苛烈 皇帝とフリーファイター
「何で、俺なんですか?」
「ん。それはアキレスが、ジェイソンならいいって言ったから」
「だから、なんで、俺だけ、いいんですか!?」
「さあ。それはアキレスに聞いた方がいいことだよ」
「もう、腕相撲嫌です、腕が攣っていますっ!」
「まだまだ。腕相撲なら遊んでいいって言われているんだ、ジェイソンとね」
にっこりシュヴァインが笑ったが、ジェイソンはもう泣きそうだ。
大きな樽を持ってきて、ジェイソンと腕相撲をしていた。ずっとぶっ続けて、二人で。
初めはジェイソンも、隊長命令で皇帝の白い手と掌を重ねるなどという展開に、どきどき胸が高鳴っていた。
しかし現実は、三回目以降はもはや苦行だ。
言葉使いも、すっかり敬語が飛んでしまっている。
圧倒的に負けるのだ。細い腕にはありえない剛力で、まるで歯が立たない。
負け続ける。
全戦全敗だ。
「じゃあ、両手使ってもいいから」
それでも負けた。
もう嫌だ、許して欲しい。もう鍛錬を怠ったりしないからーーー。
ごめんなさい、許してっ、隊長っーーー。
今日は、フリーファイターの隊員はあちこち散っているようで、たまり場になる楠の木の周りには、直々に相手をするよう命じられているジェイソンの姿があるぐらいだ。
そんな中に、あまり見たことのない隊員が三人連れでシュヴァインに近寄ってきた。
「これはこれは、陛下。今日はヘクターではないお相手ですか?」
「はあ!?」
にたにた嫌な笑いをする男に、ジェイソンがすぐさま喰い付こうとしたがシュヴァインがそっと腕を押さえて、やめさせた。
「ヘクターと腕相撲をしたことはーーー」
無いと言いかけて、違った。
「ああ、そうですね、わたしはヘクターとも昔、腕相撲をしたこともありますが、それがどうかしたのですか?」
「最近は、腕相撲なんかではなく、もっといいことをなさっているんですかね?」
にやにや腹の立つ顔だったが、ぐっと押さえて笑顔で声も優しく麗しく。
「いいこととは、いったいどんなことでしょうか?」
さすがにジェイソンも、変な顔になってシュヴァインを振り返っている。
「よくわからないので、もう少し詳しく話していただけませんか?」
三人は、これでシュヴァインを完全に舐めた。シュヴァインの思惑通り。
シュヴァインのことをよく知らない新参者だった。
それでもアバロンの皇帝と華々しく名を轟かせ謳われるシュヴァインのことが不快なのだ。
男には珍しくないタイプでもあった。細く、女のような外見をする同性を見下し毛嫌いするのは猛者たちに多いことだ。
シュヴァインも気持ちはわかるのだ。自分でももう少し、むくつけき大男になりたい。ごっつくなりたいと思っているので。
だからこの男たちは、こんな奴が皇帝で、こんなお飾りのようなのが随一の腕を持つなどと言われていることが許せないのだろうと想像が付く。
「そんなことを、はっきり言わせたいのかよ」
げへげへと笑った。
でもそれはシュヴァインのせいではないはずで。
わざと媚びるように首を傾げて見せる。
「あの・・・」
心細そうに男たちを見上げていた。
シュヴァインは決して小柄ではなかったが、その道で生きることを選んだ男たちはもっと恵まれた体躯をしていた。
だから彼らにしてみれはまるで小娘で、なら小娘らしくしていればいいのに。
男たちに言わせると、シュヴァイン皇帝の周辺は香水と共に胡散臭い腐った匂いがぷんぷんとしているのだ。
「あんた、あのヘクターという男が気に入っていて、依怙贔屓してるんだってな。あいつは、あんたをアンアン悦ばせてくれるのか?それなら、おれがもっとヨくしてやるぜ、おれも贔屓してくれよ」
「そんな、ことっ・・・わたしはしてませんっ!わたしたちはそんな関係ではありません、あなたは何か、誤解をされています、そんなこと、わたしはっ・・・」
可憐に、打ちひしがれた感じとは、こんなものかなと猿芝居だったが、シュヴァインはフリーファイターの元にたびたび通っているので機会があったはずだが、イメージだけでまともに知ろうともしなかった男たちだ。真に受けた。
「そんなこと、人には言わないでください!ヘクターを傷付けてしまいます!」
「そりゃ、あんたの態度次第だな?」
「わたしの、態度ですか?」
ジェイソンは、自分から賢く距離を置いてこの不気味なものを黙って見守っている。
「おれも愉しませてくれよ、あいつだけでなくさあ」
「どうすれば・・・」
「そうだなあ、あんたのその白い綺麗な手で、おれのを可愛がってくれよ」
男は下品に腰を突き出して見せた。
「ーーーあ。そんなことで、いいのですか?」
シュヴァインは嬉しそうな笑顔になった。
「・・・へ、陛下・・・」
「ジェイソン、大丈夫だよ」
シュヴァインは男に歩み寄った。
どう終わらせようか悩んでいたところ、男の行動のお陰で、落としどころが無事に決まった。
ふふっと笑顔を浮かべて、男の股間に手を伸ばす。
自分からいきなり手を伸ばしたら変態だが、向こうが誘ったのだ。
「ズベタめ」
男が憎々しげに吐き捨てた。
その直後だった。絶叫が上がったのは。
男が叫んだのだ、股間の大事なものを握り潰さんばかりの万力に襲われたから。
男は立っていられなく崩れ落ちたが、シュヴァインは離さない。
地面でのたうって暴れても、掴んだまま放さなかった。
そうしているうちにシュヴァインの手が濡れてしまい、こうなるとシュヴァインも、顔を顰めてとても嫌そうに手を離した。
「おい、そっちの二人も来いよ。可愛がってやる」
普段に戻ったシュヴァインが言った。
声が普段以上に怒っているのは、手が小便に塗れてしまったせいだ。これは予定外でとても不愉快だった。
小便を漏らした男は激痛に真っ赤になった顔を、涙と涎でぐしょぐしょにしながら、呆然とシュヴァインを見つめた。
「悦んでもらえたか。俺はヘクターのものだって触ったことないのに、おまえには特別だぞ。・・・ああ、まだ足りないか、ならもっと続けてやる」
もう一度伸ばそうとしたが、雄としての人生危機を察した男の方が早かった。悲鳴をあげながら猛スピードで這って逃げた。
仲間の男たちが助け起こしたが、対照的に二人の男の顔は真っ青だった。
「あまり奇抜なことを言い続けると、特別扱いに大盤振る舞いだ、おまえのベッドに夜這いをしてやる」
夜襲だ、寝込みを襲うという夜襲宣言だとジェイソンも青ざめている。そんなことを言われたらもううかうか眠ることも出来ない。
男たちは皇帝の前から逃げだそうとしたが、目の前の地面が火を噴いて頭上を越える高さで燃えさかった。
退路を断たれて、男たちは怯えきった顔でシュヴァインを振り返った。
「話は済んでいないぞ。俺がヘクターを気に入っていて、依怙贔屓していると言っていたが、具体的に言ってみろよ、どのあたりのことを言っている」
地面に片膝を付いた姿勢のままで、男たちを見上げて訊いていた。
ちょっとドスをきかせている。
一人だけ部屋に招いている、部屋で雑魚寝を許しているーーーなどと言われたら、これは真実だ、どうしようかなあ・・・と内心心配していたが、言われなかったのでほっとしたシュヴァインだ。
「・・・あ、あんな若い奴が、ライセンスなどっ・・・あんたが手を回したんだろっ!」
「ライセンス、ギルドの?・・・そんなこと、俺は仕組みも知らないよ。ギルドにだって所属したこともないのに・・・」
的外れもいいところで呆れてしまった。
アキレスが近寄ってきたので、
「あんなこと言っている。俺はギルドは門外漢だ、こいつらにわかるように教えてやってくれ、ついでに俺にも」
「確かに、ヘクターのライセンス取得は並外れて若い年齢だが、帝国も皇帝その人だろうとも、介入することなどギルドは許さない。ギルドの上層部は公正と厳格を理念とし、無私と厳罰を指針としている選び抜かれた戦士たちがいるとされている。一般に言われるのはこの程度の謎の存在ですね。でも、これぐらいは私でもわかる」
アキレスは物騒な笑みを浮かべて男たちを睨んだ
「ギルドの方に、ヘクターのライセンスは皇帝の意趣で与えられたのだと吹聴してみるといい。ギルド本部が名誉を冒涜されたと知ったら、こんなものでは済まず、おまえらは粛正される」
シュヴァインにもわかった。アキレスは、帝国よりギルドの方が好きそうだと。
「へぇ・・・はじめて聞いた・・・厳しいんだね」
シュヴァインは余分なことは言わずに素直に感嘆の声をあげていたが、術が弱まっていることの方に重きを置いた三人は聞きもしないでそそくさと逃げて行ってしまった。
聞きたいことは聞いたのでもう構わなかった。
「ヘクターって、凄いんだね・・・」
改めて感激してシュヴァインは嬉しくなっていたが、アキレスは低く違うことを言った。
「本当に凄いのは、ザムジーニ氏と、戦士・ヴァランに関われた強運を持っていたことでしょう」
アキレスは口には出さなかったが、ザムジーニとヴァラン、そして皇帝にーーーだ。
これほど深く繋がるなど、怖ろしいほどの運を持っている。
でもシュヴァインは、別のことで心がいっぱいになっていた。
「ヴァランを・・・」
アキレスがその名を言ったから。
久しぶりに誰かから聞いた、大切な者の名前だった。
アキレスはヴァランについて、シュヴァインの知らないことを知っている、何か情報を持っている。
聞かせて欲しいーーー。
聞きたいーーー。
膨れあがった。
「・・・なんでもない」
静かに打ち消していた。
シュヴァインの知らない世界がそこにあり、そこにヴァランが生きていた光景が一瞬浮かび上がり、心が激しく揺さぶられた。
でも今、深くヴァランを掘り下げてしまうと自分はまた動けなくなりそうだったから。
「ヴァランに憧れていないフリーファイターなど、ヘクターぐらいなもので、あまりいませんよ」
アキレスにシュヴァインの気持ちが伝わったのか、無駄口を嫌うアキレスの口から驚くべきことが続けられたのだ。
「ヘクターだって・・・」
「あいつは憧れてはいないでしょう、重要な人物だったとしても」
「・・・ああ・・・そうだね・・・」
その通りだった。
ヘクターはヴァランを認めて尊敬していても、反面教師にしている。
思ってもいなかったヴァランの話題は、ヘクターのライセンスの話と合わさってシュヴァインをとても穏やかな心地にさせていた。
心の底がぽかぽかと温かくなっていた。
けど、つかの間、すぐに急激に下がるのだ。
ある姿が視界の縁に入ってきたから。
「言うなよ」
シュヴァインが周りに向かって低く念を押した直後、
「どうかしたのか?」
ヘクターがやって来て、不思議そうに訊いた。
シュヴァインの周りには絶叫を耳にした多くの隊員が集まっていた。
みんな揃って何かをしているようだが、妙に強張った顔をしていることがヘクターには気になった。
返事が戻らないので、さらに。
「何かあったのか?」
痛々しい光景を目の当たりにした隊員たちはすっかり心が萎えて喋る気が失せていたし、シュヴァインはーーー。
シュヴァインだって、皇帝と言ったって普通の人間なので、恥じらいがあるのだ。
ヘクターには見せられないことをしたことは自分でちゃんとわかっているし、言いたくない!
いや、言えない!
素早く起ちあがると、口早に言った。
「ヘクター、お帰り。早かったな、任務は上手くいったのか?」
「ああ。・・・でも、なんだ、この空気は、気になる、俺にも教えろ」
「別に何でもないよ」
「何でもないことはないだろ・・・」
「ああ、毒甲冑虫の話をしていたんだ」
「毒甲虫?」
「あいつら、火術が効きにくいだろ、で、おまえが言った『握りつぶせば簡単だ』」
「ああ、言ったが・・・」
「汁が出て嫌だけど、それが一番かなって」
勿論嘘っぱちだったが、咄嗟に思い付いた話がこれだったのだ。
「・・・あの、普通、毒甲虫なんて潰せないと思いますけど・・・潰すんですか?」
ジェイソンがもの凄く嫌そうな顔で訊いたので
「潰せるよ」
なぜか、空気がさらにどんよりおかしくなった気がしてヘクターは慌てた。
「あれ、十分、出来るよな?」
「うん、俺でも潰せる」
「だよな」
「出来る出来る、手が汚れて嫌なだけで」
シュヴァインに確認して安心したが、平然と語り合う二人を一同は冷ややかに見守ったのは言うまでもない。
堅い甲羅を纏ったそんなものが握りつぶせるなら、他のものだって楽々と潰せるのだろうと想像した男たちは、股間に幻痛を感じた。
そして、こんなことも。
いくらなんでも、あれはちょっと酷過ぎではないだろうか、いろんな意味でーーー。
美形だが、意外に普通に下品。そして気安いが、容赦なく過激で、怖ろしいーーー。
帝国はフリーファイターの男の面子を潰そうとするだろうが、皇帝はもっと大事なものを直接的に潰すお人だ。
フリーファイターたちはこうして、皇帝に完全に一目置いたのだ。
「手を洗いに行きたい。一緒に行かないか?」
「俺、洗ってきたばかりだ。・・・おまえの汚れているっていうのは、気のせいだよ。洗わなくていい」
ちらっと見たヘクターには、シュヴァインの手は目立った土埃も付いておらず白くきれいだったから断言したが
「いいや、汚れている、お連れしろーーー」
アキレスがシュヴァインの援護に入ったので、ヘクターは少し驚いた。
でも、わかったと素直に頷き、連れだって二人はその場を去っていった。
建物の陰に入って姿が見えなくなるまで二人を見送った男たちは、どっと一斉に溜息を吐いた。
その後は、悪夢の残骸のような火術の燃えかすと小さな水溜まりを、しばらく黙って見つめた。
20141122