謁見戦
ジェラルドに勝つと宣言した通り、決勝戦など問題はなかった。
派手な格好のヘクターという若い男がえらく強く、決勝は面白くなりそうだという噂に、観客席はここ数年ではまれに見るほどの人の入りとなったが、彼らには少々不満が残ったようだった。どうせなら、手に汗握る戦いをたっぷり味わいたかった。あっけなすぎる、物足りない。そんな不満だった。
重さを感じさせない大剣を持って走る男は、大きな棍棒と数激を激しく打ち合った。力ではほぼ互角といった押しだった。火花が散る金属の撃ち合いを存分に堪能できると思っていた観客にとって、そのあとの展開は拍子抜けだった。ヘクターが一瞬の隙を見て、大振りの棍棒攻撃を交わした。
交わしたと思いきや身を沈め接近し、がら明きになった胴に大剣ではなく、脚を思い切り打ち付けた。渾身の蹴りだ。蹴りをまともに喰らった、ガシャンと鎧の摩擦音を響かせ引っ繰り返った。
そして勝負は決まった。決して簡単でないことを簡単に言うとこうだ。
決勝戦は、模擬刀は使わない。持ち前の実際の武器と防具で実戦さながらの試合になる。
回復術を専門とする魔術師たちが控えて、審判人たちに優劣の判断がつき次第試合は終了となるが、多少の流血をいとわない危険なものだった。
頑丈の甲冑を着込んだ棍棒戦士はまともに蹴り攻撃を受けて吹っ飛ばされたが、甲冑のおかげでたいしたダメージにはならなかった。
けれどその甲冑が裏目に出て、重すぎて身軽に起き上がることができず、首筋に刃物だった。いつの間にか取りだした小さな短刀を得物として飛びついたヘクターが首の隙間にねじ込んだ。そんな得物は客席からはよく見えなかったはずだ。
だから、訳のわからない、拍子抜けするほど地味な一本勝ちとなった。
試合開始直後に「まるで甲冑豚だ」と相手に聞こえるように呟いたヘクターに審判人は品性に欠点を付け、ヘクターにしては大剣をほとんど使っていないという決戦に、血湧き肉躍りたかった観客には近年まれに見るブーイング、不満の嵐だった。
けれど、試合の勝敗は見せ物ではない。実戦での勝利に重きを置いているので、帝国の審判人たちにとっては、ヘクターの戦い方は無駄のない鮮やかなものと高評価が与えられる手際の良い試合だった。
そう試合は、ヘクターの予定通り、問題はなかった。
そして、この後だ。
ヘクターにとって本当の戦いが控えていた。
決勝戦の間、たえず、相手を挑発するような薄ら笑いを浮かべていたヘクターからすっと余裕は消えた。笑みが消えた顔は整った顔立ちと相まって、切れるように鋭くなった。
挑むような眼差しでじっと観覧席を仰いで待っていたが、時が来た。警備兵から注意が入る前にヘクターは跪いて、頭を垂れた。
優勝者には皇帝陛下からのお言葉がいただけるのだ。
号令に続いて、観覧席の奥から、白い人影が光の中に現れた。頭を下げて待つヘクターは全身で気配を感じ取る。
本来ならその場から、二言三言与えられるはずだった。
しかし今回は違った。皇帝は、じっと地上の勝利者の姿を見下ろしていたが驚きの行動を取った。群衆の見守るなか、お出ましになっただけに留まらず、皇帝はさらに一歩踏み出した。
日差しの中へと身を翻した。観覧席の手すりを軽々と飛んで客席に降りた。
降りたのも一瞬、皇帝の姿は滑るように移動した。周りの側近や近衛兵隊に慌てふためいたが、追いつける者はいなかった。軽やかに客席の間をすり抜けて、客席の境を跳んだ皇帝の姿は、あっという間に闘技場のグラウンドにあった。
場内が動揺し、警備兵が警戒に殺気立つなか、ジェラルドはただ一つ溜息を吐いた。なかば、なにかがあることは覚悟をしていたから。予想は当たったなあ、という溜息だ。そうして、静かに主の後を追った。
ヘクターは動かなかった。緊張状態に陥っているところに、自分が下手に動くなら、殺気立っている警備兵や近衛兵やらが寄ってたかって取り押さえにきて、この場が目茶苦茶になるぐらいわかるのだ。
足音が近づいた。
頭を垂れたままじっと待つヘクターの前でぴたりと止まった。
「面を上げよ、ヘクター・ラウル。見事な試合だった」
静かな皇帝のねぎらいの言葉に、ヘクターは顔を上げた。
これが約十年ぶりの再会だった。
ヘクターにとっては待ちに待った時間、喜びのときだった。
ただしヘクターが素直にその気持ちを表すことはない。許されない。
理由は、子どもにだってわかる決定的で致命的で無情なものだ。
しかし、いまさらだった。一平民でしかないヘクターが気やすく話しかけられる相手ではないことぐらい、とうの昔からわかっていたから、どっぷり沈み込んで悲しがることではなかった。
皇帝がヘクターをまったく無視した、ただの勝者の謁見のありきたりな一場面になることも予想していたのだ。
だからヘクターは、この再会に幼なじみからの、“なにか”を特別期待してはいなかった、のだがーーー。
微妙な空気が流れつつある。
たとえば気持ちを表に出すことはできなくても、のど元まで込み上げている再会の感激のためにヘクターの視線は熱く熱を持つものだったろう。
ならもう一方の再会の当事者である皇帝は、シュヴァインはーーー非常に、非常に冷ややかだった。
どうしても口の端が弛んでしまうヘクターの前で、皇帝は凍てつく無表情が続いていた。
異変に気づいた者たちが不安そうな顔をして、自分に救いを求めていることに、傍らで控えるジェラルドはすぐに気づいたが、努めて素知らぬふりをした。
「この先のおまえの希望はなんだ」
皇帝のこんな踏みいった質問を投げかけることも異例だったが、直答を許される間も止める間もなく、即答してのけた傭兵にも、人々は度肝を抜かれる。
「もちろん、帝国フリーファイター隊入隊、そして皇帝直属部隊に入ることですね」
腕を組んだ皇帝は、静に言葉を投げかける。
「報奨金は1000金だったか。では、その三倍を支払う。それだけあれば、しばらく遊んで暮らせるだろう。血なまぐさい仕事を辞め、新しい真っ当な仕事をみつけたらどうか。例えば、アバロンの下町で食堂を営むなど、おまえには似合いそうだ」
帝国の役人たちは目を剥いた。
当のヘクターは、チッと聞こえない様に舌打ちをしていた。やっぱりきたか。そんな苦々しさだった。
成り行きをあらゆる者が固唾を呑んで見守っている。
普段になく皇帝は不機嫌でとりつく島もない空気を纏い、なぜかこの戦士を強く拒否しようとしている、と感じられた。そして、それは正しかった。
ヘクターは面白そうに言う。
「三倍なんて軽々しくお約束をしてよろしいので?」
「ああ。国庫は関係ないものを用意するから。私が戦って得た、大火龍の爪と牙、龍玉だ。いずれも貴重な代物だから売れば、三倍は軽くゆくはずだ」
冗談、五倍だって値段がつくぜ、とヘクターを感嘆させるレア中のレア、ハンターやマニアが垂涎な貴重品だった。
それでも返事は、決まっている。
「せっかくのお話ですが、お断りします。若い者が遊んでいては、おやっさんに叱られます。それに、恩義あるおやっさんの店のあるアバロンでは自分の店など持てるはずがありませんね。そうじゃありません?」
ぞんざいな言葉使いは、ヘクターの方では一応気取って丁寧にしていたつもりだったがもちろん足りない。不敬を働く戦士を咎めるため詰め寄ろうとした者もいたが、ジェラルドがそっと働き、対話の介入を止めさせた。
切り返しに痛いところを突かれ、これ以上食堂経営案を推せなくなったシュヴァインも心の中で舌打ちをした。
「ならば、十倍の価値あるものを私から与えよう、入隊を諦め、宮殿から去れ」
「いっそ、百倍にしてくれませんかね」
これには、さすがにジェラルドが声を荒げた。
「静まれ。皇帝陛下が望まれる謁見だ、邪魔だてするつもりか!」
「では、百だ」
凛とした声があたりに響いた。
ヘクターはずっとまっすぐにシュヴァインの睨むような灰青色の瞳を見返していたが、ここにきて、にかっと笑った。
「お断りします。俺の望みは、直属部隊にはいることだ。これ以外にありませんね。いろいろご親切な提案をしてくださる皇帝陛下に、ひとつお尋ねしたいんですがね。直属部隊にはどうしたら入れます?」
居合わす者たちが固唾を呑む中で、しばらくの沈黙が生まれた。
注目を集めた皇帝は、低く一言だった。
「考えておこう」
ヘクターはほっとした。不可能だと切って捨てられなかったからだ。
しかし、話は終わったとばかりに皇帝は踵を返し、そのまま去ってゆかれそうになって、ヘクターは慌てた。これが事実上の終わり、にされてもかなわない。
「大会に優勝した者は宮殿仕えを許されるはず。俺の希望は、考え中ってことのようですが、俺はこのまま、とりあえずフリーファイター部隊の入らせてもらいます。そこで陛下のお考えをお待ちします」
「好きにするといい」
振り向きもせず素っ気ない言葉を残して、シュヴァイン皇帝は闘技場を去っていった。
闘技場を緊張が押し包んだ珍事が終了して、静まりかえっていた場内には普段の騒音が戻ってくる。
いや、普段以上だ。あちこちで普段にはない興奮状態が生まれていた。
ヘクターは、長い銀色の髪を靡かせる後ろ姿を見えなくなるまで見送ったあと、足を崩してその場にどっと腰を下ろした。
「やっぱな?、かなり、怒ってるな?、こりゃあ結構やばいな?」
ヘクターは照れたように呟きながら、途中からはぐふふっと笑いを噛みしめた。込み上げて抑えきれない。
やはり嬉しくてたまらなかった。
幼なじみは、やっぱり予想通りに意地悪い皇帝になっていた。
でもヘクターのことを忘れていなかった。つれない無視もしない。
怒り狂ったあれはまるで攻撃だったが、楽しくないはずがなかった。
なぜって、あの会話は完璧に昔の続きだったのだ。
いろいろ変わってしまっているとは思う。
でもそれは相手だけではないはずだ。自分だって、はたして、向こうの意に沿うものになっているのかわからない。
いや、むしろ、シュヴァインは昔からヘクターが剣を持つことを反対していたのだ。それでも突き進んだ。
「やっぱ、あいつにちゃんと謝らないとな・・・」
機嫌を損わしていても当然のことをした、とヘクターは自覚はあった。
それでも間違ったことをした、自分はしているという気はまったくないのだ。
あのままだと思った。
あの日のままだ。
ヘクターが知ってしまった絶望は変わらず目の前にあって、二人の間にははっきりと意見の相違があってーーー。
でも、今なら、もうヘクターは昔と違って自分から遠ざかる必要はなくなった。そのために必死にここまでやってきたはずだ。
前途は多難だったが、それがとりあえず、とても嬉しいのだ。
20130716改
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