爆裂 皇帝とフリーファイター
「おまえら、馬鹿じゃねえのか!?」
ヘクターが声を荒げていた。
「へとへとになるまで戦って戻って来ている相手に対して、傷口に毒を擦り込むことしかしねえのかよ!」
「な、何のことですか・・・!?」
外見が派手で、ガラも悪く、言葉遣いも良くない大柄の傭兵に怒鳴りつけられていたが、年若い女ながらも宮廷で働く侍女の娘も簡単には負けない、勇気を奮い起こして言い返した。
「わたしたちが何かっ・・・」
「皇帝陛下の悪口垂れ流していることが、そんなに楽しいのか!」
「わ、悪口なんて・・・」
「そんなことっ・・・」
「変な言いがかりを付けないで、言ってないわっ!」
女たちは顔色を無くしていたが、ヘクターはやめなかった。
「言ってたろ、有ること無いことーーーいや、無いことばっかだったか、誰が誰に夢中だって!?寝る間を惜しんで、何をしているって!!?で、挙げ句に人目を忍んで、俺が、どこに逃げるって!??」
女たちの話によると、俺とシュヴァインが、だったがそこは言わずにヘクターを畳みかける。
今日はたまたま中庭で、ヘクターは日向ぼっこをしていた。もちろんサボってだ。
意外にいい場所そうに見えた。丁寧に手入れされている割に、人気が少ない。ここもありかなと思った。
でもそうしているうち建物から渡り廊下に出てきた侍女たちが、ヘクターの存在に気付かずおしゃべりを始めた。
笑いながら楽しそうに長々と続いた。
同じサボりの身なのでとやかく言うつもりなどない。
かしましいおしゃべり鳥と、普通なら聞き捨てるものだったが、名前が聞こえてしまってはそうも出来なくなっていた。
無視できず、耳をそばだててしまうと侍女たちの話の中に、何度も何度も出ていた。
シュヴァインの名前と、自分のものだった。
話を聞いてしまって眠気が薄れたという程度ではない、頭に来た。
あまりのことで、押さえられなくなっていた。
「言ってみろ、俺のことなら、俺がはっきりと答えてやるっ。ーーーさあ、言えよ!」
ヘクターの剣幕に圧倒された気の弱そうな女たちは、涙ぐんで震えていた。
気の強そうな背の高い女は、きっとどこかの良家の子女で花嫁修業を兼ねてアバロンの宮殿に身を置いているのだろう、フリーファイターのヘクターを「傭兵め」と罵った。
「おまえなどに怯える、わたしではないわ!」
「こっちだって、怯えて欲しいとは思ってねえよ、それだけ口が動くなら、おまえはしゃべれるよなあ、さっさと言ってみろ!」
噂話は、本人の前でするものではないのだと女は思った。
そんなこと暗黙のルールのはずなのに、この傭兵はっーーー。
それ以前に、皇帝の私生活を想像して話していたなどという内容は、気安い女友達以外に出来るはずがないのにっ、この傭兵めっーーー。
女は黙ってしまったが、ヘクターは容赦しなかった。
「おまえらは、訊かれて言えなくなるようなことを話していたのか?大声で、人には言えないが、誰か聞いてくれと喋っていたのか、下品な話をーーーああ、皇帝陛下の名前があったものな、下品ではないか、不敬罪になるよなあ、そんなことくちゃくちゃ話しては。傭兵ごときは足もとにも及ばない高い身分あるあんたの家、一族全員ーーーすべて、おまえのせいで危うくなっちまうよなあ!!」
ヘクターの言葉は、断罪を通り越して脅迫になっている。
一人気丈に顔を上げていた女も、自分が置かれている状況の重大さに気付いてすっかり青ざめていた。
どうするか、こいつらを。見せしめにあげるかーーー。
ヘクターは考えていたが、結論が出る前に邪魔が入ってしまった。
「ヘクター!」
名を呼ばれて振り返っていた。
「どうしたんだ、こんなところで大声を出してーーー」
皇帝その人の登場に、女たちは蝋人形のような顔になったが、シュヴァインが手を払っていた。
行けという仕草に、いち早く気が付いた気の強い女が仲間の娘たちを連れて逃げ去っていった。
その際、ちゃんと礼を取ることも忘れなかったので、シュヴァインはなかなかやる、と高評価だったがまんまと獲物に逃げられてしまったヘクターは収まらなかった。
「なんで出てくる!」
「なんでと言われても、おまえの声が聞こえたから・・・」
「わかっていて、逃がしたな!?」
「ヘクターが、不敬罪とか言うのはちょっと面白いね」
「ちっとも面白くねえよ!」
「・・・ヘクター、怖いよ・・・」
空とぼけて言うシュヴァインに、ヘクターも、くそっと小さくぼやいてなんとか気分を沈めようとしたが、次の言葉が悪すぎた。
「ヘクター、今、かなり敵を作ってしまったよ。女の人たちは繋がっているから、これは広がってしまう」
深刻そうにシュヴァインはヘクターを心配して
「ヘクター、女の人たちに嫌われてしまうよ・・・」
怒りはぶり返した。
「何、すっとぼけたこと言っているんだ、おまえはっ!?」
「え・・・だってさ・・・」
ヘクターの怒りの深さにシュヴァインも少し怯んだようだ。取り繕うように言う。
「・・・ヘクター、こんなことにそんなに、怒るなよ・・・」
「俺だけじゃない、おまえだって当事者だぞ、おまえは言われて平気なのかよっ!?」
「・・・噂話だよ?」
「噂でも何でも、嫌じゃないのかよ、おまえはっーーー」
その後は小声になって
「おまえが突っ込まれることになってるぞ、わかっているのか・・・?」
「そうみたいだね・・・」
少し困った顔になっている気もしたが、まだ他人事の顔だとヘクターは思った。
こいつは、自分のことを自分のことして大事に考えない。そんなところが昔から腹が立つ。
「・・・そんなに怒るなよ。・・・そんなに嫌か?・・・なら俺も気をつけるよ」
「ーーーはあ?」
「ここに戻っている間はなるべく、おまえに近づかないようにするよ、おまえも俺の部屋に来ない方がいい・・・」
「だから、どうしてそうなるんだ!?」
「噂話を消すには、そういう地道な対策をするしかないよ・・・」
しょんぼりとした声になってシュヴァインは言ったが、真面目に言っているのかどうか、ヘクターにはわからなくなる。
「おまえ、本気で言ってる?」
「・・・昔もこういうのあったじゃないか・・・」
子供の頃の話だと思った。シュヴァインを女の子だと思った街の者が恋人同士だと言った。それだろう。
「あのときとはぜんぜん内容が違うだろ、今のは、お手々繋いで街を歩いているとは一緒にならんだろっ!?」
「・・・」
「男相手にそんな話立てられて、おまえは、いいのかよ!?」
「・・・ヘクターはそんなに嫌なんだね・・・」
ヘクターは舌打ちした。
話がまた、ずれた。
腹が立つ。腹が立つ。そんな難しい話などしていないはずなのに。
シュヴァインを悲しませる話などしていないはずなのに、まるで自分が苛めているような顔をされている。
「・・・男同士だろうと、さ・・・傭兵同士だって、そういうのなかったか?・・・」
だから、なんていう話になっているのか。
「・・・してみるか?」
ひっそりと言われた。
「・・・ヘクターも俺としてみたくないか?」
怒りすぎて、鼓動が激しくて、自分が一瞬何を言ったかヘクターはわからなかった。
「俺もしてみるって、じゃあ、他の奴とは、しているんだな!ーーー」
言ってはいけないことを言ったのだと、シュヴァインを見て思った。
立ち入ってはいけないところに踏み込んでしまった。
否定も肯定もなく、ただシュヴァインは固まってしまっていた。
別に付き合っていてもいいのだ。とやかく言うつもりはなかった。言えることでもない。
けど、その顔はそう言うレベルの顔付きではなくて、もっと深くて暗い。暗く沈みきって、光も通さない淀みきった闇で、かつてシュヴァインにそんな顔をさせたくないと思った、そんな顔だった。
焦るヘクターに、笑みを作るために強張った顔を歪ませながら、シュヴァインは小さく言った。
「・・・してる・・・だから、俺は平気・・・」
「ーーー馬鹿が、強がるんじゃねえっ!ーーーつまらねえっ、もうこんな話はやめだっ!」
ヘクターは怒鳴りつけずにいられなかった。他に取るべき態度が思い付かなかったからだ。
「行こうぜ。ぐずぐずしていると次の奴らが来て、また無駄話はじめるぜ」
宮殿でも内側に近くて、場所が悪かった。やはり要らない人間が多いのだ。
フリーファイターがたむろするだけの普段の処に行こうと思った。
ヘクターは足音も荒く進んだが、後ろに気配が続かなかった。
「おい・・・」
振り返ると、立ち尽くしたままで見つめられていた。
「・・・俺は、強がっているのかな・・・」
「ああっーーー」
ヘクターはガリガリ頭を掻いた。
大失敗を犯した。
酷く反省している。言わなければ良かったと心から思っていた。でも言ってしまったことは取り消せないのだ。
「やめだ、もう全部、やめーーー。外、行こうぜ。ぱっと遊びに行こうぜ!」
引き返してシュヴァインの元まで戻ったヘクターは、動けずにいるシュヴァインの腕を掴む。
掴んで、引っ張って歩き出す。
そんな風に、すべては始まったのだ。
誰かもわからない相手でも、ヘクターは放っておけずに介入したはずだ。
シュヴァインの気持ちだって知らない。でも、ヘクターがそうせずにいられなくて、ただそうしたーーー。
「遊びに行くよな?」
「・・・うん・・・」
「じゃあ、行くーーー」
久しぶりに、子供の頃のように手を繋いで走った。
ヘクターとシュヴァイン、二人ともしばらく口を聞かなかったけど、手を離すまで一言も喋らなかったけど、お互いが優しく懐かしい気持ちに満たされていることを感じていた。
やましい気持ちなどない。
一切、なかった。
心を切り開いて見せられるなら、見せてやりたいとヘクターは思ったものだ。
でもそれは出来ることではない。
『ただごとじゃない雰囲気だったらしいの。二人は手を取り合って、宮殿の外の街へ行ったようなの、きっと二人っきりになりたくて、邪魔な者がいない場所に向かったのねーーー』
翌日、もの凄くいかがわしい響きに囁かれる言葉に、どこにも否定する箇所が見つからなくて困ったーーー。
なら、もう一つ付け足してやろうかという気にすらなった。
二人が向かった先は、宿屋だーーー酒場食堂、兼の。
もちろんザムジーニの店だったが。
けれど言ったら最後、いろいろな事実は無視されて、ザムジーニの店は世界の果ての楽園のような場所にされるんだろうなとヘクターにもわかった。
もう好きにしてくれていい。
ヘクターも、それからは噂話は無視することにした。
「彼女たちも、楽しんでいるといいなと思っているんだよ」
「悪口浴びせかけて、どこが楽しんだよ?」
「だから、悪口のつもりはなくて。せっかく戻っているのだから、俺とヘクターも抱き合って愛し合って、愉しんでいるといいなっとか、願っている。たぶん、善意だね」
シュヴァインはまるで他人事のような平気な顔で、のほほんと、そんなことを言ったから。
しかも、こんなあからさまことを言う奴だとは、ヘクターは全く思ってなかったので。
聞いたヘクターは思わずシュヴァインの顔をまじまじと見ながら赤面してしまい、予想していなかったヘクターの反応に驚いたーーーだけでなく、ヘクターの前なのに、自分はついうっかり言いすぎてしまったと動揺したシュヴァインも一緒になって赤面した。
二人で真っ赤になって、たじろいでしまった。
シュヴァインの部屋でも居間ではなく、足音がしたら、とりあえずベッドの下に瓶やら空き瓶をすべて放り込んで隠せる寝室の方で酒盛りをしていたので特に、意図しないで生まれた妙な空気には、かなり焦った。
だから二人とも、こういう話は、今後もう不用意に話題に挙げまいと決めたのだ。

20141122
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