぞ?」
まわりを見回し首を傾げるシュヴァインに、ヘクターは気のせいだろと言った。
「料理が来た、座れよ」
「ああ」
顔色をなくした男たちの中心で、シュヴァインはひげ男を振り返った。
「奢り、感謝する。いただく」
「・・・あ、あぁーーー喰って・・・お食べに・・・・・・たくさん食べてくれ、好きなだけぜんぶ・・・」
「ありがとう」
にこりと感謝の笑みを送られた男が椅子から派手に転げ落ちていって、これが静寂を壊すよい切っ掛けになった。
ざわつきが戻ってきて、ヘクターはほっと安心しながら言う。
「顔の腫れはほとんど治まっている」
「そうか。でもこれのおかげで邪魔されずに、面白い時間が過ごせたよ」
「そりゃ、よかったな」
アキレスだけは気がついたようだったが、他の誰もフルフェイスの中身に気がつかなかった。深く追求しようとはしなかった。
いささかヘクターには信じられなかったが、修練場の横を、騒ぎに顔を顰めて通り過ぎていった正規兵隊長クラスや文官、役人たちも、怪しげなフルフェイスが誰なのかまったく気にもならなかったようだ。
ただし、このあとフルフェイスを取り払ったシュヴァインに話しかけたのはヘクター一人だけで、少々寂しく感じながら奢られた料理を完食した。
そしてシュヴァインは再びフルフェイスを被ると、それではと、いとまの挨拶をして、食堂をあとにした。
ヘクターが部屋に送り届けるために続いたが、二人が去って扉が閉まったとき、見送った全員がどっと溜息を吐いた。幾人かがずるずると床に寝そべり放心状態になり、またそれまで行っていた食事を取るふりをやめて、そのままいつまでもテーブルに座り続ける者もずいぶんと多かった。
普段なら、隊長であるアキレスは、喰ったらさっさと宿舎に戻れと注意するところだが、今日だけは自由にさせて自分だけさっさと戻っていった。
20130710改