セキとエディレンヌとヘクターの評価
ヘクターが皮袋一つを担いで、フリーファイター部隊詰め所に姿を現したときの隊員たちの反応は歓迎ムードにはほど遠かった。
決勝戦をほとんどの者が観戦していたので、その後に、皇帝陛下に「直属部隊に入りたい」と直談判した新入りが好感を得るはずがなかった。
正規兵ほどではなかったが、同じ傭兵部隊の中にも、生意気な奴だと反感を持たれてしまっていたことは否めなかった。
でもそれだけではなかった。
ヘクターのギルドの公認ライセンスだった。
ギルドに伝を持つ者がいたのだろう、それまであまり公にされていなかったヘクターの個人情報がここではすっかり明らかになっていた。
ギルドに登録し、一定の仕事をこなした者には、ギルドから戦士のライセンスが与えられる。アウトローたちが得ることができる身分証だ。犯罪を起こした経歴がないか、仕事を請け負うための必要な健康状態にあるか、など最低限の条件はあるが、それほど難しいものではない。だから、持っていてもたいした意味のあるものではない。
ただし、ハイクラス・ライセンスーーー公認ライセンスとなると話は変わる。
試験官となる戦士と行動を共にし、戦いの技量だけでなく、素行、判断力、思考構造から精神構造すべてを計られ、認められた者たちが与えられる特殊なライセンスになってくる。自称傭兵の男たちな塵芥といる社会のなかで、ギルドが正式に技能と信頼を保証する公認の戦士となると、限られたごく一部、選びぬかれたエリートだった。
難しい試験を合格した者だけがなることができるとは、誰もが知っていても実際試験官に辿り着く過程は一切謎で、ギルドも明かしていない。
それでも年に一度、多くて数人認定者の発表がされるのだ。年によって該当者無しの時も多い。
認められ、ハイクラス・ライセンスを取得した者がどんな恩恵を得るというと、高報酬の、つまりは並の技能ではこなせない難易度の高い仕事を優先的に斡旋されることになる。
また彼らはギルドから特殊な身分証明の金属プレートタグを配布されて、身に帯びてその証としている。それはつまり、選ばれた者たちは決してライセンスをひけらかしてふんぞり返っているわけではない。権威を振りかざすような真似をしたら、品行不良で剥奪されることになる代物だ。
一般人からしたら、所詮、付加価値が多少付随しようが傭兵は傭兵、ギルドの一般の戦士たちからはやっかみ半分で、取得する意味など無いくだらない自己満足のライセンスだという意見もちらほらある。
ただし、目の前に現れた若造がそれを持っているとなると話は別だ。隊員たちがヘクターに向ける視線は値踏みをするかのように厳しかった。
ヘクターは首を竦めるだけだ。
そして、その他にヘクター本人ではなくヘクターの所持する大剣に注目している者もいた。大剣・エディレンヌだ。
目利きができる者なら、大剣鍛冶職人の神と呼ばれた名人の手による一振りだということが、柄や鞘の特徴ある装飾部分は布を蒔いて隠しているつもりだったがしっかりバレているようで、ぼそぼそと囁かれているのも、やはり居心地が悪かった。
重く淀んだ空気に、さてどうしたものか、とヘクターは一瞬考えたが、まあ、どうでもいいか、と思い直した。
公認ライセンスはもちろん本物だ。そのために吐いた血反吐だった。
エディレンヌは元々はヴァランの剣だ。あの男はどういう経路で入手したのか、その剣は本来なら自分が持てるような剣ではないこと自分でも知っている。
でも今の所有者は俺。
誰かに文句を言われる筋合いはどこにもなんにもないのだ。
入隊書の書類を一枚記入した後、詰め所の奥に移動した。奥は食堂をかねた広いスペースとなっている。食堂の横の扉を抜けて外に出ると、フリーファイター隊専用の修練場があり、食堂奧の扉の先は渡り廊下でフリーファイター隊兵舎に繋がっていた。
フリーファイターをまとめる隊長は、アキレスという三十代半ばの、細身の物静かなタイプの男だった。
細身であろうと無駄のない筋肉を身につけ、長さの違う二刀を両手にする二刀流の使い手で、盾を捨て二倍の武器を持つ攻撃重視の戦闘スタイルの男が、物静かでも穏やかな気性の持ち主ではありえないだろう。
そのうえ、隊長だった。傭兵の信頼関係はともかく、実力者であることはまちがいない。
「空き部屋を掃除させている。終わり次第案内する」
兵舎の手配をすませてくれたアキレスに、ヘクターは軽く会釈した。
掃除が終わるまでこの食堂広場で、時間を過ごすことにした。
テーブルに頬杖をついていくらもしいないうちに、眠気が襲ってきてヘクターはうつらうつらと惰眠をむさぼっていた。さすがに昨日の夜は興奮にあまり眠れなかったから。
誰かが名を呼んだ。
部屋の準備ができたのだろうと思って席を立ったが、違っていた。
「ヘクターさんに来客です」
緊張した面持ちに告げたのは、まだ十代ではと思うほど若いジェイソン隊員だった。
彼はヘクターに全面的な好感を寄せているらしい貴重な存在でもある。
「客ってーーー」
訝しむヘクターに、ジェイソンは小声で名を言った。
知らない、とヘクターは首を傾げると、ジェイソンが小声ながらも声を荒げた。
「だからっ、陛下の直属部隊を務めるセキ殿と、同じくガーネット殿です。凄い人たちですよ、俺、びっくりですっ。若者らの砦に部外者の老体がのこのこ入り込むのははばかられるから、外に出てきていただきたいーーーってことです。待ってらっしゃいますよ」
あ、とジェイソンは慌てて付け足した。
「剣を持ってきてほしいって、って、言っていた」
「剣、ねえ・・・」
ヘクターは溜息を吐いたあと、気を取り直して向かった。
「おやおや、みなに熱い視線を注がれているねえ」
魔術師ガーネットが、ヘクターの取り巻く状態を見て、ころころと上品に笑った。
はあ、新入りですので、と返事をすると
「公認ライセンス持ちだと聞いて、同業でありながら、心を乱されない者はおるまいて」
穏やかなセキに、ヘクターは再び、はあ、と応じた。
なぜ、みんな、知っている。
闘技会参加の申込書類には、ライセンスには一言も触れなかったのだ。困り果てたときには最終手段にちらっと使ってもいいかなと考えていたぐらいなので、ジェラルドにだって話していないし、困ったこともなかったので、誰も知らないことのはずなのに。
「どうもここでは話辛い。もう少し静かな場所で老人の思い出話につきあってもらいたい」
それにはヘクターも同感だった。詰め所の前での衆人環視の中での立ち話などできるものではない。
二人に案内されて、ヘクターはついて行く。誘われたのは宮殿の裏手に広がる庭園の東屋だった。一般兵が気軽に立ち入って良い場所なのだろうかという雰囲気のある場所でもある。
美しく手入れの行き届いた庭だったが、裏手のためか散策する人はほとんど無かった。
まちがいない。
ヘクターにとっては、記憶にある少々懐かしい場所でもあった。
セキとガーネットはあたたかな笑顔で、ヘクターにベンチを勧めた。
なんとなく、ヘクターももうわかっていた。
彼らがなぜ自分の前に現れたのか。本当はヘクターではないのだ。
二人はひどく優しい目を、ヘクターの持つエディレンヌに向けていた。
エディレンヌの知り合いなのだ。つまり、ヴァランのーーー。
だから、「その剣を見せてもらえまいか」とセキに請われたとき、ヘクターは黙って手渡した。
セキは懐かしそうに剣を見つめ、ガーネットにも渡した。
「ああ、やっぱり間違いないわね、見間違いではなかった・・・また出会えるなんて」
ガーネットはそっと剣を胸に抱きしめた後、ありがとうと、ヘクターに返した。
「剣などという大切なものを、見ず知らずのわしらに見せてくれて感謝するよ、戦士殿」
セキは60を少し越えたほどの歳であり、ガーネットは40半ばほどだろうか。
前皇帝が現役の頃から、帝国の精鋭として戦っていた二人なら、知り合いでもおかしくなかった。もしかするとヴァランは彼らと共に戦ったのだろうか。
ガーネットが、ずばりと聞いてよこした。
「あなたは、ヴァランの息子?」
「いいえ、違います。まったくの誤解です」
きっぱりと否定した。これは決してうやむやにしてならないことだと思っている。
「ならなぜ、あなたは彼の剣をーーー。彼が亡くなったとき、翌日にはもう彼の剣が消えてしまったの。私たちはみな、懸命に探し回ったのだけれど、所在を掴むことができなかった」
悲しかったわ、という言葉にやるせない想いが滲み、ヴァランが彼らととても親しい仲であったことが知れた。それは悲しくて、嬉しかった。
「詳しいことは、許してください。でも剣は確かに、ヴァランから、ヴァランの最後の意思を汲まれて、俺の元にやってきました。俺は決してやましい真似をして手に入れたわけではありません、ヴァランの誇りとエディレンヌに誓って」
「あなたはまだ小さかった頃よね。ヴァランと親しかったの?」
「俺が世話になっていた酒場に、ヴァランがときどき遊びに来ていました」
「ああ、ザムジーニ殿か。我らも数回、飲みに行ったことがあったな」
「ヴァランは陛下がご幼少の頃、よく街に抜け出して遊ばれていたから、護衛役について回っていたのよね。あなたにとっては、彼はさぞかしおっかないお邪魔虫だったでしょう、あいつ、悪意はなくても結構乱暴だったから」
「ええ、まあーーー」
と答えてしまって、ヘクターはすぐにはっとなったが、後の祭りだ。
じいっとヘクターの表情を見つめていた妙齢の美しい女魔術師は、わずかな動揺を逃してはくれなかった。一転して深い赤色の唇を綻ばせて、妖艶な笑顔を浮かべた。
「やっぱりね。あなたは陛下の知り合いね。陛下の街遊びの理由だった噂の子なのね!」
容赦なく断言だった。
ヘクターは平常を装いながらも、己の失態にひたすら心の中で唸るだけだ。相手の友好的な空気に油断して、ヘクターの予定外のところまでうっかり明かしてしまっていた。
とはいえ、相手はしっかり計画範囲なのだろう。親しげな笑みはすさんだ色はなかったけれど、腕を組んで艶やかな笑顔でひたりとヘクターを睨めつける女魔術師に身ぐるみ剥がそうとする意図がある以上、非常にやりにくいと感じた。
海千山千の女傑相手に誤魔化そうと慌てていろいろな否定の言葉を重ねてみても、どんどん墓穴を掘り進めるだけになりそうで困っていると
「そんな顔をせんでも、我らはなにも他言はせんよ」
セキは穏やか言った。
「ただあまりに懐かしい剣を持った若者が現れて、陛下が今までにない興味を示された。気のせいではない、おぬしは陛下にとって特別な者だということが、どうにも嬉しいのだ。皇帝になられて以来、いやおそらくそれ以前からずっとだな、気持ちを押し殺し、人当たりはよいが、まるでなにも見ておられないようなうつろな目をなさる陛下が、おぬしがやってきてはっきりと眼をお開きになった。こうでなくちゃならん。あんな目をなさっていてはならんのだ」
そうは思わぬか、と尋ねられたヘクターは、とっさに言葉が出なかった。
俺はそんな目は知らない、とだけ、あえぐように答えた。
「なぜじゃ、おぬしは今まで何ら、気づかなかったか?」
やんわりと、でも責めていた。
「違う、俺は今までずっとアバロンから離れていたからーーー」
「ずっと会っていなかったか?」
「はいーーー」
セキの横で、苦笑を浮かべるガーネットがそっと首を竦めたことに、いっぱいいっぱいなヘクターは気がつかなかった。
ヘクターには衝撃的な情報だったが、セキにとっても今まで口に出したことなどないことだった。セキが感じる事実だったが、おいそれと公言できるものではないし、もし話したとして、見事に立ち居振る舞う皇帝に、はたして、どれだけの者が信じるかもわからない。
一種の賭だった。
賭の結果に、セキは満足だった。
派手な格好のわりに穏やかな対応をしてよこしたが、この若者も似たところがあった。目に宿る感情の色が薄いのだ。それはセキやセキが友人とする者たちには失われてしまった若さの特権であるはずなのに。感情とは激情の表れだ。この世代は、本来、有り余るエネルギーに多少粗暴であっても仕方がないと考えるセキはもの悲しさを感じた。あのお方は皇帝、この若者は屈指のギルド・ライセンス持ちーーーそういうことなのだろうかと諦めの心地になったが、そのあとの変化が予想以上に好ましかったのだ。
他の者から言えば、ただの失態、失敗だろうが、それまで上手くとりつくろっていたヘクターが、見る間に顔色を失い、うろたえた様子にセキの心が震えた。
いままでアバロンにいなかったというヘクターは、でもセキの言葉を一笑に付さなかった。彼はわかっているのだ。知っているのだろう皇帝の人となりを。そして問題を。
だから理解した。理解して、強い不安を露わにした。恐怖の色にも見えるほどに。
家族でもない誰にそれほどの感情を持つだろうか。ましてや、帝国の皇帝になど、あのジェラルド以外にそうはそうはいないと思い込んでいたから、特に。
セキは非常に満足だった。
ただし己の好むと好まざるとにかかわらず、排除すべきものはある。
他意や悪意がなくても危険な障害物になることがある。大事になる前に見定め、適切な処置をするのは己の役目だとセキは自負していた。
ヴァランの剣もあったが、ヘクターを訪れた目的はまぎれもなく選別のためだった。
手のひらにある小石のように転がされ、分析されて、総じて『まあこいつは有り、足手まといにはならない程度の頭脳と技能はあるだろう』として、ヘクターは除去をまのがれたわけだが、当人が、セキは剣術だけでなく冷徹知略家としても名をはせる非常に危険な武人だとを知って、じっとりと肝を冷やすのはもう数日あとの話である。
別れ際に、セキはにこりと笑った。ヘクター的に言えば、それまでとは違うとても子どもっぽい笑顔をした。
「もしよかったら、その剣を譲って貰えまいかな。蓄えは、歳の分、陛下よりも遙かにあるぞ。黒龍のレアもの一式などどうじゃ?陛下はまだ黒龍に邂逅してないから無理もないが。わしの方がかなり貴重だぞ」
「すみませんが、やっぱり、お断りします」
まじめな顔で頭を下げて、その後ヘクターは、二人といっしょになって、くつくつ笑った。
「陛下はずっと待っておられたのかの。なぜご自分の戦士を選ぼうとされないのか不思議だったのじゃが、あの者が戻ってくるのをひたすら待っておられたとするなら合点がゆく」
「到底、誰彼を待っている者の目には、わたしには見えなかったのだけどねぇ。諦めてたってことかしらね。でも帰ってきた・・・しかもあいつの剣を使いこなして・・・。なんだか、こうなっちゃうと・・・寂しいわ」
ガーネットは、ふうっと溜息をついた。
「まだまだ若い者には、わたし、負けないのに・・・」
「一陣の風が吹き込んで、停滞していた時が流れ出したのだ。わしらは長い間よくやった。そろそろ若い奴らに交代してやらぬと、疎まれてもかなわぬよ」
セキも、ある種の予感を感じていた。予感はきっと現実になってゆくだろうと、ヘクターという青年と話をして確信した。
本当の新皇帝新時代がこれからはじまってゆくのだ。
「役目を終えた老兵は、故郷に帰るか・・・」
もの寂しさは拭えなかったが、心は晴々と明るかった。
20130716改