ヘクターと噂話 邪紅蛇
けれど、こうして何ごとも起こらず眠り続けているシュヴァインの状態にもまた、ヘクターの気分は少々重くなってくる。
眠気は飲んだ薬の効果もあるだろうが、体調が良くないという証拠だった。
原因はわかっている。
二日前にアバロンに戻った先の遠征の最後の目的が、ルドン高原に涌いた邪紅蛇の大群の一掃だったのだ。
紅い目をした大蛇でモンスター的には強くはなかったけれど、いつも群れている上、毒を持つ。牙と邪眼光の両方に毒があり、弱いくせにうざったいことこの上ない出会いたくないモンスターの中でも五本の指に入る嫌われものだ。その異常発生した大群の討伐???。
考えただけでも憂鬱になる仕事だったが、その最中に状況は、他でもないシュヴァインによって、憂鬱を通り越し陰鬱となったのだ。
あらかじめ解毒剤は大量に持って出ていたが、予想を超えた大きな群れだった。
皇帝の直轄部隊、精鋭五人が全力で倒し続けても一日で終わらなかった。
毒に犯された場合、すぐに解毒剤を飲むのが鉄則だった。毒は筋肉組織、神経や精神に作用し、次第に力が発揮出来なくなってくるだけでなく、下手をすると混乱して我を失う。
各自が解毒剤を持ちながら、飲みながら戦い続けた。
一日で群れの半分は退治した。だからあと一日あれば、何とか終わるだろうという状況になったが、問題もあった。解毒剤の残りの量だった。
解毒剤が尽きる前に、討伐を完遂させられるかーーー。
群れの中央地で結界魔法を張って野営することになった。
食事はしっかりと取る必要がある。闘いを続ける根源となる気力、生きる力、人間、モンスターを問わず、万物すべての活力の元だからだ。
そして食後、おのおのが持つ解毒剤の数を確認しあった。
ジュウベイが五個、ソフィーが三個、ウィンディも三個、ヘクターが四個。
シュヴァインはそれを見て、からからと笑った。
「みんな結構、毒を食らったんだな。さすが俺、断とつ一番優秀、まだ九個だ。分けるよーーー」
無造作に、貴重な小さな丸薬が放り投げられて慌てた。焚き火を焚いているとは言え、夜の地面に落ちてしまったら探すのは一苦労だった。
「ソフィーと、ウィンディに二つずつ、ヘクター・・・悪い、おまえだけ四つになってしまうけど、毒の耐性は高かったよな?」
「ああ。魔術は駄目だが、毒は鍛えられるからな。元々の所持数も減らして、対魔薬を増やしている。今回もわりと毒を浴びても大丈夫だった」
「じゃあ、悪い。おまえだけ少なくなるが、無茶は避けて気を付けて戦ってくれ。あと一日だ。そうしたら今回は終わり、帰れる。ーーーみんな、無理はせず、乗りきってくれ!」
ほんのときたま見せる皇帝の皇帝らしい御言葉だった。態度を改めたシュヴァインには非の打ち所のない皇帝としての威厳と品位がある。
だから一瞬圧倒された一同は、御意と頭を垂れた。
ヘクターもだ。やはりシュヴァインは皇帝なんだなと・・・なんとなく寂しい心地になりながら。
でも、これが失敗の元だったのだ。
残りの解毒剤は九個と、シュヴァインは言ったが、誰もそれを確認しなかった。
乱暴に投げられる小さな粒を両手で必死になって受け取った、あるいは受け損ねた場合のため、注視して行方を追った。
無事受け取って安心したときには、解毒剤の話は終わりになってしまって、翌日を迎えた。
朝から邪紅蛇の討伐は始まった。夕暮れとなり空があかね色に染まる頃、ようやく蠢く邪紅蛇の姿は視界から消えて無くなっていた。その代わり見渡す限り広がる高原に散らばる無数の死骸は、報告をすればすぐに帝国の処理班が片づけにやってくるだろう。
あとは戻るだけ。
少し休んで、今夜中にアバロンに帰るか、もう一晩、野営してからにするかーーー。
シュヴァインの意向を確かめようと思ったとき、異変に気が付いたのだ。
戦いの最中も気にして様子は見ていたが、いつも通りに普通に、激しく、強く戦い続けていたから油断していた。
毒の耐性というなら、すべての皇帝を受け継いでいるシュヴァインを超える者などいないということになる。付け焼き刃のヘクターなど及ぶはずのない耐性で、自分は毒のよる混乱はしいないと以前聞いたことがあったーーー。
耐性の話題になったときどうして気付けなかったのかと自分に腹が立った。
それよりも何よりも、シュヴァインの所持するはずの五個の解毒剤をなぜちゃんと確かめなかったのかーーー。
その時だってシュヴァインは普通に立っていたが、その顔色は土気色だった。
「おい、おまえっーーー」
他の三人も事態を察して、表情を凍らせた。
「なんだ、みんな、変な顔してーーー。やっと終わった、喜ぶべきところだろう?・・・」
脂汗を流す笑顔が言ったが、シュヴァインの強がりーーーいや、暴挙もここまでだった。膝が折れ、地面に崩れ落ちた。
ヘクターはすぐに抱き起こしたが、その身体はがたがたと震え出した。
気が弛んだんだと、あとでシュヴァインは説明したが、無茶苦茶にもほどがあると思った。
「おまえっーーー本当は解毒剤、いくつ持っていたっ?」
「・・・今更、そんなことーーー」
「いいから答えろよ!嘘はつくな、殴るぞっ」
ヘクターに凄まれて、シュヴァインは嫌そうに、小さな声で言った。
「・・・四つ」
「その四つを、ソフィーとウィンディに渡して、ゼロ、持っていなかったんだなっ!?」
「・・・そう、かな・・・」
「てめえは馬鹿か!そんなことしたって、ソフィーらが喜ぶと思っているのか?二人の顔を見てみろよ!」
「・・・俺は毒の耐性は強いよ・・・影響を受けないとは言えないけど・・・混乱して仲間を襲うことはないから、最後にソフィーの光術か、ウィンディの水術でまとめて癒してもらえれば、なんとかなるかなって・・・」
二人がすぐに回復魔法に取りかかり、施術の結果、少し顔色を戻したシュヴァインが、
「ほら、俺の計画は正しかった・・・」
震える声で得意そうに言うので、思わずヘクターは殴ってしまった。
耐性に頼って、消しをせず一日分の毒を身体に貯めたシュヴァインの体調は、結局もう一晩、野営して休んでから宮殿に帰ったが、帰り着いてもまだ回復し切ってはいなかった。
ヘクターとしては殴ったついでに、殴り倒して背負って帰りたかったが、格好付けしいのシュヴァインは平気な顔で、しかも笑顔を浮かべてアバロンに凱旋したが、微熱と悪寒と手足の痺れがまだ取れないらしい。
それでも、宮廷の魔術師団の回復術に加え、高級な回復薬も飲んだからもう平気と、ベッドから抜け出してくるのがシュヴァインだった。
「だって、一人寝ててもつまらないだろ。っていうか、気分悪くて眠れない・・・」
ーーーそれが、ここに来て、やっとうとうと出来ているらしい。
絶対に、起こしたくなかった。
食べることと等しく、眠ることは人間にとって重要なはずだから。
指招きして、ジェイソンと呼んで少し離れるとヘクターは小声で言った。
「少し、見ててやってくれ」
ジェイソンは頷いて、
「ヘクターさんは?」
同じく小声で聞いた。
「五月蠅い虫を追い払ってくる」
ヘクターが一瞬送った視線の先を、追って目を向けたジェイソンはすぐに「わかりました」と硬い声で返事をした。
「お気を付けてーーー」
見送るヘクターの背中に小声で言ったが、その声はおそらく届いてはいなかっただろう。



20160305
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