ヘクターと噂話 制裁
ヘクターにとって不思議でならないことだった。
ここまでして戦いの日々に明け暮れる皇帝に、なぜ、もっと敬意を払えないのか。
心配りが出来ないのか。
的外れで不必要、不快きわまる、煩わしさなどから遠ざけて少しでも心労を無くしてやろうとどうして考えないのだろうか。
くだらなかった。
げす過ぎて、吐き気がする。
下品で好色な目でシュヴァインを見ることも腹が立った。
ヘクターは剣を持ったまま、真っ直ぐ、離れてシュヴァインの様子をにたにたと何か喋りながら眺める男たちの元に向かう。
四人だった。
最近フリーファイター隊に入ったばかりの新顔らしい、知らない顔の男たちだった。
「これはこれは、ヘクターさん。おれ達にご用で?」
「用があるのはそっちだろう。何か言いたそうだったから聞きに来た」
男たちは顔を見合わせると、げひひひと耳障りに笑った。
歳は四人ともヘクターより上だろう。
「ヘクターさんは、直属の部隊に選ばれて戦うだけでなく、皇帝陛下のお部屋に呼ばれて夜伽までするようで。昨晩も兵舎にはおられなかったみたいで、陛下のお部屋でしたか?」
「・・・」
確かに皇帝陛下のお部屋に泊まったが、夜伽?ーーー大抵はジェラルドに見つかるまで飲み明かすのだが、昨日は一晩看病した。熱の下がらないシュヴァインの額の上の布を、一晩中、氷水で冷やしたものと取り替え続けた。
「あのお美しい陛下を攻めたてるのはどんな気持ちです?どんなお声で啼かれるのやら、とにかく最高の時間でしょうねえ~」
「羨ましいかぎりってもんですねえ」
最高の時間????脳みそ腐っているのか、最高の時間はすべてを終わらせ、自由に解放されるときだろうが、そのために血反吐を吐いて戦っているんだろうが。
「皇帝の恋人のあんただけいい思いをするなんて、依怙贔屓もいいところじゃないですかねえ」
「ほんと皇帝なら、国民に平等に接するべきでしょうに」
「全く、いいですねえ、ヘクターさんは羨ましい」
失せろと感じた。
「今度、陛下にいっちょう頼んでみますかねえ」
「そうそう、おれ達にも分け隔てなくそのお美しいお身体のお恵みをってーーー」
うひゃひゃひゃひゃと続いた笑い声にもう我慢の限界だった。
最近ヘクターは、自分が短気になった気がしていた。
腹が立って堪らないのだ。特にアバロンの宮殿に戻ってくると。
自分が賢い人間だとは思っていない。無学な農民の子で、しかも親に捨てられた、つまらないが人間だったーーー。
けれど、そんな自分以下の馬鹿が宮殿の中には山ほどいる。
修練場を囲う柵に剣を立てかけて、柵の途切れ口から場内に入った。
こんな奴らにヴァランの剣・エディレンヌを使うのも勿体無かった。
修練場の向こうにアキレス隊長の姿があったが、ヘクターは知ったことじゃなかった。逆に男たちは、アキレスーーー虎の威を借る狐で、油断し切っていたのだろう。何を言っても手は出されないと。
だから最初の男は、一発で沈んだ。
呆然と突っ立っているだけの間抜けな男には回し蹴りをお見舞いして蹴り飛ばし、最後の男はさすがに我に返って、ヘクターに向かって拳を固め殴りかかってきた。
けど鈍い動作だ。苦もなく交わしたヘクターはその腕を掴んで捻り込む。悲鳴があがったが無視してさらに捻ってやると、ぐじゃっと言う鈍い音が肩でして、耳障りな悲鳴が途切れたので手を離してやった。
最初の男、一番良く喋った男が立ち上がって真っ赤な顔で襲いかかってきていた。
でも顎への打撃が利いているのだろうへろへろで、まるで無駄な攻撃だった。
だからヘクターは、交わした際に足払いをしただけで男は不様に再び転がっていた。
これでは全然、足りなかった。くだらない会話に付き合ってやった見返りには呆気なさ過ぎて、ヘクターの腹は収まらなかった。
俯せに倒れた男を、ヘクターは蹴って転がし仰向かせた。
「妄想が過ぎるのは、元気すぎるからだな。ほどほどにしとけよ、じゃないと身を滅ぼすぞ。???俺が静めといてやる」
低い声音で言うないなや、ヘクターは片足を上げた。勢いを付けて踏み下ろす。
下衣の下には男の急所である股間を守るようにガードを入れているのが戦士の常識だから、軽く踏んでいても意味はあまり無いのだ。
だからヘクターは勢いを付け、さらにはブーツの踵をぐりぐりとめり込ませた。
男があられもない悲鳴を上げた。
うるせえーーー。
腹が立ったのでもっと力を入れて踏み続けた。
「黙れっ、うるせえんだよ、クソ野郎がっ!ーーー」
ヘクターの空気を震わす怒声に、果敢にも仲間を助けようとしていた男たちが固まっていた。
さっきまでとは別人のような蒼白な顔付きだった。
「ごちゃごちゃうるせえっーーー、その汚い口でシュヴァインを喋るんじゃねえよっ、誰がてめえらに触らせるか、あいつは俺のもんだっ!今度、またくだらないことを言うなら、埋めるぞっ、こっそりっーーー」
本当はもっと言いたかったのだが、いきなり、すかんと頭を殴られて、しかも結構な力でヘクターの視界に火花が散ったので言葉が途切れてしまっていた。
「う、ううっ・・・」
頭を押さえ呻くヘクターの背後に立っていたのは、当然とも言うべき人物、アキレス隊長だった。
ああ、すっかり忘れていたとヘクターは痛みを堪えながら、振り返った。
「・・・た、隊長・・・背後からいきなりっていうのは・・・卑怯では・・・」
「たわけ者っ!」
一喝されて、ヘクターも思わず身を竦めた。
「おまえの新人いびりは、卑怯じゃないのか!」
「・・・それはこいつらが・・・」
「事情はだいたい察した。が、それでも、余りある、暴言というならおまえの方が遥かに質が悪いっ!」
「え・・・なんか、俺、悪いこと言いました?」
不思議そうな顔をしたヘクターの頬を派手な音を立てて挟んだのはフリーファイターの荒くれ男たちを手中に収め、取り仕切る隊長・アキレスの両手ビンタだ。
張ったあとも離れず、がしがしを鷲頭かんだ。
「い、てててっ・・・隊、長っーーー」
「誰が誰のもんだって、えっ?ーーーおまえこそ、二度と口にするな。今の立場を失いたいのかっ!?」
「・・・ううっ、すみませんっ、わかった、から・・・もうそれ許して、ください・・・頭蓋骨が、潰れるっ・・・・」
やっと解放されたヘクターは崩れて地面に膝を着いて悶絶した。
その脇では股間の惨劇に身体を丸めて身動きできずに転がる男???。
どっちがましかーーー。
どっちも最悪だ。アキレス隊長の剛力って知ってるか、測定によるとアバロンの戦士の中でトップだぜ?ーーー。
けどさ、あの勢いで踏まれたら防御カップきっと割れてるよな。そこを踵で攻めるって、鬼だろーーー。
あと、あいつの肩、あれは外れたよなーーー。
そんな隊員たちのひそひそ話は、シュヴァインの名は出てきてないのでヘクターは平気で、加わったりもした。
「ん?利き腕、わかっていたよ。だって襲ってきた方の腕だったから、利き腕だろ。・・・なんか問題があるか?」
首を傾げるヘクターも、皇帝同様、大半のフリーファイター隊員には嫌われてはいないが、少々、恐れられている、類とも、だとーーー。
類は友を呼ぶーーー。
そして、そんな隊員は知っている。ヘクターは帝国随一の清廉潔癖な皇帝信望者で、迂闊に皇帝のことを口にしようものなら悪鬼となる。
こと皇帝のこととなると、きっと冗談も通じない。自分のため口は良くても。
くわばら、くわばらーーーとびびられている。
皇帝が暇を見つけてうろうろし、ヘクターがいて、アキレス隊長がいる昨今。
最近のフリーファイター隊員の品位が目に見えて良くなっているという噂は、きっと正しいのだ。
20160305